第69話 未来のイメージ
翌日、司君と手を繋いで学校に行った。
司君は時々私を見ると、にこりと微笑んで、またクールな顔になって前を向く。
電車に乗ると、うちの学校の生徒も数人いて、司君を見て顔を赤らめる女子生徒もいた。
学校について教室に入ると、みんなが何やらざわめいていた。でも、私たちを見るといっせいにみんな黙り込み、私たちを注目した。
「藤堂、お前、ほんと?」
ある男子が司君に声をかけた。申し訳ないけど、名前がわからない。
「何が?」
「…婚約って、ほんと?」
え?!!!ななな、なんでそのこと知ってるの?
教室内はし~~んと静まり返って、司君の返事を待っているようだ。
「それ、どこで聞いた?」
司君は眉をひそめてそう聞き返した。ああ、私は思い切り動揺したのに、司君は眉をひそめるくらいしか、動揺していないんだね。さすがだわ。
「今朝、部活で朝練に来て、職員室に部室の鍵を取りに行ったときに聞いちゃったんだ」
「何を?」
「大山が、田島先生に話してた。藤堂君と結城さんが婚約しているのを知っていますか?って。なんか、大山、すげえ興奮して、大声で話していたから、職員室中に聞こえてたよ」
「……」
司君の眉間にしわが寄った。あの、大山の奴~~って思っているに違いない。
「本当なの?結城さん」
香苗さんが聞いてきた。
「本当かよ。藤堂!」
沢村君が、顔を赤くして聞いてきた。かなり沢村君も興奮しているようだ。と、そこへ、
「司っち。今、1年生が噂してるの聞いちゃったんだけど、婚約したって本当かよっ」
と、沼田君が息を切らして教室に入ってきた。
「1年?」
司君は、表情を変えずそう聞き返した。あ、そっか。司君は、動揺すればするほど、無表情になるんだっけ。じゃあ、今、かなりパニくっていたりする?
「そんなに噂、広まってるのかな」
私が沼田君に聞くと、
「うん。なんかその話題で今、持ちきりだった。で、まじなの?その噂」
と沼田君が小声で聞いてきた。
「は~~~~~。ま、知られてもいいことだけど、噂ってすごいな。あっという間に広まるんだな」
司君はそう言ってから、私を見た。
「穂乃香、大丈夫?」
私が真っ青になっているからか、司君は心配そうに聞いてきた。
「…うん。だ、大丈夫」
無理やり笑顔を作って答えると、
「無理しないでもいいよ。大丈夫じゃない時には、俺に言ってきてね」
と優しく言ってくれた。
その会話が聞こえていたのか、教室内がどっとまた騒がしくなった。
「まじなんだ。婚約!」
「結城さん、本当に婚約したの?」
「でも、婚約って何するんだよ」
「フィアンセってことでしょう?結婚を約束したってことだよね!?」
思い思いにみんなが話して、教室内がすごく騒がしい中、ドタドタと廊下を走る音と、
「司っち。穂乃香!」
「穂乃ぴょん!」
という麻衣と美枝ぽんの大きな声が聞こえてきた。
「いた!」
教室に来ると私たちを見つけて走って来て、
「こ、こ、婚約したって噂が、飛び交ってるよ!!!」
と息を切らして、美枝ぽんが言った。
「婚約って何。婚約って?!」
麻衣も目を丸くして聞いてきた。
「本当なの?それともまた、勝手な噂?」
「本当だよ」
麻衣の質問に、司君は落ち着いて答えた。
「ほ、本当に婚約したの?!」
「うん。あ、もう俺の家に穂乃香が住んでいるのも、隠さないでいいから。俺ら、もう学校でも堂々としているからさ」
司君はそう言って、穏やかに微笑むと、席に着いた。
私は麻衣と美枝ぽんに腕を引っ張られ、私の席まで連れて行かれた。ああ、話をいろいろと聞きだそうっていうことかな。でも、2人以外の女子も私の周りに集まってきた。
「一緒に住んでるって、どういうことだよ」
沢村君の大きな声が聞こえてきた。ああ、司君の周りには男子が群がっている。
こりゃ、当分はみんなにあれこれ質問攻めにあいそうだな。
私は両親が長野でペンションをしていることや、司君のお母さんが私の母と親友だって言う話をした。それで、私が司君の家にやっかいになることなったと説明した。
だけど、それと婚約とどう関係があるのかと聞かれ、お互いの両親が私たちの交際を認めて、婚約しちゃえばってことになったんだと話すと、
「え~~?なんだか、安易じゃない?その考え」
とか、
「まさか、両親が勝手に決めたことだったりして?」
とか言いだす人までいた。
「結城さん、両親が藤堂君を勧めたから、付き合いだしたの?」
「もしや、親同士が仲いいからって、勝手に決められた婚約者?」
「結城さん、断りきれなかったとか?」
「それで、一緒に住まないとならなくなったとか?」
ああ。だから、いつも思うんだけど、そういう発想ってどこから出てくるんだろう。漫画か、ドラマの見過ぎ?
