第67話 いろんな噂話
その日の夜、司君と私は司君の部屋で宿題を済ませ、それから私の部屋へと移動した。
「なんだ。穂乃香、俺の布団も敷いちゃったの?」
「い、一応」
「…もしや、今日駄目…とか?」
「ううん。そんなことは…」
か~~~。ああ、顔が熱いんですけど。
「じゃあ、大丈夫?」
「うん」
司君は私にキスをして、布団に優しく私を寝かせた。
ドキドキ。いまだにドキドキする。いまだにきっと私は、まな板の鯉だ。でも、もうそんなの気にしない。
だって、司君はいつだって、優しいから。
そして優しく腕枕をしてくれて、
「愛してるよ」
と優しくささやいてくれる。
ドキン。
いまだに「愛してる」の言葉に、ドキンってしてしまう。
ああ、やばい。幸せすぎる~~~。
翌朝、司君の腕の中で目が覚めた。だんだんと寒くなって来たけど、司君の腕の中は本当にあったかい。
寒がりの私は、今年の冬は、寒がらないでもいいんだね。
スウ。司君の寝息がおでこにかかる。
チッチッチッ。時計の音、遠くから江ノ電の音。そして司君の寝息。
司君の胸に耳を当てると、ドク…ドク…って、とっても正確なリズムで刻む、司君の鼓動も聞こえてくる。
「やばい~~!!!寝坊した~~~!!!」
その時、私の平和を破るような声が聞こえて、そしてドタバタと階段を駆け下りて行く足音が聞こえた。
「ん?」
その声で司君は起きたようだ。
「穂乃香…。おはよう」
「おはよう」
「今の、何?」
「守君の雄たけび」
「今、何時?」
「7時にもうちょっとでなる」
と言ったところで、アラームが鳴った。司君は布団から手を出して、すぐに時計を止めた。
「は~~~。よく寝た」
司君は大あくびをすると、またなぜか私に抱きついてきた。
「司君、起きようよ」
「ん~~。守、早いんだな」
「今日は部活あるみたいだね」
「俺は休みたい」
「え?!」
「一日、穂乃香とこうしていたい」
「で、でも」
「穂乃香はいつから、部活休みになる?」
「えっと。28日からかな。それまでも、出ても出なくてもいいし」
「弓道部も、28日から休みだ。じゃあ、年末はのんびりと、いちゃつけるね」
「…」
い、いちゃつけるって。
「だけど、長野は?いつ行く?」
「あ、そっか。その辺をまだ、決めてなかったね」
司君はそう言うと、やっと私から離れ、布団から出た。そして、パンツを履くと、上半身裸のままで、自分の部屋に行ってしまった。
うわ。パンツ一枚で出て行っちゃうなんて。って言っても、守君はさっき、遅刻すると大騒ぎをして出て行ったんだし、誰にも見られないから大丈夫か。
そしてその日も、手を繋いで学校に行った。だけど、やっぱりあまり人に会うこともなく、無事、平穏な1日が終わった。
そして、月曜。
さすがに、学校の近くになると、生徒がどっと溢れ、その中を司君と手を繋いで歩いていると、かなり注目を浴びてしまった。
「あ、藤堂君、結城さんと仲直りしたんじゃない?」
とか、
「あれ?別れるとか言ってなかった?なんで手繋いでるの?」
とか、そんな声も聞こえてきた。
い、いいもん、何を言われたって。私はもう、司君とよそよそしくするのをやめたんだから。
と心の中で叫びながら、私は歩いていた。
教室に着くと司君は、
「じゃ、あとでね、穂乃香」
と爽やかな笑顔を向け、それから自分の席に着いた。
「おはよう。ね、今、藤堂君、穂乃香って言ってなかった?」
私も席に着くと、香苗さんが聞いてきた。
「うん」
「え~~。何?どうして?」
「えっと。なんていうか、その」
「おっは~~~」
私が困っているところに、麻衣が元気に現れた。ああ、よかった。
「昨日の、テレビ観た?ドラマの最終回。泣けたね~~~」
麻衣は私の前の席に勝手に座って、話し出した。香苗さんは、席を立ち、望さんを見つけて行ってしまった。
「麻衣、グッドタイミング」
「何が?」
「今、ちょっと困ってたところなの」
そう言って、麻衣に事情を話した。
「大山、そんなこと言ってたの?そりゃ、私でも切れるよ」
「やっぱり?」
「司っちも切れたか。でも、大山のためによそよそしくしてるなんて、ほんと、アホらしいからやめて正解だよ」
「だけど、また大山先生、何か言ってこないかな」
「大丈夫だよ。だって、2人とも真面目だし、2人のことをあれこれ言うくらいなら、もっとうるさく注意されていい連中がいっぱいいるって」
麻衣はそう言うと、大丈夫、大丈夫とにこにこ笑った。
「なんか、機嫌いい?麻衣」
「うっふ~~。昨日は彼とデートだったの」
「そっか~~。幸せなんだね、今」
「だって~~。なんだか、最近、優しいんだもん」
「今、喧嘩したら、クリスマスがおじゃんになるからじゃないの?」
突然話に美枝ぽんが参加してきた。
「美枝ぽん。そういうこと言わないで。一気に冷めるから」
「え?でも、そうでしょ?」
「美枝ぽん、もしかして彼氏とうまくいってないとか?」
「……」
「あ、ごめん。図星?」
「いいよ。バイトして、プレゼント買ってくれるんだから、別に土日に会えなくたって。しょうがないもんね」
「ああ、美枝ぽんにクリスマスプレゼントをあげるために、バイトしてるんだっけ。健気な彼氏だよねえ」
麻衣がそう言うと、美枝ぽんは機嫌を直したようだ。
さて、私はと言うと、またさっきみたいな質問があったらどうしようかと、今思案中。これ、司君に相談してもいいかな。
次の休み時間、後ろを見ると、司君はまだ自分の席にいた。それも一人でいる。チャンス!
