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チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第一話 英雄+再臨
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闘奴+借り物

奴隷に値する闘奴の子供達が出て来ます。

注意してください。

+ + + + + + +


 自分はその後控室に案内されるところで、黴臭い通路を通る。


 照明もあるが、どこか薄暗い事もあり嫌な予感がした。


 五百年前にもあった、戦争中にもあった、日本ではなかったおかげで忘れる事ができていた臭いだ。


 死臭に近い、命をまだ含んだ臭い。


「この臭いはなんだい?」


 案内役は審査員たちと同じ恰好をしていて、年としては若い男だった。


「闘奴の部屋から漏れる物です。

 税を払うために子供の半分を奴隷商人に売りつける人間はどれだけ平和でも減りませんから」


 男の表情はフラットすぎた。もしかしたら思い悩んだこともあるのかもしれない、心がその部分だけ死んだか止まってしまったかのような表情だ。


「犯罪奴隷以外にも奴隷なんているんだな?」


「はい、犯罪奴隷は開墾や開拓に回されますが、中には将来ならそれができても今はそんな場所に送られてしまえば三日で死んでしまうような不健康な子供も多いですからね。

 ここでは闘奴としての教育を施したり、迅速が必要な作業をさせたりする慈善事業も手を伸ばしています」


 …………。


 透視で周囲の壁の向こうを確認して、隠し扉を見つける。


「確認させてもらうぞ」


 返事を待たず自分はその扉を力任せに開いた。錠前らしいものが弾け飛んだけれど気にしない。



 中は牢獄の方がましと言う程だった。



 ジルエニスの話からも聴取で得た情報からも、五百年の間はかなり平和な時代が続いていたはずである。


 戦争もそうだし、自然災害の類もなく平穏な時代だったはずだ。


 少なくともこの大陸ではそのはずだと言うのに、この鉄格子で区切られた広い部屋には数十人の子供達がいた。


 みんな眼の奥の奥まで濁っている。襤褸(ぼろ)切れを纏って、不衛生な場所で身も心もそれに疲れ切っている姿だ。


 人も乗人も獣人も何の関係もなく、性別も年も関係なくみんながみんな緩やかか、急かの違いはあっても辿り着く先が遅いか早いか、そんな光景である。


 こんな世界にするために魔王を討滅した訳じゃない。

 こんな光景を見る為にあいつらは死に掛け、中には死んでも求めていたわけじゃない。





 平和と、魔王への復讐を願った有翼人の王女がいた。

 仲間と呑む酒を最高の味にしたいと願い続けた鬼人がいた。

 人の世界を知り、自分達をみんなにも知ってもらいたいと願った長耳族の少女がいた。

 長命種の長い時間の全てを安寧のために尽くした大亀の長老がいた。

 そんな奴等の旅を万全にするために、群れ総出で国と国に架け橋を作った人鼠がいた。

 そんな奴等を気に入ったと、蛇人の魔法使いがいた。

 そんな奴等の中に、神様にもらった力で苦労もせず旅をする自分がいた。





 こんな、汚物塗れで死んでいく人間達を作るために、英雄達は命を懸けたわけじゃない!


 いつの間にかエニスが横にいた。いや、ずっとそこにいるのに自分は気付いてなかったのだろう。きっと今自分は冷静じゃない。この光景は自分にとってあまりに酷くて、あまりに惨くて。


 どうすれば良いのか思考が止まってしまっていた。


おん!


 出来る。そう言われた気がした。


 後ろでこちらを窺う男の視線も、何をされるか恐怖の感情が死んだままの闘奴の顔も感じてはいたけれど頭が動いていなかった。


おん!


