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第87話 守君の彼女

 翌日、まだ二人とも部活もないので、江の島の神社にお参りに行くことにした。

「じゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 いつものごとく、お母さんに元気に見送られ、私と司君は家を出た。


「守君、行きたがってたね」

「……いいよ。あいつはもう、初詣したんだから」

 そんな話をしながら、私たちは歩いていた。

「穂乃香、手」

 途中で司君が手をつないできた。私はすぐに司君の手を握りしめた。


 今朝も目覚めた時、すぐ横に可愛い司君の寝顔があって嬉しかったなあ。

 司君って絶対に、寝ている時のほうが無防備で、子供みたいな無邪気な顔になるよね。それが、可愛いんだよね。


「…司君」

「ん?」

 それ、言ったらどうするかな。照れる?赤くなる?それとも、能面みたいになる?

「司君ってね、寝ている時、無邪気な子供みたいな顔になって可愛いんだよ」


「…俺?」

「うん」

 あれ?照れないぞ。

「穂乃香も、赤ちゃんみたいに可愛い寝顔だよ。俺、昨日の夜も穂乃香が寝てから、ずっと見てたよ」

「え?!」


 赤ちゃん?きゃわ~~~。恥ずかしい!

「あ、真っ赤だ」

 うわ。司君はまったく照れもしなかったのに、私のほうが照れまくった!


 くすくす。司君は物静かに笑いながら、歩いている。

「も、もう~~~。最近、司君、よく私をからかっているよね?」

「穂乃香だって…」

「私は、別に…」

 からかっていないよ。ただ、照れるかどうか反応が見たかっただけで。


「穂乃香…」

「え?」

「でも、穂乃香、昨日の夜はやたら色っぽかったよね。寝顔とのギャップがありすぎだよ」

 どひゃ?!


 私はびっくりして周りを見回した。大通りに向かって歩いていて、辺りには人がいなかったからよかったものの、もし聞かれたら大変だよ?


「初詣、何をお参りする?」

「え?あ、うん」

 そうだなあ。

「司君は?」


「俺は…」

 司君はしばらく黙り込んだ。

「そうだなあ。今、穂乃香がすぐ横にいてくれるし、十分満たされているから、ずっとこの幸せが続くことかな」

「お、同じ!」

 私は思わず嬉しくって、司君の手を離し、腕にギュウってしがみついた。


「…胸、当たってるけど」

「あ…」

 司君の顔が一瞬、赤くなった。私は、ほんのちょっとしがみつく腕の力を弱めた。でもまだ、司君と腕は組んでいた。


「腕は組んでいてもいい?」

「いいよ」

 良かった。


 ああ、でも嬉しい。同じことを思っていてくれたんだ。なんだか、胸がほわほわしてすごく満たされちゃってる。すっごく幸せだ。

 司君の隣ってなんでこう、あったかいんだろうなあ。


 そして江の島に行き、江の島神社でお参りを済ませ、近くのお店に入りお昼ご飯を食べた。

「なんだか、いいね」

 司君がにこりと笑った。

「え?」

「今日もまた、デートって感じだね。家からそんなに離れたところじゃないけどさ」


「うん。でも、けっこう歩いた」

「疲れた?穂乃香」

「ううん。司君と一緒だと全然」

 ほわん。今、司君がそんな目をして私を見た。ああ、きっと今2人の周りは、ほわんとした空気が流れているんだろうなあ。


 ブルルル…。そんなほんわかムードをこわすかのように、私の携帯が振動した。

「誰かな」

 見てみると、麻衣だった。


「麻衣からメールだ…」

「中西さん?」

 そうだった!クリスマスイブどうだったか、まだ報告聞いていなかったんだ!


「ちょ、ちょっとメール読んでもいいかな?」

「いいよ」

 司君がにこりと笑ってくれたから、私は麻衣からのメールを読みだした。


>もう長野から帰ってきたよね?今日会える?話を聞いてもらいたいんだけど。

 今日?

