第62話 盛り上がる親たち
司君と1階に行った。私はお風呂に入りに行き、司君はリビングに行ってメープルと遊ぶようだ。
お風呂から出てくると、守君が帰って来ていて、司君と一緒にメープルと遊んでいた。私は、
「お風呂空いたよ」
と声をかけ、ドライヤーを持って2階に上がった。
そして2階で、ドライヤーをかけていると、ドアをノックする音がした。
また、司君のお母さんかな。守君ならたいてい、穂乃香~~って叫んで来るし。
ガチャ。ドアを開けると、母がドアの前に立っていた。
「入ってもいい?」
「え?うん」
私はドアを開け広げ、母を部屋に入れた。
「ここが穂乃香の部屋とは思えないほど、可愛いわよね」
母はそう言って、部屋を見回してから、畳の上に座った。
「でも、穂乃香がこの家に来た時と、なんにも変ってないのね。あんたって、ほんと、物が増えない子よねえ。昔からだけど」
「え?」
「たとえば、ぬいぐるみとか」
「だって、別に欲しくないし」
「…服は?毎月送っているお小遣いだけで足りてるの?」
母はそう言って、お財布からお金を取り出して私にくれた。
「え?こんなに?」
「クリスマスもかねて。バーゲンで洋服買うといいわよ」
「ありがとう」
バーゲンでって言うところが、母らしい。
「冬休み、長野に来るの?」
「うん。その予定」
「司君も?」
「うん。手伝いに行きたいって言ってたよ」
「そう。楽しみね。本田君もまた来るって言ってたし」
「え?」
チャラ男本田が?あ、つい顔が引きつっちゃった。
「あの子、チャライけど、けっこういい子よ」
「司君も仲良くなったって言ってた」
「そうみたいよね。面白いわよねえ」
母は笑うと、ふってため息を吐いた。
「本当に穂乃香、司君とはうまくいってるのね?」
「うん」
「お父さんは司君が、穂乃香に手を出していないかって、そっちを心配していたけど、うまくいってるなら、お母さんは別にいいわ。あ、学校でキスしていたことは、お父さんには内緒にしておくから」
「ありがとう」
ドキドキ。なんだか、これ以上あれこれ司君の話をされたら、いろんなことがばれそうで怖いなあ。
「いつも部屋で何をしているの?それとも、リビングに行ってテレビでも見ているの?」
「え?」
「学校から帰ってきてからよ」
「守君とテレビを観たり、ゲームをすることもあるし、司君に宿題を教えてもらったり、テスト前は勉強を司君としてるよ」
「家庭教師が家にいるようなものなのね?」
「うん」
「休みの日は?」
「部活行って、帰ってきてからやっぱり、テレビ観たり、ゲームしたり、勉強したり」
「……」
「あ、あ、洗い物とか、ちゃんと手伝ってるよ?」
母の視線が気になり、慌ててそう付け加えた。
「デートはしないの?」
あ、そっちが気になっていたのか。
「司君の部活が休みの日にしか、どこか行けないから。たま~~に…。かな?」
「寂しいわね」
「え?そうかな。学校も一緒だし、登下校も一緒だし、家でも一緒だし、寂しいことはないと思うんだけど」
「……」
母はそう言うと、天井を見上げてから、
「それもそうね。あんた、ずうっと司君といるってことになるんだもんね」
と私を見てそう言った。
「うん」
「…それで司君、あんたに愛想つかしていたりってことはないの?」
ギクリ。
「そ、そんなことないと思うよ?い、今のところは」
「え?」
「ボロが見えて、愛想つかされるってことだよね?ど、どうしよう。いつか、そんな日がくるかな」
「あ、うそよ、うそ。ないない。今からそんな心配してもしょうがないじゃない、穂乃香。ごめん。あんたって、暗いから、一回そんな心配しだすと、果てしなく暗くなっちゃうんだっけね。ごめんね」
「……」
さすが母は私を見ぬいている。
「さ、下に行って、夕飯の準備手伝って来るわ」
「うん」
「あ、お父さんは前の職場の人につかまっちゃって、夕飯も食べてくるって」
「そうなんだ」
ちょっとほっとした。
母は部屋を出て、また静かに階段を下りて行った。
「…」
ちょっと緊張した。司君の話をする時には、なんだか緊張する。だけど、やっぱり母は母だ。心配してくれたり、お小遣いをくれたりしてくれるのは、嬉しいな。
