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第80話 ニューイヤーズイブ

 ペンションに帰ってから、私たちは大忙しだった。なにしろ、大晦日だ。夜の年越しそばの準備から、明日のおせち料理の準備。

 お客さんも、なんとなくそれを察知してくれて、バイトの私たちに話しかけてくる人もいなかった。


 そうして夕飯も済むと、お客さんは部屋に戻らず、リビングで紅白歌合戦を見たり、ダイニングに残って、お酒を飲んだりしていた。

 中には、2階の談話室でのんびりとしているお客さんもいたが、ほとんどのお客さんが部屋に戻ろうとはしなかった。


 やっぱり、大晦日だもんね。ニューイヤーズイブってことで、カウントダウンをして、お客さんたちと一緒に年が明けたら乾杯しようと、ワインやシャンペン、ジュースの用意もしてある。それに、クラッカーも。


「なんだか、わくわくするね」

 私が司君にそう言うと、司君も嬉しそうにうなづいた。

「いつもはどうしてる?司君、紅白とか見るの?」

「見ないよ。去年は部の連中と初詣に行った」

「そうなんだ」


「あ、でも、鎌倉とかまでは行かないよ?江の島の神社で済ませたから」

「江の島の神社?」

「行ったことない?」

「うん」

「じゃ、江の島に戻ったら行こうか」

「うん!」


 嬉しい。初詣、司君と行けるんだ。

「今、喜んでる?」

 司君が私の顔を覗き込み、聞いてきた。

「もちろん、喜んでる。なんで?」

「いや…。だったらいいんだ」


「え?なんで?喜ぶよ。司君と初詣行けるんだよ?」

「うん。喜んでくれるなら、それでいいんだ」

「……」

 黙り込んだ司君を、私も黙ってじいっと見た。


 私と司君は、キッチンで二人きりでいた。真人君と今日子さんは、リビングでお客さんと紅白を見ていて、本田さんはダイニングで、母や父と楽しそうにお酒を飲んでいる。

 それを司君は、静かに見ている。その横顔を私はじいっと見つめていた。


「…ん?」

 あまりにも私がじっと見ているからか、司君は私のほうを向いた。

「司君、もしかして真人君のこと気にしてる?」

「…ちょっとね」


 やっぱり。

「気にしなくていいのに。私は真人君のこと、なんとも思ってないよ?」

「…うん」

 うんと言いつつも、司君、顔が暗いなあ。


 司君の横にぴったりとくっついた。そして、肩に頭までもたれかけてみた。

「私、司君の隣がいいもん」

「え?」

「こうやって、隣にいて安心するのは司君だけ。それに、隣にいてドキドキするのも司君だけだから」

 そう私が言うと、司君はそっと私の腰に手を回してきた。


「穂乃香」

「ん?」

「ここ、抜け出しちゃおう」

「へ?」

 司君は私の腰に手を回したまま、キッチンからそうっと廊下に出た。そして、そのまま廊下の奥へと歩いて行き、司君たちの部屋に私を連れて入ってしまった。


 まさか、まさかとは思うけど、襲ってきたりはしないよね?

「司君…」

 司君を見ると、にこりと笑い、司君のベッドに腰掛けて私を手招きした。

 横に座れってことだよねえ。


「ちょっとの間、2人きりでいられるね」

 私が座ると司君はそう言って、私の肩を抱いた。

「うん…」

「穂乃香?」

「え?」


「なんか、緊張してる?」

「ううん。緊張じゃなくって、えっと…。つ、司君、いきなり押し倒したりしないよね?」

「してほしかった?」

「まさか!」


「あはは。しないよ。カウントダウンの準備もしないとならないしね」

「だ、だよね」

 よかった。ちょっとほっとした。でも、どこかで残念がってもいる。

 ああ、だから~~~。やっぱり、欲求不満なのかなあ…。


「穂乃香…」

 司君が抱きしめてきた。キュキュン!抱きしめられると嬉しい。

 私もギュッて司君を抱きしめた。

 でも、司君もそう言えば、俺、持つかなあって言ってたよね。こんなに大接近して、理性吹っ飛んだりしない?だ、大丈夫?


