第71話 二人のクリスマス
家に着いた。私からお風呂に入り、司君がお風呂に入っている間に、部屋で髪を乾かした。
ドキドキドキ。なんだか、ずっとドキドキしている。
そして、司君が2階に上がってくる音がした。
「穂乃香…」
ドキン!部屋の前で、司君が私を呼んだ。私はそっとドアを開けた。
「髪、乾いた?」
「うん」
ドキドキしながら、私は司君に手を引かれ、司君の部屋に入って行った。
なんだっていうんだ!なんでこんなにドキドキしないとならないんだ。私ったら。
司君もいつもと、どこか違っている気がしちゃう。なんだか、優しいっていうか、なんていうか。
ベッドに2人で腰かけると、司君は熱い視線で私を見た。
ドキン!
駄目だ。さっきから、なぜか胸がドキドキして。
司君がキスをしてきた。いつもと同じ優しいキス。だけど、私の胸の高鳴りはいつも以上だ。
ベッドに押し倒されても、司君の顔を見ることもできなくなった。
「電気」
「え?」
「いいよね?つけたままで」
司君がそう言った。私は小さくうなづいた。
本当は消してほしい…ような気もする。でも言えない。だって、クリスマスだし。
ドキドキドキ。ドキドキドキ。ドキドキドキ。
「…あ」
司君の手が止まった。あ、紐パンで困ってるの?もしかして…。
あ、そんなことなかった。あっさりと紐をするっとといてしまった。
「穂乃香」
「え?」
ドキン。何?
「今日のために買って来たって言う…」
「そ、そう」
わ~~~。なんだか、恥ずかしくなってきた。やっぱりあんなこと言わなかったら良かった。あ、でも、言わないで紐パンをいきなり履いているのも、引いちゃうかもしれないよね。
司君は私にキスをした。そして、小さな声で「サンキュ」と言った。
サンキュ?え?
紐パンでお礼言われた?とか?
うわうわ。もっと恥ずかしい。でも、喜んでくれるよって麻衣がそういえば言っていたっけ。そっか。司君もやっぱり、普通に男の子なんだよね。
でも…。
やっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい。
だけど、そんな恥ずかしさも消えるくらい、司君は今日も優しかった。
司君の視線、触れる手、キス…。全部が優しかった。
いつものクールなポーカーフェイスの司君とは全く違う。ずっと優しい目で私を見て、時々熱くなる。ささやく声も優しいし、そのたびに私の胸が躍る。
司君の腕枕も、そして私の髪を撫でる指も優しい。
「穂乃香」
「え?」
「愛してるよ」
ドキン。
「わ、私も…」
「穂乃香は、愛してるって言ってくれないね?」
「だ、だって。恥ずかしいもん」
「…」
司君は私の顔をじっと見た。ちょっと疑っているような目で。
「あ、愛してるよ?本当に…。でも、口に出して言うのはなかなか…」
「でも今言った」
司君はそう言うと、クスッと笑った。
誰かが帰ってきた音がした。でも、司君はそのまま私に腕枕をして、私の髪や頬を優しく撫でていた。
「ただいま~」
「あ、守君だ」
「…静かに帰ってきたらいいのにな、あいつ」
「…部屋まで来ちゃうかな。あ、いけない。私、ドライヤー部屋に置きっぱなし」
「ほっとこう。まだ、1階にいるみたいだし」
「……でも」
「いいよ。俺はもうちょっとこうやって、穂乃香とくっついていたい」
「…うん」
ドキン。司君のそんな言葉がやたらと嬉しい。
「穂乃香」
「え?」
「イブだね」
「うん」
「はあ」
司君はため息をつくと、にこりと笑った。
「なに?」
「うん。穂乃香と一緒にいられて幸せだなって思ってさ」
「それは私も」
「…ほんと?」
「本当だよ。なんでそんなふうに聞くの?」
「まだ、心の奥のどっかで、信じられていないっていうか」
「何を?」
「穂乃香が俺と同じくらい、俺のことを好きだってこと」
「え?なんで?」
「俺がきっと、穂乃香を好きすぎてるのかな?」
「そ、そんなことないよ。私だって…」
司君になんで通じてないのかな。私、本当に好きなのにな。
「司君」
「ん?」
「本当に好きだからね?」
「…うん」
「本当だよ?今日だって私、ずうっとドキドキしていたんだからね?」
「そうなの?」
「そうだよ」
なんだ。私の胸、すっごくドキドキしていたのに、司君に通じていなかったんだ。
司君の胸に抱きついてみた。あ、司君のドキドキも聞こえてきた。
