第76話 猛特訓
「なんで、こんな真面目そうなのが理想なんだろう」
「俺もそう思うよ、真人」
「穂乃香ちゃんさあ、男の人とあんまり付き合ったことってないでしょ?もっといろんな人と付き合うべきだよ」
「あ!それ、言えてる!」
真人君と本田さんは、そんなことをずっとぶつくさ言いながら、トランプをしている。
「俺、また大富豪です」
司君は手元にあったトランプを出すと、そう言った。
「え?また~~?!」
本田さんの手元には、まだまだたくさんのトランプがある。
「あ~~~あ。大富豪やめない?今度は何する?」
真人君がそう言った。それから私を見ると、
「まじで、藤堂のいったいどこがいいわけ?穂乃香ちゃん」
と聞いてきた。
トランプなんてする気、ないんだろうなあ、この人。
「どこって…」
そんなの、本人目の前にして言いづらいよ。と思いながら、司君を見た。司君は思い切り、無表情だ。
「え~~っと」
「他に回りに男がいなくって、付き合うことになったとか」
「ち、違います」
何よ、それ!
「俺も、そう言えばどうして2人が付き合うようになったのか、聞いてなかった。司、お前からアプローチしたの?」
本田さんが司君に聞いた。司君は、静かにうなづいた。
「それで、穂乃香ちゃん、OKしたの?」
真人君が私に聞いた。
「え、えっと」
困った。一回、ふってるし…。でも、言いづらいなあ、そういうのも。
「俺、最初ふられて…」
え?司君がばらしちゃったよ?
「え?穂乃香ちゃん、ふったの?じゃ、そのあと司が猛アタックしたとか?」
「いえ。俺、本田さんじゃないから」
司君は、無表情のままそう言った。
「…じゃあ、どうして今、付き合えてるんだよ?教えろよ!」
「本田さんは、猛アタックしても、なんで付き合えていないんですか?まだ、誰とも」
司君はしれっとした顔でそう聞いた。
「うっせ~~。それは、相手の男を見る目がないからだ」
「いや、見る目があるから、ふられているんじゃ…」
真人君がそう言った。
「真人、お前だって、ついこの前ふられたんじゃないのか?」
「ふられたんじゃなくって、別れたんです」
「そうなの?」
思わず私は聞いてしまった。
「な、何で別れちゃったの?」
「気になる?穂乃香ちゃん」
真人君が、なぜか可愛い笑顔でそう聞いてきた。
「…別れる時って、何が原因で別れちゃうのか、ちょっと気になる」
私がそう言うと、
「おいおい。真人。穂乃香ちゃんは別にお前のことが気になるんじゃなくって、参考までに聞きたいってだけだよ。そんなに期待するなよ」
と、本田さんが真人君の肩を抱いて、そう言った。
「……。そ、そんな期待なんて…。ちょっとしたけど」
あれ?素直に言っちゃうの?面白いなあ、真人君って。
「別れたのは、何が原因だったかなあ?一緒にいても、楽しくなくなったっていうか」
「え?な、なんで楽しくなくなったの?」
ドキドキ。そんなことで、別れたりするの?
「う~~ん。なんでって言われても。なんか、向こうもこっちも、冷めてきちゃったんだよね、気持ちがさ」
「……」
そうなんだ。冷めたりするんだ。
「思っていたのと、違ってたっていうか…。最初は楽しい子だなって思ってたんだけど、けっこうわがままで疲れたっていうか…」
「ふうん」
司君を見てみた。あ、司君もこっちを見た。なんだか優しい目で見てるよ。もしかして、俺はそんなことないから、安心してって言いたいのかな。
「だからさ、穂乃香ちゃんも藤堂に飽きたら、いつでもさっさと別れて、他の奴と付き合ってもいいと思うけど」
もう!なんで真人君、そうなるわけ?
「別れないし、飽きないから大丈夫です」
私がそう言うと、真人君は笑って、
「あ、タメ語でいいって言ったじゃん!」
とそう言ってきた。
え?