「司君、大丈夫?」

「え?」

「理性、保ってるよね?」

「ううん。危ないかも」

「ほんと?」


「うそ。大丈夫だよ。今は穂乃香を抱きしめているだけで、すごく満足しているから」

 びっくりした~~。

「穂乃香は?」

「え?」


「抱きしめられるだけで、満足できてる?」

 うわ!なんつうことを聞いてきちゃうの?まさか、私が欲求不満になっていることに気が付いてる?

「もちろん」

 慌ててそう答えた。司君は黙って、私を抱きしめる腕に力を入れた。


「もう少ししたら、戻ろうね」

「うん」

 まだまだ、離れたくないけど。

「離れがたいけどね」

 司君も同じこと思ってたんだ!


 キュキュン。また、胸が…。

 ああ、ほらね。司君だけだよ。一緒にいてこんなに胸がキュンってなるの…。


 それから、抱きしめていた手を離し、司君の指に私の指を絡めてみたり、なんてことのない話をして笑ったり、時々司君が、私の頬や髪にチュッてキスをしてきたりしていちゃついていた。でも、司君はなぜか、唇にはキスをしてこなかった。


 11時半を回り、私たちはキッチンにまたそっと戻った。ダイニングではまだ、皆の笑いが絶えず続いていて、リビングでも紅白のクライマックスを楽しんでみているところだった。

 私たちは、お客さん用のグラスを棚から出したりして、準備を始めた。


「穂乃香ちゃん」

 真人君が私たちにのもとにやってきた。

「…はい?」

「どこに行ってた?」

「え?」


「消えてたよね。2人して」

「あ、えっと。向こうのほうを片づけてました」

「向こう?乾燥室とか?」

「あ、その辺…」


 なんて、嘘ばっかり。

「じゃ、すれ違ったかなあ。俺も行ってみたんだけど」

 う…。わざと聞いてきたか。

「かもしれないですね」

 顔を引きつらせそう言うと、真人君はじろっと司君を見た。


 司君はちらっと真人君を見たけど、無視してダイニングテーブルにいる父のもとに行き、何やら話しかけた。

「おう。そうだな。もうすぐカウントダウンだし、そろそろこの辺も片づけて、乾杯の準備をするか!」

 父はそう陽気に言った。私と司君はダイニングテーブルの上を、片づけ始めた。


 今日子さんもそれに気が付き、手伝いに来てくれた。真人君も手伝ってくれたが、私の横にやたらとくっついて、

「穂乃香ちゃんと話がしたかったんだ。あとで時間作れない?」

と聞いてきた。


「…無理です。いろいろと忙しいだろうし」

「全部終わってからでいいよ」

「そうしたら寝ないと。明日の朝も早いから」

「…あ、そう」

 ちょっと真人君はむくれた。

 もう、何だって言うんだ。私にはね、司君っていう婚約者がいるんだからね!


 心の中でそう叫び、私は真人君から離れてキッチンに行った。

 ほら。司君が私と真人君のことを見ていたのか、顔を能面にしているじゃないか。

「なんでもないからね」

 司君に小声でそう言った。

「え?」


「なんか、話がしたいって言われたけど、ちゃんと断ったから」

 そう言うと、司君の顔が引きつってしまった。

「話?」

「でも、断ったからね」

「うん」


 う~~~。もう。なんなんだ。私は司君とラブラブでいたいの。このふわふわしたあったかい幸せな気分を、ぶち壊さないでほしいなあ、真人君。ほんと、いい加減ほっておいてほしいよ。