でも…。私はすっかり、藤堂家になじんだんだなあ。母が懐かしかったり、母にやたらと甘えたいとは思わなかった。
あ、そうか。いっつも司君にひっついて、安心していたり、甘えているからかな。
そう思うと、司君ってすごいかもって思う。司君がいてくれる、それだけで私は思い切り満たされてしまう。
夕飯の時間になった。守君は母がいるからか、おとなしかった。司君のお母さんはテンションが高く、司君はというと、母に話しかけられると、笑顔で答えいたが、自分から話そうともせず、やっぱりいつもと同じように静かだった。
司君のお父さんは、時々母と司君のお母さんの会話を聞いて、笑っていた。とてもなごやかに、夕飯の時間は過ぎた。
ほっと胸をなでおろしていると、夕飯の時に、ビールを飲んで酔った勢いでなのか、母が突然司君に向かって、
「でも、なんで司君、あなたと穂乃香のあんな噂が学校で流れちゃうわけ?」
と、突拍子もないことを突然聞いた。
「え?」
司君はあまりにも突然で驚いている。
「う、噂って」
「別れるとか、そういう噂があるのを知らないの?」
「あ、ああ。あれ…」
司君は顔を引きつらせた。
「なんだ、司、そんな噂が広まっているのか」
お父さんは驚きもせず、落ち着いてそう司君に聞いた。
「うん。ちょっと、そんな嘘を言って回った子がいて」
「な、なんで~~?いったい、どうして?」
司君のお母さんが驚いている。
「……」
司君は説明に困ってしまったようで、しばらく黙り込んだ。
「どうせ、兄ちゃんに気がある女が言いふらしたデマだろ?」
守君がいきなり、口を挟んできた。でも、ナイスだ。その通りだ。
「え?司君に?」
今度は母が顔を引きつらせた。
「あははは。司に気がある子なんているの~~?学校で怖がられてるんでしょ?」
「いえ。司君、もてまくってるんです」
あ。今、私、何を言いだした?つい、司君のお母さんが笑うから、そう言っちゃったけど、司君が横でさらに困り果ててるよ。
「も、もてまくってる?司が?」
司君のお母さんが、目を点にして驚いている。
「あはは。穂乃香ちゃん、それはおおげさだろう?」
お父さんは大笑いをした。
「…でも、本当にもてちゃってるんです」
「そういえば、学食にいた子も、藤堂君が別れたら付き合いたいって言ってたわね」
「え?」
司君のお母さんが、母を見た。
「司、もててるの?なんでまた…」
「…知らないよ、俺だって。でも勝手に周りがさわいでるだけで、俺は興味ないから」
司君はボソッとそう言うと、ダイニングからリビングに移動した。そしてメープルと遊びだした。そのすぐあとを守君もひっついていって、一緒にじゃれだした。
あ、ずるい。逃げた、司君。
「穂乃香、じゃあ、本当に別れるっていうのは噂でしかないのね?」
母がまた私に聞いてきた。ああ、しつこいかも。司君、リビングに行ってないでこっちに来てよ~~。
「真佐江ちゃん、その心配はないなあ。司は穂乃香ちゃんが大好きみたいだし」
お父さんは呑気にそんなことを言いだした。そして美味しそうにビールを飲んだ。
「と、父さん、そんなことなんで言っちゃってるかな」
司君が顔を赤くしてダイニングに戻ってきた。あ、ポーカーフェイスがくずれてるよ。
「いいだろ?本当のことなんだから」
お父さんは、司君を見てそう言うと、また笑った。
「そ、そうなの?司君」
母が司君をじっと見てそう聞くと、
「え、は、はい。別れるとか、そういうのもないし、だから、心配しないでも大丈夫です」
と司君は顔を赤くしたままそう答えた。
「くす。司、顔が赤い。ポーカーフェイスがくずれてるわよ」
司君のお母さんが笑いながらそう言うと、司君はもっと顔を赤くしてから、そそくさとリビングに逃げて行ってしまった。
「あ、照れてるわ」
「司君でも、照れることがあるのねえ。真っ赤になってたわ」
「だから、心配しないでもいいのよ?真佐江ちゃん。この二人は本当に初々しいカップルだし、仲いいんだから」
「そうね。そうみたいね。あの様子じゃ…。それに、お父さんが心配しているようなこともないみたいだし」
「え?」
「司君が穂乃香に手を出したりしていないかって、そりゃもうずっとそればっかり心配していて」
げ。そ、そうなの?
