織姫と彦星
以前投稿している『チョコレートを貴方に。』『俺の気持ちをお前にやるよ。』の咲弥と和真が主人公です。繋がっています。
前回の話を呼んでいないと理解できないかと思いますので、
先に前の作品を読むことをお勧めします!!
夜の訪れは、遅くなり、季節は春から夏に変わった。ただじっとしているだけでも、汗が出る季節となった。
咲弥は部屋の窓を開けて、空を見上げる。蛍光灯に邪魔されながらも、星は綺麗に輝いていた。
咲弥は目を閉じ、囁くように言った。
「明日もちゃんと晴れますように」
晴れてほしいと咲弥は思う。
明日は、一年に一度、織姫と彦星が出会える日なのだから。
「いってらっしゃい」
玄関先で、そう言った咲弥を見て、咲弥の母、真理子はため息をついた。
そのしぐさに、咲弥は首を傾げる。
「浮かれちゃって」
「え?」
「吉田くん、来るのね。今日」
それは、問いではなく、断言だった。真理子の言葉に、咲弥は思わず吃る。
「な、な、なんで?」
「分かりやすすぎよ?昨日から、笑顔がやけに輝いてるじゃない」
「…」
真理子の言葉に、咲弥は手を顔に当てた。顔に出さないよう気を付けていたつもりだったのに。
「私なんて、雄二さんに会うの、1か月ぶりなのよ?」
咲弥の父、雄二は、現在、咲弥たちとは一緒に暮らしていない。
仕事の都合上、単身赴任で京都にいるのだ。
真理子は、そんな雄二に会うために、月に一度か二度、京都まで出向いている。
いつもは咲弥も一緒に行くのだが、受験生であるため、今日は、真理子一人で、京都に向かうのだ。
真理子は、毎日和真と会える咲弥に、「私は、一泊二日しかできないのに、ずるい」と小さな愚痴をこぼす。
一人娘の咲弥が高校3年生になるというのに、いつまでも仲のいい両親の姿は咲弥にとって恥ずかしくもあり、微笑ましくもあった。
「ごめん、ごめん」と流すように聞いていると、「咲弥」と、急に真面目な声で名前を呼ばれた。思わず背筋を伸ばし、真理子の顔を見る。
「勉強があるから、京都に来なくていいよって言ってくれた雄二さんの気持ちを裏切らないこと。雄二さん、本当はすごく咲弥に会いたいんだから」
「…はい」
表情を引き締め、頷く。そんな咲弥を見て、真理子はふと、頬を緩めた。
「…ま、吉田くんと付き合うようになってから、咲弥の成績は上がってるし、吉田くんとの付き合いは悪い方向にはならないだろうけどね」
和真の部活が終わるまで、咲弥はほとんど教室で一人、勉強をしている。時々、部活を見に行くこともあるが、大抵はそうしているのだ。
「釣り合わない」
勉強もでき、運動もできる和真と、平凡で、バカな自分は、周りからそう思われているし、そう言われている。それを咲弥は理解していた。
だから、少しでも、並べるようになろうと、咲弥なりに努力しているのだ。
テストが近くなれば、2人で図書館デートもする。和真の教え方は分かりやすく、苦手だった勉強を少しずつ好きになっている。
「お母さんも、お父さんと仲良くしてきてね」
「はいはい。言われなくても」
「気を付けて行ってきてよ。お父さんによろしくね」
「分かってます。おかずは冷蔵庫に入れてあるからね」
「は~い」
「戸締りちゃんとしてよ?」
「わかってるって」
「それじゃあ、行ってきます」
「うん。行ってらっしゃい」
真理子は軽く手を振り、玄関のドアを開けた。
「あ、そうだ」
そう声に出し、振り返る。
「何?忘れ物?」
「今度、8月のお盆には、雄二さん、こっちに帰ってくるから」
「ん?知ってるよ?」
「だから、今度、雄二さんに吉田くん、紹介しなさいね」
「え?」
「それから、あくまで、自分たちが高校生だってこと、忘れないこと。ちゃんと考えて行動すること」
「…?」
「それさえ理解していれば、お母さんは何も言いません」
「………え、ええ!?」
扉が閉まるまで、言葉の意味を理解できなかった。ようやく真理子の言葉を理解したころには、真理子の姿はなく、玄関を開ければ、もうすでにバス停に向かっていた。
知らずに、顔が赤くなる。
後ろ手に、手を振る母の背中を見て、咲弥は力が抜けるのを感じた。
理解がある母親であって、嬉しいのか、恥ずかしいのか。たぶん、その両方だった。
ピンポーン。
チャイムの音に、咲弥は速足で玄関に向かった。玄関を開け、招き入れる。
「よっ」
「おはよう、吉田」
「おはよう」
「さ、入って」
