表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/94

第58話 素直

 期末試験が終わると、3者面談という面倒くさいものがある。担任の先生に期末試験最終日のホームルームのあと、職員室に呼ばれてしまった。


「結城、3者面談には親御さん、長野から来るのか?」

「え?いいえ。それはないと思いますけど」

 わざわざ、そのためだけにやってこないよね。ペンションだって忙しいだろうし。

「じゃ、藤堂の親御さんを呼んで、3者面談をするか?」


「え?と、藤堂君の?」

 先生がかなり声を潜めているので、私も声を潜めながら驚いた。

「今の結城の保護者となると、藤堂の親御さんになるわけだろ?」

「そ、そうなりますか?」


「まあ、先生は藤堂の親御さんでもいいんだけど。いろいろと気になることもあるし」

「え?なななな、なんですか?」

 ドキドキ~~。

「……。こんなことを直接聞くのをなんなんだけど」


 先生は顔を曇らせた。そして、言いにくそうに話をし出した。

「結城は、藤堂の家にいるのは正直な話、どうなんだ?」

「は?」

 どうなんだって、どういう意味?


「居づらいとか、そういうことは…」

「いいえ、ないです。藤堂君のお父さんもお母さんも、すごく優しいし」

「ああ、そうだろうな。うん」

 先生はそう言って、ちょっと私に顔を近づけ、さらに声を潜め、

「藤堂本人とは、どうなんだ?」

と聞いてきた。


「ど、ど、どうって?」

 何が?何がどうなの?

「うまくいってるのか?あんまりいい噂を耳にしないんだが」

 あ、そういうことか。


「大丈夫ですけど」

 私があまりにもさらっとそう答えたからか、先生は拍子抜けをしてしまったらしい。近づけた顔を今度は遠ざけ、目を点にして私を見ると、

「あ、それならいいんだ。それなら…」

と言って、わざとらしく笑った。


「一応、長野のご両親にも、3者面談があることを連絡してくれ。な?」

「はい」

 私はそう答え、職員室を出た。


 それから教室に戻った。

 今日は部活あるけど、どうやら司君はミーティングだけらしいし、さぼっちゃおうかなあ。一緒に帰りたいし。

 だけど、司君、何時に終わるのかな。


 教室で自分の席に座り、ぼけっとそんなことを考えていると、いつの間にか教室には人がいなくなっていた。でも、一人だけ残っていて、私の席に近づいてきた。

 沢村君だ。

 しまった。声かけられる。い、いや。無視すりゃいいんだっけ。無視。


「部活に行かないの?」

「え?う、うん」

 あ。思わず返事しちゃったよ。

「じゃ、今日は藤堂と帰らないんだ」


「藤堂君もミーティングだけだから、待ってるの」

「…ふうん。なんていうか健気だよね?」

「……」

「でもさあ、見てるとなんか、倦怠期を迎えた夫婦って感じだよね?」


 ムカ。何、こいつ~~~。い、いや。無視だよ。無視。

 私はその言葉に何も答えず、携帯を取りだした。

「あのさあ」

 沢村君は私の前の席に座り、こっちを向いて話し出した。


 なんだよ~~。さっさと帰ってよ~。こっちは話す気なんてないんだから。

「藤堂と別れる気はないの?あっちが結城さんを好きになって付き合いだしたんだろ?」

「……」

 無視、無視。


「結城さん、無理して付き合わなくてもいいじゃん。藤堂だって、結城さんを本当に好きなんだかどうなんだかって感じだし」

 ムカムカ。


「それとも、付き合えちゃったから、もういいのかな」

「何が?」

 あ、いけない。つい、聞いちゃったよ。

「だから、我がもの顔でいるとか。それか、付き合えたらそれだけでもう、あとはどうでもいいとか」

 何が言いたいわけ?