「あ、あのね。麻衣が、今日会えるかって…。どうしようかな」

 司君に聞いてみた。できたらまるまる1日、司君といたい。


「……今日?」

「だ、ダメだよね?断るね」

「え?いいよ」

 いいの?!私と1日一緒にいたくないとか?


「でも、夕方、ほんのちょっとだけね?俺、そんなに穂乃香と離れていたくないし」

 きゃわ~~。嬉しい、その言葉!

「うん!」

 私はすぐに麻衣に、

>夕方ちょっとだけでもいいかな?

とメールを送った。


>いいよ。江の島まで行くし、もしできたら、司っちの家にお邪魔させてほしいんだ。

>なんで?

>あんまり外で話せる内容じゃないと思うから。

 え…。な、何?なんだろう。


>わかった。私の部屋で話そうよ。

>ありがとう!じゃあ、4時に行く。私も夕飯は家で食べるから、そんなに長居はしないからね。

>うん、待ってるね。


 携帯を閉じて、

「4時に司君の家に来るって」

と司君に言った。

「え?うち?」

 司君は、ちょっと驚いた顔をした。


「私の部屋で話をするね。でも、夕飯までに家に帰るらしいから、あんまり長居はしないって」

「そっか。なんか、悪かったかな、やっぱり」

「え?」

「うちにまで来るってことは、大事な相談事とかじゃないのかな」


「さあ。どうかな」

 多分彼氏とのことだろうけど。

「母さんに言っておかないとね。それも、部屋で話をするって言わないと、リビングに入れて、母さんべらべらとあの調子で、中西さんに話をし出すかも」

「そうだね」


 それから私たちはお店を出て、また、ぷらぷらと歩き出した。辺りにはけっこう人がいる。みんな神社にお参りに来たようだ。

「江の島の伝説があるの知ってる?」

 司君はそんなことを話しだした。それを聞きながら、私たちはゆっくりと江の島から駅の方へと向かって歩いた。


「まだ、夕方まで時間あるし、どっか遊びに行く?」

「……浜辺は寒いよね」

「うん、そうだね」

「水族館も、この時間じゃあんまり見て回れないよね」


「あ、ゲーセンは?今日、開いてるかな」

「…うん。行ってみる」

 まだ、帰りたくなくって、そう言った。

 そして二人でゲームセンターに入った。


「あれ?守だ」

「え?」

 司君がゲームセンターの奥を指差した。あ、本当だ。隣りに守君よりほんのちょっと背の高い女の子もいる。


「彼女かな」

「うん、きっとそうだ」

 司君と小声でそう言いあい、静かに近づいた。そして、司君はものすごく不自然に、

「穂乃香、このクレーンゲームする?何か取ってほしいものとかある?」

と、突然大きな声でそう言った。


「う!兄ちゃん」

 さすがに守君が気が付いたようで、私たちのほうを見て顔を青くしている。

「あれ?守、偶然だなあ」

 今のもわざとらしいよ。司君、演技ヘタだよね。


「なんでここにいるんだよ」

「お前こそ」

「俺は暇だから」

「俺らも暇だから」


 そんな会話を兄弟で繰り広げると、司君は守君に顔を近づけ、

「誰?」

と小声で聞いた。いや、彼女だってわかってるよね?もう。


「あ…。テニス部の先輩で、坂巻さん」

 守君がそう言うと、その隣で真っ赤になって、

「守君のお兄さんですか?」

と女の子は聞いてきた。


「ああ、はい」

 司君はほんのちょっと笑みを浮かべ、静かにそう答えた。

「坂巻香織です。初めまして」

「藤堂司です。初めまして。あ、この人は結城穂乃香さん…」


 司君がそう紹介しようとすると、

「知ってます。守君のおうちに住んでいるんですよね?お兄さんの彼女なんですよね?」

と、香織さんが聞いてきた。

「守が話したの?」


「わ、悪いかよ。話したら」

 守君はちょっとふてくされた顔をして聞いた。

「いや、いいけどさ」

 司君はなんとなく意味ありげにうなづきながら、そう答えた。


 坂巻香織さんは、ショートヘアーで活発そうな、しっかりした感じの女の子だ。

「結城さんって、守君が言ってたとおりの人だ」

「お前、どんなふうに言ってたの?」

 司君がまた小声で、守君にそっと聞いた。でも、もちろん私にも香織さんにも丸聞えだ。


「い、いいじゃん、べつに」

 守君はまた、口を尖らせそう言った。

「女らしくって、大和撫子って感じの女性だって。守君の理想の女性だって言ってました」

 へ?


「……お前、そんなこと言ってたの?」

 司君がちょっと怖い顔をして、守君に言い寄った。

「だからそれはっ。こいつがしつこく付き合ってって言って来たから、俺とは全然タイプが違うから嫌だって言って、そんでどんな人がタイプなんだって言うから、言っただけで…」

 守君、真っ赤ですけど。


「でも、今は坂巻さんと付き合ってるんだろ?」

 司君はまだ、怖い顔をしている。

「…だって、こいつ、しつこいから」

 酷い。そんな言い方。

「断られても、断られても、しつこく何度も付き合ってって言ってたんです。粘り勝ちです」

 え?


 香織さんはそう言うと、にこっと笑って、

「守君、可愛いからいいなって思ったんですけど、お兄さんもすごくかっこよくって、タイプかも」

と、そんなことを言いだした。


 なんですと?

