第70話 イブが来た
冬休み前日まで、私たちは騒がられていた。そんな私たちの横で、麻衣はクリスマスをそわそわしながら待っていた。
美枝ぽんは、ひょうひょうとした毎日を過ごし、沼田君の所にはいまだに、瀬川さんがやってきていた。
瀬川さんを見ていると、沼田君と話すとき、嬉しそうに顔を赤らめている。沼田君は普通に話しているんだけど、瀬川さんはもしかするともしかして、沼田君を好きになっているのかもしれないなあ。
私はというと、クリスマスを目前にして、うきうきしていた。
周りが騒ごうがなんだろうが、司君と一緒にいられることがすごく嬉しくて、どんなクリスマスイブになるんだろうと、わくわくしていた。
ご飯は頑張って作ろうと思っていたが、司君が、
「イブ、予約して来たから、夕飯はれいんどろっぷすで食べようね」
と言ってきた。
「え?ひ、聖先輩の店で?」
「うん。多分、聖先輩は彼女とデートじゃないかな。さすがにイブはお店にいないと思うけど」
「だよね」
「残念?」
「ううん。いたらちょっと、緊張するって思っただけ」
そうか。ご飯を頑張って作ろうとしていたんだけど、外で食べるのか。
ああ、でも、ちゃんと予約を入れてくれただなんて、嬉しいかも!
そんなこんなで、冬休みに突入。とはいえ、部活があるので、冬休みも学校に行くことになるんだけどさ。
でも、イブの今日は、部活が早くに終わり、夕方には家に帰ってこれた。
「美術部では、イブだからって何かしないの?」
「行きたい人だけがカラオケに行ったよ」
「一緒だね。弓道部の連中も、カラオケに行くやつと、デートに行くやつで別れたんだ」
「デート?」
「あ、今の1年ね。2年は俺くらいだからなあ、彼女いるの。なんでなんだろうね?」
「さ、さあ」
その質問には、さらっと流し、私は着替えをしに自分の部屋に入った。
お母さんからもらったお金で、服は買っておいた。クリスマスに着て行く服を買いに行こうと麻衣から誘われ、昨日、部活をさぼってしまった。
麻衣は服だけでなく、下着も悩みまくって買っていた。その時私も、可愛い下着を買ってしまった。
とても自分じゃ選びそうもない下着だ。でも、麻衣に、「クリスマスなんだから、このくらいサービスしたら?」と言われて、買ってしまった。
上下お揃いの花柄。フリルまでついている。それだけじゃない。なんと紐パンだ。絶対に学校には着ていけそうもない。
ああ!こんなのを着たら、司君、喜ぶどころか引くかも。と思ったが、
「喜ぶって。司っちだって、普通の男子なんだからさ」
と麻衣に言われた。
麻衣も、可愛い下着を買った。麻衣は背も小さいし、顔も可愛いので、可愛いものが似合ってしまう。ただ、性格には合わないって言うだけで。
「あ~~~。緊張~~~」
買った後に麻衣はそう言って、ジタバタしていた。
「でも、もう覚悟は決めてある」
そう鼻を膨らませて言うと、麻衣と私は別れた。私はちょうど司君が帰るくらいの時間に合わせて、片瀬江ノ島駅に着き、駅で司君を待った。
司君は次の電車に乗ってやってきた。
「待った?」
「ううん。私もさっき着いたばかり」
「洋服買えた?」
「うん!」
司君と手を繋いで歩き出した。司君は、帰りに暗くなったら危ないから、駅で待ち合わせをして帰ろうと言ってくれた。それが嬉しかった。
「あのね」
「ん?」
「明日、この服着るね?」
「うん」
「…」
それだけ?もっとなんか言ってくれるかと思っていたのに。
じゃあ、下着も買ったって言ってみる?どんな反応をするかなあ。
「あのね」
「え?」
「……やっぱりいい」
さすがに言うの、恥ずかしいや。
「何?他にも何か買ったの?」
「え?」
あ!やばい。司君のプレゼント。
「つ、司君、何か欲しかったものある?私、聞いておけばよかった」
「穂乃香」
「え?」
「だから、穂乃香だけでいいけど?」
「………」
司君、本当に他に欲しいものないのかなあ。
「じゃ、じゃあ…」
「ん?」
やっぱり、思い切って言ってみる?
