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第8話 遠慮してる?

 お風呂からあがり、部屋でぼ~~っと髪の毛を乾かしていると、キャロルさんの大きな笑い声が隣から聞こえてきた。ああ、まだ、司君の部屋に入り込んでいるのか。

「ドライヤー、返しに行かなきゃ」

 私はどんよりしながら、部屋を出て1階に行った。そして、洗面所にドライヤーを置き、リビングに行ってソファに座った。


「風呂出たの?じゃ、入ってこようかな」

 守君はそう言うと、テレビを消してお風呂に入りに行こうとして、

「元気出せよ、穂乃香」

とドアの前でそう言ってくれた。


「ありがと」

 どうにか笑顔を作り私は答えた。ああ、守君は優しいよね。口は悪いけど、守君の優しさにはほんと、助けられてるよ。

「どうしたの?お腹痛いの?」

 ダイニングにいたお母さんが、私がソファの横でメープルに抱きついているのに気が付き聞いてきた。

「いえ、こうやってると落ち着くから」

「…もしや、キャロルが原因?気になってるの?」


 ギク。ばれた?

「でも、気にすることないわよ。男兄弟みたいなものだから」

 そう言ってお母さんは笑いながら、キッチンのほうに行ってしまった。

「そうは言われてもさ…」

 気になるもん。


 守君がお風呂から出ると、2階の司君の部屋に行き、司君にお風呂空いたぞと言いに行った。すると、司君はキャロルさんと一緒に1階に下りてきた。

「司、一緒ニ風呂入ル?」

 まだ言ってる…。

「入るわけないだろ」

 司君はそう言うと、洗面所に入って行ったようだ。キャロルさんはそのまま、キッチンのお母さんのところに行った様子だ。


「メープル。なんだか、私、暗いね。彼女なんだから、もっと堂々としていたらいいのにね」

「く~~ん」

 メープルが私のほっぺを舐めた。ああ、また慰めてくれてるんだなあ。


 司君がお風呂からあがった頃、お父さんも帰ってきた。

「パパサン!オカエリ!」

「やあ、キャロル。遊びに来たのか?」

 司君のお父さんまでが、一気にハイテンションになった。本当に仲いいよね。

 

 そして、みんなで食卓に座り、わいわいとにぎやかに夕飯を食べだした。

 キャロルさんは英語なまりの日本語だが、たまに英語になる。だけど、お母さんもお父さんもキャロルさんの言うことがわかっていて、そのままみんなで英語で話しだす。


 どうやら、司君もわかっているみたいで、たまに聞いていて、クスッと笑う。わかっていないのは、私と守君だけだ。

 そんな時、守君は私の顔を見て、やれやれっていう表情をする。ちょっと気持ちがわかる同志がいるみたいで、ほっとする。


「食べ終わったら、車で送って行くよ」

「パパサン、アリガトウ」

 キャロルは、司君のお父さんにハグをして、そう言った。うわ。お父さんにもハグしちゃうのか。やっぱり、アメリカは違う。


「また遊びに来てね、キャロル」

 玄関までみんなで送りに行き、お母さんはそう言った。あ、みんなじゃないか。守君はリビングでメープルとテレビを観ているし。

「ハイ、マタ遊ビニキマス」

 キャロルさんが嬉しそうにそう答えた。


 私は心の中で、来なくてもいいよ、と思っていたけど。

 司君をちらっと見てみると、笑ってキャロルさんを見送っている。

 

