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第6話 やっぱり優しい!

 片瀬江ノ島駅に着くと、もうすっかり夜の景色だった。そして海から吹く風は冷たかった。

「さむ…」

 体を震わせると、司君は私に寄り添って歩き出した。

 ドキン。いいのかな、こんなに接近して歩いちゃって。


「穂乃香。何か考え事してた?」

「え?」

「将来のこと?」

「ううん。なんで?」


「ずっと俺の話もうわの空で聞いてたみたいだから」

「ごめん」

「いや、いいんだけど」

 司君はそう言うと、しばらく黙り込んだ。


 どうしようかな。聞いてみようかな。

「あのね、せ、瀬川さんのことが気になって」

 ドキドキ。司君、どんな顔をする?

 って、あれ?まったく表情変わらず?あ、ポーカーフェイスを装っているとか?


「……え?」

 司君はしらばく黙ったままでいたけど、やっと口を開いた。

「だ、だから、瀬川さんのことが…」

「ああ、ごめん。誰?うちのクラスの女子じゃないよね?」

 あれ?


 なんで?瀬川さんじゃないの?それとも、知らないふりしてるの?まさかね。

「1年のすごく可愛いっていう、女の子」

「ふうん。それが?」

 あれ?


「瀬川さん、今日司君のこと呼び出したって」

「…俺を?」

 司君がどこかを見て悩んでから、

「ああ!昼に教室に来た…。ああ、あの子、瀬川さんだったっけ?」

とようやく思い出したようだ。


「名前、憶えてないの?」

 司君の顔をじいっと見てそう聞くと、

「うん。女子の名前は一回聞いただけじゃ、覚えられない」

と司君はなぜか自慢げにそう答えた。


 そうなんだ。でも、それって、えっと。そのくらいの存在ってことかな。安心していいのかな。

「私の名前は?」

 一応聞いてみとこうかな。

「え?」


「いつ、知ったの?」

「美術室で先生が言ってたから」

「……何回か聞いて覚えたの?」

「ええ?穂乃香の名前を?そんなの、一回で覚えたよ?」


「でも、女子の名前は一回じゃ覚えないって」

「…好きな子の名前まで憶えられないほど、記憶力悪くないよ」

 司君はちょっとムッとしながらそう言った。

「好きな子」


「………。わかった。そうか。俺が今日、あの1年の子に呼び出されて、穂乃香、気になってたんだ。それでずうっと、うわの空でいたんだ」

「う、うん」

「クス」


 う。笑われた。

「だ、だって。部活のあとにも、弓道部にいたって…」

「ああ、うん。来てたけど。なんで知ってるの?」

「あ、び、美術部の子がそう言ってたの」

 嘘ついちゃった。でも、柏木君の名前を出したらまた司君、嫌な思いをしそうだし。


「昨日、駅で穂乃香を待っている時にね、あの子がどっかの男子生徒につかまって、しつこく言い寄られてたんだ。それをやめろって言って助けたんだ」

 ああ、昨日司君と居たあの可愛い子が瀬川さんなんだ。そういえば、司君にお礼を言ってたっけ。


「それで、そのお礼にって今日の昼、クッキーをくれて」

 クッキー?

「もらったの?」

「まあ…、お礼って言われたら、断るのも…。ああ、家に帰ってからこれは、話そうと思ってたよ?」

 ほんとに?


「で、帰りに部に来たのは、学校から帰ろうとしたら、途中でまたあいつらがいて、慌てて学校に引き返したらしい。それで、俺のところに相談に来たから、ちょっと終わる時間まで待っててもらって、あの子と同じ方面の奴に送らせた」

「…弓道部の?」


「うん。1年に二人いたから、そいつらに」

「ふうん。司君が送るんじゃなくてもよかったんだ」

「そりゃ、俺じゃなくたって、全然大丈夫だろ?…なんで?」

「ううん」

 瀬川さんは司君に、送ってもらいたかったんじゃないのかなあと思って。

 