思わずにやけそうになる顔を引き締め、咲弥はスリッパを出した。
和真は、玄関の中まで入るが、上がろうとはしない。
和真の行動に、咲弥は首を傾げた。そんな咲弥に気づいたのか、和真は頬をかきながら言う。
「あ、いや。…やっぱ、まずいかなって。親がいないのに、家に入るの。…なんか、騙してるみたいだし」
「えっと…」
「せっかく咲弥が呼んでくれたけどさ、やっぱ、咲弥の親は騙したくないっていうか…」
「あのさ…そのことなんだけど……」
「…?」
「なんかね、お母さん知ってたよ?」
「……は?」
「えっと…、なんか、朝から浮かれてたらしくってさ、吉田くん、来るんでしょ?だって」
「…え?」
「だから、大丈夫だよ」
「…ふ~ん、咲弥、俺に会えるのそんなに嬉しかったわけだ」
「っ!」
「そっか、そっか。いいこと聞いたな」
「ち、違うし!お母さんにはそう見えただけでしょ!」
「他人にそう見えたってことは、実際浮かれてたってことだろ?」
顔を覗き込むように言う和真の頭を咲弥は叩いた。
「痛いな~」
「加減しました!ほら、さっさと入ってよ」
「……おばさん、なんか言ってた?」
「え?」
「いや、親がいない時に彼氏連れ込んで、それを親が知ってるんだろ?なんか忠告したりしてんじゃないのかなって」
咲弥は、母親の忠告を思い出して、思わず赤くなった。その反応に、和真は首を傾げる。
「…えっと……。あ、そうそう。今度お父さんに紹介しろだって」
「え?」
「お盆にこっちに帰ってくるんだ。その時、えっと…会ってくれる?」
「……うわっ、マジかよ」
頭を抱える座り込む和真。予想していなかった反応に、咲弥は不安になった。
「あ、い、嫌だったら…別にいいよ?」
咲弥の不安を読み取ったのか、和真は、大きく首を横に振る。
「いや、違うって。…ただ、めちゃくちゃ緊張するなと思ってさ」
「そう?お母さんには普通に言ってたよね?」
「違うんだって、男親は。…殴られたりしないよな?」
「大丈夫だよ」
「いや、俺なら殴るから。娘に『この人が彼氏です』なんて言われたら」
「ま、殴られないように、今から反射神経、身につけといたら?」
「お前、他人事だと思って!」
「大丈夫だよ、吉田なら。だって…」
「だって?」
「私が、好きな人だもん」
頬を赤く染め、咲弥は、一人、家の中に入っていった。
和真は玄関で、もう一度座り込む。
「…反則だっつーの」
頭をかきながら、一人小さくこぼした。
一拍遅れて部屋に入ると、キッチンでコーヒーを入れている咲弥の姿があった。
和真に気づくと、恥ずかしそうに小さく笑う。
「そこ、座ってて」
「ああ」
頷きソファーに座る。首を動かして、見渡した。
咲弥の部屋に何度か入ったことがあるが、リビングには、挨拶をするときに数秒通されただけだった。
家族写真がいくつか飾られている。和真は、腰を上げ、近くでそれを見た。
家族3人が手を繋ぎ、笑顔で写っている。仲のよい家族であることが一瞬でわかる写真だ。
和真の家も仲が悪いわけではないが、家族写真など探さなければ出てこないだろう。
「お母さんを一人にしたくないの」
以前聞いた咲弥の言葉。それをやっと理解した気がした。
「はい。コーヒー」
カップを2つ持った咲弥がやってきた。コトンと小さな音を立て、テーブルの上に置く。
「ありがとう」
和真も咲弥の隣に座り、コーヒーに口をつける。咲弥が入れてくれるからだろうか、咲弥の家で飲むコーヒーは家のものよりおいしい気がした。
「…仲、いいな」
「え?」
親指を立て、写真を指す。
「うん。お父さんとお母さんなんて、今でも本当に仲良くて、娘の私が、見てて目のやり場に困っちゃうくらいなの」
「ふ~ん。いいな、そういうの」
「でしょう!…私も、そういうの、嬉しいの」
「…ああ」
「お父さんね、あと、3年で帰ってこれるんだって」
「……うん」
「でもね、私が遠くに行ったら、2年はお母さん、ここで一人でしょ?」
「そうだな」
「だからね、……やっぱり、私は、ここを出ないつもり」
咲弥の言葉に、和真はゆっくり頷いた。
高校3年生である2人は、進路を決め始めていた。
まだ進路の決定はしていない。けれど、和真は、大阪の四年制大学で、西洋学を学びたいと思い、咲弥は地元の短大に進学するつもりでいる。
2人の偏差値には開きがあり過ぎて、同じ大学に進むことはできない。
だから、和真は数日前に言ったのだ。冗談に本音を混ぜて。
