第74話 バイト仲間たち
5時になると、ぞくぞくと泊り客がスキー場から戻ってきた。そして、お風呂に入ったり、リビングでのんびりし始めた。
私たちは夕飯の準備に追われていた。
6時半になると、ダイニングがだんだとにぎやかになっていった。
家族連れ、カップル、そして友達で来ているお客さん。それぞれ年齢も違うし、関西弁を使うお客さんもいて、本当にダイニングはにぎやかだった。
「アッキー!このあと、一緒に滑らない?」
女の人だけで来ているお客さんが、本田さんに声をかけた。多分、OLさんだろう。本田さんよりも年上だと思う。
「いいっすよ。ナイターですよね?」
「また、教えてよ」
「はい、喜んで!」
また?っていうことは、よく一緒に滑っているのかな。
「真人君。今日は外雪が降っていないし、望遠鏡一緒に見よう」
そう言って真人君を誘ったのは、家族連れで来ている女の子だ。中学生か、もしかしたら高校生か…。
「あ、いいですよ」
にこりと真人君は微笑んだ。その女の子は嬉しそうに笑った。
真人君のことが気に入っているんだろうなあ。
「ねえ、新しく来たバイト君。あなたの名前は?」
さっきの女の人が、今度は司君に声をかけた。げ!逆ナン?
「藤堂です」
「藤堂君?君もこの近くに住んでいるの?スキーをするために、バイトをしているの?」
「いえ。スキーはまだ、したことないです」
「え?そうなの?長野に住んでいるのに?」
「いえ。僕は江の島から来ました」
「江の島?!素敵!」
え?
「あとで、2階の談話室でお話ししない?」
わあ!誘ってるし!
「すみません。仕事忙しいので無理です」
司君は、ほんのちょっとだけ笑みを浮かべそう言って、キッチンに戻ってきた。
よ、よかった。断ってくれて。
するとキッチンで洗い物をしている今日子さんが、
「へえ。藤堂君は、真面目なんだね」
と司君に向かってそう言った。
「え?」
「本田君も真人君も、女の人の誘い簡単に聞いちゃうから、もしかして藤堂君もそうかと思ったんだけど」
「……」
司君は、何を言い返したらいいのかって感じで、困っている。
「見た目も真面目そうだけど、中身も真面目なのね。でも、スキーもできないってことは、ただただ、バイトをしに来ただけ?」
「夏もここでお世話になって、冬も働きたいって思ったんです」
「あ、そうか。そう言えば、本田君と仲いい感じだったもんね。このペンションが気に入っちゃったのか。それでまた、ここにバイトをしに来たわけね?」
「……ああ、はい」
司君は無表情でうなづいた。
「ふうん。そうなんだ」
そう言うと、それ以上は今日子さんも話をしないで、キッチンの洗い物を黙々としだした。
ダイニングでは、真人君と本田さんが、お客さんと楽しそうに話をしていた。
私は司君と、各テーブルに食後のコーヒーや紅茶を運びに行った。
「藤堂君って言ったっけ。ねえ、江の島に住んでいるっていうことは、サーフィンとかはするの?」
またあの女の人が、司君に色目を使って聞いている。
「いえ、しないです」
「え~~~!じゃあ、スポーツはまったくしないの?けっこうたくましそうな腕しているのに」
そう言って、司君の腕や、肩をじろじろと見ている。
「弓道してます」
「え?弓道?かっこい~~~。似合ってるかも~~~」
司君!なんでばらしてるの?ほら、あの人たち、すっかり司君に興味を持っちゃったじゃない!
