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第83話 初々しいカップル

 翌日、午前中の仕事も終え、バイト陣はいそいそとウエアーに着替え、スキー場に行った。

 司君は今日もまた、私とスキーをしてくれるらしい。今日は、私と司君にコーチしてくれるのは、本田さんだ。


「うきゃ~~~、止まんない~~~!!」

「穂乃香ちゃん、エッジ立てて!」

「できない~~~」

 ズデッ!


 私はまったく、上達していない。


 とりあえず今日は、リフトで上まで上ってから、滑って下りてくるというのをしている。いや、私の場合半分くらい、お尻で滑って下りてきている気がするけど。

 司君はもう、両足をそろえている。そして、私がみっともなく転んだあとを追ってそばにきてくれて、手を差し伸べて優しく起こしてくれる。


「穂乃香ちゃん、上半身が引けちゃってるんだよ。だから、スピードが出ちゃうんだ。怖いから引けちゃうんだろうけど、それじゃ逆効果。上半身は前に重心をかけて。ね?」

 本田さんが立ち上がった私に、優しくそう言ってくれた。


「う、うん。今度そうしてみる」

 真人君はスパルタだったけど、本田さんは、一つずつアドバイスをくれる。けっこう優しい。私には、スパルタ真人君より、本田さんのほうがいいみたいだ。


 それと司君。今日もめちゃくちゃ優しい。何度、惚れ直したことか…。


「司はもう、初心者コースじゃつまんないんじゃないの?」

 え?

「いや、ここでいいですよ。のんびり滑ってる方が楽しいし」

「そうか~~?パラレルができるならさあ、中級者くらいの斜面滑ってみたらどうだ?」

 本田さん!駄目!司君を私から遠ざけようとしないで!一緒にいたいんだから。


「…いえ。まだまだ俺、初心者ですから」

 司君はそう言って、断ってくれた。

 ホ…。よかった。


 それから何回かリフトに乗っておりてくるのを繰りかえし、1時近くになったので、3人でカフェに移動した。するとすでに真人君がそこにはいて、うちのペンションに泊まっている女性客と楽しそうにランチをしていた。


「あ…。真人、いつの間に」

 本田さんがそれを見て、そっちのテーブルに行ってしまった。残された私と司君は、

「2人で食べる?」

「うん」

と、仲睦まじく、2人で空いている席にグローブやゴーグルを置いた。


「あ!穂乃香も昼飯?」

 そこに兄の声が後ろから聞こえてきた。ああ、2人きりの時間が…と思いつつ、後ろを向いた。

「…お兄ちゃんも?」

「うん。一緒に食べようよ」

「………うん」


 嫌とは言えないよなあ。さすがに。

 

 司君、私、兄、玲奈さんの4人で食べることになった。

 それにしても、玲奈さんは、スキーウエアも女らしくって似合っちゃうんだな。私と同じロングの髪型が、やたらと女らしいし…。


「玲奈、午後はここ滑ってみる?」

 兄はゲレンデのマップを指差しながらそう玲奈さんに言った。私もそのゲレンデのマップを見たけど、上級者コースだ。

「お、お兄ちゃん、いつの間にスキーできるようになったの?」

「大学はいってからだよ?」


「……運動神経悪そうなのに」

 ボソッとそう言うと、兄は私の頭をこつきながら、

「お前と一緒にするな」

とそう言った。


「クス。穂乃香ちゃん、運動苦手?」

 玲奈さんが笑いながら聞いてきた。あ、今、ほんのちょっとムカってきたな。

「…はい」

 小さく答えると、兄が、

「玲奈は俺よりもスキー上手だよ」

と自慢げに言ってきた。


 悪かったわね。運動神経なくって。と心で思いつつ、

「へえ、すごい」

と笑顔を作って言ってみた。


「子供の頃から家族でスキーしていたから」

 玲奈さんは、長い髪を耳にかけながらそう言った。うわ。今のも女っぽい仕草だなあ。

「高校では、弓道をしてたんだよね?」

 兄が玲奈さんにそう聞いた。


「え?弓道部だったんですか?」

 司君が反応した。

「うん。あ、司君も弓道しているんだって?高宏から聞いたわよ」

 高宏って呼んでるんだ。


「はい。俺も弓道部で…」

「ふふ。なんだか、司君、弓道似合ってるものね」

 玲奈さんが静かに笑いながらそう言った。そんな玲奈さんも、絶対に弓道したらかっこいいんだろうな。


 玲奈さんは、話し方も笑い方も物静かで優雅だ。本当に女らしい。いったい、こんな猛者苦しくなった兄のどこが気に入ったんだか。


「高宏。私コーヒー飲むけど、高宏も飲む?」

「うん」

「じゃ、今持って来るわね」

 そう言って玲奈さんは、席を立って食券を買いに行った。


「お兄ちゃん」

「え?」

「玲奈さんって、女らしいし、おしとやかだし、綺麗だね」

「………うん、まあ」

 あ、今、照れた?


