第53話 シャイなのに大胆
その日はなんとなく、1日私はそわそわしていた。絵を描いていても、司君の、
「早く夜にならないかな」
という言葉を思い出しては、にやけてしまった。
部活には、1年生はほとんど来ていなかった。まあ、文化祭も終わってしまい、スケッチをするくらいしか、1年生にはすることがないので、わざわざ土日にまで部活に出てくるというほうが珍しいことだろう。私も1年生の時は、文化祭のあとは真面目に部活に出ていなかったしなあ。
2年生も、今日はまばら。部長と、あと3人だけしか出てきていない。卒業制作も、まだまだ余裕があるので、多分、来年にならないとみんなやる気を出さないのだろう。
私だって、もし、司君が部活で学校に来ないとしたら、土日の部活は出てきていないだろうなあ。
っていうことで、ほとんどキャンバスに手を付けることもなく、ぼけらっとして1日が終わってしまった。
そして、5時になる前から片づけを私は始めた。そして、司君が迎えに来るのを待っていた。
ワクワク。ドキドキ。ああ、夜が近づいてくる。
5時10分。司君が弓道部の誰よりも先に、現れた。
「お待たせ」
すっかり片づけも終わり、カバンを持って椅子に座って待っていた私に司君はそう言った。
「早かったね」
「もちろん。さっさと着替えて、飛んできた」
司君はそう言うと、ちょっとだけはにかんだ笑顔を見せた。
うわ。可愛い。学校でその笑顔はふいうちだよ。
「じゃ、帰ろうか」
司君はそう言って、美術室を出た。私も、そそくさと美術室を出た。まだ、部員が残っていたけど、みんな私たちに話しかけることもなく、絵に集中していてくれて助かった。
司君に対して、きゃ~きゃ~言っていた女子部員は、文化祭が終わると部活にあまり顔を出さなくなった。なので、司君が美術室に来ても、話しかける女子も今はいない。部長は、5時にはさっさと帰ってしまうし。
でもいまだに司君は、人気がある。別れたという噂は、どうやら消えてしまったようだが、それでも、他の部の女子に今日も朝、声をかけられていた。遠くから目をハートにさせて見ていた女子生徒もいた。
だけど、当の本人は、まったく気にしていない。
「藤堂君は、聖先輩の次にモテるよね」
駅までの道で、突然そう言ってみた。
「……そうかな」
「あんまり、そういうの気にならないの?」
「……まったく興味ないな」
やっぱりね。顔色一つ変えずに、司君はそう答えた。
「モテ期ってあるのかな。今、司君はモテ期が到来してるのかしら」
「かもね」
え?自分でそう思うの?ちょっとびっくり。
「あ、でも、あれだよ?自分の好きな子に、モテてるって意味でだよ?他の子、どうでもいいし」
「………」
かあ~~っ。それって、私のことですよね?ああ、顔が火照る。
「じゃ、私もだ」
「え?」
「つ…。藤堂君に好きになってもらって、モテ期到来。藤堂君にだけモテたらそれでいい」
「……」
あ!一瞬司君、顔が赤くなった。か、可愛い。すぐに顔をそむけてしまったけど。
「結城さん」
「なあに?」
「………。本当に俺にだけ…でいいの?」
「は?」
なんでそんなことを聞いてくるんだ、司君は!
「最近、沼田のところに瀬川っていう子がやってくるんだ。で、沼田を引っ張ってどこかに行っちゃうんだけど」
「あ、この前昼休みに見たよ。なんで、沼田君とあの子が一緒にいるの?」
「……。瀬川さん、どうやら、沼田に興味を持ったらしい」
「なんで?」
私がびっくりすると、司君は黙って私を見てから、
「沼田、瀬川さんが俺にやたらとかまっているのを見て、結城さんのために、引き離そうとしたんだよ」
と真面目な顔をして話し出した。
「……」
初耳。
「本気で藤堂のこと好きじゃないなら、あの二人の仲を引っ掻き回すなって言ったらしい」
「…そうだったんだ」
「瀬川さん、それ聞いてものすごく怒ったらしいんだけど」
「うん」
「その後、やたらと沼田にちょっかいだしてくるようになったみたいで」
「……ちょっかい?」
「昼休み、沼田先輩、来て。って言って、連れてっちゃうんだよね。気になって昨日聞いてみたんだけど、沼田、あんまり教えてくれなくって」
「影で、やられていたりってことはないよね?」
「沼田が?瀬川さんに?」
「ううん。えっと…。他の男子とかに」
「ないみたいだよ。どっちかって言うと」
「…うん」
「瀬川さんにせまられてるっぽいし」
「え?!」
せまられてる????
「なんとなくだけど、そんなように見える。沼田は…、あんまり歓迎していないみたいだけどね」
「じゃあ、はっきり嫌だって言ったらいいのに」
駅に着いた。司君はパスモをかざし、先に改札を通過した。私は話しに夢中になっていて、パスモをなかなかカバンから出せず、慌ててしまった。
「ゆっくりで大丈夫だよ」
「うん」
そんなこと言っておいて、司君、時計見てるし。今来ている電車に乗りたいんだよね。
改札を通ると、何気に司君は早歩きになった。やっぱり。早くに家に帰りたいんだ。だけど、夕飯の時間が遅かったりしたら、早めに帰ったところで、関係ないと思うんだけどな。
あれ?そうだよね。部活も急いで支度して、迎えに来てくれたけど、早くに帰ったからと言って、早くから2人きりになれるわけじゃないのになあ。司君、なんで焦って帰りたがってるんだろう。
どうにか今来た電車に乗り込み、窓際に2人で立った。
「…俺が思っただけなんだけど」
「え?」
突然、司君は話し出した。
「沼田、結城さんのために、瀬川さんに嫌って言えないんじゃないのかな」
「どういうこと?」
「沼田が瀬川さんといれば、瀬川さんは俺のほうに来ないわけだし」
「…瀬川さんを好きでもないのに、付き合おうってしてるわけ?」
「かもしれないなって、思った…。あ、あくまでも俺の推測だから」
「…」
そんな~。なんで沼田君が犠牲にならないといけないわけ?