今、そう言う話をしていたんじゃないんだけどな。
「あはは。だけど、そういうことを平気で言えちゃうところが、可愛いよねえ」
真人君はまだ、笑っている。
あ、今、司君、眉間にしわが寄った。ポーカーフェイス崩れたけど?
「田中さん」
「え?何?」
真人君は藤堂君に呼ばれ、藤堂君を見た。
「穂乃香のこと、口説こうとか、落とそうとしても無駄です」
「へ?」
何を言いだすんだ?司君は。
「俺ら、もう婚約もしているし」
うわ!
きゃ~~。そこまで、ばらしちゃった!うわわ。私の顔が熱くなってきた。
「婚約?あはは。何言ってるんだよ」
真人君が笑った。本田さんまで、
「司でも冗談言うんだな」
と言って笑っている。
本当のことなのに!笑われると、なんだかムカつくんですけど!
トントン。
「バイト君たち、いつまで起きてるの?」
そう言って、その時母がドアをノックした。
「あ、すみません。そろそろ寝ま~~す」
本田さんが軽くドアのほうを向いてそう言った。するとドアが開き、
「あなたたち、穂乃香知らない?どこにもいないんだけど」
とそう言いながら、母が顔を覗かせた。そして、私がいるのを見て、
「あ!こんなところにいた!」
と目を丸くした。
「みんなで、トランプしてました」
真人君がにこりと微笑みながら、母に言った。
「トランプ?男ばかりの部屋に入って?」
母は呆れたって言う顔をしてから、
「穂乃香、あなた、男ばかりの部屋に一人で入って、お父さんだってなんて言うか…」
と言いかけて、司君を見た。
「…。ああ、司君がいるなら、安心か」
「え?司がいたら、OKなんですか?一番、穂乃香ちゃんに手を出しそうなのに?」
本田さんは母の言葉に驚いて、母に聞いた。
「一番手を出す~~?あなたでしょ?一番危ないのは!」
母はそう言うと苦笑いをした。
「司君のことは、私たちも認めているから。あ、言っておくけど、本田君も真人君も、穂乃香に手を出そうとしても駄目よ。穂乃香は、司君と婚約だってしてるんだから」
母はきつい口調で言うと、
「さ、明日も早いんだから、穂乃香ももう部屋に戻って寝なさいよ」
と言って、バタンとドアを閉めた。
「……うっそ」
本田さんが目を丸くしたまま、私と司君を見た。
「冗談じゃなくって、本当に婚約したんですよ」
司君は、無表情な顔でそう言った。
「うそだろ?高校生で?穂乃香ちゃん、まじでいいの?こんなやつと婚約して!」
真人君は、大声で私に向かってそう聞いてきた。
なんだかなあ。さっきから、司君のことを「こんなやつ」って言うけど、いったいどんなやつって思っているのかなあ。
「はい」
私は、ただうなづいた。
「なんで?なんで一人に縛られてもいいわけ?もったいないよ。穂乃香ちゃんだったら、他にもいいやついるって!」
「司君がいいんです!一番いいんです!それじゃ、私戻ります。おやすみなさい」
私はそう言ってから、ちらっと司君を見た。司君は、
「おやすみ」
と耳を赤くして、優しくそう言った。
「おやすみ、穂乃香ちゃん」
本田さんも私にそう言って笑ったが、真人君だけは、納得いかないっていう顔をして、黙っていた。
ワンワン!
「ラブ、ここで寝るの?おやすみ」
ラブの背中を撫でて、それから私は部屋を出た。
隣の部屋にそうっと入った。うわ。もう部屋が暗い。寝ちゃったの?今日子さん。
私は静かに、ベッドの中に潜り込んだ。
「遅かったのね」
今日子さんが一言そう言った。
「あ、起こしちゃいましたか?ごめんなさい」
「……隣がうるさくて、眠れなかったの」
うわ。今の、嫌味?