 司君は家の門をくぐった。私も後に続いた。司君の家の庭は、季節ごとの花を咲かせる。秋になると金木犀が咲いていた。とてもいい香りだった。だが、そんな金木犀の花も終わってしまった。


「ただいま」

 司君は玄関を開けた。すると尻尾を思い切り振りながらメープルが玄関にやってきた。

「ワフワフワフワフ」

「お!メープル。なんだか、上機嫌だな。散歩行ったばっかりか?寒くなかったか?」


 司君の顔をメープルがベロベロ舐めている。

「くすぐったいって」

 いいなあ~~~。

 あ。また私、メープルが羨ましくなっているし!


「おかえりなさい。寒かったでしょう?お風呂に穂乃香ちゃん、すぐに入ったら?」

「はい」

 着替えを持って、すぐにお風呂に入りに行った。

「ん~。なんだか、お腹痛いなあ」


 と思ったら、ああ、そうか。生理がきたのか。

 あったかいお風呂につかり、さっさとバスタブから出て、自分の部屋に行った。そしてすぐに髪を乾かし、ドライヤーを返しにバスルームに行くと、もう守君が中にいた。守君は鼻歌をいつも歌っているからすぐにわかる。


「守君、ドライヤー返しに来た」

「ああ」

 守君はドアから手だけを出し、ドライヤーを受け取ってから、

「バスマットに、血がついてるけど、穂乃香、怪我でもした?」

と聞いてきた。


「え?」

 ギク~~~!やばい。かなり気を付けたのに。

「あ、あの、そうなの。ちょっと、その…」

 なんて言い訳しよう。

 しどろもどろになっていると、

「あ、そっか。生理か」

と守君は冷静な口調でそう言って、バタンとドアを閉めた。


 ガク~~~。なんなんだよ。そういうことを、あっさりと口に出して言うな~~。

 守君と言い、司君と言い、この家の男子はわりとこういうことを、平気な顔をして言ったりするんだよね。

  

 はあ、それにしても、お腹、痛い。今回は重いのかな。

 自分の部屋に入り、さっさと布団を敷いた。それから、布団の中にうずくまった。

 腰も痛いなあ。嫌だなあ。体の具合が悪くなると、母を思い出す。急に心細くなる。


 司君のお母さんも優しいし、生理痛だって言うと、薬を出してくれたり、気を使ってくれるけど、でも、やっぱり母とは違うんだ。

 母は、あんまりお腹が痛いと、さすってくれることもあった。寒い日だと湯たんぽを用意してくれたり…。ううん、ただそばにいるだけでも、安心できたんだろうな。


「穂乃香。夕飯だよ」

 司君が呼びに来た。

「…うん」

 小さく返事をすると、司君は「入るよ」と言ってドアを開けた。


 布団からもそもそと這い出ると、

「大丈夫?食べられそう?」

と司君が優しく聞いてきた。あれ?なんで寝てるのかって聞かないのかな。

「うん。どうにか、食べれそう」


「下に行くのが辛かったら、ここに持って来てあげようか?」

「ううん。大丈夫」

「…大変だよね、女の人は」

「え?」

「生理痛でしょ?」

 わかってたのか。っていうか、ほら、こういうの、なんの抵抗もなく司君も言えるんだよね。


 司君は私の手を取って立たせてくれた。

「穂乃香も毎月辛そうだもんね」

「…穂乃香も?他に誰が?お母さんじゃないよね」

「母さんも、子供産まれるまで酷かったって。産んだら、生理痛なんてなくなったって言ってたけどね」

 そうなんだ。あれ?じゃあ、誰?


「キャロルだよ。あんな男みたいなのに、生理の時だけは、女になるんだよなあ」

 キャロルさん? 