こんなに好きなのにな。司君でいっぱいなのにな。
「安心する」
「え?」
「穂乃香といると、安心するよ」
「私も」
それから、10分もしただろうか。ドカドカという足音とともに、守君が2階に来た。
「穂乃香。ドライヤーは~~?」
「守君だ。どうしようかな」
私が困っていると、司君は大きな声で、
「穂乃香の部屋にあるから、勝手に持って行け」
と部屋から叫んだ。
守君は私の部屋を開けたらしい。
「穂乃香も兄ちゃんの部屋?」
「そうだよ。さっさと行けよ。邪魔するな!」
わあ。司君、守君にそんなこと言っちゃって。
「わあったよ!」
守君はそう言うと、またドカドカと階段を下りて行った。
「ああ、ドキドキした」
「なんで?」
なんでって…。
「だって、司君と裸で抱き合ってるんだよ?そんなところを守君に見られたら」
「だから。あいつは俺の部屋、勝手に開けたりしないから」
「…ほんと?」
「ほんと」
司君はまた、私の髪にキスをして私を優しく抱きしめた。私も司君に抱きついた。
「司君」
「ん?」
「ほんとにほんとに、ほんと~~~に大好きだからね」
「……うん」
司君は、優しくキスをしてまた、私を抱きしめた。
そのあと、お父さんとお母さんも帰って来たらしい。一階が一気ににぎやかになった。でも、司君は私を抱きしめている。
「下に行かないでも平気?イブなのに」
「うん。平気」
「でも…。あ!ケーキとかまた買って来てたりしないかな、お母さん」
「明日買ってこいって言われてるから、今日は買ってきてないよ。絶対」
「司君、頼まれてるの?」
「うん。穂乃香と買って来いって。穂乃香の食べたいケーキでいいってさ」
「え?私の?」
「うん」
そっか…。なんだかそういうのも嬉しいな。
「じゃあ、明日は司君と買い物に行って、帰りにケーキを買って帰るんだね」
「うん」
「いいね、そういうの」
「そうだね」
司君はまた、私の髪や頬にキスをしてきた。
「穂乃香…」
「え?」
ドキン。何かな。なんだか熱い視線で見つめてるけど。
「イブだから、いいよね?」
「え?何が?」
「もう一度、しても…」
「……」
コクン。私は小さくうなづいた。
困った。
司君に触れられるのも、キスしてもらうのも、全部が幸せで嬉しくって。困るくらい幸せだ。
司君に抱きしめられ、私も司君を抱きしめた。ああ、すごく愛しい。
司君のぬくもりも、そして司君の重みも。
いつの間にか、一階は静かになった。守君も部屋に戻り、そのまま寝てしまったのかもしれない。
私と司君は、なかなか眠れなかった。話をしたり、キスをしたり、抱きしめあったり。
眠るの何てもったいない…。そんな気持ちもあった。
だけど、知らない間に2人とも眠っていた。
翌朝は、すっかり寝坊した。今日は弓道部が休みだと言うので、私も美術部に出るのをやめにした。
ほんと、自由な部活で助かるよなあ。
目覚めてからも、しばらく布団の中で私たちはいちゃついていた。
そういえば、麻衣はどうしたかなあ。麻衣からメールか電話があるまで、ほっておいたほうがいいかな。
「穂乃香」
「え?」
「穂乃香」
「…?」
司君が抱きしめてきた。
「司君?」
「部活休ませちゃってごめん」
「え?いいよ。美術部なんて、出たって出なくたっていい部なんだし」
「……。今日はずっと、2人でいられるね」
「うん。…と思うけど」
「え?」
「守君がゲームしようとか言ってこなかったら…」
「ああ、無視していいよ」
「…でも」
「いいって」
「うん」
本当にいいのかなあ。それに、お母さんのお手伝いとかしないでもいいのかなあ。っていうか、今もう、9時になるけど、一階におりていかなくてもいいのかなあ。
「司君。そろそろ下に行く?」
「…そうだね」
それでも司君は私に抱きついている。
「司君?」
「もう少しだけ」
「…うん」
司君、もしかして甘えてるのかな。なんだか、可愛い。
思わず、ぎゅって抱きしめてみた。ああ、可愛い。
結局一階におりていったのは、10時を過ぎてからだった。
「おはよう」
司君は先にダイニングに行った。私は顔を洗ってから、ダイニングに行った。
「司、穂乃香ちゃんと出かけるんでしょ?」
「うん。あ、帰りにケーキは買って来るよ」
「お願いね」
そんな会話を2人でしていた。それから司君は、足元に寄ってきたメープルの背中を撫でた。
