甘い誘惑には代償が付き物
入城すると何人ものメイドを引き連れた女性が近付いてきた。
「まぁ! フィレイド王子! どこに行ってらっしゃったんです? 皆が心配しておりましたのよ!」
藍色の髪を後ろでまとめ、綺麗な髪飾りでアップにしている姿が大人っぽく見える。真っ赤な口紅と胸元が大きく空いたドレスが印象的な女性だ。
彼女が寄ってくると、フィレイドは軽く顔をしかめた。
きっとこの女性が大臣家の妃候補なのだろう。
美人だしスタイルも良いではないか。何をそんなに嫌がることがあるのだろうか、なんてぼんやり考えていたら急に肩を引き寄せられた。
「俺の恋人を迎えに行っていたんだ」
身長差があるせいか、フィレイドの胸あたりに頬を寄せる状態となってしまったメイリーネは、目の前の女性を直視することが出来ずに目を伏せた。
「恋人ですって!?」
「シェネン様がいらっしゃるのに!?」
「どこの誰かも分からない人を連れてくるなんて王子は気でもふれたのかしら……?」
ざわざわとした戸惑いや非難の声は広まり、居心地の悪さを感じずにはいられない。
「……どういうことですの?」
彼女の疑問はもっともだ。
「そのことについては、王と王妃の前で説明する。誰か謁見したいと伝えておいてくれ」
フィレイドは群がった人々に道をあけろと一蹴し、メイリーネの肩を抱いたまま奥に進んでいった。
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とんでもないことになってしまった……!
連れられて入ったフィレイドの自室でメイリーネは青ざめた。
覚悟はしていたつもりだが、甘かったのだ。
都にいた幼い頃の記憶などないのだから、ここは右も左も分からない場所でしかない。まして入城してすぐに王に謁見するのだ。今までにない緊張をしていると自分でも分かる。
「い、いきなり王に謁見するなんて無謀じゃありませんか!?」
「早めに会っておかないと不審がられるからな」
出かけてくる、と書き残してこっそりお前を迎えに行ったんだ。心配をかけたのだから早めに安心させてやらないと。
聞こえは良いが、フッと意地の悪い笑みを浮かべているフィレイドにメイリーネは不安になるしかない。
「準備が整いました。王がお呼びです」
何の打ち合わせも出来ないまま、扉の向こうから聞こえた声に「分かった」とだけ返したフィレイドはメイリーネに向き直った。それからほんの少し声を落として告げたのだ。
「俺が全ての質問に答える。万が一、話しかけられたら俺に合わせろ。もしくは緊張していますって素振りで誤魔化せ」
そんな無茶な! 反論しようとしたが時間が迫っているという外からの声に泣く泣く言葉を飲む。
「よろしくな」
そう言って顔を覗きこまれ、そのまま流れるような動作でフィレイドはメイリーネの手をとり扉を開けた。
扉の前で待っていた家臣であろう人達に案内され、王の待つ部屋へと向かう。
なんとかなれば良いのだけれど。
いや、なんとかしなきゃならないんだ。
……この計画を成功させる他ないのだから。