「藤堂って冷たくない?見てても、結城さん、楽しそうに見えないよ。この前の放課後も、他の人と勉強会開いてたけど、結城さんは全然楽しそうに見えなかった」

 ギクリ。

「そ、それは」

 独り占めにできないから、ちょっとすねてただけで…。


「もう、別れちゃえば?」

「沢村君。私と藤堂君のことなんだから、関係ないでしょ?」

「…え?」

「私がこれでいいって言ってるんだから、ほっておいてくれないかな」

 

 私はかなりきつい口調で、きつい目をして沢村君にそう言っていたようだ。

「そ、そんなに怒るなよ…。やっぱ、結城さん、怖いよ。藤堂にもそうやって、言いたいこと言ったらいいんじゃないの?」

「だから!私のことなんだから、ほっておいて」


 そう声をあげて言うと、沢村君は、顔をひきつらせ、

「ああ、そうかよ」

となぜか切れながら、教室を出て行った。


 なんで、沢村君が切れるの?逆ギレ?言いたい放題言われて頭に来ていたのは、こっちだよ。

 う~~~。ムカつく。

 なんにも、知らないくせに~~~~!!!!


 ガタン。

 その時、教室に司君が入ってきた。

「あ…!」

 司君の顔を見たら、なんだかほっとした。

「よかった。教室に結城さん、いるかなって思って、来てみたんだ」


 ああ、司君の顔、優しい表情だ。

 キュン!

 私はすかさず、司君のそばに駆け寄った。そして、もっと司君を感じたくて、司君の手を握りしめた。そして、ちょこっとだけ、司君の胸に顔をうずめた。

「穂乃香?」

 

 司君、驚いてる。私はパッと司君から離れた。

「なんかあった?あ、職員室に呼ばれてたけど、なんか先生から言われた?」

「ううん!3者面談の話だけだったよ」


「…長野からお母さんか、お父さんが来るの?」

「ううん。多分来れないと思う。だから、藤堂君の親御さんに来てもらおうって話になったの」

「俺の?そっか。きっと母さん、喜んで来るんじゃないかな」


「……」

 私はまた、ちょっとだけ司君のそばに寄った。ああ、司君だ。なんだか安心する。

「どうしたの?やっぱり、何かあったんじゃないの?」

「司君に会いたかっただけ」

 そう小声で言うと、司君は、コホンと咳ばらいをした。


「そ、そういう嬉しいことは、学校で言われるとやばいって」

 あ、照れてる?顏、赤くなってる!

「あのね?」

「うん?」


「実は、今さっきまで、沢村君がいた」

「ここに?」

「うん。それで、言いたい放題言うから、頭に来て怒っちゃった」

「………言いたい放題?」

 司君は目を丸くした。


「私と司君のこと。なんだか仲よさそうに見えないからって、あれこれ勝手なことばっかり言って」

「そう…。それで、穂乃香、怒っちゃったの?」

「つい、切れた。そうしたら、怖いって言われちゃった」

「はは。そうなんだ」

 司君、そこ、笑うところ?


