第54話 熱い想い
お風呂からあがり、部屋で髪を乾かしていると、ドタドタと言うけたたましい階段を上る音がしてきた。
「穂乃香!俺が風呂から出たら、ゲームやろうぜ」
ドアの前で守君がそう叫び、それから自分の部屋に行ったようだ。
すると、隣のドアが開いて、
「守!今日はゲーム禁止」
と守君に向かって叫んだようだ。
「なんで~~?!」
守君の雄たけびが聞こえた。
私はドライヤーを止め、部屋の中で二人の会話を聞いていた。
「穂乃香は、今日、忙しいんだ」
「宿題?」
「もうすぐ期末なんだよ。だから、当分、ゲームは禁止」
「なんだよ~~~!せっかくキャロルがいなくなって、穂乃香と遊べると思ってたのに!」
「お前ももうすぐ期末だろ?」
「じゃ、兄ちゃんでいいや。今日、勉強教えて」
「穂乃香のほうが先約。悪いな」
バタン!
どうやらそれだけ言うと、司君は自分の部屋に入ったらしい。
「ちぇ~~」
という守君の残念がっている声と共に、階段を下りていく足音が聞えた。その足音も、なんだかがっかりしているような、ドスンドスンという鈍い足音だった。
私は内心、ほっとした。守君には悪いけど、私だって、今日は司君とベッタリしていたいのだ。
もう、そりゃ、べったりと。
学校で突然、オオカミに変身されたらたまったもんじゃないけど、家だったら全然OK。
…って思っている自分がかなり恥ずかしい!
そして夕飯が終わり、なんとなく隣で司君がそわそわしたのがわかった。私が後片付けを手伝いにキッチンに行くと、めずらしく司君も隣に来た。
「手伝う」
「え?」
お母さんもびっくりしていた。司君はどうやらさっさと後片付けを済ませ、私を連れて2階に行きたいようだ。
「もうすぐ期末なんだ。だから、今日から穂乃香と勉強しようと思ってさ」
司君はお母さんにそう言った。
「あら、じゃあ、後片付けは私がやるからいいわよ、もう部屋に行ったら?」
そんな~~。勉強する気なんて、司君、まったくないのに。
「うん、じゃ、行こうか、穂乃香」
え?
「………」
司君はポーカーフェイスのまま、キッチンからさっさと出て、ダイニングを抜け廊下に行った。私は、お母さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、司君の後ろをついて行った。
2階に上がると、司君は私の腕を掴み、自分の部屋にさっさと入った。
「い、いいのかな。お母さん、本気にしてた」
「いいんだよ。明日から、ちゃんと勉強はする」
「でも、今日は…」
私がそう言おうとすると、司君はいきなり私をベッドに押し倒した。
「え?」
と、突然すぎるよ!それに、電気!電気!!
「やっと、夜だ」
ええ?!
司君は、そう言って私にキスをしてきた。それも、かなり長く、熱く、濃厚な…。
う、うわ~~~。タンマ。電気は煌々とついているし、それに、司君、ちょっと強引すぎる。
キスをしながら、司君は私の服を脱がしだした。その腕の力も強くって、とても抵抗できない。
「ま、待って」
唇が離れたから、私はそう言った。でも、司君はまったく聞いてくれない。
「待って。電気」
そう言っても、司君は私のセーターを持ち上げ、脱がそうとする。
「司君ってば!」
「待てない」
「え?」
「待てないよ」
うそ~~~!!!!
家でだったら、オオカミになってもいい。って言ったさっきの言葉、撤回する~~!!やっぱり、ダメ!
「電気は消して!」
「なんで?」
「恥ずかしい…」
「穂乃香…」
司君が手を止めて、私の目をじっと見てきた。
「ごめん。今日は消さない」
どひぇ~~~!!!!
司君が、変!
なんで?なんで?なんで?なんでって、こっちが聞きたい。いったいどうしちゃったの?!