 私はそれから、なるべく司君のそばを離れないようにした。ひっついて、隣でカウントダウンを迎えようとした。

 みんなでジュースやワインをついだグラスを持ち、テレビのカウントダウンに合わせて、

「9、8、7、6」

とカウントダウンしていった。


「4、3、2、1」

「新年あけましておめでとう~~」

 父と母がほぼ同時にそう言った。

「ハッピー、ニューイヤー!」

 大きな声でそう言ったのは本田さんだった。


 みんなでそれから、

「カンパ~~イ」

と叫んだ。


 父は母とグラスをカチンと鳴らし、

「今年もよろしく」

と言いあった。そのあとに、お客さんともグラスを合わせている。

 私は隣にいる司君のグラスとカチンと音を鳴らし、

「司君、おめでとう」

「おめでとう、穂乃香」

と2人で乾杯した。


「今年もよろしくね。穂乃香」

「…ずうっと、よろしくね、司君」

 そう思わず私が言うと、司君が照れた表情をした。ああ、その顔が可愛くて胸キュンだ。

 新年早々から、胸キュンしちゃったよ。


 やっぱり、司君が大好きだわ、私。


「穂乃香ちゃん、おめでとう~~」

 本田さんがやってきた。相当酔っ払ってるな。

「司もおめでとう~~~」

「おめでとうございます」


「今日子さん~~。おめでとう~~」

 本田さんはそう言いながら、今度は今日子さんのほうに行った。今日子さんもお酒を飲んでいるからか、なんだか朗らかだった。


「穂乃香ちゃん、おめでとう」

 真人君が来た。私はおめでとうございますと言って、これみよがしに、司君の腕に腕を回した。

「…」

 それを司君が気が付き、私のほうを見た。でも、何も言わなかったし、そのままにしてくれた。


「司君、穂乃香、あけましておめでとう」

 父が顔を赤くして、笑いながらやってきた。酔っ払ってかなり上機嫌だ。

「おめでとう」

「おめでとうございます」


「司君!今年も穂乃香を頼んだぞ。悪い虫がくっつかないよう、ちゃんと見張っててくれ。あと、長野にちゃんと穂乃香を連れて来てくれ。君となら穂乃香も、やってくるだろうからなあ。ははははは」

 うわ。怖いくらい、陽気だ。


「悪い虫って?藤堂は違うんですか?」

 真人君が父にそんなことを聞いた。

「え?司君がか?はははは。悪い虫って言うのは、本田君や真人君みたいなことを言うんだよ。司君は違うから、安心して穂乃香をまかせられるんだ」


「俺も悪い虫ですか?」

「そうだ。彼女でも作るつもりで、バイトを始めたんだろう?」

「え~~。酷いな。俺はスキーがしたかっただけですよ」

「ははは。その割には、女性客と仲いいじゃないか」

「それは、サービスです。おもてなしってやつです」


 真人君がしれっとそんなことを言うと、父は急に真面目な顔をして、続けた。

「司君は、お客さんにはちゃんとした態度で、真面目に接するが、けして女の客に色目を使ったりしたことがない。その辺が信頼できるところなんだよ。彼は本気で、穂乃香のことを大事に思ってくれてるしね。だから、婚約までさせて、このまま穂乃香をもらってもらおうと思ったんじゃないか。司君なら、安心だからねえ」


 父はそう言うとまた、朗らかに笑いだした。

「ま、そういうことだ。司君、穂乃香を頼んだぞ!」

 司君の肩をぽんぽんとたたくと、父はリビングにいるお客さんに、話しかけに行った。

「すげ…。なにあの信頼は。藤堂、お前、いったいオーナーに気に入られるために、何をしたって言うんだよ」

 真人君がそう司君に聞いた。


「…なにも」

「なんにもしないで、信頼を勝ち取ったわけ?」

「信頼って、勝ち取るものじゃないですから!司君の誠実さとか、そういうのを父がちゃんと司君を見て、知ったんです。ただそれだけです!」

 私がきつい口調で真人君にそう言うと、真人君は私を見て、ちょっと眉をひそめ、

「なんだ。穂乃香ちゃんも、けっこうきつそうなんだね」

と言って、リビングに行ってしまった。


「む~~~~~」

 私の怒りはおさまっていなかった。

「どうした?穂乃香。なんで怒ってるの?」

「だって、司君のことバカにしてるっていうか、なんていうか…」

 そう鼻を膨らませて言うと、司君はクスッと笑い、

「いいよ、穂乃香が怒らなくても。俺は別に気にしてないから」

とそう優しく言った。


 司君!

