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第84話 楽しい未来予想図

 その日の夜は、大晦日とお正月に、お酒を飲んだり夜更かしをしたお客さんが多くて、さすがに疲れてしまったのか、皆早々と部屋に戻り、リビングもダイニングも静かだった。

 後片付けも早くに終わり、私たちの家族は、バイトの人たちとは別のテーブルで、家族水入らずで夕飯を食べることにした。


 司君はもちろん、私の隣の席に座ってもらった。そして兄の隣には、玲奈さんが座った。

「なんだか、こうやって家族がそろうのは、久しぶりよね」

 母がしみじみとそう言った。父も、感慨深そうにうなづいている。


「毎年、お正月にはみんなで集まりたいわね」

「そうだな。穂乃香も、高宏も毎年ペンションに来てくれたらいいんだよ。あ、司君と玲奈さんも一緒にな?」

 父は、穏やかな表情でそう言った。


「…」

 兄と玲奈さんは黙っていた。でも、司君は、

「そうですね。毎年来たいです」

と、珍しく笑みを浮かべてそう答えた。


「司君はでも、高校卒業して長野に来たら、お正月くらいは実家に戻りたいんじゃない?」

 母がそう聞くと、司君は、

「あ、そっか」

と、ぼそっとつぶやいた。


「だったらいっそのこと、藤堂家のみんなも、うちのペンションに泊まりに来てもらうか」

 父はいきなり陽気になりだした。

「それも楽しそうだ。そのうち、司君と穂乃香が結婚して子供が生まれたら、もっとにぎやかになるんだろうな。はははは」

 うわ。お酒も飲んでいるし、どんどん上機嫌になっちゃってるよ。


「ほんと、楽しそうね」

 母も、嬉しそうに笑った。ちらっと司君を見ると、耳が赤くなっていた。

「父さんも母さんも、本気で司君と穂乃香を結婚させる気でいるんだ」

 そんな陽気な中、ちょっと暗い声で兄がそう言いだした。


「なんだ、高宏。文句でもあるのか?」

 その声を聞いて、父がちょっとムッとしている。

「別に。でも、結婚なんてまだまだ先のことなんだから、高校生の二人に押し付けるもんじゃないと思ってさ」

「…」


 父はもっと顔をしかめた。母は、そんな父を見て、ちょっとハラハラしている感じだ。

 私は、黙っていた。でも内心、大きなお世話だよ!と思っていた。司君は…。あ、無表情だ。


「そのくらい、真面目な付き合いをしてもらいたいと思って、何が悪いんだ」

 父は、兄に威圧的にそう言った。

「…真面目なっていったってさ、もう高校生なんだし…」

「まだ、高校生だろう?」


「まだ高校生だって思ってるんなら、結婚なんて先の話、持ち出すのはやめたら?司君だって、困惑するよ。そんな未来のことまで決められたら、迷惑だと思うよ?」

 め、迷惑~~~?何それ!


「じゃ、なんだ。遊びのつもりで付き合ってくれとでも言えというのか」

「だから~。なんだって、結婚を前提にしないと、遊びになっちゃうんだよ。俺と玲奈だって、このまま付き合って行けば結婚ってこともあり得るけど、でも、まだまだ先のことはわからないだろ?」


「お前はそんな中途半端な気持ちで、玲奈さんと付き合っているのか?それも、2人で泊まりに来るくらいの付き合いをしているのか?そんな、中途半端な気持ちでっ!」

 うわ。父が本格的に怒りだした。隣りのテーブルで食べている本田さんたちも、こっちを見ているよ~。


「父さんは頭が固い。考えが古い!」

「なんだと?」

「高宏、いい加減にやめてくれない?みんなで楽しく夕飯を食べていたのに、だいなしじゃないの!」

 母が、切れたようだ。ああ、母は切れると、実は父よりも怖いんだよね。


「……」

 兄はそれを知っているのか、一気に黙り込んだ。父までが、まだ何かを言いたそうだったが、黙って椅子に深く座り直した。

「…そうだな。家族そろったのも久しぶりなんだし、こんなふうにいがみあってもしょうがないな」

 父はしばらく黙っていたが、やっと口を開きそう言うと、ビールを飲んだ。


「……」

 私は心の中が、なんだかもやもやしていて、ご飯を食べる気も失せた。でも、何をどう言っていいかもわからない。


「あの…」

 もやもやした状態で私が黙っていると、隣でやっぱり黙っていた司君が突然口を開いた。

「なんだ、司君」

 父が静かに聞いた。でも、父は司君が何を言いだすんだと、ちょっと眉をしかめている。


「俺…、いえ、僕は困惑も迷惑もしていないですから」

「え?」

 兄が聞き返した。


「ですから、僕は穂乃香と婚約していること、迷惑に思ったことなんかないですから」

 司君!う、嬉しい。ちゃんとそういうこと、言ってくれるんだ!

「…迷惑じゃなくても、困ってるんじゃないの?」

 もう、兄はなんだって、そんないらぬことを言って来るんだ!


