1、世界を壊される話
1、世界を壊される話
俺は、自室でPCをしていたはずだ。
なのに……
「ここは……どこなんだ……」
何故、路地裏みたいなところにいるんだ―――!!
俺の周りにあるのは、勉強机とその上に置かれたPCと硬いベッドとオタク丸出しの本棚とテレビゲーム専用のテレビではなく、可愛げもクソもない灰色の壁と中身が溢れ漏れだしたゴミ箱といかもにも路地裏ですよ的な暗い細い道があるだけだった。
ってか、ご丁寧に靴はかされてるし!
「何で…」
確か……母さんが速達で届いた手紙を持って来て、母さんを部屋から追い出して、封筒を開けて、
「ウェルカムトウ、エンドレスループ…」
終わりの無い輪にようこそ、と書かれていた紙を見たら、ここにいた。
「……エンドレス、ループ……」
意味がわからない。
自室から路地裏に放り出されている俺は、辺りを見回すが、ここが何処なのかわからないので動くことができない。
というか、むやみやたらに動くべきではないのか? 動いて人を見つけるべきなのか? とにかく、
「どこなんだよ…!」
外に出るのは1年ぶり。日の光に当たるのも同様。いや、今はそんなことどうでもいい。
今は――――――
「あ、いたいた。
うん、ボクが一番乗りみたいだね」
「―――!?」
唐突に聞こえた声に驚き、思考を中断して、後ろを振り返る。
そこには
「やあ、新しいプレイヤーさん」
青のパーカーのフードをかぶり、夏だというのに半袖のパーカーの下には体にフィットする赤の長袖の服を着ている。下は赤のラインが入った黒のジャージだ。
顔はまぁイケメンだろう。憎たらしいことに。
しかし、男の割には声が高い。女と見間違いそうになる長い黒髪だが、一人称がボクで、中性的な感じだ。
……女か?いやいや、その割には男のような雰囲気だな。
「ボクはリョウ。
この街に飛ばされてきて、意味がわからないだろうけど、取り合えず名前を教えてもらっていいかな?」
飛ばされる? 何のことだ? こいつはここがどこだが知っているのか? 何者だ?
色々聞きたいことはあるが…とりあえず、名乗ろうか。
「あ…ああ。俺はユウヤだ」
「じゃあ、説明しようか……この街の事を」
リョウという、中学二年生のおれより二、三歳年上の少年(?)は微笑んで、告げた。
†
蝉時雨は鳴り止まず、延延とおれの気力をすり減らしていく。
あぁ…、まただ。
変わることを知らないこの街は、同じことを繰り返す。
例えそれが、どんなに良いことや嫌なことでも。
あ、あそこに×××と×××がいる。
じゃあ、××と×××も来たんだろうな…。
あれっ……×××って誰だっけ?
そもそも、おれは……何のためにいるんだ?
わからない。
わからないことだらけのおれに、大嫌いな蝉時雨が2割増しで降りかかってきた。
†
「この街は終わりが無くてね。延々8月を繰り返すんだ」
リョウ、と名乗った少年は笑顔を保ったまま淡淡と話を進める。
こいつはここがどんな場所か知ってるんだな、とだんだんと理解し始めていた。
「終わりは無い。ここに来たのが最悪、もう出る事は出来ないんだ」
フードから出た長い黒髪が風で揺れる。
しかし、そんな小さな仕草は俺の意識の範疇の外だった。
「出る事が…出来ない!?」
「そう」
サラッと返されて、俺は目眩でもしたのかよろめいてしまった。熱中症か?
まぁ、久々に外に出るから仕方ないか…。そう考えると、水が飲みたいなぁ…。
「あぁ、でも大丈夫。
1つだけあるんだ……この街から出る方法」
…絶望を突きつけてから、希望をもたらすのか…。なんか…この人は小悪魔的なポジションでいそうだ。
でも、なんか
「それはね――――――この街に『来た』10人の人達で力を合わせて、街の中央にあるらしい『スーパーコンピューター』を壊すこと」
リョウはそれを、街の中央らしき方向を指差しながら俺に告げた。
どうやらここからは逆方向らしい。
「壊す……って、どうやるんだよ!?
スパコンなんかあるところって、厳重な警備があるんじゃないのか!?」
「『力を合わせて』、って言ったじゃん」
はぁ?
力を合わせて、って言われてもな…。ヒキコモリの俺に何が出来るんだよ?
ネット関係でも専門家以下だし、勉学系もからっきしだし、役に立てそうなことは何もないんだけど…。
「あぁ、気にしなくていいよ。
そこに関しては全然オッケーだから――――――ここに来た時点で」
リョウは俳優並の、いや顔負けの笑顔を俺に向けてきた。
…不覚ながら俺はその笑みにドキッとしてしまった。うおああああ!!何考えてんだ俺! 熱中症だな! ああ、熱中症だな!! 早く涼しいところに行きたいな!!