「ジャア、司。文化祭デネ」

 キャロルさんはそう言って、家を出て行った。

「あら、文化祭、キャロルも行くの?」

 玄関のドアを閉めてから、お母さんが司君に聞いた。


「うん。来るって言ってた」

「大丈夫なの?一人で来たりして。あなた、一緒にずっといてあげられるの?」

「キャロルと?大丈夫だろ。俺は、部のほうで屋台やるから、ずっと一緒には見て回れないけど」

「その間、キャロルはどうするの?」


「…さあ?」

「穂乃香ちゃんが、一緒にいてあげられそう?」

 お母さんは私に聞いてきた。

「え?私も受け付けの係りになったから、それは無理だと思います」

 無理じゃなくても、嫌だよ。一緒に見て回るの何て。


「じゃあ、どうするのよ、司」

「…は~~あ。だから、来ないでいいのにな。キャロルが来ると、ほんと、いろいろと面倒なんだよな」

「司、そんなこと言ってないで、どうにかしてあげなさいよ」

「部の仲間に頼んでみるよ」

 司君はそう言うと、頭をぼりって掻いて、2階にあがっていった。


 私はリビングに行き、守君の前に座った。するとメープルが守君の足元から立ち上がり、私のほうにすり寄ってきた。

「…はあ」

 メープルを撫でながら思わずため息をもらすと、

「文化祭、キャロル来るのか?」

と守君が聞いてきた。


「うん。そうみたい」

「いいの?キャロル、きっと兄ちゃんにべったりくっついてるよ」

「よくないけど…。来てほしくないなんて言えないし」

「言えばいいのに。兄ちゃんって、変にキャロルには甘いから。きっと、くっついてきたとしても、そのままにしておくと思うよ」


「なんで?なんで甘いの?」

 気になり聞いてみた。

「知らない。俺はキャロル嫌いだけど、兄ちゃんはそうじゃないんだろ」

 守君はそう投げやりに言うと、ゴロンとソファに寝転がり、またテレビを観だした。


 はあ…。ますます憂鬱になってきた。キャロルさんに来てほしくない。私は司君と2人で文化祭を回りたいの。だから、はっきりと来るなって言って…。

 なんて、言えないよ~~。


「はあ」

 またため息が出た。そのたびにメープルが私のほっぺを舐めてくれる。

「穂乃香、暗い」

 守君に言われてしまった。


「そうだよね、暗いよね…」

「なんでそうなんだか。兄ちゃんの彼女なんだから、もっと堂々としたらいいじゃん。はっきりと言いたいことも言ってさ」

「それができたら、苦労しないよ」


「…なんで?兄ちゃん、はっきりと言うと怒るの?」

「怒んないよ。多分…」

「じゃ、言えば?」

「怒らないけど、嫌うことはあるかも…」


「………。それはどうかな」

 守君はそうぽつりと言うと、またテレビのほうを向いた。

「それはどうかなって?嫌われることはないと思う?」

「さあ?」

 なんだ~~~。もう…。嫌われないよと言ってくれたらちょっとは元気が出たのにな。


「あはは」

 守君はテレビを観ながら、大笑いをしている。私は一緒に観ていたけどとても笑える気分じゃなかった。

「私、部屋に行くね」

 そう言うと、守君は軽く「うん」と言って、またテレビを観ながら笑いだした。


 く~~ん。メープルは階段の下まで私を送ってくれた。ああ、メープルが2階に来てくれたらいいのに。どうせなら隣で寄り添っていて欲しいくらいだ。って、私、本当に暗いなあ。

 

 それからとぼとぼと2階に上がり、部屋に入ろうとすると司君の部屋のドアが開いた。

「穂乃香?今まで下にいたの?」

「え?うん。守君とテレビ観てた」

「…ふうん」


「じゃあ、おやすみなさい」

「……お腹痛いのは?今日は大丈夫?」

「うん。大丈夫」

 私はそれだけ言って、自分の部屋に入った。今から司君の部屋に来るかと言われても、なんとなく行きたくなかった。さっきまで、キャロルさんがいたんだよね、その部屋に。


 いったい、司君の部屋に入って、何をしているんだろう。司君はキャロルさんが部屋に入ってきても、そのままにしておくんだね。

 あ~~~~~~。暗い!自分が自分で嫌になるよ~~~~~~!