「あ、あはは。や~~だ~~~。心配性なのね。だ、大丈夫よ。見てわかるでしょ?この二人は本当に、初々しいカップルなんだから」
司君のお母さんは、「初々しいカップル」というところを強調してそう言った。
ああ、わざとらしい。今のは絶対にわざとらしい。
「そうだよなあ。今時珍しいくらい、初々しいカップルだよなあ」
お、お父さんまで。
「先生もすごく真面目だって言ってたのよ」
「担任の田島先生でしょ?そうなのよ。真面目な2人なのよ。学校でも家でも」
司君のお母さんが、今度は「真面目なカップル」のところを強調した。
「……まあ、穂乃香もどっか古臭いって言うか、真面目なところがあるから、司君もそうなら、そういうところがお似合いなのかしらね」
母がそう言って、安心した顔をした。
「そうそう。だから真佐江ちゃんも、結城さんもまったく心配しないでもいいわよ」
司君のお母さんはそう言って、ビールを飲んで笑った。
母も安心したのか、
「千春ちゃん、ビールおかわりしてもいい?」
と聞いた。
そして、母、司君のご両親の3人は、ダイニングですっかりビールやおつまみで飲み会を始めてしまった。
私と守君、司君は、3人があまりにもにぎやかなので、2階に移動した。
「のんべえが集まったんだな」
そう守君は言うと、さっさと自分の部屋に入って行った。
「穂乃香はどうする?俺の部屋に来る?」
「でも」
「あんなに飲んでるんじゃ、まず2階には来ないと思うよ」
「じゃ、じゃあ、そうしようかな」
私は司君の部屋に入った。
「は~~~。俺、母さんが変なこと言い出すんじゃないかって、ずっとひやひやしてた」
「でも、すぐにリビングに逃げちゃったじゃない」
「逃げたわけじゃないよ。俺があそこにいたら、かえって変な風になったら困るだろうなって思って、リビングに行ったんだよ」
「え?」
「笑っても、引きつりそうだし、でも、ムスッとしていたら、穂乃香のお母さん、心配しちゃうだろ?」
「うん」
そっか。それでか。
ん?でもやっぱりそれって、逃げたことにならないのかな。
「は~~~。なんだか、緊張した」
私は思わず、司君に抱きついた。
「穂乃香?」
「司君の胸、安心できるんだもん」
「……」
司君は何も言わず、抱きしめてくれた。そして髪に優しくキスをする。
「このまま、ベッドに押し倒したいな」
「え?ダメダメ」
「あはは。うそだよ。これからお父さんも帰ってくるのに」
「そ、そうだよね」
あ~、もう、焦った。
「あ、じゃ、私、もう部屋に戻るね」
「戻っちゃうの?」
「だって、お父さんがいきなり2階に来たら困るもん」
「そっか」
司君が寂しそうにそう言った。私はギュッて一回司君を抱きしめた。司君は顔を近づけ私にキスをした。
「2日間は、おあずけだね」
「うん」
私は、おやすみって言って、司君の部屋を出た。
は~~~~。自分の部屋に戻ってから、マットの上に座り、丸くなってため息をついた。ため息といっても、幸せのため息だ。
どうして、司君の胸はあんなにあったかくって、キスは優しくって、声は澄んでいるんだろうか。
いまだにときめいちゃうよ。
ピンポン。チャイムが鳴った。あ、父が来たんだ。
一気に緊張。どうしよう。下におりたほうがいい?
玄関のドアを司君のお母さんが開けたようだ。そして陽気な司君のお母さんの声がした。どうやら、相当酔っ払っているらしい。
それからそのまま、またダイニングに行ってしまったようだ。
私はそうっとドアを開け、静かに下におりた。一応父に顔を見せないと…と思い、ダイニングに行こうとすると、ダイニングのドアの向こうから、思い切り弾んでいる母の声や、司君のお母さんの声が聞こえた。
う。入りにくいなあ。司君のお父さんも、
「結城さんも、飲みませんか?」
とご機嫌な声で誘っている。
「じゃあ、一杯もらおうかな」
父の声も聞こえた。
いつの間にか、司君も後ろにいた。
「あ…」
「入らないの?」
「うん。なんだか、盛り上がっていて入りずらい」
「だね…」
ちょっとすると、父の陽気な声も聞こえてきた。うわ。父まで酔っ払ったのかな。
「本当に、穂乃香ちゃんはいい子よね。もう、このままうちにずうっといて欲しいわ」
「じゃ、司君のお嫁さんにしてくれる?」
「いいわよ~~。それ、大賛成」
え?!