「そうだね……まぁ、物は試しで1つ見せてあげるよ」
内心で暴走している俺をよそにリョウはそう言って周りをキョロキョロ見回し、近場にあった石を拾って俺に見せてくる。
「ただの石だよね、これ」
「ああ…ただの石だな」
少しばかり大きいことを除けば至って普通の石だ。
リョウはそれをヒョイッと投げ捨てた。
カツン、と地面に石が当たった刹那、石は人に変わった。正確には、石が落ちた場所には少年が立っていた。その少年は、黒髪で赤色ラインが入ったジャージを着た……紛れもなく俺だった。
「え…?」
「分かりやすく君の姿をとらしてもらったけど……これがボクの能力『幻影』だよ」
幻影…?
え、そこに鏡でもるんじゃないのか?
「目を会わせた人に、『幻』を見せるんだよ」
リョウの方を見ると、赤い瞳でこちらを見ていた。
幻…って、んなバカな…。でも、赤い瞳って、小説やゲームの世界では…ありそうな…。
「君にも…どんな能力かはわからないけど、絶対にあるハズだよ」
フッと赤い瞳から紫を含んだ黒の瞳に戻る。
リョウは何気無い事なのだろうが……俺には……アニメの世界にぶちこまれた感覚だ。
「なんで…ってか、俺はどうしてここに来たんだよ!?」
能力がある(らしい)、なんて言われて即座に納得出来る程、俺は大人じゃないし、ゲームの世界じゃない。
今持っている疑問を全部解消しない限り、俺は今起こった事を理解したくない。解消しても理解したくないかもしれないけど…。
「ん?
不幸の手紙が届いたんだよ」
「不幸の手紙…?」
「あ、不幸の手紙って言い方はボクらがつけた言い方だから特に気にしなくていいよ。
でね、その不幸の手紙には『ウェルカムトゥ、エンドレスループ』って書かれていただろう?」
「ああ」
「それが鍵らしくてね、その言葉を口に出すとこの街に飛ばされる仕組み…らしいよ」
らしい、か。
まぁ、リョウだって同じなんだろうし…確証はないよな…。
「……ウェルカムトゥ…エンドレスループ……」
「まぁ、このノリで街の事を説明しておくよ。
歩きながらでいいかい?」
「何処かに行くのか?」
と聞くと、リョウは
「ボクの仲間がいる場所、アジトだよ」
†
「この街にね、10人だけプレイヤーがいるんだよ」
「10人…?プレイヤー…?」
あぁ、とリョウは肯定する。
「プレイヤーはボクらみたいに『不幸の手紙を受け取っている』んだよ。
他の人たちはNPCって呼んでるよ。でも、あまりに人間にそっくりだからプレイヤーを探すのにも一苦労なんだよ〜」
「俺はどうやってプレイヤーってわかったんだ?」
リョウは俺に会った時、疑いも無く俺をプレイヤーと呼んだ。
NPCとプレイヤーの区別は何なのか…リョウはそれを知っているのだろうか。
「ん?
プレイヤー特有の焦りと、ああやって言うとNPCだったら…『プレイヤー?何、ゲームでもしてんの?』とか『はぁ?お前頭大丈夫?』とかまぁ、泣きたくなるような答えしか帰ってこないからね」
「いや……それは人によっては言うぞ」
「そうかな?」
いや…そうだろ。
この人、頭良いのか悪いのかわからない…。こんな人に助けられたのか…俺。なんかショックだ。
「うーん…ボクは2回目だからNPCくらいは判断出来るんだけどね…。
君に判断基準を教えるのは難しいな…。それに、君たちより先に来た3人はもしかすると、この街に慣れて区別しづらくなってる可能性が高いんだよね…あはは」
とても清潔とは言いづらい路地裏をリョウは馴れた足取りで歩く。
……ん?2回目?
「2回目…って、どういうことなんだ!?」
「あ、ああ…ボクは2ヶ月ここにいる、って意味だよ。
すまない、ボクらは1ヶ月を1回、と数えていてね……驚かせたね」
あーびっくりした…。
俺は一瞬、一度出れてもう一度この街にやって来たのかと思った。ったく、紛らわしいな…。
「ごめんごめん」
あまり申し訳なさそうには見えない顔で謝ってくる。
でも…なんか、許せるんだよなー…不思議な人だ。さすが小悪魔で天然だな。
「なぁ、リョウ。
さっきから思ってたんだけど……リョウ以外に誰か仲間がいるのか?」
それを聞くとリョウはピタリと歩みを止めた。
う…タイミングミスった感がある…。
「――――――いるよ」
「そうなのか!?」
「ボクを含めて4人……なんだけどね……」
歯切れ悪そうに呟く。
よく見ると、顔も苦笑いだ。え、なにそのイタズラがすごくヤバい人に見つかっちゃった感。
「何か……あるのか?」
「あ、うん…えっとね…その……」
目が泳ぎ始めた。
う…なんだこの可愛さ。反則だろ…ッ!
俺は俺に必死に男だと言い聞かせつつ、リョウを見る。
「……悪いんだ……」
「え?」
「仲が、相当悪いんだ……」
†
リョウに促され、入ったアジトで……
「ったく、また一人愚図が増えた」
「ひぃぃぃ!な、殴らないでください!蹴らないでください!罵らないでくださいぃぃぃぃ!!」
「いらっしゃい。これからヨロシク」
……俺は俺の世界が壊れる音を聞いた。
多少、世界観を説明出来たかな…?
ゆっくり時間をかけて説明出来たら…と思っています。
出来れば次話もお付きあいください。