「穂乃香の肌、しっかりと見たい」
「え?!」
「背中のホクロも見たい」
「え?!」
「ずるいよ。キャロルばっかり、穂乃香の裸を見て」
え~~~~~~!!!!!!!!!
司君の言動とは思えないんですけどっ!!!!
「ま、待って。待って」
頭パニック。真っ白。
「好きだよ」
なんで今、好きだよなんて言うの?
「穂乃香、言ったよね?穂乃香がどれだけ俺のこと好きか、俺がわかってないって」
「うん」
それと何か関係あるの?
「でも、穂乃香も俺がどれだけ穂乃香を好きか、わかってないよね?」
だから、それが今の状況と、何か関係あるのっ!?
「穂乃香の全部を知りたいし、見たい」
え~~~~~~!!!!!!
「待って!それと、好きとどう関係があるの?」
「全部を俺のものにしたいんだ」
「だ、だったら、もう司君のものになってるよ、すでに」
「ううん」
え?なんで首を横に振るの?
「まだ、俺、穂乃香の全部を愛したわけじゃないよ」
「え?」
「知らないところもあるよ」
「え?」
え?え~~~?!!!!
まままま、待って。
待って。
待って~~~~~!!!!!!!せめて、電気、小さい電気にして~~~!!!
駄目だ。司君の力のほうが、私よりもずっと強い。どんなに両手で服を押さえても、簡単に脱がされるし、どんなに胸を隠しても、簡単に腕を胸からはずされる。
どんなに体をねじっても、また前を向かされるし、どんどん司君は私にキスをしてくるし、どんどん私はへなへなになって、抵抗できなくなるし。
うそ。こんな強引な司君は、初めてだ。
な、なんで~~~?
バクバクバクバク。
恥ずかしいのと、困惑と、いろんな思いが交差して、心臓はずっと高鳴り、目を開けることもできなかった。
抵抗を試みてもダメだった。
恥ずかしい。
「まな板の鯉」
ああ!いきなりなんで今、その言葉を思い出すかな。
こんな状態で、まな板に鯉以外にどんな反応をしたらいいというのだ。
でも、今の私はまさに、まな板に鯉。なんにもしていない。ちょっとの抵抗くらいで、何も。
っていうか、っていうか、やっぱり、恥ずかしすぎる。
ドキン!なんだか、司君が、じいっと私を見ている視線を感じるんだけど。
ちょっとだけ、目を開けてみた。するとやっぱり、司君が、私を見ていた。それも、熱い視線で。
きゃ~~~!恥ずかしくてまた目を閉じた。ぎゅってつむって、恥ずかしくて、体をねじった。すると司君は、耳にキスをして、それからうなじ、それからなぜか背中にキスをしてきた。
「あ、ホクロ」
司君は私の背中のホクロを見つけたらしい。そしてそのホクロにもキスをしたらしい。
うわ。
ドキドキドキ。
司君は私を後ろから抱きしめた。
「穂乃香」
ドキン。
「穂乃香、可愛い」
ドキドキドキ~~!!!!!
だ、ダメだ。そんな言葉を耳元でささやかれたら…。
胸の高鳴りは最高潮に達し、顔は火照りまくった。
でも、抱きしめられているのが嬉しいし、司君のぬくもりも、腕の力も、全部が嬉しかった。
あんなに恥ずかしかったのに。ドキドキしまくっているのは今も同じ。だけど、司君のほうを私は向いて、司君の目をじっと見た。
司君も私をじっと見つめている。
そして、優しく私にキスをしてきた。
「好き」
司君に私はそうささやいていた。
「うん…」
司君は小さくうなずいた。
それから、無意識に私は司君の首に両腕を回し、司君を抱きしめた。司君も私を、ギュって抱きしめてくれた。
あ~~。なんでこんなに、司君が愛しいって思っちゃうのかなあ。
それからも、司君は私にいっぱいキスをしてきた。肩にも腕にも、胸やお腹、背中や腰、足やつま先にまで。
大変。私の体が全身、司君のものになっていっちゃう。
ああ、もしかして、司君はこうやって、私を司君のものにしたかったの?
