第59話 強い味方
その日の夕飯の時、司君は3者面談の話をし始めた。
「あら、そうね。穂乃香ちゃんの時には、私が行ってもいいけど」
そうお母さんが言うと、
「一応、長野にも連絡いれないと。もしかすると、結城さん、来るかもしれないからな」
とお父さんがそう言った。
「真佐江が?」
「いや、旦那さんの方だよ。暮れになると忙しいからその前に、こっちに一回、顔を出したいようなことを、夏に会った時に言っていただろう」
え?そうなの?お父さんが?
「そういえばそう言ってたわね。こっちに用事もあるって。じゃ、早速電話してみるわ」
お母さんは箸を置き、受話器を手にしてリビングに移動した。
多分、司君のお母さんは、そう思ったらすぐに行動をしないとすまないたちなんだろう。まだ、夕飯を食べ終えてもいないと言うのに。
「俺も、あるぞ。3者面談。嫌だなあ。母さんが来るんだよね」
守君がボソッとそう言った。
「なんで嫌なんだ?」
お父さんがそう聞くと、守君は、
「わかりきってることじゃん。母さん、変わりもんだもん」
と、お父さんのほうを見ようともしないで、そう答えた。
え?そ、そうなの?まあ、この家では普通の家の常識は通らないと思ってはいたけど。
「え?ほんと?2人で?!」
電話をしていたお母さんが、リビングから大きな声をあげた。
「どうした?千春」
その声を聞いて、お父さんがそう言うと、
「真佐江ちゃんも旦那さんも、2人してこっちに来るって!」
と嬉しそうにそう答えた。
「え?ふ、2人で?」
私の顔は引きつった。隣で司君もちょっと引きつっていた。
「じゃあ、うちに泊まってもらったらいいさ」
お父さんがそう言うと、お母さんは喜びの声をあげ、また受話器に向かって話を始めた。
「やっぱり」
と、暗くつぶやいたのは、司君だった。
「…」
私がそんな司君を見ると、
「あ、ごめん。穂乃香は嬉しいよね?ご両親に会えるんだもんね?」
とそう申し訳なさそうに小声で言った。
ううん。もし会えるなら、どっかよそに泊まってくれて、一緒に食事を一回でもしたら、それでいい。
この家では、私、司君にべったりとくっついていたいもん。
なんて、守君やお父さんのいる前では言えなかった。
「面談の日は、いつなの?穂乃香ちゃん」
お母さんは、受話器を片手に私に聞いてきた。私は、来週の一週間がそうですと答えた。
すると、お母さんはそれを母に伝えると、
「わかったわ。楽しみにしてるわ。じゃあね!」
と電話を切ってしまった。
「あ、母さん、電話、穂乃香に変わってあげたらよかったのに」
司君がそう言った。
「あ、ごめん。また電話しようか?」
「いえ、いいです」
「詳しく日にちが決まったら、また電話くれるって。多分、2泊くらいできるかもって言ってたわ」
え~~~。2泊も?
「でも、ペンション忙しいんじゃ」
私がそう聞くと、お母さんは首を横に振った。
「忙しくなるのは、クリスマス辺りからよ。まだ、今年は雪もそんなに積もっていないし、スキーもできないって言ってたわよ。やっぱり、スキー目当てで来るお客さんが多いから、まだ先なんじゃない?忙しくなるのは」
そうか。
「だから、今のうちにこっちに来て、いろいろと用事を済ませたいんだって。お正月には忙しくて、親戚の人にも会えないだろうからって言ってたわ」
「そうなんだ。大変だなあ」
お父さんはそうつぶやくと、お茶をすすり、
「さ、お風呂に入ってくるか。それにしても、穂乃香ちゃん、ご両親が面談に行けるようになって良かったね」
とにっこりと笑ってそう言った。
「はい」
私も笑顔を返した。でも心のうちは、微妙だった。
司君と2階に上がり、司君の部屋に入った。
「うちに泊まるのか。それはいいんだけど、あの母さんがなんか、しでかさないといいんだけどなあ」
「え?どういうこと?」
「変なこと言っちゃったり」
どんな?
「それよりも、俺の方か。気を付けないとならないのは」
「え?」
「いつものように、穂乃香にべったりしてたら、やばいんだよね?」
「司君、下では私にべったりしてないよ?」
「あ、そうか。でもさ、2階で俺の部屋に穂乃香が来てたりして、そこに穂乃香のお父さんがやってきたりしたら、やばいと思わない?」
思う。
「一緒の部屋で寝るのももちろん無理だし」
「そ、それは、うん。絶対に無理」
「だよね。それどころか、穂乃香、下でご両親と一緒に寝ることになるかもしれないんだし」
「……でも」
「ん?」
「私、司君と一緒がいいよ」
そう言うと、司君は、めちゃくちゃ照れくさそうな顔をして、それから抱きしめてきた。
「穂乃香、最近、素直」
「え?」
「そういうこと、言ってくれちゃうから、俺、すごく嬉しい」
そんな司君も素直だよ?
