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言われっぱなしではいけません

 まずいな、とグリイズが呟いたのが耳に入った。そんなこちらの事情なんてお構いなしに、彼女は真っ直ぐ、自分の方へ向かってくる。

 「こんにちは、アストラル・メイリーネ嬢。私はデロルサ家のシェネンと申しますの。王妃様に呼ばれたのだから、きっとこの通路を通ると思いましたわ」

 とうとう鉢合わせてしまった。逃げられもしないこの状況。待ち伏せされてたことに焦り、この場をどうやり過ごそうかということだけが思考を占める。

 デロルサ家は今もっとも勢いのある大臣家であり、その令嬢が、わざわざ自分に会いに来たのだ。

 「……初めまして、シェネン様。アストラル・メイリーネと申します」

 品定めでもするかのような視線を受けながら絞り出した挨拶は、お世辞にも堂々としているとは言えないものだった。あれほど意気込んでいたのに、いざ彼女と真正面から対立することになっては、怖いという思いが先立ってしまう。

 口角をあげ、品が良さそうに話す大臣家のお嬢様。けれどもその目は敵意に満ちており、周りの侍女でさえ皆が好戦的に見つめてくるから居心地が悪い。

 「同じ妃候補ですもの。仲良くして下さいね?」

 仲良くしようなんて微塵も思ってなんかいないはずなのに、手を差し出され握手を求められる。緊張のせいか、まるで自分の体じゃ無いみたいに固くなった四肢を動かし、あと少しで握手という時にシェネンの後ろに控えていた侍女が声をあげた。

 「まぁ、シェネン様。いけません。そちらのご令嬢は不幸を呼ぶらしいのですから、むやみに触れては何が起きるか分かりませんわ」

 侍女達はクスクスとメイリーネを嘲笑する。

 ――好きで呼んでるわけじゃないのに……!

 悔しいような恥ずかしいような、なんとも言えない感情が混じりあって渦をまく。ただの侍女でさえも、シェネンと同じようにメイリーネを見下すのだ。影口を叩かれることはあっても、ここまで直接的に敵意を表されたことなど、今まで経験してこなかった。

 「無礼ですよ。アストラル嬢こそが、王子の選んだ恋人でいらっしゃるのです。言葉を慎み、態度を改めていただきたい」

 見かねたグリイズは、王子の選んだ恋人、と強調して周りの侍女達を諌めた。王子と仲良く談笑していた時とは明らかに違う、冷たく底冷えするような声だった。そんなグリイズに怯えたのか、侍女たちはそろりと少し頭を下げて、それ以降は沈黙を守る姿勢をとった。

 その中でただ一人、シェネンだけは違う反応をした。グリイズが、メイリーネを恋人だと強調した瞬間に顔を歪めたが、直ぐに仮面のような笑顔を張り付けていたのだ。

 「周りの者が無礼なことを申しあげました。どうかお許し下さいね?」

 そこに暖かい感情等ないと感じる。作り笑い、というのが適当であろう笑顔で再びメイリーネに握手を促す。

 拒むことも出来ず恐る恐る手を差し出す。

 「いたっ……!」

 握手するのには強すぎる程に力を込められた。邪魔な相手には容赦しないと、言葉以外の方法でも圧力をかけてきたのだ。

 小さな悲鳴に気付いたグリイズが、シェネン様! と叫んだが「握手してるだけですのに……。王子に選ばれた方は大切にされているのですねぇ」としらを切る。


 ……だめだ。このまま、やられっぱなしではこれから先この人と争っていけない。

 今この場は、自分で乗り切るしかないんだ。

 一度深呼吸をして落ち着こうと試みる。相手のペースに乗せられてしまわないよう、自分で自分を奮い立たせて、止めさせようとするグリイズに笑いかける。

 「大丈夫です、ごんなさい。ほんの少し驚いてしまっただけです。……握手、しているだけですからそんなに心配なさらないで下さい」

 にっこりと、努めて穏やかな笑顔。王子の恋人として余裕を持った申し分の無い表情だとグリイズは感じた。

 「……分かりました。シェネン様、騒いでしまい申し訳ありませんでした」

 すんなりと引き下がった彼は真面目に、礼儀正しく謝ったが、メイリーネの目にはグリイズがかすかに笑っているように見えた。

 あの王子と同じような独特のニヤリとした笑い方。

 ――そうよ、頑張らなくては。

 いつまでも助けてもらってる訳にはいかないんだもの。これから先、王子やグリイズが側にいる時だけピンチになるなんて有り得ないもの。早く自分一人でも向き合えるようにならないと……!

 決意を固めてシェネンらの方に向き直ると、彼女たちは面白いほどに驚いていた。

 「シェネン様、こちらこそよろしくお願いいたします」

 そう微笑めば、我にかえったようで忌々しそうにこちらを見て手を離す。

 そのままくるりと来た通路を歩いて行った。


 ――お、追い返せた……! 


 メイリーネにとっては大きな成果だった。普段なら穏便に、なるべく事を荒げないようにと黙って聞いてやり過ごすことが少なくない。そんな自分が、相手に立ち向かえた。後戻り出来ない状況がそうさせたとするならば、きっかけはこの計画を持ち込んできたあの王子な訳で……。

 お家を復興できるという話に釣られてこの計画に乗ったが、実際城に入ってみればとんでもないことに巻き込まれた感が否めなかった。

 ところがこれはチャンスなのかもしれない。不幸を呼ぶなんて言われて内向的になってたこの性格をもしかしたら、変えられるかも。確かな証拠もないのそんな風に考えられるとは、自分は思ったよりもここで頑張っていけそうな気がする。

 小さな達成感とやる気が胸に込み上げてくるのを感じながら、小さくなっていく背中を見送った。

 それから完全に姿が見えなくなったところで、グリイズはメイリーネだけに聞こえる声で「お見事」とだけ告げた。満足そうな様子が、何かを思わせる。

 ――もしかしたら途中まで黙っていたのは私がこの先、王子の役に立つか見ていたのかも。

 そう勘繰ってしまったが、再び歩き始めて案内を再開した彼を追いかける為に、そんな思考を追い払った。

 握手していた手を見れば少しだけ赤くなっていたけれど、そんなことどうだって良い。

 してやったという達成感、それと拭えきれない不安。二つの感情が広がって消えない。

 これから先、きっと今とは比べものにならない程の問題が続くのかしら。そう思うと、やっぱり自分の不幸体質が少し恨めしい。

 

 先行きに不安を残したまま案内されていると、グリイズが立ち止まった。

 「ここです。私はこの辺りで待っていますので、話し終わったら呼んでください」

 口ぶりからすると、メイリーネ一人で行けということなのだろう。

 ――まさか王妃様と二人っきりになることが私の人生に起きるなんて……。田舎にいる叔父様と叔母様が知ったら驚くわね。


 一度、大きく息を吐いて興奮する気持ちを落ち着かせる。これが実質、一人で立ち振舞う初めての機会だ。何事もなく無事に終えられます様に。そう願いながら扉をノックした。







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