 司君と一緒に階段を下りていたが、思わず階段を踏み外しそうになり、司君が体を支えてくれた。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫。ごめんね」


 またキャロルさんの名前が出たって思ったら、つい…。

 いったい、司君の過去にはどれだけのキャロルさんが横たわっているんだろう。


 夕飯を食べ終わると、

「穂乃香ちゃん、洗い物はいいから2階で休みなさい」

とお母さんからそう言われた。どうやら、お腹が痛いのが顔に出ていたようだ。

「すみません」

 私が席を立つと、司君も一緒に2階に上がって来てくれた。


「大丈夫?俺、そばにいようか?」

「…うん」

 嬉しい。

 私の部屋に入り、布団に潜り込むと、司君はその横にあぐらをかいて座り込んだ。


「ごめんね?司君、勉強とか、筋トレメニュー作ったりとか、しないでも大丈夫なの?」

「…大丈夫」

 司君は優しく私のおでこを撫でた。

 ふわ…。ああ、あったかくって大きな手だ。安心する。


 司君がそばにいるっていうだけでも、こんなに安心するんだ。

「いつも家ではどうしてたの?」

「あんまりひどい時には、リビングで寝てた」

「自分の部屋じゃなくって?」

「うん。そうすると母が様子を見やすいし。私も母がそばにいる方が安心できたし」


「そうなんだ」

「うん」

 司君の手を、思わず握りしめてしまった。ああ、ずっと手、繋いでいて欲しいな。そうしたらすごく安心するのに。


「じゃ、俺、今日ここに寝るよ」

「へ?」

「布団、横に敷いちゃうね」

「…いいの?」

「うん」


 ほんと?朝まで隣にいてくれるの?

「ちょっと待ってて」

 司君は布団を敷き終わるとそう言って、部屋を出て行った。そしてしばらくすると、文庫本を片手に戻ってきた。


 それから横に敷いた布団に司君は入ると、文庫本は布団の横に置き、私のほうを向いて、私の手を握ってくれた。

「…寝るまで手、こうしてるね?」

 キュキュキュン!優しい。


 やっぱり、限りなく優しい。

「司君」

「ん?」

「だ、大好き」

「…」


 司君の顔は一気に赤くなった。

「い、今のは不意打ちすぎ…」

 そうぼそっと司君は言うと、優しく私のおでこにキスをしてくれた。

 あ、あれ?おでこ?


 ああ、もういいや。おでこでも。キスしてくれたんだもん。嬉しいよ。それに司君、めちゃくちゃ優しいんだもん。

「痛い?お腹」

「うん。でも、司君と手を繋いでると、和らぐ」

「そっか」


 朝まで、隣にいてくれるんだ。壁を隔てないですぐ隣に…。

 ああ、めちゃくちゃ、嬉しいかも。


「寝れそう?」

「うん」

「おやすみ、穂乃香」

「…おやすみなさい」


 そんなことを言っても、きっと眠れないんだ。きっとなかなか寝れないでいるんだ、私は…。と思った次の瞬間には寝ていたようだった。


 ピピピピ。ピピピピ。時計のアラームの音。司君の部屋の時計の音だ。でも、なんだか、やけに近い。

「ん~~~~」

 司君の声?

 パチ。


 あ、目の前に司君の顔。なんで?


 そうだった。昨日、隣に寝てくれたんだ。

「おはよ。穂乃香。お腹は?もう痛くない?」

「…うん」

 キュキュキュ~~~~~ン。朝から、可愛い司君の笑顔を見ちゃった。


「司君は?何時に寝たの?私、あれからすぐに寝たんだよね?」

「ああ、寝てたよ。俺は11時ころかな。だから、ああ、8時間は寝ちゃった」

 私なんて10時前に寝たから、9時間以上寝てたってこと?

