第58話 素直
期末試験が終わると、3者面談という面倒くさいものがある。担任の先生に期末試験最終日のホームルームのあと、職員室に呼ばれてしまった。
「結城、3者面談には親御さん、長野から来るのか?」
「え?いいえ。それはないと思いますけど」
わざわざ、そのためだけにやってこないよね。ペンションだって忙しいだろうし。
「じゃ、藤堂の親御さんを呼んで、3者面談をするか?」
「え?と、藤堂君の?」
先生がかなり声を潜めているので、私も声を潜めながら驚いた。
「今の結城の保護者となると、藤堂の親御さんになるわけだろ?」
「そ、そうなりますか?」
「まあ、先生は藤堂の親御さんでもいいんだけど。いろいろと気になることもあるし」
「え?なななな、なんですか?」
ドキドキ~~。
「……。こんなことを直接聞くのをなんなんだけど」
先生は顔を曇らせた。そして、言いにくそうに話をし出した。
「結城は、藤堂の家にいるのは正直な話、どうなんだ?」
「は?」
どうなんだって、どういう意味?
「居づらいとか、そういうことは…」
「いいえ、ないです。藤堂君のお父さんもお母さんも、すごく優しいし」
「ああ、そうだろうな。うん」
先生はそう言って、ちょっと私に顔を近づけ、さらに声を潜め、
「藤堂本人とは、どうなんだ?」
と聞いてきた。
「ど、ど、どうって?」
何が?何がどうなの?
「うまくいってるのか?あんまりいい噂を耳にしないんだが」
あ、そういうことか。
「大丈夫ですけど」
私があまりにもさらっとそう答えたからか、先生は拍子抜けをしてしまったらしい。近づけた顔を今度は遠ざけ、目を点にして私を見ると、
「あ、それならいいんだ。それなら…」
と言って、わざとらしく笑った。
「一応、長野のご両親にも、3者面談があることを連絡してくれ。な?」
「はい」
私はそう答え、職員室を出た。
それから教室に戻った。
今日は部活あるけど、どうやら司君はミーティングだけらしいし、さぼっちゃおうかなあ。一緒に帰りたいし。
だけど、司君、何時に終わるのかな。
教室で自分の席に座り、ぼけっとそんなことを考えていると、いつの間にか教室には人がいなくなっていた。でも、一人だけ残っていて、私の席に近づいてきた。
沢村君だ。
しまった。声かけられる。い、いや。無視すりゃいいんだっけ。無視。
「部活に行かないの?」
「え?う、うん」
あ。思わず返事しちゃったよ。
「じゃ、今日は藤堂と帰らないんだ」
「藤堂君もミーティングだけだから、待ってるの」
「…ふうん。なんていうか健気だよね?」
「……」
「でもさあ、見てるとなんか、倦怠期を迎えた夫婦って感じだよね?」
ムカ。何、こいつ~~~。い、いや。無視だよ。無視。
私はその言葉に何も答えず、携帯を取りだした。
「あのさあ」
沢村君は私の前の席に座り、こっちを向いて話し出した。
なんだよ~~。さっさと帰ってよ~。こっちは話す気なんてないんだから。
「藤堂と別れる気はないの?あっちが結城さんを好きになって付き合いだしたんだろ?」
「……」
無視、無視。
「結城さん、無理して付き合わなくてもいいじゃん。藤堂だって、結城さんを本当に好きなんだかどうなんだかって感じだし」
ムカムカ。
「それとも、付き合えちゃったから、もういいのかな」
「何が?」
あ、いけない。つい、聞いちゃったよ。
「だから、我がもの顔でいるとか。それか、付き合えたらそれだけでもう、あとはどうでもいいとか」
何が言いたいわけ?