「ちょ、何言ってんだよ?」

 あ、守君も焦ってる。

「うそ。今、妬いた?」

「え?」


「ジェラシー感じちゃった?守君」

「まさかっ。そんなことあるわけないだろ?」

 あ、また守君赤くなった。

「え~~~。なんだ、少しくらい妬いてくれたって」


 香織さんはそう言うと、ほっぺをふくらませ、すねた顔をした。

 うわあ。しっかり者だけじゃなかった。すごく可愛らしいんだ。私とは大違いだぞ。

「あの、一緒に遊んでもらっていいですか?」

 突然香織さんは、司君にそう聞いた。


「え?いいけど」

 司君は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにそう答えた。

「じゃ、あれやりりませんか?2対2で」

 香織さんが指差したのは、エアーホッケーだ。うわ。うそ。あれ、超苦手なんだけど。

「いいよ」

 ああ、司君がいいよって言ってしまった。


 そして、私と司君、香織さんと守君のチームで別れ、試合をした。

「うわ、うわわ~」

 カチャン。また、ゴールされられた。


「やった~~~!」

 香織さんが打った玉だ。ものすごい力で打ってきた。私めがけて。香織さん、守君の腕を掴んで喜んじゃってるよ。


「つ、司君、ごめん」

「いいよ。大丈夫」

 司君はにこりと笑った。そして、その後も私はなんの役にも立てず、守君チームの圧勝だった。

「へっへっへっへ。兄ちゃん、へたっぴ」

 守君がそう言った。横で香織さんもにこにこしている。


「これは私が足を引っ張ったから。でも、司君はもっとすごいんだからね」

 つい、悔しくなってそんなことを言ってしまった。

「じゃ、次は守君とお兄さんだけで勝負してみてください!」

 香織さんははしゃぎながらそう言った。


「え?」

 守君の顔が一気に暗くなった。

「いいよ」

 司君は無表情だ。


「守君、大丈夫だよ。だって、テニス部だよ?コントロールだって守君のほうがいいに決まってる」

 すごい自信だ、香織さん。

「でも、兄ちゃんは…」

 守君がそう言いかけた時、

「よし。守、金入れるぞ」

と司君は張り切りながらそう言って、お金を入れた。


 そして、司君は終始余裕の笑み。めずらしく微笑みながら、軽く守君を負かせてしまった。

「だ~~~~!!!少しは手加減しろよ。こっちは中1だぞ」

 守君は涙目でそう訴えた。その横で、香織さんはぼ~~っとしながら、司君を見ている。


「テニス部なんだろ?コントロールいいんだろ?」

 司君はわざとそんなことを言った。

「兄ちゃんは、弓道部で、半端ない集中力あるじゃんかよっ」

「え?弓道部?」


「そうだよ。それだけじゃなくって、兄ちゃんはとにかくすげえ運動神経の持ち主なんだ。俺、今でもテニスしたら簡単に負かせられるよ」

「じゃ、お兄さんはテニス部だったことも?」

「いや、ないけど?」


 司君は無表情でそう答えると、

「じゃ、俺たちはクレーンゲームするからここで」

と爽やかにそう言って、私の手を取ってクレーンゲームのほうに歩き出した。


「お兄さん、かっこい~~~~~~」