「小説もあんまり読めなかった」


「どうして?」

「穂乃香の寝顔を見てる方が、本読んでるよりずっと幸せだったし」

 ドキ~~~。

「なんでかな。寝顔見てるだけなのに、ものすごいスピードで時間が流れていくよね。びっくりしたよ。アッと言う間に30分が過ぎてたんだ」


 30分も寝顔を見ていたって言うの?どひゃ~~。

 い、いやいや。待て待て。もし私だったら、司君の寝顔だったら何時間だって見続けていたいかも。


「穂乃香の寝顔、可愛いからかな」

 カ~~~~~~~ッ。

「さて…。そろそろ起きようか」

「うん」


 ああ、まだ顔が熱いよ。司君はこういうことも、平気で言うよね。照れくさくないのかな。


「俺の部屋戻って、着替えてくるね。布団はこのままにしておいて。あとで布団上げに来るから」

「うん」

 司君はそう言うと部屋に戻りに行った。

 私も、もそもそと着替えだした。


 は~~~。それにしても、隣に布団を敷いて司君が隣で寝るっていうのも、いいかもなあ。

 バタン。

「あ!」

 わ~。まだ、着替えの最中。ブラウスのボタンなんて、全開なのに。司君、いきなりドア開けて入ってきた。


「布団、穂乃香のもあげちゃうね」

「え?ありがとう」

 着替えの最中…。まったく眼中にないわけね。い、いいけど。


 私は司君に背中を向け、ブラウスのボタンを閉め、ネクタイをして、それからカーディガンを羽織った。

 じ~~。あれ?視線を感じる?

 クル。わ!司君が見てた?


「な、な、なあに?」

「え?いや…。なんでもない。さ、下に行こうかな」

 なんだろう。なんでじっと見ていたんだろう。


 ダイニングに行くと、お母さんが明るく挨拶をしてきて、

「穂乃香ちゃん、お腹痛いのもう平気?」

と聞いて来てくれた。

「はい、もうすっかり」


「良かったわね。じゃ、学校も行けるわね」

「はい」

 なにしろ、司君が隣で寝てくれたんだもん。そりゃ、回復力も早いってものよ。うん。

 ああ、なんだかと~~っても、幸せ。


 ピンポンピンポンピンポン!

 と、その時、けたたましくチャイムが鳴った。

「まさか…」

 リビングでメープルとじゃれ合っている司君は顔を引きつらせた。


「は~~~い」

 司君のお母さんは明るく玄関に行った。誰?もしや守君が忘れ物でもして帰ってきた?

 ガチャ。

「千春ママ!グッドモーニング!」

 え?


「司!司イマスカ?」

 この声って、もしや…。

「キャロル。まあ、久しぶり」

 やっぱり!


「司~~~!オハヨウ~~~!」

 やっぱり、キャロルさんだ。

 ズカズカと足音を立て、キャロルさんはリビングに入り込み、司君を見つけると、思い切り抱きつこうとして、

「ストップ!!!」

 抱きつこうとして…、あれ?


「穂乃香がいるの、わかってるよね?!」

「OH!ソウダッタ。穂乃香、オハヨウ!」

「お、おはよう」

 抱きつかなかった。ホ…。良かった。


「なんでいっつもお前は突然来るんだ。学校は?なんでこんな朝っぱらから」

「今日ハ創立記念日デオ休ミナノ。司!学校休ンデ、遊ビニ行コウ」

「休むわけないだろ」

 あ、司君、かなりキレ気味。


「来週ノ週末、ウチノ学校文化祭。司、遊ビニ来テ!」

「…残念だな。うちの学校もその日、文化祭だ。悪いけど、行けないな」

「OH!ジャ、私、司ノ学校ノ文化祭、見ニ行ク!」

「自分の学校は?いいのかよ、行かないで」


「イイ、イイ!司、何カスル?」

「…屋台で焼きそば作るけど」

「ヤキソバ!!!!」

 え~~~~~~~~~?!!!


 うそ。


「司ノ作ル焼キソバ、楽シミ!」

 え~~~~~~~~~~~。うそでしょ。


 司君と2人で見て回る文化祭は?2人っきりで見て回れるって思ってたのに~~!!!!

 なんで、来たりするの?

 いっつも突然。


 幸せな気分が一気に、ブルーな気分に変わってしまった。


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