「藤堂って冷たくない?見てても、結城さん、楽しそうに見えないよ。この前の放課後も、他の人と勉強会開いてたけど、結城さんは全然楽しそうに見えなかった」
ギクリ。
「そ、それは」
独り占めにできないから、ちょっとすねてただけで…。
「もう、別れちゃえば?」
「沢村君。私と藤堂君のことなんだから、関係ないでしょ?」
「…え?」
「私がこれでいいって言ってるんだから、ほっておいてくれないかな」
私はかなりきつい口調で、きつい目をして沢村君にそう言っていたようだ。
「そ、そんなに怒るなよ…。やっぱ、結城さん、怖いよ。藤堂にもそうやって、言いたいこと言ったらいいんじゃないの?」
「だから!私のことなんだから、ほっておいて」
そう声をあげて言うと、沢村君は、顔をひきつらせ、
「ああ、そうかよ」
となぜか切れながら、教室を出て行った。
なんで、沢村君が切れるの?逆ギレ?言いたい放題言われて頭に来ていたのは、こっちだよ。
う~~~。ムカつく。
なんにも、知らないくせに~~~~!!!!
ガタン。
その時、教室に司君が入ってきた。
「あ…!」
司君の顔を見たら、なんだかほっとした。
「よかった。教室に結城さん、いるかなって思って、来てみたんだ」
ああ、司君の顔、優しい表情だ。
キュン!
私はすかさず、司君のそばに駆け寄った。そして、もっと司君を感じたくて、司君の手を握りしめた。そして、ちょこっとだけ、司君の胸に顔をうずめた。
「穂乃香?」
司君、驚いてる。私はパッと司君から離れた。
「なんかあった?あ、職員室に呼ばれてたけど、なんか先生から言われた?」
「ううん!3者面談の話だけだったよ」
「…長野からお母さんか、お父さんが来るの?」
「ううん。多分来れないと思う。だから、藤堂君の親御さんに来てもらおうって話になったの」
「俺の?そっか。きっと母さん、喜んで来るんじゃないかな」
「……」
私はまた、ちょっとだけ司君のそばに寄った。ああ、司君だ。なんだか安心する。
「どうしたの?やっぱり、何かあったんじゃないの?」
「司君に会いたかっただけ」
そう小声で言うと、司君は、コホンと咳ばらいをした。
「そ、そういう嬉しいことは、学校で言われるとやばいって」
あ、照れてる?顏、赤くなってる!
「あのね?」
「うん?」
「実は、今さっきまで、沢村君がいた」
「ここに?」
「うん。それで、言いたい放題言うから、頭に来て怒っちゃった」
「………言いたい放題?」
司君は目を丸くした。
「私と司君のこと。なんだか仲よさそうに見えないからって、あれこれ勝手なことばっかり言って」
「そう…。それで、穂乃香、怒っちゃったの?」
「つい、切れた。そうしたら、怖いって言われちゃった」
「はは。そうなんだ」
司君、そこ、笑うところ?
「それで、そのすぐあとに司君が現れたから、なんだか、甘えたくなったっていうか、なんていうか…」
「ああ、それでいきなり、俺のほうにとんできて、手、握ったりしてきたの?」
「うん」
コクンとうなづくと、司君はクスって笑った。
「可愛いね、穂乃香って」
「え?」
「…そろそろ帰ろう。俺、早く家に帰りたいな」
「うん」
私も、早くに帰って、司君とべったりしたいもん。
司君と教室を出た。それから校舎を出ると、司君はいつもよりも私のそばを歩いていた。
私がさっき、甘えたくなったって言ったからかなあ。それで、いつもよりも距離をあけずに歩いてくれてるのかしら。
「テスト、どうだった?」
「それがね。できたって感じがするの」
「勉強してたところが、けっこう出たもんね」
「うん。ちゃんと私の頭に入ってたよ。すごいよね!」
「ん?すごいって?」
「だって、あんな勉強の仕方でも、ちゃんと頭に入るのって」
「そうかな。返って、覚えない?ただ机に淡々と向かっているよりもさ」
「…藤堂君は、いつも、淡々と勉強するだけじゃないの?」
「俺は、そうだな。授業中に覚えちゃうことも多いかな」
「え?!」
「先生の話や、教科書、興味深く聞いてたら、けっこう覚える」