 結局そのまま私は、自分の部屋でもんもんと暗くなりながら、眠りについた。


 翌朝も、暗さを引きずっていた。でも、お母さんや司君の前ではどうにか、笑顔を作った。

 こんな時、自分の家だったら、暗いままでいる。母はたまに、

「暗いわね!」

と注意したが、でも、ほっといてくれることがほとんどだった。


 兄がいた頃は、話を聞いてくれたり、何も言わないでも隣にいてくれたりしたっけな。なんとなく私の表情や雰囲気を読み取ってくれて、ただ寄り添ってくれたりしたんだよね。まあ、兄も私に似て暗いほうだったから、2人で家の中で、寄り添って本を読んだりテレビを観たりしていたんだよね。

 ああ、あの頃がなんだか、妙に懐かしく感じる。


 守君は優しいけど、さすがにこの暗い私に付き合ってはくれない。それもそうか。じめじめしているタイプじゃないもんね。

 好き嫌いもはっきりしていそうだし、嫌なら嫌、それでおしまいって、割り切れるタイプなんだろうな。


 登校中も、何を話していいかわからず、なんとなくだんまりになってしまった。

「今日も美術部、大変なの?」

「うん。あ、先に帰ってくれてもいいよ?」

「…いいよ。待ってるから」


「でも、いつも待たせて悪いし」

「…一人では帰せないよ。また変な奴がいるかもしれないだろ?」

「…うん。でも、私が駅に着くころ、また家に電話して迎えに来てもらってもいいし」

「ああ、そうか。俺が先に帰って、駅まで行けばいいのか」


「え?悪いよ。帰ってからすぐにまた駅に来させるなんて」

「…じゃあ、誰が迎えに行くの?」

「守君…」

「…………」

 司君は眉をしかめて黙り込み、そのまま無表情になった。


 なんか、変なことを言ったのかな、私。

 そして黙ったまま、駅まで歩いた。

 電車に乗っても、まだ司君は黙っていた。だけど、小さくため息をついたのがわかった。

 ドキン。なんか、怒らせたのかな、私。


「守もさ…」

「え?」

 ドキン。何?

「テニス部、けっこうきついみたいだし、帰ってからまた駅に行くのも、大変かもしれない」

 ドキ~~!

 そうか。そんなこと考えなしで言ったりして、守君ならすぐにきっと迎えに来てくれるなんて甘えたこと思っちゃってた。


 ああ、司君、呆れたんだ。顏、怖いし…。

「ご、ごめん。そうだよね。今までも迎えに来てくれてたから、私、つい甘えちゃって…」

 私は小さな声で、司君の顔も見ないでそう言った。


「…守に甘えてたの?」

「……」

 コクンと小さくうなづいた。ああ、呆れるよね?中学1年の子に甘えてるだなんて。

「じゃ、なんで俺には遠慮してるの?」


「…え?」

 司君の声がなんだか、やたらと沈んでいて、私は司君の顔を見た。すると司君は、なんとなく切なそうな顔をして私を見ていた。


「遠慮なんて、私…」

「してるよ。俺、結城さんを待っているのも、別に苦にもならないし。もし、先に家に帰ったとしても、迎えに行くのも全然大丈夫だよ?」

「……でも」


「なんで、でもって言うの?なんで俺には守に甘えるように、甘えてこないの?」

「……」

「俺って、頼りにならないかな」

「ううん、そんなことない」

「じゃ、なんで?」


「…ご、ごめんなさい」

「怒ってるわけじゃないよ。だから、謝らないでもいい。ただ…」

 司君はしばらく黙り込んでから、

「ただ、もうちょっと頼ってほしいかな」

とぼそっとつぶやいた。


 そして司君はどこを見るともなく宙を見て、

「俺って、穂乃香のなんなんだろう」

と、私に言うわけでもなく、そうつぶやいた。

「え?」

 聞き返しても、司君は下を向いてしまい、何も答えてくれなかった。


 なんなんだろうって、彼氏だよね?