「それで、そのすぐあとに司君が現れたから、なんだか、甘えたくなったっていうか、なんていうか…」

「ああ、それでいきなり、俺のほうにとんできて、手、握ったりしてきたの?」

「うん」

 コクンとうなづくと、司君はクスって笑った。


「可愛いね、穂乃香って」

「え?」

「…そろそろ帰ろう。俺、早く家に帰りたいな」

「うん」

 私も、早くに帰って、司君とべったりしたいもん。


 司君と教室を出た。それから校舎を出ると、司君はいつもよりも私のそばを歩いていた。

 私がさっき、甘えたくなったって言ったからかなあ。それで、いつもよりも距離をあけずに歩いてくれてるのかしら。


「テスト、どうだった?」

「それがね。できたって感じがするの」

「勉強してたところが、けっこう出たもんね」


「うん。ちゃんと私の頭に入ってたよ。すごいよね!」

「ん?すごいって?」

「だって、あんな勉強の仕方でも、ちゃんと頭に入るのって」

「そうかな。返って、覚えない?ただ机に淡々と向かっているよりもさ」


「…藤堂君は、いつも、淡々と勉強するだけじゃないの?」

「俺は、そうだな。授業中に覚えちゃうことも多いかな」

「え?!」

「先生の話や、教科書、興味深く聞いてたら、けっこう覚える」


 す、すごすぎ~~~。私みたいに、半分寝ながら聞いていたりしないんだね。そういえば、どんな授業も眠そうにしているのを見たことないかも。


「じゃ、家で勉強って?」

「するよ。音楽聞いたりしながら」

「そうなの?ながら勉強って、身にならないんじゃないの?」

「いや。集中してるからそうでもない。だから、たまに電車の中だったり、守がテレビ観ている横ででも、勉強したりしてたよ」


「……」

 私が目を点にしていると、司君は話を続けた。

「守ってさ、テレビついてても、どこででも、ゲームできるじゃん。あと漫画も平気で集中して読める」

「うん」

「集中って、周りがうるさくてもできるんだよね」


「あ、うん。そうかもしれない」

「逆に部屋で静かに勉強しようとすると、集中できなくなる時もある。俺の場合、弓道の本を読みだしちゃったり、ついパソコンで見たい動画見ちゃったり」

「そうなんだ。藤堂君のことだから、静かに集中して勉強してるのかと思った」


「そんな俺、見たことある?」

「ないけど」

「でしょ?」

「リビングで勉強してるのも、見たことないよ」


「だって、穂乃香と一緒に部屋に居たいから」

「そ、そっか」

「今回の試験の結果もよかったらいいね?そうしたら、穂乃香のご両親、安心するね」

「うん」


 そういえば、夏前は、別々に勉強したよね。ご両親を安心させるために、勉強頑張ろうって言って。一緒には勉強してくれなかったんだよね。


「夏前、なんで一緒に勉強してくれなかったの?」

「え?」

「あの時も、私の両親を安心させようって言って、頑張ったけど、別々にしてたよね?勉強」

「ああ、だって、2人っきりで一緒の部屋に居たら俺、穂乃香を押し倒しそうになっていたから」


「え?!」

「それをこらえながら勉強って、かなり大変って言うか…。さすがに気が散って、気が散って、無理そうだったし」

「そ、そうなんだ。じゃ、今は?」


「穂乃香にべったりくっついて、勉強してるから、大丈夫」

「なんで?押し倒したくならないの?」

「うん。今日、押し倒すから」

「え?」


 私と司君はもうすぐ駅っていうところでそんな会話をしていて、慌てて、2人して口を閉じた。そして、平静を装って、改札口を抜けた。

 つもりだったけど、平静な顔をしているのは、司君だけだった。私はしっかりと、顔も耳も赤くなってしまっていた。


「やべ…。つい、外で話しているってことを忘れそうになった」

 電車に乗ってから、司君はボソッとそう言った。それからは黙って、司君は外を見ていた。

 私は司君の横で吊革につかまり、窓に映っている司君を見ていた。

 ああ、すっかり、ポーカーフェイスの司君だ。


 家に帰ると、メープルが元気に出迎えた。

「…まさか、散歩に行けって言ってる?」

 司君がそう言うと、メープルは嬉しそうにワンと吠えた。


「司、ごめんね?まだメープルの散歩に行ってないの。穂乃香ちゃんと行ってきてくれる?」

 ダイニングからお母さんが出てきて、司君にそう言った。それを聞いたメープルはさらに、尻尾を振った。

「…わかったよ」

 司君はちょっとぶっきらぼうにそう言うと、2階に上がって行った。私も2階に行き、服を着替えた。

 そして部屋を出ると、司君がドアの前で待ち構えていたらしく、いきなり抱きつかれた。


「うわ!」

「散歩の前に、ちょっとだけ」

 司君は抱きしめてから、私にキスをした。それから、私の手を取って、階段を下りて行った。


 なんだか、本当にびっくりする。司君、最近、家に帰るといきなり変わるんだもん。