す、すごすぎ~~~。私みたいに、半分寝ながら聞いていたりしないんだね。そういえば、どんな授業も眠そうにしているのを見たことないかも。
「じゃ、家で勉強って?」
「するよ。音楽聞いたりしながら」
「そうなの?ながら勉強って、身にならないんじゃないの?」
「いや。集中してるからそうでもない。だから、たまに電車の中だったり、守がテレビ観ている横ででも、勉強したりしてたよ」
「……」
私が目を点にしていると、司君は話を続けた。
「守ってさ、テレビついてても、どこででも、ゲームできるじゃん。あと漫画も平気で集中して読める」
「うん」
「集中って、周りがうるさくてもできるんだよね」
「あ、うん。そうかもしれない」
「逆に部屋で静かに勉強しようとすると、集中できなくなる時もある。俺の場合、弓道の本を読みだしちゃったり、ついパソコンで見たい動画見ちゃったり」
「そうなんだ。藤堂君のことだから、静かに集中して勉強してるのかと思った」
「そんな俺、見たことある?」
「ないけど」
「でしょ?」
「リビングで勉強してるのも、見たことないよ」
「だって、穂乃香と一緒に部屋に居たいから」
「そ、そっか」
「今回の試験の結果もよかったらいいね?そうしたら、穂乃香のご両親、安心するね」
「うん」
そういえば、夏前は、別々に勉強したよね。ご両親を安心させるために、勉強頑張ろうって言って。一緒には勉強してくれなかったんだよね。
「夏前、なんで一緒に勉強してくれなかったの?」
「え?」
「あの時も、私の両親を安心させようって言って、頑張ったけど、別々にしてたよね?勉強」
「ああ、だって、2人っきりで一緒の部屋に居たら俺、穂乃香を押し倒しそうになっていたから」
「え?!」
「それをこらえながら勉強って、かなり大変って言うか…。さすがに気が散って、気が散って、無理そうだったし」
「そ、そうなんだ。じゃ、今は?」
「穂乃香にべったりくっついて、勉強してるから、大丈夫」
「なんで?押し倒したくならないの?」
「うん。今日、押し倒すから」
「え?」
私と司君はもうすぐ駅っていうところでそんな会話をしていて、慌てて、2人して口を閉じた。そして、平静を装って、改札口を抜けた。
つもりだったけど、平静な顔をしているのは、司君だけだった。私はしっかりと、顔も耳も赤くなってしまっていた。
「やべ…。つい、外で話しているってことを忘れそうになった」
電車に乗ってから、司君はボソッとそう言った。それからは黙って、司君は外を見ていた。
私は司君の横で吊革につかまり、窓に映っている司君を見ていた。
ああ、すっかり、ポーカーフェイスの司君だ。
家に帰ると、メープルが元気に出迎えた。
「…まさか、散歩に行けって言ってる?」
司君がそう言うと、メープルは嬉しそうにワンと吠えた。
「司、ごめんね?まだメープルの散歩に行ってないの。穂乃香ちゃんと行ってきてくれる?」
ダイニングからお母さんが出てきて、司君にそう言った。それを聞いたメープルはさらに、尻尾を振った。
「…わかったよ」
司君はちょっとぶっきらぼうにそう言うと、2階に上がって行った。私も2階に行き、服を着替えた。
そして部屋を出ると、司君がドアの前で待ち構えていたらしく、いきなり抱きつかれた。
「うわ!」
「散歩の前に、ちょっとだけ」
司君は抱きしめてから、私にキスをした。それから、私の手を取って、階段を下りて行った。
なんだか、本当にびっくりする。司君、最近、家に帰るといきなり変わるんだもん。
でも、すごく嬉しいんだけど…。
メープルはすでにお母さんがリールを付けたらしい。玄関で尻尾を振りながら待っていた。
「じゃ、行くか」
司君がそう言うと、メープルはこれでもかっていうくらい、尻尾を振った。
可愛いなあ。
メープルって、司君のことも大好きだよね。
その健気さ、どことなく私にかぶるところがあったりして。今日だって、教室に司君が現れて、嬉しくってとんでいっちゃったし。
尻尾が私にはえてたら、ブルンブルン振っちゃって、喜びを表現しているだろうなあ。私も。
