第92話 もっと甘える司君
翌朝、司君の腕の中で目覚めた。司君はすうって可愛い寝息を立てて、まだ寝ている。
ああ、今日も可愛い寝顔見れちゃった。なんて、しばらくうっとりと見ていて、はたと気がついた。
そうだった!キャロルが私の部屋にいるんだ。もし、目が覚めて私がいなくって、司君の部屋に入ってきたら大変だ。私も司君も素っ裸で寝ているし…。
そうっとベッドから抜け出し、下着とパジャマを着て司君の部屋を出た。それから静かに私の部屋のドアを開けた。
キャロルは、布団から足を投げ出してグーグー寝ている。
ほっとしながら、私はパジャマを脱いで制服に着替えだした。
時計を見ると、まだ7時前。
それからまた、そうっと部屋を出て一階に下りた。
「おはようございます」
「あら、早いわね。まだ7時になっていないわよ?キャロルのいびきでもうるさくて、眠れなかったとか?」
お母さんが洗面所で洗濯物を洗濯機に入れながら、そう聞いてきた。
「い、いえ。ただちょっと早くに目が覚めちゃって…」
う~~。嘘ついちゃった。本当は司君の部屋で寝ていたのに。
それから顔を洗い、リビングに行きメープルに抱きついた。メープルは嬉しそうに尻尾を振った。
きっと、キャロルがいてメープルは、窮屈な思いをしているんだよね?大丈夫かな~。
「メープル、お散歩とかに行ってあげられなくてごめんね?」
「く~ん」
メープルは私の顔をべろっと舐め、ワフワフとじゃれついてきた。これ、甘えているのかな?可愛いなあ。
ワン!いきなり、メープルが吠えた。驚いて後ろを見ると、司君がパジャマのまま立っていた。
「おはよう」
「……なんで、先に起きてんの?」
「え?」
「なんで、俺のこと起こさないで、部屋から抜け出してんの?」
うわ。もしかして司君怒ってる?
「ごめんね。早くに目が覚めて。キャロルが起きないか心配で、一回部屋に戻ったの」
「起きるわけない。いつもキャロルは起こさなかったら、昼まで寝てるんだから」
「そ、そうだったの?」
「……」
司君がすねた顔で私をじっと見ている。
「お、怒ってるの?司君」
「怒ってないけど、びっくりした」
「え?」
「いると思ったらいないから。俺、また何かやらかして、穂乃香のこと怒らせたか、泣かせたかと思った」
「何かやらかしたって?」
「いや…。いいんだ。何もないんだったら」
「?」
「メープル、おはよう」
司君はメープルの背中を撫でた。メープルは司君に思い切りじゃれついた。
「司、穂乃香ちゃん、朝ごはんできたから食べちゃってね」
お母さんがダイニングから私たちを呼んだ。私はすぐにダイニングに行こうとしたが、司君に腕を掴まれ、司君に抱きつかれてしまった。
「つ、司君?」
「朝も、穂乃香といちゃつきたかったのに」
「え?」
うわ。そんな抱きしめてこないで!もし、お母さんが来たらどうするの?
「司、穂乃香ちゃん。朝ごはんよ!」
うわ~~~!ほら、来ちゃったよ!
「わかってるよ。聞こえてるって」
司君はお母さんが来ても平気で私に抱きついたままそう言うと、仕方ないなって顔をして私から離れた。
「何よ、朝からいちゃついていたの?あ、そうか。キャロルがいるからいちゃつけなかったわけね。あら、邪魔してごめんなさいね」
お母さんはそう言うと、そそくさとリビングを出て行ってしまった。
「ほ、ほらほら。お母さん、あんなこと言ってるし。司君、なんだってお母さんが来たのに抱きついたりしていたの?」
「……」
あ、あれ?司君の顔、またすねてる?
「司君…」
「だから、朝も穂乃香といちゃつきたかったんだってば…」
そう言うと司君は、ちょっと寂しそうな顔をしてダイニングに行ってしまった。
なんだ?司君がやけに可愛い。今のってもしかして、甘えていたの?