「咲弥が大阪の大学にすればいいんじゃねぇの?」
その言葉に、咲弥は一瞬驚き、そして、ゆっくりと首を横に振った。
そんなに早く返事が返ってくると思っていなかった和真は、少なからず驚いた。
「…私、学力のレベルの問題もあるんだけどさ、でも、あの大学で、社会学を学びたいの。……それから、お母さんを一人にしたくないの」
咲弥の言葉は、和真には理解できなかった。
和真は、一人暮らしがしたかった。地元にも西洋学で有名な大学がある中で、大阪を選んだのは、それが理由だ。
おそらく咲弥も、同じようなものだと思う。同じようなレベルで、同じように社会学を学ぶことができるなら、それは地元の短大でなくてもいいはずだ。けれど、咲弥は、はっきりと言ったのだ。家から出る気はないと。
リビングに飾られている写真の咲弥は、本当に楽しそうだった。一か月に一回程度は会えているとはいえ、家族が集まらないことが寂しいことを、父親の単身赴任で知ったのだろう。
親離れできていないという訳ではなく、本当に、母のことを思っているのだと思う。
それが分かるから、和真はこれ以上口にすることができない。
「ね、ねぇ!」
空気を換えるように、咲弥が明るい声を出した。
「ん?」
「短冊になんて書いた?」
「は?」
「だって、今日、七夕でしょ?」
「……あ~、そうだったか」
「も~!せっかく織姫と彦星が一年に一度会える日なんだよ!願い事書きなよ」
「恋愛して、親父怒らせて、離れ離れになった2人に願い事なんか叶えられるわけないだろ?」
「…夢がない」
和真の言葉に咲弥は、頬を膨らます。
「現実主義者なんだよ」
「でもさ、素敵じゃない?一年に一度しか会えないのに、ずっと好きでいられるなんて」
「わかんないだろ?見えないところで浮気とかしてるかもよ?」
「え?」
咲弥の表情を見て、和真は自分の失言に気が付いた。
普段だったら、ただの軽口で済ませられた。けれど、今の会話の流れでは、言ってはいけない単語だった。
「いや…その…えっと…」
吃る和真に咲弥は微笑んで見せる。
「そうだよね。吉田もさ、ちゃんと祈っておけば?可愛い彼女とずっと一緒にいられますようにって」
「咲弥」
「あ、お菓子持ってくるね」
和真は立ち去ろうとする咲弥の腕を掴む。
「ごめん」
小さく頭を下げ、腕を引いた。咲弥は素直に従い、再びソファーに腰を降ろす。
「ごめん」
再び言われた言葉に、咲弥は首を振る。
「……吉田は悪くないよ」
「俺が悪いよ。今の流れで言うべきじゃなかった」
「……自信がないの」
「え?」
咲弥は、天井を見上げた。涙が出そうになるのを堪える。
「部屋に行こうか?」
「…は?」
「…私、初めてだからうまくできるかわからないけど」
「咲弥?」
「…私たち付き合って半年くらい経つのにね。美香にまだなの?ってびっくりされたよ」
俯く咲弥。和真は黙って、咲弥を抱きしめた。
痛いくらいの抱擁に咲弥は目を閉じる。
咲弥には自信がなかった。離れても和真を繋ぎとめておける自信が。
自分たちは違い過ぎた。周りの「不釣合い」という言葉に頷いてしまうほど。
和真が経験豊富であることは知っていた。だからこそ、何もないことが不安だった。
大学に進学すれば、2人は離れ離れになる。毎日会える今とは違い、2人の間には距離という障害が出てくる。
顔がよく、勉強もでき、優しい。そんな和真を周りは放ってはおかないだろう。自分より綺麗な人が和真の周りに現れるかもしれない。
和真の気持ちが変わってしまう。それが何より怖かった。
身体さえ繋がれば、和真の心も繋ぎとめておけるような気がしていた。
そんな咲弥の考えを見透かしたように、和真は首を振った。
「ごめん。お前に、そんなこと言わせたいわけじゃなかったのに」
「…」
「俺さ、正直、今日、そういうつもりで来たよ?親がいない家に呼んでくれるってことは、咲弥もそう言う風に考えてくれてるって」
「…うん」
「そりゃ、抱きたいよ?マジで、めちゃくちゃ、抱きたいよ?好きな奴抱きたいって思うのは普通なことだし」
「…」
「でもさ、咲弥も同じように思ってくれてなきゃ、だめなんだ。俺の独りよがりじゃ、抱けない」
「で、でも、私も…」
慌てたように否定の言葉を口にする咲弥の頭を、和真は優しく撫でた。
「わかってる。咲弥もそう思っててくれるって。今日、誘ってくれたことがいい証拠だよ。でもさ、やっぱ、差があるんだ」
「差?」