「お兄ちゃんみたいな猛者苦しいのと、良く付き合ってくれてるよね」

 そう言うと、司君が横で、言い過ぎだよとつぶやいた。

「お前こそ、よくこんな上出来な彼氏ができたよな?」

 兄が言い返してきた。


「司君さあ、穂乃香のこと知っていくうちに、がっかりしなかった?こいつ、けっこう見た目とギャップあるだろ?中身とさ」

「……え?」

 司君が返答に困っている。


「れ、玲奈さんはないの?見た目とのギャップ」

 私は気になり聞いてみた。

「玲奈は…。そうだなあ。見た目よりも、案外、弱いってくらいかな」

「弱い?」


「うん。あんまり心のうちを話さないし、表情に出さないからわかりずらいし、強がるところがあるからさ」

「……ふうん」

「お前の場合、見るからに落ち込んでるとか、暗いとかわかるじゃん?顏に出るしなあ」

 兄がそう言うと、かすかに司君が横でうなづいた。


「あ、司君もそれ、わかってた?って、わかるよな。一緒にいたら、こいつが暗いっていうのもわかるよなあ?」

 う…。それ以上言わないでいいよ。もう。

「暗いとは思ってないですけど」

 司君は表情も変えず、そう答えた。


「そう?たまに落ち込んで落ち込んで、底のほうまで行ってくら~~くじめじめしてない?」

 だから、それ以上言わないでもいいってば~~!

「…いえ。あ、でも、もし落ち込んでいるとしたら、俺が原因の時が多いので、気を付けるようにしています」

「何を?」


「…落ち込ませないように」

 司君は静かにそう答え、照れくさそうな顔を一瞬した。

「へえ。そうなんだ」

 兄はそう言ってから私の顔を見た。うわ。私が真っ赤になっているのを、しっかりと兄に見られてしまった。

 

「司君さあ、こいつがドジで抜けてるのとかも、わかってる?」

「はい」

 今、司君、即答したよ?!

「あ、わかってるんだ。なら、いいけど」

 兄はそう言って、黙り込んだ。でもまた口を開き、

「わかってて、付き合ってるんだ。へえ…」

とまた話し出した。


「…えっと」

 司君はコホンと咳払いをすると、

「そういうところが、可愛いっていうか」

と小声で言って、また照れくさそうにして黙り込んだ。


「はい、高宏。ミルクとお砂糖も入れてきたよ」

 そこに玲奈さんが戻ってきた。

「あ、サンキュ」

 玲奈さんは自分と兄のコーヒーカップをテーブルに置いて、椅子に座った。見てみると、玲奈さんはブラックコーヒーだ。


「ふう…。落ち着く」

 コーヒーを一口飲むと、玲奈さんはそう言った。

「一息ついたら、滑りに行く?それとも、もう少しここで休む?」

 兄が玲奈さんにそう聞くと、玲奈さんは私と司君を見て、

「う~~ん、もうちょっと穂乃香ちゃんと話がしたいなあ」

と静かに言った。


 私と?なんで?

「高宏が溺愛している妹…。やっと会えたんだもの」

「溺愛?してないって」

 兄はそう言って苦笑した。


「そう?でも、よく会話に穂乃香ちゃんの名前出てくるじゃない。ちょっと見た目、私と雰囲気も似ているし。あ、高宏ってやっぱりシスコンだったんだって、そう思ったわよ?」

