慰めるというより奮い立たせる様だ
乱暴に扉が閉められた。
パーティー会場からば引きずられるようにして部屋に戻ってきたメイリーネは自室へ入るなり崩れ落ちた。
「……大丈夫か?」
「ごめんなさい」
一言謝れば、王子は怪訝な顔をした。
「会話になってない。それじゃ質問されたことに対しての答えにはならん」
「……すみません」
フィレイドは、謝れと言ってる訳じゃないと言いながら崩れ落ちたメイリーネの腕を掴んで立たせた。
そのまま椅子に座らせ、自分も正面に座る。
「良いか? あれは事故だ」
ビクリとメイリーネの肩が跳ねる。
「……違います。あれは、私が……」
「事故だ」
遮る様に、きっぱりとフィレイドが告げる。
「今グリイズに原因の解明をさせてる」
有無を言わさぬ断定の仕方に、メイリーネは僅かに睫毛を震わせた。自分のせいであって、でも自分のせいではない。
泣くまいと堪えていたのに奥の方から込み上げる何かのせいで、視界がぼやけていく。
「堂々としていれば良い。何か言われようとも気にするな。言わせておけ」
……王子はこの辛さが分からないからそんなことを言えるのだ。気にするなと言われても、あの視線や聞こえよがしな中傷は心が折れてしまう。噂が噂を呼んで身に覚えのない言われまでされる。
「……来なければ、良かった」
ピクリと反応したフィレイドの視線を避けるようにメイリーネは俯いた。
「……こんな思いをするぐらいなら、ひっそりと、今まで通り生活してれば良かった」
唆されて、お家復興なんて夢物語を信じてしまった。最初から私の出る幕ではなかったのに。
「……王子の計画だってきっと、上手く……」
いかないに決まってます、と続けようとした。それなのに出てこなかった。喉の奥で引っ掛かってしまって、言ってはいけないと本能で止めているような感覚。
あぁ、この目のせいだわ。
視線が気になってしまい、そろりと見てしまった。何を言う訳でもなく、じっと聞いていたフィレイドの深い黒色の目に吸い込まれた。言い表しようのない雰囲気は、王族だから、人の上に立つからなんて言葉では追い付かない。目を奪われる威圧感なのだ。
「……成功するに決まってる。上手くいかない訳がない」
ゆっくりと口を開いたフィレイドは重々しく続ける。
「この計画に俺はお前を選んだ。……メイリーネ、お前は家を復興させるために俺を利用しろ。俺は俺のために、お前を利用する」
これが本心なのか、それとも元気付けるためなのか。
持ちつ持たれつで、俺たちは運命共同体だ。
今更逃げられると思うなよ?
ふいに企む様な笑みを見せたフィレイドは、人の心を掴むのが上手い。常に誰かに見られる生活の中で身に付けた術なのかもしれない。
そうだったとしてもメイリーネには関係がない。こんな簡単に辛さが和らぐなんて思いもよらなかった、と感心するだけだ。自分はこんなにも単純だったのだろうか。
他の誰でもない、彼だからこそ。
つい、言い返してやりたくなる。
「……逃げられるなんて思ってません。し、逃げません」
堪えていた涙が溢れた。一滴だけ。泣きたいわけじゃない。ただ単に溢れただけ。
逃げる訳にはいかない。
「そうだ。それでこそ選んだ甲斐がある」
「……なんだかそれ、王子の手柄みたいに聞こえます」
「そうだろう? 俺の目に狂いは無かった、というやつだ。……もう文句まで言えるなら心配はいらないな」
「あ、すみません……」
「……その直ぐに謝るのは何とかしろ」
「すみません、気を付けま……あ」
メイリーネは思わず口を手で隠す。それを面白そうに口の端を持ち上げたフィレイドの表情が、思いの外、柔らかかった。
こんな表情もするんだ……
「頼むぞ」という王子の声で我に帰った。
見つめるつもりも、まして赤くなるつもりもなかったのに。
頬が熱い気がする。王子に気付かれたらどうしようと焦ってしまったが、特にその事には触れられなかったので胸を撫で下ろした。
なんだかもう少し、頑張れそうな気がすると感じた。