第60話 面談の日
両親の来る日になった。なんだか、変に緊張しちゃう。なんでかなあ。
長野から出てきて昼には、藤堂家に着く。そして、荷物などを置いてから学校に来る。私は直接学校で落ち合うことになっている。
両親揃って学校には来ないらしい。母だけが来て、父はその間に勤めていた旅行会社に顔を出すと言っていた。
それはものすごく、ありがたかった。父まで来たら、私は緊張するなんてものじゃなかったと思う。
授業が終わり、ホームルームが終わった。面談のある今週は、午前授業だ。私はお弁当を持って、食堂に司君と一緒に行った。
部活も面談もない生徒は、お昼も食べずにとっとと帰って行く。麻衣も、
「バイトの時間まで、遊べる~~」
と喜んでさっさと帰って行った。
沼田君は、瀬川さんが教室に来て、一緒に帰ったようだ。いったい、何がどうなってるんだか。まだ、沼田君からは真相が聞けていない。
美枝ぽんは、面談もなく、部活も休みの日なので、やっぱり麻衣と一緒に喜んで帰った。多分、麻衣とどこかでお昼でも食べるんだろう。
そして、私は司君と一緒にお昼を食べることにしたのだ。
司君の面談は、明後日だ。だからなのか、司君はまだ余裕の顔をしている。
「あ~~~、緊張する」
私は、お弁当を食べながらそう司君に言った。
「緊張?なんで?」
司君はキョトンとした顔をした。
「だって、先生から何を言われるかわからないし」
「成績も上がったし、今回のテストの点もよかったし、褒められちゃうんじゃないの?」
「そ、そうかな」
「それ以外に、なんの話があるの?」
司君は真面目な顔でそう聞いてきた。
「…そ、そうだよね」
「結城さん、真面目なんだから、なんにも言われることなんてないって」
「………男女交際については?」
「え?…ま、真面目だよ?そうだよね?」
司君、鼻がひくひくしてるってば。
「一番憂鬱なのは、絶対に進路のことを聞かれるからなんだ」
私がぽつりとそう言うと、
「ああ、そうだね。俺もだな」
と司君もつぶやいた。
司君も、まだどこの大学にするか、的を絞れてないらしい。だけど、大学に行くと決めているんだからいいよね。私なんて、就職なのか進学なのか、それすら決まってないんだもん。
「絵描くのが好きなら、行ったら?」
司君がそう言ってきた。
「大学?無理無理」
「専門学校でもいいんじゃないの?」
「…そうだけど」
「……俺は」
司君は、そう何かを言いかけて黙り込んだ。
「…え?」
「ん…。実は…」
な、なんだろう。
「ちょうど、穂乃香のご両親が来るし、相談してみようとは思っていたんだけど」
「え?うちの親にってこと?」
ななな、なんだろう。旅行会社に勤めたいとか?あ、それとも、まさか…。
「長野、いいよね」
うわ!やっぱり?大学、信州のほうに行きたいとか言い出すんじゃないよね?!
「あんな自然が近いところで勉強できたら、最高だな」
やっぱり!!!
「本田さんも、長野、いいよ。藤堂も来たら?って誘ってくれてるんだけど」
「え?!」
「あ、本田さんは俺だけじゃなく、結城さんにも来てほしいらしいけどさ」
「……つ。じゃなくって、藤堂君、もし長野の大学に行くなら、わ、私も、ついていっていいってこと?」
「…」
司君は下を向いて、赤くなった。
え?どうして?
「結城さんが、来てくれたらの話」
「い、行きたいよ。もし、藤堂君が行くなら」
「…長野にも、穂…、結城さんが行きたいって思える学校、あるかな」
「…わかんない。でも、調べてみる!」
ドキドキドキドキ。どうしよう、なんだか嬉しくなってきて、ドキドキしてる。
「……。でも、父さんや母さんがなんて言うかな」
「…そうか。藤堂君が遠くに行ったら、悲しむよね」
「金もかかる。一人暮らしすることになるんだし」
「…」
そ、そっか。家を出て行くとなると、もう一緒には住めないのか。
「大学の寮なら、安いのかなあ」
司君はそうつぶやくと、またお弁当を食べだした。
寮?そうしたら、もっと会えなくなる?