「し、し、し」
「し?」
「下着も買っちゃった」
「誰の?」
「私の」
司君の買うわけないじゃん、もう~。
「そ、そうなんだ」
あ、司君の顔赤くなった。
「それももしかして、イブのために…?」
司君にそう聞かれ、コクンとうなづくと、
「そ、そうなんだ」
と司君はもっと赤くなった。
「あ、俺が、プレゼントは穂乃香がいいって言ったから、もしかして、かなり張り切って買ってきた?」
「張り切ってないよ」
私は慌ててそう言った。でも、
「あ、だけど、いつも着ないようなのを買っちゃったかも」
と小声でそう話した。
「そ、そうなんだ…」
司君の声も小声になり、もっと赤くなってしまった。
なんだか、司君がどんどん照れて行くのがわかって、可愛くなってしまった。
「それ着て、私をプレゼントするね?」
司君に思い切り寄り添ってそう言ってみた。辺りはもう、人通りの少ない道で、誰もいなかった。
「え?」
司君は一瞬目を丸くしたが、耳まで真っ赤になると、
「ほ、穂乃香、そういうのはやっぱり、外で言わないでくれる?俺、今、かなり顔やばいことになってるよね?」
と思い切り照れくさそうな顔をして言った。
「うん。でも、誰も見てないよ」
「そ、そうだけど。やべえ。顏、戻んない。家に帰って母さんが見たら、からかってくるって」
あ、そっか。お母さんに見られちゃうか。
「穂乃香、なんだか、大胆になってる」
「え?あ!そんなに大胆な下着じゃないよ?期待しないで」
「そうじゃなくって。性格が大胆になってる」
「え?私が?」
「ああ。顏、元に戻るかなあ」
司君はまだ、真っ赤なままだった。
そして司君は、お母さんに顔を見られる前に、とっとと2階に逃げていったんだよね。
そして私は、昨日買った洋服に着替えて、一階に下りた。
「6時から予約してあるんだ。ちょっと早めに出て、海でもぶらつく?」
「うん」
嬉しいかも!
外は寒かった。でも、コートを羽織って、マフラーもして、ブーツも履いたので、寒さはそんなに感じなかった。
私はワンピースなんて、今までじゃ考えられないような可愛い服を着ていた。と言ってもさすがにびらびらしたワンピースではなく、スカート丈は長く、形もシンプルなものだ。それにカーディガンを羽織っている。
司君は、ラフな格好だった。Tシャツと、セーターとジーンズ。それに、ダウンを羽織っている。でも、そんなラフな格好がやたらと似合ってしまう。
司君と手を繋いで、浜辺近くまで来た。辺りはもう暗く、海も黒かった。波間が時々光るけど、でも、波のうねりも怖いくらいに感じた。
「司君、ここから海を見ているだけでいい?」
「え?」
「ちょっと、夜の海って怖くって、近寄れない」
「ああ、そっか」
司君はにこりと笑うと、そのまま私の腰に手を回してきた。
「穂乃香、怖がりなんだっけね」
「……」
司君に思い切り寄り添った。
「寒くない?穂乃香」
「うん。大丈夫」
司君が隣にいてあったかいもん。
「去年のイブは、まさか1年後に穂乃香といるなんて、想像することすらできなかったよなあ」
「…私も」
「穂乃香も寂しいイブだったんだっけ?」
「うん。お母さんとケーキ食べただけだもん。あ、ケーキじゃないや。アイスだったし」
「俺は…。何してたかな。とにかく、暗かったなあ」
司君はそう言うと、海のほうを眺めた。
「ああ、思い出した。メープルと海見に来てた。あはは。去年は穂乃香が横にいないで、メープルがいたんだな」
「じゃ、メープルは今日、寂しい思いをしていない?」
「してないよ。きっと飼い主の俺が幸せで、良かったって思ってるよ」
「飼い主思いだね」
「うん」
司君はそう言うと、時計を見た。
「そろそろ行く?」
「うん」
司君と手を繋いで歩き出した。れいんどろっぷすには予約した6時の5分前に着いた。
「いらっしゃいませ」
中から、聖先輩のお父さんがにこにこしながら、ドアを開けてくれた。お店の中には誰もいなくって、どうやら夜の予約客の一番乗りだったようだ。
「あ…こんばんは」
司君が顔を少し赤らめ、挨拶をした。私も慌ててお辞儀をした。
「待ってたよ。司君の彼女の…えっと?」
「結城穂乃香です」
「穂乃香ちゃんね」
お父さんは私と司君を、窓際のテーブル席に案内してくれた。店内には大きなツリーが飾られ、電飾がついていて、少しお店の中の明かりは落としてあった。
なんだか、ロマンチックだ。曲もクリスマスソングのジャズが流れている。
「いらっしゃいませ」
キッチンから、聖先輩のお母さんが顔を出した。
「あ、どうも」
司君が挨拶をすると、
「聖は彼女と、みなとみらいに行ってるの。今日、司君が彼女と予約を入れたって言ったら、うんとサービスしておいてって言ってたわ。えっと、婚約したとか…。それ、本当?」
うわ!聖先輩の耳にまで入ってるの?!
