第63話 将来のこと
翌日の夜は、私の両親とともにみんなで、外にご飯を食べに行った。
「いいわねえ。海が近いって」
お店は海の近くのレストランにした。母は、海を眺めながらそう言った。
「真佐江ちゃんのところは、山があるじゃない」
「まあね~」
母と司君のお母さんは、それから二人で盛り上がった。
「司君は、高校卒業したらどうするんだい?」
そんな中、父がいきなり司君に聞いた。司君はいきなりだったので、飲んでいる水をふきだしそうになった。でも、すぐに落ち着いて、
「実はそれで、相談があるんです」
と話し出した。
「相談?」
みんなが一瞬にして静まり返った。守君だけは、ピザをがっついているけれども。
「司の進路のこと?私には何もまだ言ってくれてないじゃない」
司君のお母さんがそう言うと、
「だから、明日の3者面談の前に、母さんや父さんにも聞いてもらいたいって思って、今、話してる」
と司君は無表情でそう答えた。
「俺、いえ、僕は夏に長野に行って、いいなって感動してしまって。信州の大学に行くのもいいかもしれないなって、そう思ってるんです」
司君がそう言うと、司君のお母さんは目をまん丸くして驚いた。でも、お父さんの方は、全然動じず、
「なるほどな」
とうなづいた。
「だけど、そうしたら、穂乃香ちゃんと離れちゃうじゃないよ」
「…穂乃香も、長野の学校に進学したらどうかなって、そう思って。それでいろいろと穂乃香のご両親に相談したいって思ってたんです」
司君はお母さんを見た後に、私の両親のほうを向いた。
「うちのペンションから通えばいいと言いたいところだが、うちからはかなり遠いしなあ」
父がそう言うと、
「そうよ。一人暮らしをするとなると、経済的にもだし、いろいろと大変なのよ?」
と司君のお母さんは興奮気味にそう言った。
「寮に入るって言う手もあるな」
司君のお父さんは、いたって冷静だ。
「じゃ、穂乃香ちゃんはどうなるの?」
「今、流行りのルームシェアは?」
突然、守君が話しに参加してきた。
「下宿っていうのもあるなあ」
司君のお父さんは、どうやら思いつきでものを言ってるようだ。
「あなた。今どきあるの?下宿って。それに守も、勝手なこと言わないでちょうだい」
「いや、ルームシェアだったら、アメリカで君もしていたじゃないか」
「まあ、確かにね。でも、3か月で追い出されたわよ?彼氏連れ込んじゃって」
「ああ、相手がですか?」
司君のお母さんに、父が聞いた。
「ううん。私が。この人のこと、泊まらせちゃったの。そうしたら、一緒に住んでいた子が怒っちゃって。ドイツから来ていた子だったんだけど、かなり真面目な子で、すぐに追い出されたのよねえ」
司君のお母さんはそう言って、お父さんのほうを見ると、
「それで、あなたと暮らしだしちゃったんだっけ?」
と聞いた。
「ああ、そうだな。行くところないからって、転がり込んできたな。狭い部屋だったのにな」
そんな会話を2人がしていると、父も母も黙り込んで下を向いてしまった。
「それもいいわね」
司君のお母さんは、突然にこにこしてそう言った。
「それ?」
司君が眉をひそめて聞いた。
「司と穂乃香ちゃんが一緒に暮らしたらいいのよ。そうしたら、家賃も半分で済むし。ねえ?」
司君のお母さんの言葉に、司君は絶句した。
司君のお父さんも、ちょっと驚いている。でも、もっと驚いているのは、うちの両親だ。
「それって、千春ちゃん。同棲ってこと?」
「…そうだけど?」
「結婚前に一緒に住むなんて、そんなことは…」
父が声を振るわせそう言ったが、司君のお母さんは、
「私とこの人、ずっと同棲してたわよ?」
と父の言葉をさえぎってしまった。
「…」
私の両親は何も言えなくなって、私と司君の顔を交互に見た。司君は顔が引きつり、私もどう反応していいかわからず、視線を下げた。
「ま、まあ、そういう選択肢もあるってだけで、なあ?司。お前はそんなことまで考えていないんだろう?」
司君のお父さんは、また冷静にそう話した。
「……まだ、そこまで具体的には。ただ、信州の大学に行けたらいいなっていうぐらいで」
司君もポーカーフェイスに戻り、そう答えた。
「そ、そう。穂乃香が長野に来てくれて、長野の学校に行ってくれるのは嬉しいわね、お父さん。お父さんだってそれを望んでいたじゃない?」
母がそう言うと、父はうむと、腕組みをした。でも、難しい顔をしている。
「もし、もし同棲するんだとしたら、結婚はまだにしてもだ。婚約くらいはしてもらうぞ、司君」
どひゃ?