私はすぐに席を離れ、司君の席に近づいた。すると、司君も気が付いてくれた。
「あの、話があるんだけど」
「え?」
あ、なんだか改まった言い方したから、司君、無表情になっちゃったな。
「あ、あのね」
私は横に人がいて、なんとなく話しづらくなり、
「廊下で話してもいい?」
と司君に聞いた。
「え?うん」
司君は席を立って、廊下に向かって歩いて行った。私もそのあとをついて、歩いて行った。
そして、人があまりいない廊下の窓際に、司君と向かい合って立つと、
「さっき、司君が穂乃香って呼んだら、どうしてそう呼ぶようになったのかって、香苗さんに聞かれちゃったの」
と、唐突に話し出した。
「え?」
唐突過ぎるからか、司君がびっくりしている。
「返事困っちゃって、何も言えなかったんだ。麻衣が話しかけてきて、香苗さん、どっかに行ってくれたから助かったけど」
「う~~~ん。そうだな。どうしてって言われても、確かに困るよな」
「何てそう言う時、答えたらいいの?他にも、もし、いきなりなんで仲良くなったのかって聞かれたら、どう答えたらいいと思う?」
「………」
司君はしばらく黙って、私をじっと見た。
う…。そんなにじっと見つめられても、困るんだけど。
「う~~~ん。そんなことを聞いてくる人がいるのか」
「いるよ」
司君は今度は、腕組みをして下を見た。
「まあ、あれだよな。仲良くなったんだとか、そんなふうに言うしかないかな」
「あ!」
「え?」
「変な噂が今度は流れたら、どうしよう」
「な、何?どんな?」
私は、誰かに聞かれたら困るので、司君の耳にそっと耳打ちした。
「私と司君が、一線を超えちゃって、呼び方も変わっちゃったとか、仲良くなったんだとかって噂」
「…」
司君は、一瞬顔を赤らめた。でもすぐに、ポーカーフェイスに戻った。
「なるほど。ありえるね」
「うん」
「……でもな。前にも一回俺ら、仲良くなっただろ?で、また話さなくなったから、別れるかもって噂が出たんだし。仲直りでもしたんじゃないかって、勝手に思ってくれないかな」
「勝手に思ってくれる前に、いろいろと聞かれちゃったら?」
今度は司君が私に耳打ちをした。
「俺と、結ばれたからってはっきり言うとか?」
「まさか~~!」
思わず大声になってしまった。慌てて周りを見たら、一瞬こっちを見たけど、すぐにみんな、思い思いに話だし、私たちに注目しなくなった。
「じゃあさ」
司君はまた、私の耳に口を当て、
「婚約したって言ってみるのは?」
と言ってきた。
「え?」
私は一瞬固まり、ぐるぐると首を横に振った。
「駄目?」
「うん。そ、そんなこと言えないよ」
司君は、下を向いて黙ってしまった。あ、あれ?怒った?まさか。
「じゃあ…。まあ、勝手に言わせておこうよ。それしかないって。聞かれたら、前から仲いいって言っておけば?」
「……」
司君はそう言うと、じゃあと言って、教室に戻って行ってしまった。
え?あっけない。何で戻るの?チャイムが鳴るまで、ここで話をしてくれてもいいのに。
しょうがない…と思い、私も教室に戻った。司君を見ると、沼田君と話をしていた。
あ、もしかして、沼田君と何か話でもする用があったのかなあ。
私は自分の席に着いた。すると、
「なんだか、ずいぶんと仲良くなってるんだね」
とまた、香苗さんが言ってきた。
「えっと。ま、前から仲はいいんだけど」
司君の言われたように、そう答えてみた。
「先生に注意されてから、学校ではあんまりくっつかないようにしていたんだっけ?」
「そうそう」
なんだ~~。知ってるじゃない。あ、前に話したことがあったっけね。
「じゃ、なんでいきなりまた、仲良くくっつくようになったわけ?」
「う、う~~~ん」
駄目だ。いい言い訳も浮かばない。しょうがない。大山先生に言われた、「学校の責任になる」ってことを、香苗さんにも話してみようかな。
「え?そんなこと言われたの?そりゃ、藤堂君じゃなくても頭に来るよ。だいたいあの先生、うるさすぎるんだよ。田島先生なんて、なんにも注意してこないのに。大山だけでしょ?この学校であんなにうるさいの」
「生徒指導の先生だからねえ」
そんな話をしていると、横から麻衣も話しに加わってきた。
「だけど、藤堂君と結城さんは真面目すぎだよ。あの先生に注意されたからって、真面目に聞いちゃって」
「本当だよね」