「ただ、学校でそういうこと言われると、つい、抱きしめたくなるから、困っちゃうけどね」
「……ごめん」
司君は私が謝るか、謝らないかの時にキスをしてきた。それから、
「本当は学校でだって、いちゃつきたいんだけど」
なんて、これまた司君らしからぬ発言をした。
「そういうの、恥ずかしいんじゃないの?」
そう聞くと、
「いや。別に。ただ、またあの大山がうるさく言って来るかもしれないから、べったりとできないだけで」
とそう答えた。
あれ?そうなの?いちゃつくことに、抵抗はないの?
「外でいちゃついても、平気なの?」
「……そうしないと、沢村みたいな変な奴が穂乃香を狙って来るから、どっちかっていうと、いつでも引っ付いていたい気分だよ」
そうなんだ。
「私も、いつでも司君とくっついていたいんだけど」
「じゃ、そうする?」
「む、無理。今度は両親が学校に行くんだもん。そんな時に大山先生がうちの親に何か言ったら、確実に私、転校になっちゃうもん」
「………だよね。ご両親が来てる時には、学校でも家でもいちゃつけないってことだ」
「……」
そんなの、寂しすぎる~~~。と思いながら、私は司君の胸に顔をうずめた。すると司君も、ギュって私を抱きしめた。
「たった二日だよ、穂乃香。この前のキャロルの時に比べたら短いって」
「うん」
「それに、クリスマスでは、べったりくっついていられるから」
「うん」
「ああ、もう。そんなに寂しがって、穂乃香、可愛すぎる。嬉しすぎる」
司君はそう言うと、ベッドに私を押し倒してきた。
「え?」
「言ったよね?今日は押し倒すって」
言った。そういえば、言ってた。
「穂乃香」
司君は熱いキスをしてきた。
そして、私の服を脱がしだした。ああ、今日もまた、電気はつけたままなの?
ドキドキドキドキ。
「穂乃香ちゃ~~~~~ん」
ギョ?!
お母さんがそう叫びながら、階段を上ってきたよ?!
「う、うわ」
私は慌てた。でも、司君は私の上からどこうとしない。
「お母さんから電話よ~~」
お母さんはそう言うと、私の部屋のドアを叩いている。
「で、電話?」
私は慌てた。さすがに司君も私の上からどいてくれた。
私は慌てながら、Tシャツやパーカーを着た。それにジーンズのボタンもはめ、髪を整えながら、司君の部屋のドアを開けた。
「あら、そっちにいたの?」
お母さんは、手に受話器は持っていなかった。よかった。持っていたら、ここでの会話を聞かれてしまうかもしれない。
「で、電話ですか?」
「…あとにする?今、取り込み中だった?」
え?!!!
「い、い、いえ。そんなことは」
思い切り動揺すると、司君が部屋から顔をだし、
「あとって、相当遅い時間になるか、明日になるかもしれないから、今、電話に出たほうがいいかもよ?」
とそう口を挟んできた。
え?!そ、そんなこと、お母さんに言っちゃうの?!
「司。あなた、穂乃香ちゃんのご両親が来ている間は…」
「わかってるよ」
司君はお母さんが全部を言う前に、そう答えた。
「わかってるならいいのよ。いつ、ご両親が穂乃香ちゃんに会いに2階に上がってくるかもわからないんだから。その日だけは一緒に寝るのもやめなさいね」
「……」
司君は気まずそうな顔をした。
「さ、穂乃香ちゃん、電話、下に置いてあるから」
とお母さんは私に言って、先に下に下りて行った。
「ちょっと、電話に出てくるね?」
私は司君にそう言ってから、階段を下りた。
母からの電話は、何日ならこっちに来られそうか…っていうだけの用件。そんなの、司君のお母さんに言ってくれたらいいのに。
「穂乃香。あなた、藤堂家に迷惑はかけていないわよね?」
「う、うん」
何でいきなりそんな話?
