嘘をつきとおせるか、否か
足が震えて歩くことすらままならない。今の私、もしかしたら人生最大の山場に直面してるのではないのかしら。
そんな不安に感づいたのか、フィレイドはエスコートするため繋いでいたメイリーネの手に力を込めた。
「何とかするからそうも身構えるな」
……そうは言われても、という話だ。言い出したのは王子なんだから、何とかしてくれなきゃ困る。なにせ私の立場はとても軽い。失敗したら言い逃れなんて出来ない。王子という地位に保証があるかもしれないけど、片田舎の没落貴族の私には必ず助かるなんて保証はない。不安になるのはしょうがないのだ。
そんな気持ちを込めて隣にいるフィレイドを見上げれば悪く言えば偉そうな、良く言えば強気な笑みで「任せろ」とだけ答えた。短く素っ気ないのに何故か、この人が言うんだから大丈夫なんじゃないかと安心しかけていた自分自身に驚いた。
会って間もない相手なのに。
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「父上、まずは詳しい事情も説明せぬまま無断で城を抜け出したことをお許しください。そしてもうひとつ、ここにいる私の恋人、アストラル・メイリーネを妃候補とすることを許して頂きたい」
ぜぜぜぜ前言撤回……! 安心出来ません! この人直球すぎます! お父上と言ったって、この国の王様でしょう!?
偉そうな態度だし、なんで言ってやったぜって顔してるんでしょうか……?
他に言い方なんていくらでもあっただろうに、敢えてストレートに言う理由はどこにあるのだろうか。
突然、王子が恋人を連れてきた訳の説明を聞くため集まった家臣の人々がざわめきだす。その場にいた大臣家の妃候補に仕えるメイド達も同様に騒ぐなか、女性は静かにメイリーネを見ていた。
ゾクッとする視線に気付きそちらを見れば彼女と目が合ってしまった。
――たった今、私は……。間違いなく、私はあの人を敵に回した。
彼女を敵に回すということは大臣家を敵に回すということ。お家復興がどうとかではなく、危険だと本能が告げる。
そんな中、低く重い声が響いた。
「静かに」
威厳を感じずにはいられないその声に、あたりは一瞬で静まった。皆がその声の主に注目するのに釣られて、メイリーネもおずおずとそちらを盗み見る。
「……フィレイド、もう少し詳しく話せないのか?」
メイリーネ達がいる場所より高いところに置かれている玉座に座る人物。フィレイドの父親である国王が続けて言葉を発する。
「ふむ、お前の隣にいる彼女の名前をもう一度、聞かせてくれないか?」
「アストラル・メイリーネです」
知らない。たいした身分ではないのでは? そんなざわめきが徐々にと変わっていく。
「もしかして不幸を呼ぶという、例のあの……」
ちらほらと聞こえてくる推測に、やっぱり良い顔はされないわよね、とメイリーネは心中穏やかじゃない。
フィレイドが名前を答えた後にぽつり、ぽつりと小声で話しているのが耳に入る。
「……アストラル家のご令嬢なのだな? 先代はとても優秀な人物だった」
父を覚えていらっしゃるんですか……? そう聞きたかったのだが横にいるフィレイドのことを考えて、簡単なお礼しか言えなかった。単純に、父のことを忘れないでいてくたことが嬉しかった。
「他に聞きたいことはありませんか?」
「あるに決まっているだろう。なぜそうも急かすのだ」
「こんな大勢の視線の前ではメイリーネが辛かろうと思ったまでですよ。恋人を気遣うのは当然でしょう?」
恋人だという発言にどきっとした。ごくごく自然に、会話の中でメイリーネを恋人だと主張した。すごいとしか言いようがない。ノープランの中、本当になんとかしてるのだ。
「では聞くが、いったいどうやって出会ったのだ? お前がアストラル嬢と接点があったなど私の耳には入ってきておらんぞ」
「隠しておりましたので。そうですね、四年前です。私がどなたかの社交パーティーに呼ばれた邸から帰る際に体調を崩してしまい、訳あってアストラル家にて薬を頂いた時に出会いました。少人数の供を連れていただけなので、覚えている者は少ないかも知れませんが」
「私は覚えております」
一人の青年がフィレイドの元へ歩みより、王に膝をついた。
「……グリイズ、お前は覚えていると?」
「はい、よく覚えております。アストラル家のご令嬢にはとても親切にしていただきました」
王子の嘘に乗っかって助け船を出したこの青年は、確か一緒に迎えに来た人だ。
「……そうか。証言するものがいるならば真であると信じよう」
王はフィレイドと数秒、目を合わせた後に高々と宣言した。
「アストラル・メイリーネを王子フィレイドの新たな妃候補として認めよう」
周りからどよめきが起きるなか上手くいったと確信したフィレイドはフン、と鼻をならした。ところが、ざわめきをかき消すかの如く、決定に異を唱える者が王の前に進み出る。
「王よ、よくお考え下さい! アストラル家など最近はたいして名を聞かない家ではありませんか! 前から妃候補だった私の娘の立場はどうなるのですか!? アストラル家の令嬢と言えば……」
「おやめなさい。王のお決めになったことですよ。王子の妃候補である彼女にそれ以上の暴言を吐くことは許しません」
進み出たのが、恐らく大臣なのであろう。なんとかして決定を覆そうと、躍起になって説得を試みている様だ。
そんな大臣の言葉を遮ったのは、以外にもそれまで沈黙を守っていた王妃だった。
ぴしゃりと大臣を諌めた後、王妃はメイリーネに向かって優しく話しかけた。
「この後、お時間ができたら私の元へ来てくださらないかしら? 貴女とお話しをしてみたいわ」
話しかけられたメイリーネは慌てて「はい」と頷くのが精一杯だった。