今度は望さんまで話しに加わってきた。
「藤堂君、お母さん、呼び出されたから」
「おっかないお母さんなの?」
「ううん。全然。どっちかって言うと、大山先生頭が固いとか、古すぎるとか言って怒ってた」
「結城さん、藤堂君のお母さんと面識あるの?」
「うん」
「そりゃ、彼氏のお母さんだもん。藤堂君の家にも遊びに行ったりしてるんでしょう?」
「え~~~。そうしたら、藤堂君の部屋に行くの?」
「きゃ~~。部屋で二人になったら、どうするの?」
うわ。香苗さんと望さん、目を輝かせて聞いてくるよ。どうすりゃいいんだ。
その時、チャイムが鳴った。そして麻衣が、
「あ、次の授業、先生がすぐに来ちゃうよね。席戻って準備しなきゃ」
と言って、香苗さんと望さんも席に戻るように言ってくれた。
麻衣。本当にいつも、フォローしてくれるよね。
ああ。仲良くしたらしたで、あれこれ言われちゃうし、仲良くなかったらなかったで、言われちゃうし。他のカップルはそんなに騒がれないのになんでかな。やっぱり、司君が人気者だから、注目を浴びちゃうんだろうか。
そして…。
それからも、司君は、教室でもよく私に話しかけてくるようになったり、行き帰りも手を繋いだりしているので、あっという間に、学校中に注目を浴びることとなり、またいろんな噂が流れることとなった。
その噂は、私が予想していたようなものがほとんど。
「仲直りしたんじゃない?」
「いや、あれは、2人ができちゃったんだよ」
「あの仲の良さは、今までの関係を超えたね」
「え~~~!あの藤堂君が?」
そんな声が、たまにお昼に食堂から聞こえて来たり、私と司君が登校中も、遠くからひそひそとそんなことを言っている声が聞こえてきた。
「また、すごい噂がとんでるね」
翌週、麻衣と美枝ぽんがお弁当を食べているとそう言ってきた。
「知ってる。私の耳にもちゃんと入ってる」
「これって、大山の耳にも入ってるんじゃない?」
「え?じゃあ、またまさか、親が呼び出されたり…」
「もしかして、そうなるかも。覚悟しておいた方がいいよ」
「う、うん。今日にでも、もし呼び出されても、怒りまくらないようにお母さんに注意しておく」
「え?藤堂君のお母さんって、そんなに厳しいの?」
美枝ぽんがびっくりして聞いてきた。
「違うよ。お母さんが大山先生を怒り飛ばさないようにだよ。お母さん、この前もすんごい怒って帰ってきたもん」
「あ、そっちか。なるほどね」
美枝ぽんも麻衣も納得していた。
「司っちのご両親、優しそうだし、寛大そうだよね」
麻衣がそう言った。うん。寛大なんてもんじゃないの。もう、2人が聞いたらぶっ飛ぶくらいのご両親なの。でも言えない。
「もし、長野に連絡が行ったらどうするの?穂乃ぴょん、転校?」
「ううん。それも大丈夫。この前うちの両親が来て、父も司君のことは認めたし」
「認めたって?ずっと反対されてたの?」
「ううん。そうじゃなくって。えっと…」
まさか、婚約したことまで話していいのかなあ。
そんなことを考えていると、同じクラスの子が私たちの横に座ってきて、
「結城さん。藤堂君と一緒に住んでいるってほんと?」
と聞いてきた。
え?なななんでばれたの?どこから聞いたの?
「同棲してんの?そんな噂があるんだけど」
「同棲?!」
美枝ぽんが大きな声を出した。
「し~~~~」
麻衣が慌てて、美枝ぽんの口をふさいだが、周りにいた人がいっせいにこっちを向いた。そして、
「同棲って言った?」
「もしかして、藤堂君と結城さんのことじゃない?」
「じゃ、あの噂、本当なの?」
そんな声がぼそぼそと聞こえてきた。
ひょえ~~~。なんなんだ。今度は同棲しているって噂?!
「そうなの?ね、そうなの?」
同じクラスの子は、身を乗り出して私に聞いてくる。
「ううん。そんなことしてない」
「でも、一緒に住んでるようなこと、誰か言ってたよ」
「誰?誰が言ってたの?」
「…誰だったかなあ。でも、すごい噂になってるんだってば」
「……」
私、麻衣、美枝ぽんは黙って3人で顔を見合わせた。
噂の出どころはわからない。でも、同じ家に帰ったり、出て来たりしているのを目撃されたのかもしれない。司君の家の近所にも、同じ高校の子は住んでいるんだし。
そして…。
その日、また、司君のお母さんは、大山先生に呼び出された。
あ~~~~。お母さんが、爆発しないといいんだけど…。