「あ、はい」
司君は照れくさそうにうなづいた。
「へえ!婚約!そうか。おめでとう。じゃ、シャンペンでも開けるか。あ、未成年か」
聖先輩のお父さんはそう言って笑った。
「ノンアルコールのカクテルがあるの。それで乾杯して?」
お母さんはそう言うと、綺麗なグラスに淡いピンクのカクテルジュースと、綺麗なオレンジ色をしたカクテルジュースを持って来てくれた。
「オレンジ味と、グレープフルーツ味なの。司君は、酸っぱい方がいい?」
先輩のお母さんが、ピンクのほうを司君の前に置こうとすると、
「あ、甘いのをいただきます。穂乃香、甘いの、あんまり好きじゃないよね?」
と言ってくれた。
「はい。私、グレープフルーツ味のほうが飲みたいな」
「あら、そうなの。じゃあ、司君、甘いのでいいのかな」
「はい。甘いの、好きなので」
「え?甘党?」
「はい」
「…人は見かけによらないものねえ。てっきり、女の子だし、穂乃香ちゃんのほうが甘いのが好きだと思ったけど」
お母さんはそう言って、司君の前にオレンジのカクテルジュースを置き、キッチンに戻って行った。
「じゃ、穂乃香、乾杯しようか」
「うん」
「メリークリスマス」
カチン。私と司君は、グラスを鳴らし、それからカクテルジュースを飲んだ。
それから、お料理が次々に運ばれた。どれも美味しくて、司君と喜んで食べた。
デザートも食べ終わり、司君とコーヒーを飲んでいると、家の中から、聖先輩の妹さんが現れた。
「あ、藤堂兄だ~~~~。こんばんは。彼女さんとデートですか?」
「やあ、杏樹ちゃん。杏樹ちゃんはデートじゃないの?」
「私、彼なんていないから。そんなの興味ないし」
「あ、そうなんだ」
杏樹ちゃんは、すぐにキッチンに行き、何やらお手伝いを始めたようだ。えらいなあ。まだ中学生だよね。
「穂乃香」
「え?」
「プレゼントは明日、見に行こうね」
「あ…」
そうだった。指輪を買ってくれるって言ってたんだっけ。
う、嬉しいな。
「婚約指輪になるから、いいのを選ぼう」
「え?そんな、いいよ。安物で」
「うん。安いものしか買えないけど、でも、穂乃香がいいなって思えるものを選んでね」
「……うん」
じわ。司君の言葉が嬉しかった。
ああ、夏にバイトをして、うちの親からもらったお金、司君は手を付けないでいるんだっけ。それで指輪を買うって言ってたっけな。
安物でもおもちゃでもいいよ。司君が買ってくれるなら。なんでもいいの。
司君の顔を見た。優しい目で私を見ている。
「穂乃香…」
「え?」
「もう帰る?」
「う、うん」
「でないと、みんな帰ってきたら、思い切りいちゃつけなくなるね」
「………」
ちょっと今、じ~~んと幸せに浸り、ちょうどホワイトクリスマスが店内にも流れていて、ロマンチックだなあってうっとりしていたのになあ。
「帰ろう」
司君は立ち上がり、伝票を手にした。そして会計を済ませると、ご馳走様でしたと丁寧にあいさつをして、お店を出た。
それからまた、私の腰に手を回して歩き出した。
「嬉しいな」
「え?」
「プレゼント」
「私の?」
「そう。穂乃香…」
ドキン。
今さらだけど、ドキドキしてきた。私をプレゼントって、その響だけでもドキドキする。
だけど、もう司君にはあげちゃっているのになあ。それでも、私でいいの?
なんて聞けるわけもなく、私は司君に寄り添いながらも、ドキドキしながら歩いていた。