「違うよ。私と司君が付き合ってから、うちの母親と司君のお母さんが昔友達だったってわかっただけで。司君の家に私を置いてくれるってわかって、うちの両親は安心して長野に行けるようになったの」
「…よく、彼氏の家に住むなんてこと、ご両親許してくれたね」
「…つ、司君、真面目だから」
本当は父には、内緒にして勝手に進めちゃったんだけどね。
「なるほどね~。じゃあ、2人の仲をご両親が認めてくれて、婚約したってこと?じゃ、結城さん、藤堂君と結婚してもいいの?」
「……」
恥ずかしくて黙って私はうなづいた。
「え~。もったいない。もっといろんな人と付き合ってから決めてもいいのに」
そう言ったのは、美枝ぽんだった。
「で、でも…」
司君がいいんだもん、私は。
「藤堂君だったらいいな、私も。かっこいいし、頭いいし、運動神経もいいし、それに、怖いかと思っていたら、結城さんと一緒にいると、すごく優しそうだしさあ。さっきも、結城さんに優しい言葉かけてたじゃん。誠実そうだから浮気もしなさそうだし、結婚相手には申し分ないよね」
「…」
うん。と思い切りうなづきたいけど、黙って話を聞いていた。
「藤堂君のお母さんって、優しいの?」
「うん。優しいし、面白いよ」
「じゃ、嫁、姑の問題もなさそうだよね」
「……」
それは絶対になさそうな気がする。
「いいな~~~~~~~~~」
一気に目をハートにして、みんなが羨ましいって顔で見てきた。だけど、
「え~~~。面白くないでしょ?一人の人にそんなに早くから縛られるのって」
とまだ、美枝ぽんだけは、反対していた。
美枝ぽんなら、良かったねと言ってくれると思ったけどな。それとも、嫉妬して言ってるのかな?
いや、本心からの言葉みたいだな。きっと、美枝ぽんとは価値観みたいなのが違うんだね。
「私はいろんな人と付き合いたいとは思わないから。本当に好きになった人だけでいいかも」
ぽつりとそう言うと、
「じゃ、藤堂君は本当に好きになった人ってわけ?」
と香苗さんに聞かれ、きゃ~~~って騒がれてしまった。
「つまんないの。そんなに早くに結論を出さないでも、いろんな人と付き合って付き合って、自分にあう人を見つけたらいいじゃん」
「その、自分に合う人がもう、穂乃香は見つかったってことだよね」
麻衣が美枝ぽんの話を聞いて、そう言った。
私はまた、黙ってうなづいた。
するとまた、みんなが「いいな~~~」と羨ましがった。
いろんな人と付き合っていると、私と合う人が見つかるんだろうか。そっちのほうが疑問だ。
司君を好きになった。
司君の隣にいると、不思議と安心できた。
優しくてあったかくって。大事に思ってくれているのをひしひしと感じた。
司君がすごく好きだって思った。
どんどん、惹かれていって、どんどん大事な存在になった。
それに、これから先もずっとそばにいられると思うと、すごく嬉しい。
それだけじゃ駄目かな。
司君と、長野に行ったとしたら、そこでの新しい暮らしは、初めてのことばかりだろうけど、それを司君と一緒に体験できるのはすごく嬉しい。
これから先の未来、本当に司君と結婚して家族を持つとしても、司君とだから、ワクワクドキドキする。
どんな未来が待っているかわからないけど、なぜか、司君が隣にいるっていうだけで、安心と楽しみがある。
それだけじゃ、ダメ?