「大学のサークルか何かでしているの~~?」
「いえ、高校の部活で」
「え?高校生?」
「はい。2年です」
「うそ!!!」
女の人はそう言うと、友達どおしで目を合わせた。
「あはは。高校生なの?じゃ、誘惑したら犯罪になっちゃう?」
「なんだか、落ち着いているから、絶対に大学生かと思った。な~~んだ。じゃあ、真人君より年下~~?がっくり~~」
そう言って、2人はがっかりした顔をして、
「ねえ、本田君。そろそろナイターに行こう~」
と、そう言って席を立った。
よかった。高校生にはさすがに、興味を示さないんだ。そうだよね。多分、20代半ばくらいだもんね。高校生を誘ったら、犯罪になっちゃうって言っているくらい、年齢いってるんだよね。
って、ホッとしているのもつかの間、今度は家族連れで来ている女の子が、司君に声をかけている。
「弓道しているんですか?いいですね。うちの高校には弓道部がなくて。私も弓道、してみたかったんです」
うう。見た目大人しそうなのに、しっかり声を掛けちゃってるよ。
「あ、そうなんですか」
司君もさすがに無視はできないようで、そう言いながら、その子のテーブルの上にコーヒーを置いている。
「江の島なんですか?私は東京から来ました」
「…」
司君はちょっと返答に困っているようだ。
「あ、東京ですか」
しばらくしてから、司君はそう聞いた。でも女の子にではなく、家族全体にっていう感じでそう聞き返していた。
「東京って言っても、23区内じゃないよ。国分寺市。君、知ってるかい?」
「いえ。すみません」
女の子のお父さんにそう聞かれ、司君は首を横に振った。それからは、女の子ではなく、司君はそのお父さんと話をはじめてしまい、女の子はちょっとつまらなさそうにした。
だけど、私はほっとしていた。
「……穂乃香ちゃんは、スキーするの?」
「え?」
いつの間にか隣に、真人君が来ていた。
「スキーか、スノボーする?」
「ううん。スキーは学校のスキー教室でしたけど、ボーゲンだけしかできないから、滑れるとは言えないよね」
「じゃ、教えてあげようか?明日の昼にでもいいし。あ、これからナイターで行ってもいいし」
「い、いい、いい。真人君は、他のお客さんに教えてあげて?あ、あの高校生の女の子とか」
「あの子?う~~ん。でもなあ」
「?」
「あんまり、俺の好みの子じゃないんだよね」
ガク。やっぱり、真人君も、ナンパ目的でバイトしてるの?
私は何も答えず、洗い終えた食器を布巾で拭いていた。
「あの、拭き終えた食器、片づけてもらってもいい?」
なんにもしないで、のほほんとしている真人君にそう言った。
「ああ、うん」
真人君はそう言って、食器を食器棚にしまいだした。
「……うん。やっぱり、女の子はそうでなくっちゃね」
「へ?」
真人君は私に近づいてきて、そう小声で言った。
「何が?」
「うん。今日子さんだったら、真人君、ぼけっとしてないでさっさと片付けてよって、そう命令口調で言うんだよね。ああいう言い方って俺、ダメなんだよね」
「……」
それは年上だからじゃないかなあ。
「でも、穂乃香ちゃんの言い方って、いいね」
「そうかな?」
「うん。穂乃香ちゃんって、女の子らしくっていいね」
「…私もけっこう、気、強いけど?」
「え?」
「クラスの男子に向かって、啖呵切っちゃったこともあるし。だから、結城さん、怖いって言われているし」
「そ、そうなの?」
あ、ひるんだ?
「あ、そういえば、私、真人君が年上なのに、ずっとタメ口だった。すみません」
いきなり気が付いて、そう謝ると、
「え?いいよ。それは全然気にしないし…。って、やっぱりそういうことを気にするあたり、奥ゆかしそうなんだけどな」
「え?」
奥ゆかしい?とんでもない。私は思わず引きつってしまった。
「……でもさ、穂乃香ちゃんってさ、彼…」
真人君が何かを言いかけたところで、今日子さんが、お客さんのテーブルを片づけたものを運んで、キッチンに戻ってきた。
「真人君、油売ってないで、どんどん空いた食器、持って来てよ。洗い物済ませたいんだから」
「…はいはい」
真人君はそう言って、トレイを持ってダイニングのほうに歩いて行った。
「まったく、本田君といい、真人君といい、もっとちゃんと仕事してほしいわよね。同じバイト代もらってるんだからさ~~」
今日子さんはそう言ってから、ちらっとダイニングのほうを見た。
「藤堂君はえらいわね」
「え?」
「お客さんにつかまって話をしていたけど、オーナーが重そうな荷物を持っているのを見て、すかさず手伝いに行ったの。でも、お客さんにもちゃんと、断りの言葉をかけてから。なんていうか、礼儀がちゃんとなってるわよね」
「弓道部で、そういうの、厳しいのかもしれないですね」
私がそう言うと、今日子さんは「なるほどね」とそう言って、洗い物を始めた。
私は、司君を褒められてちょっと嬉しくなった。でもすぐに、あれ?それってもしかして、今日子さんが司君を気に入っちゃったってこと?と思い、心配になってしまった。
今日子さんって今、いくつかな。高校生なんて相手にしないって、そう思ってくれたらいいんだけどな。
9時を過ぎ、ダイニングからは人がいなくなった。真人君はどうやら、あの高校生の女の子に呼ばれて、2階に上がって行ったようだ。
母と父は、お客さんとダイニングでお酒を飲みながらのんびりとしている。
「さてと。私、お風呂入って来ちゃおうかな」
今日子さんはそう言って、
「ねえ、私とあなた、同室になるのよね?よろしくね」
と言ってきた。
「へ?」
私は両親の部屋じゃないの?