「いえ。困ってもいません」

 司君はしっかりとした口調でそう答えた。それを聞いて、父はほっとした顔をした。

「もし、穂乃香のお父さんが、頭が固いとか、考えが古いと言うなら、僕もそうですから」

「え?!」

 兄がびっくりした顔をした。


「僕も、中途半端な気持ちで付き合えないし、付き合うなら、ずっとこの先も隣にいて欲しいって思う人と、付き合いたいです」

「……」

 兄は黙り込んだ。その横で玲奈さんが、じいっと司君を見ていた。


 母と父はちょっと目を見合わせ、それから私を見た。私は多分顔が真っ赤になっていただろう。慌てて顔を下に向けた。


 司君、嬉しい。心の中ではそう叫んでいた。でも、口に出すのは恥ずかしくて黙っていた。


「…じゃ、俺の心配はただの大きなお世話か」

 兄がそう独り言のように言った。私は、うん、そうだよ!と心の中でうなづいていた。

「…ふふ」

 玲奈さんがなぜか笑った。


「高宏は大事な妹をとられるのが、しゃくだったんじゃないの?」

 玲奈さんが、小さな声でそう兄に言うと、

「違う。ただ、高校生なのに婚約だなんて、行き過ぎじゃないのかって思っただけだ。穂乃香も本当は困っていて、だけど親の言いなりになっているんじゃないかってさ」

 兄がそう小声で、玲奈さんに答えた。


「わ、私、困っていないよ。言いなりにもなっていないし」

 私は慌ててそう言った。

「…本当に?」

 兄が聞いてきた。まさか、そんなことを本気で心配していたんだろうか。


「困ってない。逆に嬉しいくらい」

 思わずそう言って、自分で自分の言ったことに恥ずかしくなった。

「嬉しい?」

 玲奈さんが聞いてきた。


「う、はい…。私も、ずっと司君とは一緒にいたいし…」

 そう照れながら言うと、また玲奈さんはクスッと笑った。兄は、私と司君を見て、黙って下を向いた。


 何気に視線を感じ、司君のほうを見た。すると司君が顔を赤くして私を見ていた。

 あ、ポーカーフェイス崩れてるよ、司君。


「さ、食べましょう。司君、ご飯おかわりは?」

「あ、すみません。いただきます」

「じゃ、よそってくるわね!」

 母は元気にそう言って、司君のお茶碗を持って立ち上がった。


「さて、もう一缶ビールを開けるとするかな」

 父はそう言うと、にこにこしながら冷蔵庫を開けに行った。

「まだ、飲むの?」

 母が父にそう言うと、

「いいじゃないか」

と、父は陽気な声で母に言い返した。


 そしてまた、ダイニングに笑いが戻り、隣の席で静かにしていた本田さんたちも、楽しそうに話しだした。


 夕飯が終わり、後片付け当番は今日は真人君と今日子さんなので、私と司君は部屋に戻りに行った。

「本田さん、先に風呂入っていいですよ。入らないと、きっと寝ちゃいますよね」

「あ~~。今にも寝そうなくらい、眠い。じゃ、先に入らせてもらうよ~」

 本田さんはそう言って、お風呂に入りに行った。


 私は司君とラブと、部屋にいた。司君のベッドに座ってラブの背中を撫でていると、司君が横に座り、私を抱きしめてきた。

「…穂乃香」

「え?」


「俺、ちょっと想像した」

「何を?」

「俺らに子供がいて、その子供を連れて、ここに来るんだ」

「お正月に?」


「そう。俺らの子供は、リビングで遊んでる。ラブがいて、穂乃香のお父さんも、子供たちと一緒に遊んでて」

「ふふ。それ、楽しそう」

「うん。穂乃香のお母さんは俺の母さんと、ダイニングで楽しそうに話してて…。俺の父さんも、孫にデレデレになってるかな」

「うん」


「あ、メープルもいてさ…、ラブと仲いいんだ」

「うん」

「守もここにいて、守の彼女か、奥さんもいて」


「うわあ。大家族だね。楽しそう!」

「…お兄さんと玲奈さんもいたらいいんだけどね?」

 司君はそう言ってから、黙り込んだ。


「…うん。でも、お兄ちゃんたちはわかんないね」

「……」

 司君はまだ、黙っていた。

「お兄ちゃんの言ったことも、なんとなくわかるんだ」

「え?」


「普通は、高校生じゃ、結婚まで考えられないよね」

「うん」

「だけど…」

「うん。俺は違う。この先、ずっと穂乃香といたいし、穂乃香といると思うよ」


「…私も」

 私は思い切り司君に抱きついた。司君もぎゅって抱きしめてくれた。

 やっぱり、司君を好きになってよかった。って、つくづくそう感じる。


 頭が固いと言われても、考えが古いと言われてもいいよ。私にはどうしても、ずっと司君の隣にいることしか、想像つかないんだから。

 司君がいい。司君の隣がいい。ずっとここにいたい。


 翌日。兄と玲奈さんは午前中にスキーを滑り、午後にはもう、帰って行った。

「あっという間だったわね。もっとゆっくりしていったらよかったのにね」

 母は玄関まで2人を見送って、ダイニングに戻るとそう言った。


「そうだよね」

 私も母の隣に座ってそうつぶやいた。

「お茶でも入れる?」

 母がそう言うと、

「あ、俺、やります」

と司君がキッチンに向かいながら、そう言ってくれた。


「ありがとう、司君」

 母はにこりと微笑んで、席にまた座り直した。そして、すごくにこやかな表情で司君を見ている。

「なんだか、いいわよね、司君って」

「え?」

 母の言葉に私は聞き返した。


「いるだけで、安心感があるじゃない?そんな感じしない?」

「する!」

 母もわかってくれていたのか!