 玲奈さんはそう言ってから、またコーヒーを飲んだ。兄はただ、苦笑していた。


「で、でも、雰囲気が似てるって言っても、全然玲奈さんのほうが大人で、女らしくって、おしとやかです」

「私が?」

 玲奈さんは一瞬目を丸くして私を見た。


「穂乃香ちゃんのほうがずうっと、女の子らしいわよ?」

 女らしいと、女の子らしいは違うんだけどな。

「私、女の子らしくないんです、全然」

 私がそう暗く答えると、玲奈さんは「そう?」と言って、クスって笑った。


「私には十分、女の子らしく見える。羨ましいくらい」

「え?」

「司君も、そういうところが好きになったんでしょう?」

 玲奈さんがそう言うと、司君は一瞬赤くなった。


「私は素直じゃないし…。穂乃香ちゃん、全部表情に出るのね。そこが可愛らしいわ。羨ましいな」

「……」

 そうかな。

 司君のほうを何気に見た。すると司君も私のほうを見て、またなぜだか顔を赤くした。


「仲のいいカップルよね?ね?高宏」

「うん。そうだね」

「まだまだ、初々しいし。婚約したって聞いたけど、付き合ってまだ間もないんでしょ?」

「はい」


 司君はうなづいた。私は返答に困ってしまった。

「いいわね。まだまだ、穂乃香ちゃんは、純粋で」

 …どういう意味かな?


「玲奈が純粋じゃないって言ってるみたいに聞こえるよ」

 兄が玲奈さんの横でまた苦笑した。

「あら、だって、彼氏と泊まりがけでスキーをしに来てるんだもの。もう、私と高宏の関係は周りにもまるわかりよね?」


 え?ど、どういう意味かな?

「でも、穂乃香ちゃんと司君は、まだまだ、付き合いたての可愛いカップルって感じが、見てわかるんだもの」

 え?!


「まあなあ。一緒に暮らしているって言っても、司君の家族もいるわけだしなあ。それに、こんなまだまだガキの穂乃香じゃ、司君も手を出す気失せるっていうもんだよなあ」

 ええ?!

「……」

 司君も横で絶句している。何を言い返したらいいか、相当困っているようだ。


「司君だって、真面目そうだもの。だから、穂乃香ちゃんのお父さんだって認めたんでしょ?穂乃香ちゃんのお母さんと、司君のお母さん、親友なんですってね?そんな親友の娘さんを預かっているんだから、司君のご両親もうるさいんじゃない?」

 玲奈さんの質問に、また私たちは困ってしまった。


「うるさいって?」

 司君が静かに聞き返した。

「だから、2人の交際について。家の中でも監視されてたりしないの?大変よね?」

「…あ、そういうこと」

 司君はそう言ってから、また黙り込んだ。多分、どう返答しようかと考えているんだろう。


「まあ、しょうがないよな。でも、高校卒業したら、2人とも長野に来るんだろ?父さんが言ってたけど」

「あ、そのつもりです」

「そん時は、一緒に暮らしちゃえばいいんだよ。俺と玲奈も、半同棲しているようなもんだしな。な?」

「そうね」


 え?そうだったの?

「親元離れたら、本当に自由だよ?それまでの辛抱だな」

 兄はそう言って、私に笑いかけた。

 う…。辛抱っていうのは、どういう意味かな?


 やっぱり、2人でいちゃいちゃするとかってこと?


「そうですね」

 司君は無表情のまま、そう答えた。内心、どう思っていたかはわからないけど。

「でも、俺としては…」

 兄はそんな司君に向かって、また話し出した。


「穂乃香にはまだまだ、純粋でいてほしいなって、そんな望みがあるけど」

「え~~~?だから、高宏はシスコンなのよ」

 玲奈さんが笑ってそう言った。でも、私も司君も笑えなかった。


 2人が、スキーをしにゲレンデに行ってから、司君は水を飲み、

「まいったな」

とつぶやいた。


「え?」

「穂乃香のこと、とっくのとうに手を出しちゃってるのに…。あんなふうに言われると」

「…う、うん」

「でも…」


 司君はしばらく私を見つめ、

「穂乃香って、まだまだ、未経験だって思われちゃうんだね。そんなに俺らは初々しいカップルに見えるのかな?」

と、そう言ってきた。


「え?う…。ど、ど、どうなんだろう?」

 そうしどろもどろに答えると、

「あ、真っ赤だ。クス。そういうところがあれか。可愛いから俺らは、初々しいカップルって思われちゃうんだな」

と、司君は笑いながらそう言った。


「こ、こんな私でいいの?」

「え?」

「私、こんなでいいの?」

「…いいもなにも、そんな穂乃香だから、好きなんだけど?」


 司君はそう言うと、にこりと微笑み、残った水を飲み干して、

「クス。本当に可愛いんだけどなあ、穂乃香」

と独り言のようにつぶやいた。


 うわわ。そんなこと言われて、照れる!

 また顔を赤くしていると、司君がそんな私を見て、クスクスと目を細めて笑った。



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