「荷物も私の部屋に置いてあるわよ。お風呂大きいし、一緒に入っちゃう?」
「え?でも…」
「あとがつかえているから、入っちゃおうよ」
「はい」
私は今日子さんのあとをとぼとぼとついていった。
司君は、どこにいるんだろう。そういえば、ずっと見ていない。もしや、誰かに逆ナンされていたりして?
なんて、心配しながら、今日子さんのあとをついて行くと、今日子さんが入ろうとした部屋の隣の部屋から、司君が出てきた。
「あ!」
なんだ。部屋にいたの?
「あれ?藤堂君、もしかしてもう、部屋で休んでた?」
「いえ。風呂に入ろうかと思って、着替えを取りに来たんですけど…」
「え?そうなの?私たちも今から入ろうと思っていたの」
「あ、じゃあ、先にどうぞ」
司君はちょっと表情を和らげそう言った。
「そう?悪いわね」
今日子さんはそう言って、ドアを開けた。でも、
「司君、先に入って」
と私は司君にそう言った。
「いいよ。あとからで」
「駄目だよ。司君、唇青いよ。今まで外にいたの?なんだか、まつ毛凍っていない?」
私は司君の顔を覗き込んでみた。
「ああ、うん。雪かきしてたんだ。駐車場の…」
「やっぱり。冷え切っちゃったんでしょ?先に入って!」
私は司君の背中を押して、お風呂場に連れて行った。
「ちゃんとあったまって!それから、出たらもう外に行っちゃ駄目だよ。もう仕事もおしまいにして、ちゃんと休んで!」
「…う、うん」
司君はちょっと強引な私にびっくりしながらも、頭をぼりって掻くと、お風呂場に入って行った。
「……ねえ」
「え?」
後ろを振り返ると、今日子さんが私をじいっと見ていた。あれ?ここまでついてきていたの?
「あなたって、見た目と違って、けっこうやり手なのね」
「は?」
「藤堂君のことも、司君って呼んでいたし。あら?それとも、前からの知り合い?」
「……。私、司君の家に今、やっかいになっているんです」
「え?じゃあ、一緒の家に住んでいるの?」
「はい」
「じゃあ、藤堂君はあなたのお母さんの親友の息子さん?」
「そうです」
「そっか~~」
今日子さんはそう言うと、くるりと後ろを向き、廊下を歩き出した。
私もそのあとをついていき、部屋に入ろうとした。でも、真人君に呼び止められた。
「穂乃香ちゃん!外散歩しない?」
「……しません」
「あ、タメ語でいいよ。全然」
真人君は、ちらっと今日子さんを見た。今日子さんもちらりと真人君を見て、そしてドアを開け部屋に入ってしまった。
「じゃあさ、こっちの部屋に来ない?トランプでもしようよ」
う、う~~ん。真人君、童顔で可愛い笑顔でそんなことを言っているけど、もしかしてこれも、ナンパ?
「私これから、今日子さんとお風呂に入っちゃうから」
「…じゃあさ、お風呂から出たら、穂乃香ちゃんだけ、こっちにおいでよ」
「……」
私だけ?まさか、二人きりでってこと?