 後ろから香織さんのそんな声が聞こえた。でも、司君は無視していた。だけど、

「え?!」

と守君が、悲痛な声をあげたのが聞こえてきた。


「守君のお兄さんって、すごくかっこいいね」

「…え?」

「背も高いし、顔もいいし」

「……」

「素敵だなあ」


 ああ、やばいかも。変なライバルができたかも。そのうえ、守君がふられて、泣く羽目にならなかったらいいんだけどな。

 そんな嫌な予感がしながらも、私は簡単に私が取ってと言ったものを釣り上げてしまった司君にうっとりした。


「はい、このぬいぐるみでよかったの?もっと可愛いのあったよ?」

「いいの。可愛いのって苦手だし。それに、これもけっこうよく見ると可愛いよ」

「そう?」

 鼻のつぶれた犬のぬいぐるみだ。でも、本当にずっと見ていると、なかなか味のある顔だ。


 それから、私たちはさっさとゲームセンターを出た。後ろから守君と香織さんがついてきそうになったが、

「ごめん。俺らもう帰るから、ここで。守はもうちょっと、坂巻さんと遊んで来たら?」

ときっぱりと言って、2人をゲームセンターに残した。


「……坂巻香織さん、意外だったな」

「え?」

「もっと、おとなしい子と付き合いだしたかと思った」

「…でも、あいつには合ってるんじゃないの?」

「坂巻さんが?」


「うん。守って、しっかりしている子のほうが、合ってると思うよ」

「そうかな。守君もしっかりしているから、守ってあげたくなるような、そんな子がいいのかと思ったけど」

「あいつ、しっかりしてる?」

「うん。私、頼りになるなって思ってたよ?」


「……。だけど、あいつ、けっこう甘えん坊だし、わがままだよ?」

「うん…。甘えん坊かもしれないね」

「だから、お姉さんタイプで、甘えられるような相手が合うんじゃないの?」

「あれ?」

「え?」


「私ももしかして、守君に甘えているかと思ってたけど、甘えられてた?とか?」

「今さらわかった?思い切り穂乃香に甘えてたし、なついてたでしょ?」

「そ、そうか」

 私は黙って考え込みながら歩いていた。そういえば、そうだったかもなあ。なんて思い出しながら。


 そして、何気に気になり司君の腕を掴み聞いてみた。

「司君はなんで、私に甘えてこないの?」

「え?」

「甘えてこないよね?私、甘えられない?」


「…………」

 あれ?司君、顔が無表情。私、へんなこと聞いた?

「お、俺、甘えてる…けどな」

「え?」

「今でも、思い切り」

 うっそ~。


「そ、そうなの?え?どこが?どの辺が?」

「いいよ、そういうことは聞かなくっても」

「嫌だよ。知りたい。わかんなかったもん。どこが、どんなふうに甘えてるの?」

「いいって!」


 司君の耳が赤くなった。

 でも、でもでも、わかんないよ。そんなに甘えてる?甘えてるって言ったら、私の方だよね?

 帰り道、司君はずっとそっぽを向いていた。でも耳が赤いのは見えていた。そして私はまた、考え込みながら歩いていた。


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