「あいつ、本気で結城さんのこと思っていたし」
「…え?」
「結城さんが悲しむところは見たくないって、前に言ってた。だから、自分はもう身を引くって」
「…そんなことも、藤堂君に言ってたの?」
「うん。俺に、結城さんを幸せにしろよって、そう言って…」
「…そうだったんだ」
「俺、せこいよね」
「え?ど、どうして?」
「沼田がそういうことを言ってたなんて結城さんに言ったら、結城さんが沼田に惚れちゃうんじゃないかって、そんな不安もあってさ。だから、言えなかった」
「私が、沼田君を?」
「…うん」
まさか~~~~。まさか、そんなわけないじゃない。
ム…。なんだか、ちょっと頭に来た。それが顔に出ちゃったらしい。
「結城さん、俺のこと軽蔑した?」
「え?ううん。なんで?」
「今、そんな表情してたよ」
「ち、違うよ。そうじゃなくって。ちょっと頭に来ただけで」
「なんで?」
「だって…。と、藤堂君、わかってないんだもん」
「……何を?」
私は周りに人がいっぱいいるから、それ以上は話せなかった。
「ここじゃ言えない」
とだけ言って、私は外を見つめた。司君はしばらく私の顔を見ていたが、少しすると目線を外し、車内の広告を見つめていた。
片瀬江ノ島駅に着いた。そこからも私たちは、何も話すことなく歩いていた。だが、小道に入り、人がまったくいなくなったところで、私は司君の腕を掴んで話しかけた。
「司君、私がどれだけ司君のことが好きか、まったくわかってないんだもん!」
そうまくしたてると、司君は目を丸くして、
「え?」
と戸惑った表情を見せた。
「わかってないよね?」
「………」
か~~~~~。司君の顔が一気に赤くなった。
「そ、それって、俺のことが、すごく好きだって言いたいのかな…」
「そうだよ」
「コホン」
司君は咳ばらいをしたが、それでもまだ、顔が真っ赤のままだ。
「ほ、穂乃香が俺のこと好きだっていうのはわかってる。わかってるつもりでいる」
何、その「つもり」って!
「でも、半分くらいは俺の期待と言うか、そうだったらいいなっていう希望と言うか」
「は?」
「すごく俺のことを好きでいてくれたらいいなっていう、そんな期待…」
もう~~~!!!!わかってないんじゃない。やっぱり。
おかしいな。私、けっこう意思表示してると思うんだけどな。司君がすっごく好きだって。
司君は、私のことをまた、可愛いはにかんだ顔で見ると、すっと視線を外して、また話を続けた。
「ずっと片思いをして、フラれて、それでもあきらめきれなくって、しつこく思い続けちゃったからかな。いまだに、穂乃香がこうやって隣にいるのが夢みたいに感じることがある」
「え?」
「情けない?俺って…」
「…、ううん」
そ、そうなんだ。なんか、そんなふうに言われると、照れくさいって言うか、なんていうか。
「でも、しつこく思い続けてよかったなって、最近思うけどさ」
「……う、うん」
そうだよね。あっさりと私をあきらめて、さっさと他の子に乗り換えられていたら、今の私たちはないんだ。司君は、私ではない別の人の隣にいることになっていたんだね。
そう思うと、ずっと私を思っていてくれてありがとうって、心からそう思える。
じわ…。あ、なんだか、涙が出そうになった。
司君と腕を組んだまま、家まで歩いた。じわ~~っと幸せをかみしめながら。
そして…。
家に着き、お風呂に入るために着替えを2階に取りに行くと、司君もなぜか私の部屋に入ってきた。
「?」
なんでかな。
と思いながら司君を見ていると、いきなりむぎゅうって抱きしめられた。
「つ、司君?」
「早くに穂乃香を、抱きしめたかったんだ」
うわ。そんなセリフ言われたら、顔から火が出るってば。
「穂乃香」
「うん?」
「好きだよ」
「う。うん」
か~~~!もっと顔が熱くなった。そのうえ、司君が熱いキスをしてくるので、さらに顔は火照り、胸が思い切り高鳴ってしまった。
「一緒に、風呂入る?穂乃香」
「入らないよ」
ドキドキしながらもそう言って、私はさっと司君から離れた。
「…なんで?」
「恥ずかしいもん」
そう言って、着替えを持って、私はさっさと一階に下りた。司君は、私の後ろからくっついてくることはなかった。
司君。はにかんで照れて、やけにシャイな部分を見せたかと思うと、次の瞬間にはいきなり、抱きついて来たり、大胆なことを言って来るから、私はそのたび、ドキドキしたり、戸惑っているよ。そういうの、わかってるのかな。
だけど、私はそんな司君も好きだし、心の奥底では喜んでいる。
可愛い司君も、ちょっと情けない司君も。そして、大胆で強引になる司君も。
困ったと言いながら、きっと私は喜んでいる。
はう…。そんなことを思ったら、自分が自分で恥ずかしくなってきた。
奥手かと思いきや、そうでなかった司君に、ドキドキしている。時々大胆になる司君に、ドキドキしている。そして、これからも、私をドキドキさせてほしいなって、そんなことも思っている。
でも。
私はいったい、司君をドキドキさせることってあるのかな。
なんて、ふとそんな疑問が湧いてきてしまった。
ど、どうなんだろうか…。いったい。