「守は?」
「今日も部活よ」
「クリスマスまで?大変だね」
「でも、部活は明日までだって言ってたわよ」
「ふうん」
「お正月、司と穂乃香ちゃんがいなくって、寂しいって言ってたんだけど、あの子、夜中から出かけて、初詣に行くって、いきなり言い出して」
「え?」
「昨日のテニス部のクリスマス会で、どうやら、彼女ができたみたい」
「え~!?」
私は驚いて、声をあげてしまった。司君も目を丸くして驚いていた。
「相手は2年生なんだって」
「年上の彼女ですか?」
「向こうから告白してきて、守もOKしたらしいわよ」
「へ~~。女嫌いなのにOKしたんだ」
「クス」
司君の言葉に、お母さんは笑った。
「何?」
司君が不思議そうにお母さんに聞いた。
「穂乃香ちゃんをあきらめるために多分、彼女作ったんじゃないのかなあって思って」
「…ああ、なるほど。今のうちに、穂乃香離れするのか」
司君はそう言ってうなづいた。
「え?そ、そんな理由で?っていうか、そんなことないと思いますけど?」
「そんなことあるある。昨日も言ってたわよ。穂乃香には兄ちゃんがいるし、俺も彼女作ろうかなって思っちゃってって」
「……」
びっくりだ。周りに好きな女の子なんていないって言ってたのに。
「どんな子なんだって?守、何か言ってた?」
「2年生だとしか言ってないけど」
「ふうん。家に連れてこないかなあ。見てみたいな。ね?穂乃香」
「うん。私も今、そう思ってた」
キャロルさんのことで、にぎやかでうるさい女の子は苦手になった守君。その守君が付き合ってもいいって思った女の子ってどんな子なんだろう。興味あるなあ。
「だから、守の心配はしないでもいいから、お正月、長野で楽しんで来てね」
お母さんは私と司君にそう言ってくれた。
「…多分、忙しくて楽しむどころじゃないとは思うけど」
私がそう言うと、
「…それもそれで、きっと楽しいよ」
と司君はにこりと笑ってそう言った。
私はそんな司君を見て、ああ、また長野では司君といちゃつけないんだろうなあ…とちょっと寂しくなった。
遅い朝ごはんを終え、司君と2階に行った。そして自分の部屋に入ろうとしている司君に、抱きついた。
「なに?穂乃香」
「お正月はきっと忙しくて、2人きりになる時間もないよね」
「ああ、うん。多分ね」
「だから、今のうちにべったりしていようと思って」
「……」
司君は黙っていた。不思議に思い、顔を見ると赤くなって照れていた。
「そうだね。特に今日は、べったりしていようね、穂乃香」
司君は顔を赤くしたままそう言うと、キスをしてきた。
「…」
私は司君にまた抱きついた。
「でも、出かける支度、そろそろしないとね?」
そう司君に言われ、私は司君から離れた。
自分の部屋に入り、カバンに携帯やお財布、ハンカチなどを入れてから、姿見を見た。
「私、甘えん坊になっちゃってるかなあ」
鏡の中の自分に言ってみた。
前は、司君に抱きつくなんて、とてもできなかったのに。でも、今は抱きついたり、腕を組んだり、手を繋いだり、とにかく司君に触れていたくてしょうがない。
「こんな私、呆れないかなあ。嫌になったりしないかなあ」
ふと気になり、部屋を出て司君の部屋のドアをノックして、部屋から顔を出した司君にいきなり聞いてみた。
「え?」
「私、甘えん坊になってるよね?」
「……そう?」
「さっきも、抱きついたりして」
「……」
司君は黙っている。
「司君、そういうふうにされられるの、嫌?」
「え?俺、嫌がっているように見えた?」
「ううん。でも、内心呆れたりしていないかって、いきなり気になって」
「………」
司君は黙って私を見ている。
「あ、呆れたの?」
「いや。そんなこと気にしないでもいいのにって思って。俺、すごく嬉しかったけどな。穂乃香から抱きついてきたの」
「ほんと?」
「うん。甘えん坊でも全然かまわないけどな」
「ほんと?」
「……そんな穂乃香、可愛いなって思ってるけどな」
「……」
わわ。顏、熱い。
「支度できた?そろそろ出かける?」
「…うん!」
司君と一緒に一階に行って、行ってきますとお母さんに声をかけ、家を出た。
家を出てからも司君と手を繋いで歩いた。
ああ。幸せいっぱいだ。司君の手のぬくもりも、隣にいる司君も、全部が嬉しいよ。
司君と過ごせるクリスマス。今日もめいっぱい、楽しもう。