「もしかしたら、藤堂や本田さんもいるかもしれないけど、みんなでトランプしようよ」
「……」
みんなでか。ちょっとほっとした。でもなんだか、呑気だな。なんで?夏に来た時には、バイトのみんな、忙しくて大変で…。あ、そうか。人数が増えたからか。
「私一人では行きづらいから、今日子さんにも聞いてみます」
本音を言うと、司君と2人きりになりたい。でも、どこにも2人きりになるところなんてなさそうだ。それに、いちゃつきたくても、お父さんに知られたら大変だしなあ。
そんなことを思いつつ、私は部屋に入った。
「いいわよ。穂乃香ちゃん一人で、隣の部屋に行っても」
「え?」
いきなり、今日子さんがそう言ってきた。
「私、真人君って苦手なの。本田君も嫌だけど」
「…はあ」
「藤堂君は、真面目そうで見込みあるけど」
「え?!」
見込みってなんの?
「でも、私、別に彼氏を見つけに来たわけじゃないし。本も読みたいから、穂乃香ちゃん一人で行ってきてくれない?」
「…はあ」
今日子さんは、ベッドに寝転がり、本を読みだした。私は着替えを出したり、荷物の整頓をしている振りをして、なんとか時間をつないだ。
なんていうか、私は今日子さんがちょこっと苦手だなあ。真人君じゃないけど、気が強すぎるというかなんていうか…。
トントン。ドアをノックする音がした。真人君?ちょっと、開けるのに躊躇していると、
「お風呂空きました」
という司君の声がした。
ああ!司君だ!
私はベッドから飛び降り、すぐにドアを開けに行った。
ドアを開けると、石鹸の匂いをさせた司君が立っていた。なんだか、顔がほんのりピンク色になって、すごく可愛い。
「風呂入って来ていいよ?」
「うん。司君、ちゃんとあったまった?」
「あったまった。気持ちよかった」
「でも髪濡れてるよ?ドライヤーでちゃんと乾かして」
「大丈夫だよ」
「駄目。洗面所にあったよね?」
「あったっけ?」
「ちょっと待ってて」
私は司君のことを待たせて、着替えを取りにいったん部屋に入り、
「先に行ってます」
と今日子さんに告げ、またドアのところに行った。
「髪、乾かしてあげるから」
そう言って私は、司君の腕を掴み、ドアを閉めてから、どんどん廊下を歩き出した。
「え?え?乾かしてあげるって言った?」
「うん。言った」
司君は、コホンと咳ばらいをした。振り返って司君を見てみると、顔が赤い。え?なんで?
「なんか、今日の穂乃香、強引…」
「え?」
「なんだか、お姉さんみたいで、ちょっと俺…」
司君が照れた。
「え?お、お姉さんみたい?私が?」
「そんな穂乃香もいいね」
司君はそう言って、にやついた。
うわ。何それ!
私のほうがなんだか、照れてしまった。
照れながら私は洗面所で、司君の髪にドライヤーを当てた。
「だ、だって、司君が風邪ひいたりしたら大変だもん」
「うん」
「だって、司君、さっき本当に凍り付いていたんだもん」
「うん」
「寒そうにしてたから、心配で」
「うん」
司君はまだ、口元をゆるませ、小さな子供のように、うんうんとうなづいている。
「穂乃香」
ドライヤーを止めると、司君が抱きついてきた。
「え?」
「2人きりになれるところがなくって、寂しかったけど、やっと2人きりになれたね?」
「え?」
うわわ。キスまでしてきた!
「藤堂君。髪乾いたの?私もお風呂に入りたいんだけど」
ドアの外から今日子さんの声が聞こえてきて、私たちはびっくりしてパッと飛び跳ねて離れた。
「あ、すみません。乾きました」
司君はそう言うとドアを開け、それから洗面所を出て歩いて行ってしまった。
ああ、2人きりの甘い時間が、もうおしまい?
ちょっと、今日子さんのことを恨めしそうに見てから、
「先に入ってます」
と言ってさっさと私は服を脱ぎ、お風呂に入った。
もうちょっと、司君を感じていたかったのにな。司君の胸、あったかかった。
は~~~~~~あ…。