ドキドキした気持ちが、一気に消えていくよ。
「それとも、結城さんと暮らす?」
「え?!」
「結城さんのお父さんが、許してくれるわけないか」
「…」
そ、そうだよね。今、一瞬、2人のめくるめく同棲生活の妄想をしかけたんだけど、やっぱり無理だよね。
「暮らせたらいいんだけどね」
「うん」
「そうしたら、家賃も半分で済むし」
「う、うん」
「光熱費とかだって」
「うん」
「…。暮らせたらいいね」
「うん」
それから二人で無言になった。司君を見ると、下を向いて赤くなっていた。
もしかして今、司君もめくるめく同棲生活を想像してる?
ああ、でもなあ。今も同棲しているのに近い生活は送ってるんだけどなあ。
お昼を食べ終え、司君は弓道部の部室に、私は美術室に行った。
美術部員は、今日は半分くらいしかいない。なんとも、やる気の少ない部活だよなあ。
「結城さん」
部長が声をかけてきた。
「はい」
「終業式前に、みんなでクリスマス会をしようって話があるの、聞いた?」
「え?し、知りません」
「見学にも行ったし、弓道部と合同でするのはどうかって話も出てるんだけど」
「え?!」
うそ!
「顧問の先生に聞いてみるって、先生言ってたよ」
「ほ、本当ですか?」
「もし、一緒にできたらいいね。藤堂君、来るよね」
「は、はい」
う、嬉しいかも。
でも待てよ。まさか、クリスマスイブにみんなで集まりましょう、なんてことにはならないよね。
そして、いよいよ面談の時間になった。3時半からが私の面談だ。その5分前には教室の前に私はいた。
母はギリギリの時間にやってきた。
「よかった。間に合ったわ。教室がどこかで迷っちゃった」
「ごめん。私の説明、わかりにくかった?」
「ううん。トイレに寄ったら、南も北も、一気にわかんなくなっちゃったのよねえ」
母はそう言うと、教室の前に置いてある椅子に腰かけた。
「ふう。階段一気にのぼってきたから、疲れちゃった。まだ、呼ばれそうもない?」
「うん。前の人、話し込んでいるみたいだよ」
「…あんた、藤堂家では本当に可愛がられてるみたいね」
「え?!」
な、何をいきなり。
「千春ちゃんから聞いたわよ。おばあさんが夏に来た時にも、おばあさんが優しくしてくれたんだって?浴衣着せてくれたり」
「うん。おばあさん、すごく優しい素敵な人だったよ」
「それに、キャロルってアメリカ人の女の子とも仲良くなったんだってね」
「…、ま、まあね」
途中経過の話は聞いていないようだ。よかった。
「千春ちゃんも、ものすごくあんたのことを気に入ってるみたいだし」
「うん。司君のお母さん、優しいよ」
「守君が本当にあんたになついているんだって?」
「守君、可愛いんだ。とても、いい子なの」
「…はあ」
いきなり母は、溜息をついた。
「な、なあに?」
「ううん。あんたから電話もないし、メールもそうそう来ないから、ま、なんの問題もなく、楽しくやっているんだろうなと思っていたけど。でも、ちょこっと心配でもあったわけよ」
「なんの?」
なんの心配?
「一番は、人間関係よ。藤堂家でうまくやっていってるのか。司君とのことも、心配だったし」
「な、何の心配?」
「もし、あんたたちの仲がうまくいってないとしたら、あの家には居づらいでしょ?」
あ、そういう心配か、びっくりした。
「それから、学校での友達との関係。あとは勉強。あとは…」
「なに?」
「これは、お父さんが心配してた。あの藤堂君なら、大丈夫だとは思うけど、でも、いろいろとね」
も、もしかして、もしかすると?