「え?」
父の言葉に、さすがの司君も思い切り驚いている。
昨日の夜、そんな話をみんながしているのを聞いたとはいえ、まさか、父からそんなことを言って来るなんて!
「あら、いいわね」
軽くそう言ったのは、司君のお母さんだ。
「婚約~~?何それ。婚約って何するんだよ?」
守君が目を丸くしてそうお母さんに聞いた。
「だから、結婚の約束をして…。結婚を前提としてお付き合いすることよ」
司君のお母さんがそう言うと、
「え?それって、具体的には?」
と司君は耳を赤くさせて聞いた。
「具体的には…。そうね。両家の両親に挨拶に行ったり?」
「そんなの、今みんなで集まっているんだから、挨拶も何もないんじゃないの?」
守君がそう言うと、お母さんは、
「それもそうね」
とうなづいた。
「他には?」
司君はまだ、耳が赤い。でも必死で、平静を装いながら、お母さんに聞いている。
「他には…。う~~ん、まさか結納するわけにもいかないし」
「世間に婚約発表でもするか?司」
突然、司君のお父さんがそう言って笑った。
「あら、いいわね」
お母さんまでが笑ってそう言った。
「冗談じゃなくて、俺、かなり真面目に聞いてるんだけど」
司君は眉間にしわを寄せ、2人にそう言った。
「ま、真面目にって、司君。うちの穂乃香との結婚を真面目に考えてるってことなの?」
母が身を乗り出して司君に聞いた。父はというと、ずっと腕組みをして難しい顔をしている。
「え?あ…。それは、……はい」
司君は言葉に詰まりながらも、うなづいてくれた。
「まあ!」
母は喜びを隠せないようだ。口が一気にほころび、それから私の顔を見た。
うわ。見ないで。私、絶対に今、真っ赤なはず!顔が思い切り熱いんだから。
「まだ早い」
父がそう言った。すると、司君のお父さんも、
「そうだな。結婚はまだ早いな」
とうなづき、
「だけど、結婚を前提に真面目に付き合うのなら、それには僕は賛成するよ」
と優しい表情で私と司君に言った。
父はちょっと司君のお父さんを眉をしかめて見てから、すぐに視線を外した。そして今度は、私を見た。
「穂乃香は、どうなんだ」
「え?」
「長野に来たいのか」
「…私は、デザインの勉強がしたいから、それができるなら、どこでも」
「そんなんでいいのか?自分の意思はないのか?」
「……。あるよ。司君とは離れたくないから、司君が長野に行くなら一緒に行く」
父の言葉につい、私はそう言ってしまった。
「……」
父はまた黙って、う~~んとうなってしまった。
「でも、うちが寂しくなるわ。穂乃香ちゃんが長野に行っちゃったら」
司君のお母さんがぽつりとそう言うと、守君も、
「俺は反対」
と言い出した。
「え?」
私の母はびっくりして守君を見た。
「兄ちゃんは別にどこに行ってもいいけど、穂乃香がどっかに行くのは反対だから」
守君はそう言うと、むすっとした顔をして、水を飲んだ。
「守はすっかり、穂乃香ちゃんになついちゃったからなあ」
司君のお父さんはそう言って笑った。守君は、そのあともずっと機嫌を直すことはなかった。
父はお店から出ると、司君のそばに寄った。
「正月にまた、うちのペンションでバイトをするか?司君」
「はい。できたらそうしたいと思っています」
「そうか。…じゃあ、頼むよ」
父はそう言って、司君の肩をポンポンと叩き、
「まいったな」
とそう言って、ふうってため息をした。
ドキン。なんの「まいったな」なのかな。なんでため息をしたんだろう。
「君がもっと嫌な奴なら、とことん穂乃香との交際を反対できるんだが、僕も君をすっかり気に入っているからね。反対のしようがない」
父は穏やかに、司君にそう言った。