「司君の家にいても、司君がいると、なんだか安心するの」


「わかるわ。いてくれると、ほっとするわね」

 母がそう言うと、司君はちょっと照れくさそうな顔をしながら、お茶椀をテーブルに置いた。

「ありがとう。司君も座って休んで?」

「あ、俺は本田さんが乾燥室の掃除をしていたんで、手伝ってきます」

「あら、そう?」


 司君は颯爽とダイニングを抜け、廊下を歩いて行ってしまった。

「ほんと、なんていうか、頼りになるわよね」

「うん」

「家でもそう?」


「家ではあんまり、何も司君はしないかな。だけど、平日も休みの日も部活だから」

「そうよね」

「あ、弓道部でも、すごく頼られてるの。部長からも、顧問の先生からも。それに、担任もよく司君に相談したりしてる」

「何を?」


「わかんないけど、頼られてるよ」

「へえ。すごいのねえ」

「うん!」

 私は母に司君を褒めてもらって、嬉しかった。


「くすくす、あなた、本当に司君が好きなのねえ」

「え?」

 母の言葉に、びっくりすると、

「司君が大好きだって言う顔してるわよ。顏に書いてあるもの」

と母がそんな冗談を言った。


 私は恥ずかしくなって、思わずうつむいた。

「そんなに好きになれる人と出会えて、よかったわね」

「お母さんは違うの?お父さんが好きで結婚したんでしょ?」

「まあね。私たち夫婦も、結構仲いいわよね。それは自分でも思うわ」


「だよね。一緒にペンションをする夢を持って、それを実現させちゃうなんて、やっぱり仲のいい夫婦じゃないとできないって思うよ。あんまり2人が喧嘩しているのも見たことがないし」

「ああ、それはきっと、お母さんには勝てないってわかってるから、喧嘩もしかけてこないのよ」

「へ?」


「結婚した当時、やりあったわよ。その当時はお母さんのほうが弱くて、泣いたりしてたし」

「そうなの?」

「でも、子供が生まれてからは、どんどん強くなっちゃって。特に高宏が、心臓が弱かったりして、強くならざるを得なかったじゃない?」

「うん」


「喧嘩は、やっぱり子供のことだったから、お母さんの迫力が違っていたんじゃないの?お父さん、だんだんと言い返せなくなって…」

「子供のことで喧嘩って?」

「しょうがないんだけどね。高宏のことよりも、仕事を優先していた時期がお父さんにはあって。でも、仕事が忙しい時期だったんだから、今思うと、お父さんも大変だったのよね。だけど、高宏は命がかかってくるじゃない?だから、お母さん、すごい迫力で怒り飛ばしちゃったのよね」


「…すごい迫力?」

「あなたは、高宏が大事じゃないのかって。大事に決まってるのにねえ。今思えばね、悪かったなあって思うわよ。だけど、何もお父さん言い返さなかった。それからは、仕事が忙しくって大変でも、病院にお見舞いに来たり、いろいろと家の手伝いもしてくれるようになったわね」


 そうだったんだ。

「それに、あなたのことも、すごく気にかけるようになったし。あ、そうか。本当に高宏が、危ないって時があったのよ。思い出したわ。何よりも家族が一番大事だって、お母さんもお父さんも思い知らされたんだわ。それからだわね。あの人が変わったのは」

「……」


「大事で、大事で、だから、あなたの未来も、あんなに心配しちゃうのよねえ」

 母はそう言うと、ふうってため息をついて、

「だから、司君が彼氏なのは、大喜びなわけ。わかった?」

とにっこりと笑って私に言った。


「うん。わかる」

 なぜか私はそう答えた。そして、司君が昨日の夜、こんなことを想像したんだって、と母に教えた。

「へ~~。それは、楽しそう。ああ、本当にそうなったらいいわね。それこそ、千春ちゃんと以前話していた未来だわ」


「え?」

「ペンションをするって言った時にね、こんなふうになったら面白そうねって、千春ちゃんが言ってたのよ」

「…そうだったんだ」

 さすが、司君のお母さんだわ。


「ふふふ」

 母は嬉しそうに笑って、お茶をすすってから、

「いいわねえ。そんな未来。本当に素敵。家族が仲良くって、その場が楽しくて暖かいって、一番だと思うわ」

とそう宙を見ながら言った。


 うん。私もそう思う。楽しくて、あったかい家、大好きだもの。もう、藤堂家はすでにそうだしね。

 しばらく私と母は、そんな話をして楽しんでいた。




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