海辺に着くと、メープルのリールを司君は取った。メープルは元気に走り回った。
「寒くない?穂乃香」
「大丈夫。しっかり厚着して来たし」
「もうすぐ、クリスマスだね」
ドッキ~~ン。
「う、うん」
電気はもうつけちゃったし。私は何を司君にあげたらいいんだろう。
「あ、あの。司君、欲しいものある?」
司君の左手の小指に私の小指を絡めて、聞いてみた。
「…?」
司君はその行動を不思議そうに見てから、
「穂乃香」
とそう一言言った。
「え?」
「だから、穂乃香」
「そ、それはもう…すでに…」
あげてますけど。何度も。
「それ以外、欲しいものはないかな」
司君はそう言うと、はにかんだ笑顔を見せた。
えっと~~。えっと~~~。でもでもでも。
「クリスマスもイブもずっと、一緒にいよう」
「え?うん」
「あ、それとも、友達と何かパーテイとかするの?」
「しないよ。美枝ぽんも、麻衣も、彼氏と過ごすもん」
「そうだよね」
「家では?藤堂家っていつもクリスマスどうするの?」
「守は多分、テニス部の連中と、カラオケでも行くんじゃないかな。たいてい、友達と過ごしてるよ」
「ふうん」
「母さんは、父さんと毎年レストランで食事してるよ」
「え?じゃ、いつも司君は?」
「俺?」
「あ、弓道部のみんなと、集まってたとか?」
「まさか!そんなの返って空しいだけじゃん。男だけで集まるクリスマスなんてさ」
「そっか。じゃあ、どうしてたの?去年とか…」
「………」
司君はいきなり黙り込んで海を見た。それから、私の小指から小指をはなして、ギュッと手を握りしめてきた。
「メープルと寒空を、眺めてたっけ。この浜辺で」
「……え?ク、クリスマスに?」
「そう。な~~んにもすることないし。去年のイブは、特に暗いイブだったな」
あ、そうか。私のせいか。ふっちゃったあとだもんね。
「……ほ、穂乃香…は?」
司君はうつむき加減で、聞きづらそうに聞いてきた。
「去年?お父さんは仕事で遅かったし、お母さんがコンビニで買わされたケーキを持って帰ってきて、2人でチキンを食べて、ケーキ食べて、テレビ観て過ごしたな~」
「コンビニで買わされた?」
「あ、お母さん、コンビニでパートしていたの」
「ああ、それで…」
「…今年も、藤堂家で何もしないのかな」
「母さん、穂乃香がいるからするかもね」
「そう…」
2人だけのクリスマスじゃないんだ。いいけど…。
「……」
司君はいつの間にか私のほうを向いていた。そして、私をじいっと見つめている。
「なあに?」
「イブ、ずっと抱き合っていようね」
「え?!」
ななな、なに?そのいきなりの過激な発言。
「去年では考えられないことだったけど」
「そ、そうだよね」
顔がみるみるうちに、熱くなってきた。
「まさか、穂乃香と一緒にいられるとも思ってもみなかったし。それもまさか、穂乃香と抱き合って過ごせるだなんてさ」
きゃわ~~~。司君の口から出ている言葉とは思えません。
でも。これが司君なんだ。最近、変!って思っていたけど、これが実は、司君の素なんだよね。
エッチとも違う。スケベとも違う。なんだろう。えっと。
意外と、素直?
「穂乃香?穂乃香は嬉しくないの?」
「ま、まさかっ。私だって、信じられないくらいのことが起きてるなって思ってるよ!」
そう慌てて言うと、司君は目を細めて笑った。
ああ、可愛い。
可愛すぎる。
「つ、司君」
「ん?」
「腕、組んでもいい?」
「うん。もう暗くなってきたし、誰かに見られてもわからないだろうし、いいよ?」
やった~~。
嬉しい。私は喜んで司君の腕にしがみついた。
「司君」
「ん?」
「なんか、幸せだよね?」
「……うん」
司君はうんとうなづくまでに、ちょっと間が空いた。なんでかなって思って、司君の顔を見ると、赤くなって照れていた。
「今年は、最高の年だよなあ」
司君はそう幸せをかみしめるようにつぶやいた。
今年は?ううん。今年からずうっとだよ、司君。ずうっとだよね?