「ごめんなさい」
「そう言えば、お母さんが、あなたを探してたみたいで、一回この部屋も見に来たわよ。私、隣の部屋に行ってるって言ったらまずいかと思って、しらを切っておいたんだけど」
別に、まずくも何もないんだけどなあ。
「あ、母なら隣の部屋も覗きに来ました」
「怒られなかった?男ばっかりの部屋に入り込んで。あなたのご両親って、そういうのうるさそうじゃない?」
「え?大丈夫ですけど」
だって、司君がいるし。
「ふうん。あなた、信頼されてるんだ」
そうじゃなくて、司君が信頼されてるの。
「ま、どうでもいいけど」
今日子さんはそう言うと、黙り込んだ。あ、もう寝る体制に入ったんだよね?
私も黙って、今日子さんに背中を向けた。
ああ、隣の部屋には、司君がいる。
このペンションにいる間は、司君とは一緒に寝れないんだね。
そんなの全然平気だと思っていたけど、かなり、寂しい。
すでに、司君の胸が恋しくなっている私は、本当に明日から、持つんだろうか。
そんな心配をしながら、私は眠りについた。
1日目は、そんなこんなで終わった。とりあえず、真人君にも司君と付き合っている、いや、婚約しているんだとわかってもらえて、ほっとした。
これで、本田さんも真人君も言い寄ってこないよね。うん。
今日子さんも、司君のことを気に入っている様子だったけど、男の人に興味がなさそうだし、安心した。
あとは、お客さんが司君に言い寄ったりしなかったら、私の心配はまったくなくなる。
ただ、司君にくっつけないことが寂しいだけで。
翌日、2日目。朝から、朝食の準備に取り掛かり、それが終わり、泊り客のみんながスキーに行ったあとは、ペンションの掃除を始めた。そして、11時になり、
「今日は帰るお客さんも、来るお客さんもいないから、これからは自由の時間よ」
と、母がバイトのみんなに言った。
「やった~~」
本田さんが喜んで、
「今日子ちゃん、スノボーしに行こう」
と早速アタックしている。
「じゃ、ウェアーに着替えてこなきゃ」
今日子さんは嬉しそうにそう言うと、部屋に戻って行った。
「あれ?」
本田さんの誘いを聞いちゃうわけ?
「穂乃香ちゃんは、スキーできないんだよね?」
「え?うん」
真人君に聞かれそう答えると、
「藤堂もでしょ?みんなで二人のコーチを順番にするからさ」
とにっこり笑って、司君の肩を抱き、部屋に行ってしまった。
そうなんだ。みんなで交代で、コーチしてくれるんだ。
私も、司君とスキーができるのを喜びながら、ウェア―に着替えに行った。
着替えが終わり、みんなで乾燥室に移動した。そして、本田さんと今日子さんは、スノーボードを持ち、真人君はスキーの板を持った。
「穂乃香ちゃんと藤堂のは、スキー場でレンタルしよう」
そう真人君は言うと、にっこりと笑った。
なんだか、機嫌がいいというか、ずっと真人君は笑顔だな。スキーができるのがそんなに嬉しいのかな。
そしてみんなで、スキー場へと移動した。
スキー場は、ペンションから歩いてもすぐの位置にあり、あっという間に着いた。
「このペンションは、スキー場が近くて、最高だよね」
「うん。だから、ここでバイトしようって思ったのよね」
真人君と今日子さんは嬉しそうにそんな会話をしている。そうか。本当にここに来るバイトの人は、スキーやスノボーをしに来ているんだなあ。
私と司君は、みんなに付き添ってもらって、板や靴をレンタルしに行った。でも、カウンターの前でいきなり、
「本田さん、俺、スノボーもやってみたいんですよね。難しいですか?」
と聞きだした。
「いや、そうでもないよ。じゃ、司はスノボーする?俺と今日子ちゃんでコーチするけど」
え?い、今、なんて?