 私、そんなに司君に頼ってないかな。いつも勉強だって、頼っているし。それに、一昨日だって、司君に隣に寝てもらった。すっかり甘えちゃってる。

 そう思うけど、違うのかな。


 司君も黙り込んでしまい、私たちは黙ったまま、学校まで行った。ずっと気まずい空気だけが流れ、教室に入って麻衣に声をかけられ、ほっとしてしまった。


 昼になり、麻衣と美枝ぽんを誘って、中庭に行った。

「今日は天気がいいから、外気持ちいいね」

「だよね~~」

 2人はなんだか、のほほんとしながら、お弁当を食べだした。


 もぐもぐと黙って私はお弁当を食べた。すると、

「なんか、暗い?穂乃香」

と麻衣が気が付いた。

「…うん、暗いよね?私」

 そう言うと、2人は、何があった?と聞いてくれた。


「部屋に穂乃香も入って行ったらよかったじゃない」

「…うん。でも、夏にキャロルさんが来たとき、2人の間には入り込めないような空気感があったんだよね。だから、行けなかったんだ」

「だけど、穂乃香は彼女なんだよ。もっと藤堂君にひっついていたって、いいんじゃないの?」

「…だよね。それ、守君にも言われた」


「穂乃香って、まだどこかで、司っちに遠慮してるもんね?」

「え?」

「まあ、そんなところが、穂乃香の奥ゆかしいところなんだろうけどさ」

「遠慮してるかな、私」


「してるよ。あ、嫌われると嫌だから?まあ、それもわかるけどね。私もそうだったしなあ」

「麻衣も?」

「今は、ちゃんと素直に言ってるよ?年上だからってこともあるかもしれないけど、相手も聞いてくれるし」

「…私、嫌われるのは怖いな。だから、言いたいことも言えないでいるんだね。きっと…」


 はあってため息をついた。

「我慢しちゃうよね。あんまり言うと、わがままだって思われるかもとか、いろいろと考えちゃってさ」

「…美枝ぽん、我慢してるの?」

「うん。今の彼、年下だから。私、年上だし、ちょっとぐらい我慢して大人な女性演じなくっちゃ…とか、わけのわからない演技をして見せちゃう」


「…私も、もしかすると、わがまま言ったりしたら、嫌われるかもって思っているかもしれない」

「…付き合ったら付き合ったで、いろいろと壁にぶち当たるよね」

 なんとなく美枝ぽんの言葉に、私も麻衣もうなづいて、3人ではあってため息をついてしまった。


「あ、ごめんね。私が暗いから、みんなも暗くさせたかも」

「いいよ。私もまだ、クリスマスのことでもやもやしていて、そんなに明るい状態じゃないし」

 麻衣がそう言うと、美枝ぽんも、

「私もこの前、デートをドタキャンされて、怒りたかったのに怒れなくって、もやもやがまだ、たまってるんだよね」

と暗く言いだした。


「デートをドタキャン?」

 私と麻衣が驚いて、同時にそう聞いた。

「うん。バイト、いきなりシフトが変わったとかで。まあ、仕方ないんだけどね。急に辞めちゃった人がいて、シフト組み直したって言ってたから」

「そうなんだ」


「怒れないじゃない?そういうの。こっちが年上なんだし、そのくらい大きな心で見てあげないと…なんて思っちゃって、文句の一言も言えなかったんだよね」

「……なるほどね。でも、バイトの都合だったら、しょうがないよ。ただ、ほっぽかされたんだったら、怒ってもいいと思うけどさ」

 麻衣がそう言うと、美枝ぽんは、

「そうか。そもそも、怒ったり文句を言うようなことじゃなかったのね…」

と言って笑った。


「でもさ、藤堂君だったら、なんとなく受け止めてくれそうな寛大さがありそうな気がするんだよね」

「え?」

 突然美枝ぽんが言いだした。

「私もそれは思うな。穂乃香、もっと甘えたり、わがまま言ってもいいと思うよ。司っちだったら、そのくらいなんでもないかもよ?」


「麻衣も、そう思うの?」

「寛大そうだもん。司っち」

 そうか。私、司君のことを見くびっているのかな。


 そうだ。だから、司君も私に遠慮してるって言ったんだ。もっと甘えたり、頼ってほしいって。

 俺ってなんだろうって、思わせちゃうほど、私は司君を頼ってなかったのかな。

 彼氏ってなんだろう。


 なんだか、またわかんなくなっちゃった。

 お弁当を食べ終わり、教室に戻った。司君はまだ、教室にはいなかった。

 そして、放課後になるまで、司君とは何も話すこともなく、その日は過ぎて行った。

 

 


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