 でも、すごく嬉しいんだけど…。


 メープルはすでにお母さんがリールを付けたらしい。玄関で尻尾を振りながら待っていた。

「じゃ、行くか」

 司君がそう言うと、メープルはこれでもかっていうくらい、尻尾を振った。

 可愛いなあ。


 メープルって、司君のことも大好きだよね。

 その健気さ、どことなく私にかぶるところがあったりして。今日だって、教室に司君が現れて、嬉しくってとんでいっちゃったし。

 尻尾が私にはえてたら、ブルンブルン振っちゃって、喜びを表現しているだろうなあ。私も。


 海辺に着くと、メープルのリールを司君は取った。メープルは元気に走り回った。

「寒くない?穂乃香」

「大丈夫。しっかり厚着して来たし」

「もうすぐ、クリスマスだね」


 ドッキ~~ン。

「う、うん」

 電気はもうつけちゃったし。私は何を司君にあげたらいいんだろう。

「あ、あの。司君、欲しいものある?」


 司君の左手の小指に私の小指を絡めて、聞いてみた。

「…?」

 司君はその行動を不思議そうに見てから、

「穂乃香」

とそう一言言った。


「え?」

「だから、穂乃香」

「そ、それはもう…すでに…」

 あげてますけど。何度も。


「それ以外、欲しいものはないかな」

 司君はそう言うと、はにかんだ笑顔を見せた。

 えっと~~。えっと~~~。でもでもでも。


「クリスマスもイブもずっと、一緒にいよう」

「え?うん」

「あ、それとも、友達と何かパーテイとかするの?」

「しないよ。美枝ぽんも、麻衣も、彼氏と過ごすもん」

「そうだよね」


「家では?藤堂家っていつもクリスマスどうするの?」

「守は多分、テニス部の連中と、カラオケでも行くんじゃないかな。たいてい、友達と過ごしてるよ」

「ふうん」

「母さんは、父さんと毎年レストランで食事してるよ」


「え?じゃ、いつも司君は?」

「俺?」

「あ、弓道部のみんなと、集まってたとか?」

「まさか!そんなの返って空しいだけじゃん。男だけで集まるクリスマスなんてさ」


「そっか。じゃあ、どうしてたの?去年とか…」

「………」

 司君はいきなり黙り込んで海を見た。それから、私の小指から小指をはなして、ギュッと手を握りしめてきた。

「メープルと寒空を、眺めてたっけ。この浜辺で」


「……え?ク、クリスマスに?」

「そう。な~~んにもすることないし。去年のイブは、特に暗いイブだったな」

 あ、そうか。私のせいか。ふっちゃったあとだもんね。


「……ほ、穂乃香…は?」

 司君はうつむき加減で、聞きづらそうに聞いてきた。

「去年?お父さんは仕事で遅かったし、お母さんがコンビニで買わされたケーキを持って帰ってきて、2人でチキンを食べて、ケーキ食べて、テレビ観て過ごしたな~」


「コンビニで買わされた?」

「あ、お母さん、コンビニでパートしていたの」

「ああ、それで…」

「…今年も、藤堂家で何もしないのかな」


「母さん、穂乃香がいるからするかもね」

「そう…」

 2人だけのクリスマスじゃないんだ。いいけど…。

「……」


 司君はいつの間にか私のほうを向いていた。そして、私をじいっと見つめている。

「なあに?」

「イブ、ずっと抱き合っていようね」

「え?!」


 ななな、なに?そのいきなりの過激な発言。

「去年では考えられないことだったけど」

「そ、そうだよね」

 顔がみるみるうちに、熱くなってきた。


「まさか、穂乃香と一緒にいられるとも思ってもみなかったし。それもまさか、穂乃香と抱き合って過ごせるだなんてさ」

 きゃわ~~~。司君の口から出ている言葉とは思えません。


 でも。これが司君なんだ。最近、変!って思っていたけど、これが実は、司君の素なんだよね。

 エッチとも違う。スケベとも違う。なんだろう。えっと。

 意外と、素直?


「穂乃香?穂乃香は嬉しくないの?」

「ま、まさかっ。私だって、信じられないくらいのことが起きてるなって思ってるよ!」

 そう慌てて言うと、司君は目を細めて笑った。

 ああ、可愛い。

 可愛すぎる。


「つ、司君」

「ん?」

「腕、組んでもいい?」

「うん。もう暗くなってきたし、誰かに見られてもわからないだろうし、いいよ?」


 やった~~。

 嬉しい。私は喜んで司君の腕にしがみついた。

「司君」

「ん?」


「なんか、幸せだよね?」

「……うん」

 司君はうんとうなづくまでに、ちょっと間が空いた。なんでかなって思って、司君の顔を見ると、赤くなって照れていた。


「今年は、最高の年だよなあ」

 司君はそう幸せをかみしめるようにつぶやいた。

 今年は?ううん。今年からずうっとだよ、司君。ずうっとだよね?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