「だけど、千春ちゃんもいるんだし、そのへんは大丈夫だろうって、そう思ってはいるんだけどね」
「……うん」
ドキドキ。
「千春ちゃんも、2人は本当に真面目って言ってたし。あ、学校でのことは、先生に聞いてみないとわからないけどね?」
ドキドキドキ。
担任の田島先生、学校でキスしてたってこと、ばらさないよね。ああ、前もって、母には言わないようにしてくださいと言えばよかった。いや。逆にそんなことを言ったら、お前、お母さんに連絡いれてなかったのか…って怒られちゃうかな。
前の生徒の面談が終わり、私と母が呼ばれて教室に入った。
「こんにちは」
田島先生は、どうぞと母に言って、母は私より先に先生の前の席に座った。私はその隣に座った。
「長野から今日はいらしたんですよね。遠いところをわざわざ…」
「いいえ。こっちに用事もありましたから。それに、やっぱり、娘の今後のこととかいろいろと気になりますし、ちゃんと面談には来ないとって、前から思っていました」
母はそう言うと、ゴクっと生唾を飲み、先生からの話を聞く体制に入った。
「結城さんの成績ですが…。2年になってどんどん、成績があがっていますね。期末もどの教科もよかったんですよ。特に英語」
だって、司君、英語得意だし。教え方上手だし。っていっても、思い切りいちゃつきながらの勉強だったけど。
「なんだか、私たちが長野に行ってからのほうが、この子、頑張ったみたいで」
「ご両親に心配をかけたくなかったんじゃないですか?なあ?結城」
「え?あ、はい」
「それと、家に優秀な家庭教師がいるようなものだしな?」
先生はそう言うと、はははと笑った。
「それは、藤堂君のことですか?」
母が聞くと、
「藤堂も、成績が優秀ですよ。期末も、やはり全科目いい成績を取っていましたから。本当に真面目な生徒達ですね」
と先生はにこやかに答えた。
「真面目ですか」
母が聞くと、
「珍しいくらい真面目ですよ。部活にも毎日出ていますし、藤堂は秋の大会でも、いい成績だったらしいですよ?結城の絵はもう見ましたか?文化祭に出した絵、素晴らしかったですよ。まあ、彼氏の絵を描いてしまうところは、可愛らしいと言えば、可愛らしいですが」
「彼氏の絵?」
「あ、リビングに飾ってあったの、見なかった?」
「え?あれ?!あんたが描いた絵だったの?」
「うん」
「へ~~。ずいぶんと素晴らしい絵を飾ってるって、思っちゃったわよ。あんたの絵だったのね」
「お母さん、結城は絵の才能がありますね。やはり、進学して絵を勉強するのがいいと僕は思います。美術部の顧問の先生もそう言ってましたよ。本人の意思はまだ、聞いていませんが…」
先生はそう言うと私のほうを向き、
「結城は、卒業後、どうしたいんだ?」
と聞いてきた。
「…美大とかに行く気はないんです。でも…。デザインとか、そういう勉強はしてみたいかな。ただ、そういう勉強をしたからと言って、そういう方面で仕事をしたいかって言うと、まだ、はっきりとは…」
私がそう言うと、先生は、
「やりたいと思えることがあるなら、そっちに進めばいいんじゃないのか?」
とそう私に言った。
「将来がまだ、はっきりしていなくてもですか?」
「ははは。大学に行く連中なんて、もっとはっきりしていないさ。まあ、具体的に何か目的を持って行くやつもいるだろうが、とりあえず大学にだけは行っておこう、みたいなのがほとんどじゃないのか」
「この子の兄がそんなです。それも、一人暮らしまではじめて、呑気にやってますよ」
母がそう口をはさんだ。
「結城は、卒業したら、長野に行くのか?」
先生の質問に、母も私を見た。