一日、私たちは注目を浴び、どこにいても、みんなが私たちの噂をしているのを耳にした。
そして、帰り道、司君は私に聞いてきた。
「今日、大変だったね。穂乃香、大丈夫だった?」
「うん。みんなに羨ましがられた。司君ってやっぱり、人気者だよね」
「え?」
「ん?」
「羨ましがられたの?」
「うん」
「……ふうん」
「司君は?」
「俺?婚約に関しては、なんでそんなの高校生なのに決めてんのって、みんな疑問に思ったみたいだけど、一緒に暮らしていることに関しては、みんな興味津々だったよ」
あ、そっか。一緒に暮らしていることに関しては、あまりみんなに私、聞かれなかったけど、司君はそっちのほうを聞かれていたのか。
「興味津々って、何に?」
「そりゃまあ…」
司君が言葉を濁した。
「つ、司君。まさか、いろいろとばらしたんじゃ?」
「いや。なんにもお前らに話すことはないって、しかとした」
すごい。しかとできちゃうところが。
「あ。そうだ。美枝ぽんだけが、もったいないって言ってた」
「結婚相手をこんなに早く決めちゃうのが?」
「うん。もっといろんな人と付き合ってからでもいいのにって」
「そう言ってるやつ、結構いたよ」
「そうなの?」
それは、相手が私だから。私なんかでいいのかってことかな。
「男って、結婚は墓場みたいな、わけのわかんない思考回路があってさ。一生独身で俺は通す。遊んで暮らす。なんて言ってるやつもいたから」
「そうなの?女の子の発想は、そういうのないなあ」
「…でも、結城さんと一緒に暮らしてるんだなんて、羨ましいとさんざん言われたけどね」
「………。でも、司君、何もばらしてないんだよね?」
念のため、そう聞いてみた。
「うん。何も」
良かった。
「穂乃香は?」
「え?私だって、ばらしてないよ」
「そうじゃなくって。俺だけじゃなく、他の人とも付き合ってから、結婚決めたほうが良かったかな、なんて思った?」
「ううん。全然」
「ほんと?」
「…だって、私の未来を思い浮かべると、必ず司君が隣にいるし。それがすごく嬉しいなって感じるし」
「…」
司君は目を細めて、嬉しそうに笑うと、
「俺と同じだね」
とそう言った。
「司君も?」
「うん。俺も未来をイメージすると、必ずそこには穂乃香がいるよ」
そうなんだ。嬉しい。
「あれ?そんな歌なかった?未来予想図だっけ?」
「知ってる」
「俺の未来予想図には、穂乃香がいる」
「…うん」
「他の子は、考えられないな」
「……私も」
司君は繋いだ手を、ギュッて握りしめた。
「婚約してるってばれたし、一緒に暮らしてるのもばれたし、もう何も隠すことなくなったね」
「うん」
「だから、堂々といちゃついて歩けるんだね」
「い、いちゃついて歩いたりしないよ」
「え?」
「手、繋ぐくらいだよ~~~」
もう。いちゃつくって何。いちゃつくって。
「じゃ、学校でキスは?」
「しない」
「道端で抱き合うのは?」
「するわけない」
「だよね?」
司君は私が真っ赤になっているのを見て、クスクス笑った。あ、わざと言ったんだな、今。
家に帰ると、司君のお母さんとメープルが出迎えてくれた。
「おかえりなさ~~い」
「ワフワフ」
「ただいま」
司君はメープルの背中を撫でた。
「学校で、婚約した噂が広まってたよ」
「え?もう?!」
お母さんはびっくりして、メープルの背中を撫でている司君の背中を叩いた。
「それで?どうなの?」
「何が?」
「先生の反応とか」
「大山?それとも担任?」
「みんなよ。それから、生徒たちの反応」
「別に」
「え?」
「母さん、そんなに心配しないでも大丈夫だから」
司君は穏やかにそう言うと、2階に上がって行った。
「穂乃香ちゃんも、大丈夫?」
お母さんは心配そうに私に聞いた。
「はい。司君がいるし、大丈夫です」
私もそう答え、2階に上がった。
2階の司君の部屋の前に、司君は立っていた。そして、
「母さん、心配性だよね。実は」
と、そう目を細めて言った。
「うん」
「穂乃香」
「え?」
司君はキスをしてきた。
「もし、大山に何か言われたりしたら、すぐに俺に言ってね?」
「うん」
司君は、にこりと優しく微笑むと、自分の部屋に入った。
私も私の部屋に入って、部屋の真ん中で丸くなった。
はあ。みんなにばれちゃったなあ。
でも、隠しているのも大変だったし、ばれてよかったかも。
これで、何かが変わってくるのかな。特に変わったりはしないかな。
もうすぐ冬休みだ。冬休みが開けて、新年になったらもう、みんなの噂も静まって、周りは静かになっているかもしれない。
もうすぐクリスマスだ。そして大晦日、お正月。ずっと私は司君と一緒にいられるんだ。ああ、ワクワクだなあ。
来年も、そのまた先も、ずっと司君といられることに幸せを感じて、部屋で私は丸くなっていた。