「まあいいわ。学校での様子は先生から直接聞けるし、家での様子は、千春ちゃんからも聞けるし、行けばわかるものね」
ギック~~~。ななな、何がわかるんだ。っていうか、何を心配しているんだ。
「じゃあ、千春ちゃんに変わってくれる?」
「うん」
私は受話器を司君のお母さんに渡した。司君のお母さんと母が、何を話すのか気になったが、司君の部屋に早く戻りたくて、2階に行こうかどうしようか、迷ってしまった。
「あ、穂乃香ちゃん、いいわよ?部屋に戻っても」
それに気が付いたお母さんが、そう言ってくれた。
「はい。おやすみなさい」
私はそう言って、2階に上がろうとした。お母さんは母に向かって、
「ああ、大丈夫よ。穂乃香ちゃんだって、試験がやっと終わったんだもの。見たい漫画とか、本とか、友達と電話したりとか、いろいろと高校生の女の子なんだもの。自分の部屋でしたいこともあるだろうし」
と話し出した。
う…。自分の部屋ではなく、司君の部屋に戻るんだけどなあ。
「そうね。あとは、守とゲームで遊んでくれたりするのよ。すっかり守は穂乃香ちゃんになついちゃって。お姉さんができたみたいで、喜んでいるわ」
お母さんの言う言葉が気になり、私はしばらく廊下で耳を澄ませて聞いてしまった。
「ああ、司と?勉強をよくしてるわよ。ええ、もちろん、リビングやダイニングで」
嘘ばっかり~~。
「そうよ~~。真面目よね?穂乃香ちゃんは。うちの司もだけどね?ほとんど休みの日も部活三昧でしょ~~。ほんと、あの二人はデートもしないで、もっと恋人らしくしたらいいのにって思っちゃうわよねえ」
うそうそうそ、嘘ばっかり~~~。司君のお母さん、嘘いっぱいついてる!恋人も何も、一緒の部屋で寝たりもしてるってば。
だんだんと、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、私は2階へと駆け上がった。
そして司君の部屋に行くと、今聞いたお母さんの言葉をそのまんま伝えた。
「…そっか。母さん、うまいよな」
「え?」
「わざとそう言って、俺らが真面目なカップルだって、思わせてるんだろ?まあ、言い過ぎなような気もするけどな」
「だ、だよね。デートもしないで、もっと恋人らしくしたらいいのに…なんて言っちゃったら、逆にお母さん、私と司君は仲が悪いのかとか、疑っちゃうよね」
「いいんじゃない?それで、来てみたら、そんなに2人の雰囲気は悪くなかったって安心できるんだし」
「でも、いちゃつけないんだよ?それなのに、どうやって、仲がいいのがわかるの?」
「………。堂々といちゃついてみる?」
「まさか!」
「あはは。嘘だよ。ま、いつも通りでいいんじゃないの?」
「え?べったりとくっついてるの?今みたいに?」
私はベッドに座っている司君の背中に、ひっついて話をしていた。
「いやいや。そうじゃなくって。いつもダイニングやリビングでいるみたいに、振舞っていたらそれでいいんじゃないかって話。こんなにべったりくっついているところは、さすがに見せられないでしょ。うちの親にだって」
「う、うん」
「でも、うちの親はわかってるみたいだけど」
「だ、だよね。一緒の部屋で寝てるのだって、知ってるんだもんね」
「…うん」
司君は、私のほうを向き、また私をベッドに押し倒してきた。
「もう、邪魔されないよね?」
司君はそう言うと、熱いキスをしてきた。私はそれだけで、うっとりとした。
「穂~~乃~~~香~~~。ゲームやろうぜ~~。下に来いよ~~~~」
とその時、守君のでっかい声が、一階から聞こえてきた。
ガクッ。また、邪魔された。
「……守の奴…」
司君はそう言うと、私の上からどき、ベッドから下りた。きっと、守君に一言、何かを言いに行くんだろう。
すると、
「守!穂乃香ちゃんは、いろいろと忙しいのよ。あんたは一人でゲームしなさい」
というお母さんの声も聞こえてきた。
「……」
司君はドアの真ん前で立ち止まり、方向転換してベッドにまた乗っかってきた。
「母さんが、守を引き留めてくれた」
「う、うん」
「さすがだね」
司君はそう言うと、にこりと笑い、また私にキスをしてきた。
た、確かに。司君のお母さんは、変わっているよね。
でも、いつだって、私や司君の味方なんだろうなあ。なんて思うと、心強かった。
自分の親に嘘をついているのは、なんだか気が引ける。
でも、司君のお母さんが協力的で、味方なのは、本当に心強い。
私からしてみたら、一風変わっている藤堂家の両親は、最高の両親だって思う。
最初は戸惑ったけれども…。
「司君」
「ん?」
「あの…電気は?」
「え?消すの?まさかね?」
………。まさかって言われた。
最近の強気で、強引な司君には、ちょっと戸惑っているけれども。