「まだ、そのへんも決めてないです」
「お父さんは来てほしいって言ってたわよ」
母にそう言われ、ますますなんて答えていいかわからなくなった。
「デザインの勉強をする専門学校も、向こうにはあるだろうしな。そういった資料が欲しいなら、今から取り寄せてみたらいいだろうし」
「そうね」
先生の言葉に母もうなづいた。
「はい」
そのあとは、母と先生が少しだけしゃべって、面談は終わった。母は、先生に「結城は真面目な生徒です」と何度も言われ、安心したようだ。
それに、仲のいい友達もいて、クラスにも打ち解けていると聞き、ますます母の顔は、ホッとした顔になっていた。
キスのことはまったく、先生の口から出ることもなく、本当に私は面談が終わってから、ほっとして、一気に緊張がなくなった。
「なんだか、お腹空いた。お母さん、食堂に行って何か食べない?」
そう言うと母は、
「いいわね。私も緊張していたから、お昼もあんまり入らなかったのよ」
とにこりと微笑みながら言った。
「緊張してた?」
「そりゃそうよ。何か悪いことを言われたらどうしようかって、ドキドキしてたわよ」
母はそう言いながら、廊下を歩き出した。
母の「悪いこと」とはいったいなんだろうか。でも、とりあえず、先生は褒めまくってくれて、本当にありがたかった。
これも、司君のおかげだな。司君は真面目だし、勉強だって司君がいたから、成績も上がったんだし。
食堂に入ると、数人の生徒がいた。
「あ~~。部活、かったるかった~~」
どこの部だろう。もう終わったのかな。
「面談はどうだった?」
「最低だよ」
ああ、面談があるから出ていたのかな。
多分、隣のクラスの女子だ。2人で、缶コーヒーを飲みながら話している。
「進路のこと聞かれた?」
「進路よりも、先生の奴、親の前で、授業さぼっていたこととか、彼氏とどっかに行ってたこととか、ばらしてくれてさ~~。もうあの彼氏と付き合うのもやめさせようかって、そううちの親も言い出して、いやになっちゃう」
え?そ、そうなんだ。わあ、そんなことを親に言う先生もいるのね。
「いいじゃん。このさい、別れちゃえば?もう半年付き合って倦怠期って言ってたじゃん」
え?半年で?
「そうだね。別れちゃおうかな。最近会っても面白くないし」
「そうだよ。また別の見つけたら?」
わあ。そんなに簡単に別れたり、見つけたりするわけ?
母も、その子たちの話しに耳を傾けているのか、まったく話もしないで、黙って買った缶コーヒーを飲んでいる。
「そういえば、藤堂君と彼女って別れるの?」
げ!な、何を言いだすんだ。ここに本人がいるでしょ。気づいてよ。
「別れないのかなあ。待ってるのになあ」
「なあに?今の彼をふったら、藤堂君と付き合うつもりなの?」
「だっていいじゃん。渋いしさあ。今の彼、遊んでばっかで、アホだし、藤堂君みたいな人とも付き合ってみたいんだよね」
「あんたには、つまらないんじゃないの?部活しかしてないよ、藤堂君って」
「いいじゃん。顏いいし、頭もいいし、それに帰国子女でしょ?かっこいいじゃん」
「すぐに飽きるんじゃないの~~?今の彼女だって、もう飽き飽きしてるかもよ」
ないない。そんなことあるわけない。
2人はそう言って笑いながら、席を立って食堂を出て行ってしまった。
母は、缶コーヒーをテーブルに置くと、
「おやつになるもの、買って来るわ」
と言って、売店に行ってしまった。
ドキドキ。母は今の話を聞いて、何も感じなかったんだろうか。こ、怖いぞ。あとから何を言いだしてくるか。
ああ、こんなことなら、さっさと母を連れて、藤堂家に行ってしまえばよかったなあ。