司君は一瞬目を丸くした。でもすぐに目を細め、嬉しそうに笑った。
「司のこと、そんなに気に入ってくれたの?」
司君のお母さんが、ちょっと驚きながら父に聞いた。
「夏に働いている姿を見て、司君の真面目さや、誠実さは感じましたよ。穂乃香を安心して任せられるって、そんなふうにも思えましたしね」
司君は、父のその言葉を聞いて、またはにかんだ笑顔を見せた。
「そうなの。司、そんなに気に入ってもらえたの」
司君のお母さんは、目をちょっと潤ませていた。
「ふんだ!」
守君がいきなりそう言って、藤堂家に向かって走って行ってしまった。
「守君は、相当穂乃香になついちゃったの?」
母がそう言うと、司君のお母さんが、
「ああ、守ね。多分、穂乃香ちゃんが好きなんでしょ」
とそうボソッと言った。
「え?」
その言葉に母も父も驚いたが、司君のお父さんは、
「ははは。まあ、小さな淡い初恋ってところですよ」
と笑ってそう言った。
私はとういうと、ずっとドキドキしていた。
私は、高校を卒業後、どうなるんだろう。長野に行くなら、司君と同棲することになるんだろうか。
藤堂家について、順番にお風呂に入った。そして、髪を乾かすと、すっかり時間も遅くなり、布団を敷いて私はすぐに眠ろうとした。
トントン。
誰かが部屋をノックした。もしや、司君?
そう思いながらドアを開けると、母が立っていた。
「お母さん?」
「明日帰るから、隣で寝てもいいかしら。お父さんは、藤堂さんと飲みだしちゃって、きっと昨日みたいに高いびきをかいて寝ると思うのよね」
とそう言った。
「いいよ、お布団もう一人分あるし。今、敷いちゃうね」
とはいえ、いつも司君が使っている布団だから、男臭かったりして。だ、大丈夫だよね?
心配しつつも私は、布団を敷いた。
「ありがと。お父さんのいびきうるさくってね。あんたも知ってるでしょ?」
「飲むといびき、うるさくなるよね」
「そうなのよ」
そう言いながら、母は私の隣に敷いた布団に潜り込んだ。
「ねえ、穂乃香」
「え?」
「穂乃香は、司君にちゃんと思われてるのね」
「へ?!」
なんで、いきなりそんなことを言ってきたんだ?
「二人が隣に並んでいるのを見て、感じたわ。時々司君、あんたを優しく見ていたし」
「え?そ、そう?」
「藤堂さんが、あんたたちの交際を賛成するって言った時も、嬉しそうに笑っていたしね」
「そうだった?」
「……司君はいい子よね」
「うん」
「優しいし、お父さんが言うように、誠実だし」
そこで、うんとは言いにくいかも。
「かっこいいし、頭もいいし、運動神経もいいんでしょ?」
「え?うん」
「モテるのもわかるわ。モテないほうがおかしいわ」
「う、そ、そうかな」
「……。穂乃香」
「え?」
「今、幸せ?」
「うん。…ど、どうして?」
「だったらいいの。それだけが、お母さんもお父さんも、気になっていたことだから」
「…すごく幸せだよ?」
「そう…。そうね。それも、司君の隣で真っ赤になっている穂乃香を見たら、すぐにわかったけどね」
ひょえ!そうなの?
なんだ。じゃあ、距離を置くだの、仲良く見せるだのしなくたって、母には私と司君が仲がいいの、わかったんだなあ。
「冬休み、楽しみにしてるわ」
「うん。私も」
母はにこりと笑うと、目を閉じた。
「おやすみさない」
私は立ち上がって電気を消し、それからまた布団に入った。
隣の部屋では、司君は何を思っているんだろうか。
もう寝た?まだかな。
司君。あのね。母にはわかっていたよ。私がとても幸せだって。きっと、父にもわかっていたと思う。
これからも、ずっと私は司君の隣にいて、ずっとこのまま幸せでいたいな。
そんなことを思いながら、私は眠りについた。