「メープル、司君は甘えていたんだと思う?」
メープルに聞くとメープルはまた、ワフワフと私にじゃれついてきた。
「う、うん。メープルも甘えたいんだね」
私はメープルにまで抱きつかれ、しばらくメープルにじゃれつかれていたが、どうにかメープルから離してもらいダイニングに行った。
司君はクールな顔で朝ごはんを食べている。
「キャロル、いつまでうちにいるの?」
司君が聞いた。お母さんは、さあ?と首をかしげた。
「守が嫌がってまた、ストライキ起こすんじゃないの?」
「平気でしょ?守、今日から部活だし」
「でもまだ、寝てるんだろ?」
「9時から部活って言ってたから、そろそろ起こそうかしらね」
お母さんはそう言うと、ダイニングを出て行き守君を起こしに行ったらしい。
「穂乃香」
「ん?」
「ジャムついてる」
え?
「どこに?!」
「口の横んとこ…」
「ここ?」
「ううん、逆」
司君はそう言うと、ぐっと私に顔を寄せてきた。と思ったら、なんと私の唇のすぐ横をべろっと舐めた。
ひょえ~~!!!!!?
「とれた」
司君はそう言うと、また自分のトーストをバクバクと食べだした。
「い、今のって舐めてとってくれたってこと?」
「うん」
うわ~~。顏から火が出たよ、久々に!司君はメープルか!って突っ込みを入れたくなったよ。でも…。なんだか、司君がまた変わった気がするのは、気のせい?
守君が眠そうな顔で起きてきたころ、私と司君は鞄を持って、玄関を出て行った。
「行ってきます」
「いってらっしゃ~~~い」
お母さんの元気な声だけが響き、その後ろにいた守君は、不機嫌そうな顔をしていた。
「守君、まだ怒ってるのかな」
「え?」
駅までの道でぽつりとそう言うと、司君は眉をしかめ、
「怒らせておけばいいよ」
と、なんとも冷たい返事が返ってきた。
「でも…」
「いいの。あいつ、穂乃香に甘えすぎてるから。ちゃんと穂乃香離れしてもらわないと」
「…私から?」
「そう。彼女のほうに気持ちが向いてくれたら、そんなに穂乃香に甘えなくなると思うんだけどな」
「その彼女、司君を気に入ってたよね?」
「俺を?」
「うん」
「……。いや、俺より守を気に入っててもらわないと」
司君はそう言って、私の手を握りしめてきた。そしてそこからはずっと、司君は私の手を握っていた。
「守君に嫉妬したりしてる?」
電車に乗って隣の席に座り、私は司君に小声で聞いてみた。
「してるよ」
司君はそうつぶやくと、私の顔をじっと見て、
「駄目?」
と甘えるような目で聞いてきた。
「う、ううん。そんなことない…」
その目がなんだか可愛くって、照れてしまった。
やっぱり、今日の司君はまるでメープルみたいだ。甘える顔がとっても可愛い。
ああ、こんな司君もいるんだなあ。それに、甘える司君って可愛いんだなあ。今も私、キュンキュンって、ときめいちゃってるよ。
ただ、司君は学校が近づくにつれ、どんどん顔がポーカーフェイスになっていき、甘える目つきもしなくなっちゃってつまらないんだけど。
ううん。こんなポーカーフェイスの司君もかっこいいから好きなんだけどさ。
「じゃ、またあとで」
美術室の前でそう言って別れて、廊下を歩いて行く司君の後姿をしばらく見ていた。司君の背中ってかっこいいよなあ。歩き方も颯爽としていて好き。
はあ。幸せのため息をついてから、美術室に入った。すると、部長しかいなかった。
「あれ?まさか、今日は2人…とか?」
「かもね。1年の子も今日は休むって言ってたし」
あらまあ。
「本当に結城さんは、真面目だよね」
「え?」
「毎日出てくるんだから」
「う、ううん。私の場合、司君が部活ある時しか出ないけど」
「彼氏と一分一秒でも一緒にいたいとか?」
「え?」
ひょえ。そんなこと聞かれてなんて答えていいのやら。
「いいよね、彼氏がいるのって」
「あ、好きな人、どうした?」
「ああ、先輩、彼女できたらしくて」
「え?!」
「もたもたしているうちに、彼女できちゃったみたい。やっぱりさっさとコクっておけばよかった」
うそ。まじで?じゃ、部長思い切り落ち込んでいるとか?
「ま、しょうがないか。私も同じ学年の男子で手を打つとしようかなあ」
あれ?そんなに落ち込んでいない?