「いいんですか?2人が滑る時間、無くなるんじゃ…」
「いいよ、別に。まだまだ、ここでバイトしている間は滑れるんだし」
本田さんはそう言って、司君にはスノーボードのレンタルをしてしまった。
う、うそ。
私、スノボーはさすがに無理だよ。スキーなら、ボーゲンができるから、どうにか滑れるけど。
「じゃ、穂乃香ちゃんは、スキーの道具を一式ね」
真人君はそう言うと、私の身長や靴のサイズを聞いて、スキー板やブーツをレンタルしてしまった。
っていうことは、まさか。
「穂乃香ちゃんは、俺がコーチするから」
真人君はそう言って、にっこりと笑っている。
やっぱり…。
「つ、司君。スキーしないの?」
「あ、うん。今日はスノボーに挑戦してみるよ。穂乃香も、スノボーやってみたらいいのに」
「無理だよ~~。スキーだってまだまだできないのに」
私がまだ司君と話をしているのに、
「司!置いて行くぞ」
と本田さんはそう言って、司君を連れて行ってしまった。
「じゃあ、穂乃香ちゃんは、こっち。まず、スキーのブーツに履き替えようか」
真人君はまだ、思い切り笑顔だ。
えっと。この状況はいったい何?
司君!私が真人君と2人きりでもいいの?2人きりで、手取り足取り、コーチしてもらってもいいってこと~~?!
「きゃ~~~~~~!」
「穂乃香ちゃん!転ぶときは潔く転んで!」
ドッタ~~~!
「そうそう。変に転ばないように踏ん張ったり、頑張らないで、お尻から転ぶと怪我しないから。ね?」
私はしばらく、雪の中にうずもれていた。
さっきから、ボーゲンはできないし、全然滑れない。
「さ、立ち上がって。また、上まで登って行くよ」
「また?」
「そう。はい、立って!」
真人君はずうっと笑顔。でも、かなりのスパルタ。
真人君はあっという間に、坂を上って行くけど、私はちょこちょこと必死になりながら上っている。そのうえ、たまに、気を抜くとその場所から、滑り落ちてしまう。
滑っているんじゃなくって、ほとんど、お尻で滑り落ちているって言う感じだ。
ああ、かっこ悪いなんてもんじゃない。ほとんどが、
「きゃ~~~!」
という絶叫と、汗だくで上っている姿ばかりで…。
もしかして、こんな悲惨な姿を、司君に見られずに済んだのは、ラッキーと言えばラッキーかもしれない。でも、真人君、可愛い笑顔で、本当にスパルタなんだけど。
「ほら!ここまで上って!」
「そ、そんな上まで?」
はるか上に、真人君はいた。私をあの可愛い笑顔で見下ろしている。
ああ、あの笑顔にだまされてはいけない。童顔だし、なんだか可愛らしい笑顔だけど、きっと真人君はSだ。それも、ドSだ。
ぜえぜえ言いながら、ようやく真人君の所まで上った。もう暑くて、汗だくだ。でも、真人君は涼しい顔をしている。
「じゃ、一気に滑るよ。ちゃんと足はハの字。俺のあと、ついてきてね」
そう言うと、真人君は、すうっと滑り出した。
うそ。今、まだ息が上がったまま。もうちょっと、休ませてくれても…。でも、ここで置いて行かれても困る。
私は必死に、足をハの字にして、滑り出した。
あ、あ、だんだんとスピードが出てきた。
ああ、右に曲がりたいのに、曲がれない。
「真人君!と、止まんない」
「腰が引けてるよ。前に体重乗せて!」
「え?前?」
そう言われた時にはもう遅い。板が前に前に進んでしまい、ハの字にもできない。
「う…きゃ~~~~~~!!!!!!」
ほとんど、直滑降。
「穂乃香ちゃん!潔くお尻から転んで!」
ドッタ~~~~!!!!!!
また、雪まみれ…。
なんで?確か、高校1年の時のスキー教室では、ボーゲンできたのに。なんでできないの?
「穂乃香ちゃん!転ぶのうまくなったね」
真人君が横に来てそう言った。ものすごい笑顔で。
う、嬉しくないかも。
「さ、起きて。また上ろうか」
「また?」
「そう。また」
嘘でしょう~~~~!!!!
そんなこんなで、私はお昼ご飯も食べず、真人君の猛特訓を受けていた。
駄目だ。心が折れた。司君の胸が恋しいよ~~~!!