 協力する。そう言われた気がした。

 ずっと自分はエニスに助けられていた。相変わらず甘ったれた考えだけれど、それなら何でもできる気がした。


 『万能ナイフ』が一際強く光った気がして、

 それがまるで、ジルエニスが許してくれた気がした。


「この子供達を、助ける」


 自分の感情が死に掛けている気がした。声は平坦に落ちて、どこにも届かずに地面に落ちてしまったように感じるのだ。


 でもそれだけでよかった。


 蒼銀のエニスが、神の万能ナイフが、力を貸してくれるのだから。


+ + + + + + +


 レナリは十三で、両親を知らない。


 物心ついた時には闘奴として闘技場で過酷な労働を強いられ、戦う術を文字通り叩き込まれて育った。


 そんな彼女だが、両親を恨む気持ちよりも感謝する気持ちの方がずっと強い。

 十三年の間に何人もの闘奴候補たちが死んでいった。


 過酷な状況に耐えられず衰弱死した者もいた。

 不衛生な環境で病死した者もいた。

 訓練の最中に血塗れになって死んだ者もいた。

 その中、十三年間過酷な労働に耐え、病気にならず、打擲(ちょうちゃく)されるだけの生活に生き残れたのは、両親がくれた身体のおかげだと知っているからだ。


 最近、教官役の武芸者に身体を撫でまわされる事が増えたが、それは皆が通る道である事を考えれば耐えられない物ではない。


 それを苦に仲の良かったシャーラが自殺してしまった時は泣いたが、そうするだけの体験を連れて行かれた日にしたのだろう。


 それは悲しかったが、自殺する事で彼女が救われたのだとしたら、それは素晴らしい事だろう。


 闘奴として育ち、闘奴として死ぬ。


 闘奴に育てられ、闘奴を育てる。


 闘奴として生き、学び、そして一縷の望みとして名を上げて警備兵になるのが彼女の目標だった。


 今抱きかかえている二歳くらいのワーナは彼女が名付け親だ。今も苦しそうにしている。


 ここの闘奴達は子供に名前をつけたがらないから、最近ではレナリの仕事である。


 みんなは愛着を持って接しても、相手か自分かがすぐに死んでしまうからと子供の世話をしたがらない。


 年長者の一人として、それがレナリの仕事に入るのは当然だし文句もない。

 しかし、抱き上げて世話をする赤子と言っても良い子供が、言葉を覚える前に次々と亡くなってしまうのはやはり辛いのだ。


 死ぬのは怖い。

 痛いのは辛い。

 一人になるのは寂しい。


 闘奴の中では心が先に死ぬ子供がたくさんいる。

 何かに逃げるように振る舞う子供もそれと同じほどいる。


 エイラはみんなが寝静まると声を殺して身体中に爪痕を残す。痛みで心を護っている。


 ボイツはシャーラが自殺してから、彼女の歯をいつも大事に持っていた。それを持っているとき格子に額を何度も打ち付けていた。


 快楽に逃げる事を選んだコリヌは、それがばれてから連れて行かれてしまった。『娼館』に連れて行かれたのではないかと思われる。


 ここよりはずっと良い環境と教官役の武芸者が話しているのを聞いたけれど、ここで育ったレナリにはそれは未知の物だ。


 未知の物がずっと良いと言われても、そこには別の辛さがあるだろうことは想像できる。


 『娼館』がどんなところかレナリには判らないし、教官役の武芸者に聞くのは良くない予感がして聞いていない。


 そんな中、レナリはそう言った逃避に一切及んでいない。

 そこに理由があるとすれば、



 レナリはいつも同じ夢を見る事だろうか。



 誰にも話したことのない、甘い夢。

 それは相手が誰なのか分からないし、誰の視点かもわからないけれど。


 その相手は良く見えないけれど、その人は安心できた。心が折れそうになるといつも颯爽とみんなの前に立ち、光の雨を生み出す。


 その度にその微笑を浮かべる横顔に胸の奥の方を掴まれたような、その奥の方が痒いような感覚を覚える。


 それなのに、普段は頼りないのを悔しく思っていた。あの時の鋭い表情で自分を見てほしい、そうすれば自分の全部を差し出したい。そう言えるのに。


 それが甘い感情と言う事は漠然としているが分かる気がした。ワーナが母親を恋しがってレナリの胸を吸う度に感じる物と近い、何か包まれるような、包みたいような感覚。


 思考を遮るように闘技場が揺れている。


 今日はトーナメントなのか………。声の様子からレナリは思う。


 トーナメントの後は武芸者たちが血を求めてここにやってくることがある。その時、大抵仲間のうちの何人かが傷だらけで帰って来るか帰ってこなくなる。だからトーナメントの周期だけはしっかり身体で覚えていたはずなのに、特別な理由で開催されることになったのかもしれない。


 自分はこの中でも年長者で、武芸でもそれなりにやっていける。


 だから武芸者が来たら自分が進んで前に出よう。

 武芸者の、闘技場で戦う彼らの攻撃は死ぬかと思うほど痛いけれど、まだ生きている。


 ワーナの手指を優しく掴みながら、レナリは覚悟を決めていた。



がきん!



 いつもと違う音で、現実に引き戻された。

 ここに人がやってくるには、早すぎる。まだトーナメントは何日かの日程を掛けるはずだ。自分の出番を待ちきれない武芸者がここに来たのか。


 何度も傷だらけにされた経験で、思わず身体が竦む。


 ワーナはそれを感じ取ってびくりとしたが、声を上げて泣くだけの元気もないのだ。


 入ってきたのは深夜に行う方の闘技場でも見かけないような、毛並みの良い綺麗な犬、だった。狼かも知れない。


 闘奴の中で一人前と決められた子供はそこで十近い獣と戦う決まりがあり、それを乗り越えれば闘奴として戦うようになる。


 獣はいつも決まりがないが、餌を与えられず飢えているのでこちらを必死に攻め殺そうとするらしい。


 中でもやり辛いのは狼の群れで、一対一の状況を作りづらいのでそれに出会ったら諦めろとまで言われた。


 恐れが恐れの記憶を次々と生みだし、震えに変わる。


 立ち上がらなくては、立ってみんなを護らなければ。


 入ってきたのは、武芸者にしては年若い、近しい齢と思われる男の人だった。



 アノヒトダ。



 誰かに言われた気がしたけれど、レナリは周りを見ても誰もこちらを見ていない事を知った。



 ヤットアエタ。



 いつも見る甘い夢の声、直感でレナリはそう思った。

 そう思うや、身体中の力が抜けていきそうになり、ワーナを落としそうになってしまう。


 何故だかわからない、でも確信してしまった。


 あの人に出会うために、自分はここにいたのだと。


ありがとうございました。

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