心臓に悪い、と思う
「ま、待って下さい! あの、意味が……」
「分からないと? 今言った通りだ。俺もこの部屋で寝ることになったんだ」
そうじゃない……!
分かってるけど分からないっていうことであって……
「……言いたいことはあるだろうが我慢しろ。
単に同じ部屋で過ごすだけだ」
色々と怪しまれる前に先手を売っておこうと
思ってな、と付け足された。
「つまり、それだけ仲が良いことを見せつけるということですか?」
「そうだ」
私の気持ちはお構い無しってことね……
分かってたけど。
「さすがに一緒に寝ろとまでは言わないから安心しろ」
「……ベッド、1つしかありませんよ?」
「お前が使えば良い」
「王子が使って下さい」
「お前が使え」
「いいえ、王子がお使い下さい」
一国の王子をそのように扱う訳にはいきません。
そうか。だが一国の王子の言うことに逆らうのはどうなんだ?
そんなやりとりを続けること数分。とうとうフィレイドが痺れを切らした。
「女を差し置いて自分だけ良い思いをしようとは思ってない。お前は大人しく従えば良いんだ」
機嫌が悪そうな顔から一変。
フィレイドは、なんとも言えぬ……あえて言うなら、
悪巧みを思い付いたような顔になった。
「それともなんだ、一緒に寝るか? 今、お前に手を出したところで俺は誰にも咎められないんだ。むしろ、それが当たり前だと皆は思うだろうな」
「何を言ってらっしゃるんですか!?」
この王子とんでもないことを言い出した! どうすれば良いのよ……!?
「メイリーネ」
今までずっと、お前って呼んでたくせに、いきなり私の名前を呼ぶからどうしたら良いのか分からなくなってしまう。
「メイリーネ」
王子はひどく、優しい声でもう一度私の名前を呼んだ。
出会って間もないけれど、恐らく一番優しい声で。
まるで本当の恋人に話しかけるかのように。
ぼんやりとそんなことを考えている私の頬に王子の手が触れた。
「なんだ、抵抗しないのか?」
「……しても良いんですか?」
王子の顔が近付いてきた、と思ったら途中で止まり、面白くなさそうにしている。
「王子相手に乱暴な真似は出来ませんので」
「今のは暴れても良かったと思うがな。抵抗してこないから焦ったぞ」
ちっとも焦ってないように見えるんだけど……
頬から手が離れた瞬間に、メイリーネは大きく息を吐いた。
「……溜め息をつくほどのことか?」
「つくほどのことです。こういったことに慣れていませんので」
「それは……すまなかった。……そうか、慣れていないのか」
最後の方は独り言のように聞こえた。
本当は、抵抗したくても出来なかっただけ。
私はびっくりして体が動かなかったというのに、王子は平気な様子だからなんとなく、心の中がモヤモヤする。
偽の恋人だというのに、あんな風に声をかけて、慈しむかの様に触れられるんだ。
きっと慣れることはないであろう。
予想だけど、そんな気がする。
振り回されるであろうことは覚悟していたけど、ああいうことをするかもしれないんだ……
耐えられるのかと考えれば考えるほど、なんだか先程触れられた頬が熱い。
まるで――
「……好きなわけじゃないもの」
頭の中で答えが出てくる前に、さっさと自分で打ち消しておいた。
必死で考えるメイリーネを横目にフィレイドは明日のことを考えていた。
「なぁ、好きな色は?」
「え? 色、ですか?」
「明日のパーティーで着るものを用意するから、要望があるなら聞いてやる」
「いえ、特には……」
これといった案も思い付かず、任せますと丸投げすれば
分かった、とだけ返された。
この王子がどんなものを選ぶのか、ほんの少し、楽しみだったり。
それでも明日のことを考えると憂鬱で、またもや出そうになる溜め息をなんとかこらえた。