部長は落ち込むどころか、何気に鼻歌まで歌いながら絵を描きだした。そんなに、相手のことが好きだったわけじゃないのかな。
私だったら、学校に来る元気もないくらい、落ち込むと思うんだけどなあ。
昼休み、食堂に行くとすでに弓道部の人たちがいた。そして何やら騒いでいた。
「くそ~~。なんで1年には彼女ができるんだよ」
ああ、どうやら1年の誰かに彼女ができたんだな。
「2年では藤堂くらいじゃねえの?彼女いるのって」
「ちきしょう。今年こそ俺は、彼女作ってやる」
「お前、その前に今年は受験生だろ」
「あ~~。そうだった!」
そんな話で盛り上がっている。司君も、みんなと一緒に大笑いをしているのが見える。
そうなんだよね。司君、弓道部の中ではそんなに、ポーカーフェイスじゃないの。けっこう素の司君でいるんだよね。それだけみんなに、心を開いているってことなのかな。
こそこそ。司君に誰かが耳打ちをして、それから司君が私を見た。そして、席を立って私のほうに向かってきた。
「今からお昼?」
「うん」
あれ?隣に座ってきたぞ。
「司君は?」
「もう食べたよ」
「……えっと?」
「隣に座っていたら駄目?」
うわ!また司君、甘える目で見てきた。
「い、い、いいけど」
わわ。私ってば、思い切り動揺しちゃった。
「?」
司君はそんな私を不思議そうに見ている。ああ、その目もなんだか、可愛い。
キュキュン!
「司君」
「ん?」
「可愛い」
「…何が?」
「司君が」
「お、俺?」
司君が驚いている。でも、そのあと耳を赤くさせ、下を向いてしまった。あ、きっと照れてるんだ。
「甘えてる司君って可愛いよね。そんな司君に今、キュンってしちゃって」
「え?」
「胸キュンしてたの」
「……」
あ、司君、顔赤くなってる。
「そ、そうなんだ。俺が甘えても穂乃香、喜んでくれるんだ」
「もちろん…」
て言ってる私も、なんだか照れる。ああ、今もしかすると、2人して照れてるかも。
「藤堂、先に部室に戻ってるよ」
「ああ…」
川野辺君がそう言いながら、他の部員と食堂を出て行った。でも、
「ああ、ちきしょう。藤堂のやつはずっと結城さんと仲いいし、なんで俺には彼女できないんだよ」
というぼやきが、食堂の外から聞こえて来ていた。
「……」
その言葉を聞いてまた、司君が耳を赤くした。
「俺と穂乃香、仲いいっていう噂あるんだね」
「え?」
「別れるかもっていう噂あったよね?」
「うん」
「それが今は、すごく仲がいいみたいだって噂に変わったらしいよ」
「…そ、そうなんだ。まさか、一線を越えたから仲良くなったとか、そんな噂じゃないよね?」
「あ、そんな噂」
ええ?!
「だからさ、もっと学校でもいちゃついて平気かも」
「駄目」
即座にそう答えると、司君は一気に寂しそうな顔になり、
「駄目?」
と甘えるように聞いてきた。
「だ、駄目」
もう一回そう言うと、司君はちょっとすねた顔をした。
なんなんだ。可愛すぎるよ、司君ってば!
そして5時を過ぎ、とっとと部長は帰ってしまい、私一人で美術室に残っていた。
「お待たせ」
司君がそう言いながら、美術室に入ってきてドアを閉めた。
「一人…だよね?」
「うん。今日は部長と私しかいなかったの。部長は5時になるとさっさと帰って行っちゃうから私一人」
そう私が言うと、司君は私を抱きしめてきた。
「司君、学校では駄目」
「ちょっとだけ」
「でも…」
「誰も来ないよ」
そう言うと司君はキスまでしてくる。
「駄目だってば」
本当にどうしちゃったの。うわ。また抱きしめてきた。
「今日もキャロルいるよね。また、穂乃香を独占されちゃうんだよね」
ああ、キャロルがいるからか。
「夜中、またこっそり部屋に行こうか?」
そう聞くと司君は私の顔を見て、にこりと微笑んでうなづいた。
うわ。今の顔も可愛かったんですけど。
「つ、司君」
「ん?」
「可愛い」
そう言って今度は私のほうが、司君に抱きついてしまった。
「あ、穂乃香もその気になってきた?」
「なってないよ。抱きついただけだから」
「何だ…」
なんだって、がっかりしてるの?まさか。でも、離れがたいからもうちょっと抱きついていようかな。
甘える司君が可愛くて、もっと甘える司君も見てみたいなあなんて思いながら、私は司君に抱きついていた。