 司君の腕にもう一回ひっついた。きっと尻尾があったら、ぐるぐると振ってる勢いで。

「ん?」

「大好き」


「……え?」

「大好きだからね」

「…うん」

 司君はうなづいたけど、かなり照れてるようだ。


「え?なんでいきなり、そんなこと?」

 あ、司君、びっくりしてたんだ。

「いきなりじゃないよ。いっつも思ってるもん。司君、大好き。司君が一番だって。誰よりも司君が一番いいって!」


「穂乃香、声でかい」

 気が付くと、私たちのことをダイニングにいるお客さんや、母が注目していた。そして、

「微笑ましいわね」

「仲いいのね」

と、私たちのことをひやかしていた。


「ほら。みんなに聞こえてた」

 司君は耳を赤くしてそう言うと、すぐに顔だけ無表情になった。耳は赤いままだったけど。

「いいの。聞こえたって。だって、本当の本当に、司君の隣が一番なんだもん。大好きなんだもん」

「穂乃香?…顔赤いけど、照れてる?それとも…」

「え?」


「赤いだけじゃないね。目、すわってるよね?」

「え?」

「何飲んだ?さっき、乾杯した時」

「テーブルの上にあった、コーラ」

「コーラ?ノンアルコールの飲み物は、オレンジジュースとウーロン茶しかないよ?」

「ううん。コーラもあったよ?」


「違うよ。あれは、コークハイ!お客さんでコークハイが飲みたいって人がいたから用意しておいた…。うそ。あれ、飲んじゃった?」

「コーラだったってば」

「あちゃ~~~」


 司君が眉をしかめた。私はなんだか、どんどん頭がふらふらしてきてしまった。

「司君、なんだか、ふらつくんだけど」

「ほら!酔っ払っちゃったんだ。もう、部屋に行って休んだ方がいいよ」

「……ふらつく~。司君、ついてきて」

「うん」


 司君は、そのまま私の背中を抱きしめ、まずは母のところに行って、私が間違ってコークハイを飲み干したことを告げた。母も仰天していたが、

「あ、大丈夫です。僕が寄り添いますから」

と司君はそう言ってくれて、私を連れて部屋に行った。


 ああ、なんて、頼もしいんだ。

 ああ、なんて、かっこいいんだ。

 ああ、なんて、凛々しいんだ。


 司君の横顔をとろんとしながら見ていると、

「大丈夫?相当酔ったね?」

と司君に言われてしまった。


 コークハイだけじゃない。司君にも酔ってるの。

 と声に出さないで心で言ったつもりが、声に出てしまったようで、司君の顔が一気に赤くなった。

「あ、赤い。司君、可愛い」

「…」


「あ、照れてる?可愛い」

「穂乃香。いちいち言わなくていいからね?」

「うそ。もっと照れた?なんでそんなに司君は可愛いのかなあ」

「穂乃香…」

 司君は思い切り、困ったって顔をしながら私をベッドに寝かせた。


「司君」

「穂乃香。俺の首に手を回してたら、俺、部屋から出て行けないよ」

「え?行っちゃうの?」

「そりゃ、このままここにいるわけにはいかないでしょ?今日子さんも戻ってくるし」

「じゃあ、今日子さんが戻ってくるまでここにいて」

「……穂乃香?」

「え?」


「酔うとやけに色っぽくなるね」

「私?」

「うん」

 グイ。私は司君の顔を私に近づけ、唇にキスをしていたようだ。


「うわ」

 司君がびっくりして、顔をあげた。

「ほ、穂乃香。酔うと大胆になるのかっ」

「……眠い」

「へ?」


「眠いよ。司君」

「う、うん。寝る?」

「うん、寝る」

 そう言った後は覚えていない。多分、ぐうすか寝たと思う。


 でも、司君の手のぬくもりだけは覚えている。ずっと手を握っていてくれたようだ。

 それに、

「わ。なんでここにあなたがいるのよ」

という、びっくりした今日子さんの声もかすかに聞こえた。


 ああ、今日子さん、帰ってきたんだ。な~~んだ。司君と2人でいたかったのに。

 今日子さん、邪魔。司君と2人にさせて。


 夢の中で私はそうつぶやき、夢の中で今日子さんに思い切り呆れられた。

 と思ったのは実は現実で、私は今日子さんに、思い切り「邪魔」扱いをしてしまったらしいことを翌日に知った。

 もっと今日子さんに嫌われたようだが、もうどうでもいいかな。




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