「…不安だから、とか、気持ちを繋ぎとめておきたいとこじゃなくてさ、咲弥にも、俺に触れたいって思ってほしい」
「…」
「俺と同じとは言わないけど、その差がもっと縮まったら、そしたら抱かせて?…俺は、絶対、咲弥から離れないから」
「…吉田」
「抱けないくらいで揺らぐ気持ちじゃないから」
「…」
「今まで何もしなかったのは、咲弥が俺と同じように思ってないと思ったから。本当は、付き合う前から、咲弥のこと抱きたかったぜ?」
「え?」
「当たり前だろ?好きなんだから」
「…うん」
「それを我慢できたのは、咲弥が大切だから。…会えないくらいで、他に目がいくような軽い気持ちじゃない」
「うん」
頷く咲弥の肩を掴み、和真は目を合わせた。
「だから、そんな顔すんな」
顔にかかった髪を耳にかけ、頭を軽く叩く。
「…ごめん」
それでもまだ、不安の拭いきれない咲弥の表情を見て、和真は少し考えこむように黙った。
「…吉田?」
「そうだな…、もし、俺たちが織姫と彦星なら、どんなに大きな川だろうが、船出して、会いに行くと思わね?」
「え?」
「待つのは性に合わないだろ?俺も、お前も」
「…」
「会いたくなれば、会いに行く。だから、咲弥も会いたくなれば、俺のところに来ればいい」
「吉田…」
「確かに、大学に行ったら、今みたいに頻繁には会えない。けど、新幹線使えば、すぐだ。電話でもメールでも好きな時にすればいい。不安になったら、隠さず言えよ?好きなだけ独占しろ。その代り、俺もするから」
「…うん」
「約束な」
「吉田」
「ん?」
「ありがとう」
そう言って微笑む咲弥に、不安は消えていた。
きっと、これから、何度でも不安になるのだろう。それでも、その度にこの手が何度でも、不安を拭ってくれるのだと咲弥は思った。
「ありがとうって、俺は普通のこと言っただけ。それに、もし、一年に一度しか会えないとしても、俺は手離す気はないから」
「そうだったね。吉田は離さないでくれるよね。…私も離さないから」
咲弥は、顔を上げ、目の前の唇に小さなキスを送った。
「あれ?えっと…嫌だった?」
反応がない和真。不安になったのか、咲弥は顔を覗き込みながら聞いた。
そんな咲弥の頭を和真は軽く叩いた。
「なわけないだろ!…お前、だから、反則だって!」
頭を抱えて、顔を逸らす。
「どうしたの?」
そう聞いた咲弥の手を掴み、引き寄せた。耳が胸に当たる。心臓の音が聞こえた。
「俺、お前が思ってる5倍はお前のこと抱きたいから。…だから、煽るな。頼むから」
懇願するような和真の声。
和真の背中に腕を回しながら、咲弥は笑った。
今日はそういうことになるだろうと思っていた。その覚悟もあったつもりだ。
けれど、本当は、まだ怖かった。
幼稚なのかもしれない。それでも、和真と一緒にいて、キスをして、時々深いキスがある。それだけで咲弥は満足だった。
そんな自分のことをわかってくれていることが嬉しかった。
「吉田。大好き」
「……知ってるつーの。俺も好きだから」
「うん」
「じゃあ、勉強でもするか?俺たち一応受験生だし」
「うん。それ終わったら、DVDでも見ようか?」
「何の?」
「恋愛映画」
「つまんねぇ」
「いいの!…今日は七夕なんだから」
好きな人と他愛無い日常を送る。
それが、大切で、貴重だということを知った。
これから先の7月7日も、和真と他愛無い話をして、一緒に過ごしたい。
だから、咲弥は織姫と彦星に願うのだ。
「これからも大好きなこの人とずっと一緒にいられますように」と。
最後まで読んできただき、ありがとうございました!
3作目なので、シリーズ扱いです。
どうでしたでしょうか?自分的には、甘いな~~と思います(笑)
感想や評価をいただけたら、嬉しいです!!!
あと、七夕の話ですが、旧暦の方。申し訳ありません。
それとお盆が8月と出てきますが、自分のところがそうなので、疑わず、8月と書いてしまいましたが、調べたら都心では7月だとか。
すみません(;一_一)この子達のところは8月ということで、ご了承ください。
ちなみに、咲弥と和真の話は、まだ続く予定です。
お気づきの方もいるかもしれませんが、リアルタイムで進んでいこうと
思っています。
次は、ハロウィンかクリスマスだと思います。
いつも、感想や評価、お気に入り登録等、ありがとうございます。
本当に、いつも励まされます。
これからも頑張りますので、よろしくお願いします。