「おいおい。結城さんが顔を引きつらせているよ」
司君のお父さんが笑いながらそう言った。
「あなただって、穂乃香ちゃんが、うちの娘になってくれたら嬉しいなって言ってたじゃない」
「ははは。まあ、言ってたけどね」
「ま、まだ結婚は早い。早すぎる」
父のそんな慌てた声が聞こえてきた。
ドキドキ。なんだか、聞いていて心臓がドキドキしてきた。父がここで切れないといいんだけど。
「だけど、お父さんだって、司君のことは気に入ってたじゃない」
「まあな。いい青年だとは思っているけれどな」
母の言葉に父はそう答えた。
「そうよ。穂乃香にはもったいないくらいよ」
「それはこっちのセリフよ~~、真佐江ちゃん」
「司君を逃したら、いつあんなかっこいい子が現れるかわかったもんじゃないし、やっぱり、司君にもらってもらいたいわ~~」
げ~~~。何を言いだすのよ。うちの母は。
「じゃ、もう婚約させちゃう?」
こ、婚約?!!!!
「いいわねえ」
ちょっと、お母さん!それに、司君のお母さんまで!
「ははは。婚約かあ。あれか、フィアンセって言うやつか?」
司君のお父さんも笑いながらそう言った。ああ、怖い。何がって父の反応が。
「そうか。婚約させたら、司君も他の女に手を出せなくなるかな」
え?
「あら、結城さん、司だったら、穂乃香ちゃん以外の子には興味ないから安心して?」
司君のお母さんがそう言った。
「そうか?いや、穂乃香が悪い男にひっかかるのだけが心配で。穂乃香に悲しい想いはしてほしくないからな。司君は真面目そうだし、浮気もしなさそうだし、穂乃香を大事にしてくれそうだし、そんな司君と婚約したら、穂乃香も安心かなあ」
「そうよ。そうしたら、変な男に捕まらないで済むわよ。司だったら、絶対に安心だから」
司君のお母さんがそう思い切り断言した。
「な、なんなんだろうな。母さんのあの自信は…」
司君は顔を真っ赤にさせてそう言った。
「穂乃香、2階に行こう。ここで顔を出したら、何を言われるかわかんないよ」
「う、うん」
司君にくっついて、2階に行った。
私の部屋の前で司君は、
「ごめんね。俺の母さん、ほんと能天気で」
と謝ってきた。
「え?う、ううん。全然」
司君の方こそ、あんなこと言われて迷惑じゃなかったの?婚約だの、結婚だのって、勝手にさわがれて。勝手に決めつけられて。
「………」
司君は顔をまだ赤くしたまま、私をじいっと見ている。
「穂乃香、困ってる?」
「え?」
「婚約」
「へ?」
「ああ、あれ、冗談だって思った?」
「うん」
「……うちの親、特に母親、とても強引だし、変わり者なんだ。って知ってるよね?」
「え?まさか、あれ、本気で言ってた?」
「多分」
うっそ~~~~~!
「で、でもでもだって、婚約っていったい何をするの?」
「だよね。俺もよくわかんない」
「…び、びっくりした」
私がそう言うと、司君は顔を覗き込み、
「やっぱり、嫌?」
と聞いてきた。
「ううん。私は別に。でも、司君が」
「え?俺?」
「困ってるよね?」
「別に」
え?
「だけど、あんなことを勝手に親が言ってて」
「ああ、前なら何を勝手に決めてるんだとか、親の言う通りにはならないぞとか、思っていたかもな」
「…前は?じゃ、今は?」
「…。うちの親も、穂乃香の親も、俺らのこと賛成してくれてて、嬉しいなって思うよ?」
うそ。
「え?え?じゃ、え?」
「結婚も、婚約も全然嫌じゃない。母さんじゃないけど、ずっとこの家に穂乃香にはいてほしいし、このまんま俺のお嫁さんにもなってほしいし」
うそ!!!!
「プ、プ、プロポーズ?」
「…いや。プロポーズなら、もっと前にした」
「え?」
「夏に」
あ、ああ。ずっと一緒にいようって言ってた、あれ…。
う、うわあ。私、一気に顔が!
「真っ赤だね」
「う、やっぱり?」
「くす」
司君は笑った。でも、司君の顔も赤い。
「ほ、本気?」
「え?」
「ほんと?」
「うん。穂乃香は嫌?」
「ううん。い、嫌じゃないっ」
うわ~~~~~~~~~~~~~。
一階で盛り上がっている声が聞こえた。その中で司君は優しく私にキスをした。
私は、夢の中にいるかのような、そんなふわふわな気持ちで、司君の胸に抱きついた。