抵抗はなくなった。恥ずかしいって気持ちも消えていく。
ただ、司君が愛しい。
そして、キスをされたところが熱くなり、司君のキスが嬉しかった。
司君がまた、私の目を熱い視線で見た。私もじっと司君を見た。
電気が明るいから、司君の顔も目も表情もしっかりと見える。それから司君は、私の顔からどんどん視線を下げて行った。
ドキン。
司君に、体、見られてるんだよね。
ドキン、ドキン。胸が高鳴るけど、恥ずかしいって言うのはもうないかも。
「穂乃香って、綺麗だ」
司君がぽつりとそう言った。そしてまた私の目を見ると、
「肌、本当に真っ白だね」
とそうささやいた。
「司君」
「ん?」
「わ、私、司君のものになっちゃった?」
「うん」
うわ。私ったら、今、何を口走った?で、でも。もっと変なことを口走りそう。どうしよう。でも、言いたい。
「司君」
「ん?」
「は、恥ずかしかったけど」
「え?」
「う、嬉しいかも」
「……え?」
「ななな、なんでもないっ!」
やっぱり、とんでもないことを今、口走ったよね。司君はきょとんとしていたけど。
「嬉しいの?俺のものになって嬉しいってこと?」
わあ。しっかりと聞かれてたんだ。
「お、おかしいよね?変だよね?」
「ううん。そんなことないよ。そう言ってもらえて、俺も嬉しいよ」
ほんと?
ギュウ。司君が私を力強く抱きしめてきた。
「穂乃香のどこにホクロがあるのかも、全部わかっちゃった」
うわ!今のも、司君の言動だとは思えないっ!
「全部が、愛しかったよ」
うわ~~~~~~!!!!!!
耳元でそうささやく司君の表情は見えなかった。いったい、どんな表情で、そんなセリフを司君が言っちゃうんだろう。
シャイのくせに。いつも、ポーカーフェイスのくせに。
でも、司君は、女の子を口説いたり、簡単に落とせるくらいの言葉を言うことができるんだね。
それとも、それ、私にだけ?
「司君」
「ん?」
「今のセリフは、私以外の人には言わないよね?」
「当たり前だよ。言うわけないよ」
「今の、自分で言ってて、照れなかった?」
「照れないよ」
「なんで?恥ずかしくないの?」
「ちょっと、恥ずかしい。でも、伝えたかったから」
うわ。司君、ちゃんと言葉にして伝えてくれたんだ。
「わ、私も」
「ん?」
「司君が、今日、すごく愛しく感じたよ」
「うん。わかってた」
「え?」
「穂乃香の俺を見る目で、わかったよ」
そうなの?
司君はまた、私を抱きしめた。
「このまま、ずっと抱きしめていたい。離れたくないな」
「うん」
「このまんま、朝まで抱き合っていようか」
「うん」
そして、本当に私たちは、そのまま抱き合って、眠りについた。
キャロルがいたから、隣で寝れなかった。
その間、私が思っていた以上に司君は、私が恋しかったようだ。
そして、司君のいつもは静かな穏やかな心に、きっと炎がともった。
その熱い想いのまま、司君は私を抱きしめた。全身、愛しちゃうくらいの熱い想いで。
そして、その熱い想いがきっと、私のハートにまで火をともした。
司君への熱い想いは、今まで以上に膨れちゃった気がする。
司君の、「俺が穂乃香をどんなに思っているか、わかってないよね」の言葉が、身に染みてわかった。
思い切り、身に染みてわかっちゃった。
司君。大好き…。なんてもう言えないかも。
もう、これからは、愛してるって、そう言っちゃうかもしれないな。




