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第52話 キャロルが帰る日

 その日の夜、お母さんはピザを焼いたり、マッシュポテトを作ったり、キャロルの好物を食卓に並べた。

「キャロル、ホームステイ先に行ったら、まだ忙しいかもしれないし、いろいろとお手伝いするのよ?」

 お母さんはキャロルにそう言った。


「ウン、ワカッテル」

 キャロルは素直にうなずいた。でも、守君が、

「手伝いなら、うちでもしろよ」

とぼそっと口にした。


「守!人のこと言えないわよ。あなただって、家でなんにもしないでしょ」

「部活忙しいんだよ。兄ちゃんだって、なんにもしないじゃんか」

「そういえばそうね。うちの人間は、手伝ってくれる人なんていないんだから。穂乃香ちゃんくらいよ」

「穂乃香、女だし」


「守!そういう偏見は今すぐに捨てなさい。でないと、彼女できてもすぐにふられるわよ」

 お母さんがそう言うと、守君は、

「ふん。彼女なんかいらないから」

と言い返していた。


 いまだに守君は機嫌が悪い。

 司君はというと、そんな守君に注意をすることもなく、黙って黙々とピザを食べている。


「司、穂乃香」

 キャロルがこっちを向いて話しかけてきた。

「え?」

「クリスマスホリデイ、アメリカ来ナイカ?」

「アメリカ?」


 私がびっくりすると、司君は冷静に、

「こっちでは、クリスマスホリデイはないよ。年末年始に冬休みがあるだけだ」

と冷静に答えた。

「ジャ、ソノ冬休ミ、アメリカ、来ナイカ?私ノ家ニ」

「……」


 司君は黙り込んでキャロルを見た。

「遊びにおいでってこと?キャロル」

 お母さんがキャロルに聞いた。

「ウン。遊ビニ来テ」


「アメリカには、そんなに簡単に行けないと思うよ」

 司君はまた冷静に答えた。

「いいじゃないか、司。穂乃香ちゃんとアメリカ、行ってきたら」

 お父さんは、にこにこしながら司君にそう言った。


「穂乃香、アメリカデ、モテルダロウケド。ダカラ、司、覚悟イルケド、アメリカ、遊ビニ来テ」

「覚悟?モテる?」

 司君が眉をひそめた。

「日本人ノ女ノ子、スゴクモテル。2人、アメリカ来タラ、ホームパーティ開ク。友達呼ブカラ楽シイヨ」


「男友達も呼ぶのか?」

「モチロン、イッパイ呼ブ」

「………」

 司君は、眉間にしわを寄せ、しばらくするといつもの冷静な顔つきになった。


 夕飯が終わると、私はキャロルとキッチンで片づけを手伝った。

 今日のお風呂もキャロルと一緒に入り、夜もキャロルは私の部屋で寝るらしい。つまり、ずっと家に帰ってから、キャロルは私にべったりしている。


「キャロル。私、アメリカ行けるかわかんないな」

「ナンデ?」

「お正月は両親と一緒に居たいんだ」

「ア、ソウカ」

「ごめんね?」


「……司、一人デアメリカ来ナイヨナ。ソレニ、私モ穂乃香イナイトツマラナイ」

「……」

 キャロルはしばらく黙り込み、黙々とお茶碗を洗っていた。


 2階に行くと、部屋に入る前に司君が自分の部屋から出てきて、

「キャロル、ちょっといい?」

とキャロルを部屋に呼んだ。


 ドキン。

 なんでキャロルだけ?と、気になったが、明日にはキャロルはホームステイ先に戻るし、きっと司君も話が何かあるんだろう…と、気持ちを落ち着けて一人で私の部屋に入った。


 でも、でも、でも、やっぱり気になる。

 いや、今のキャロルなら、司君に何かしでかすわけないだろうし。司君だって、キャロルに手を出すわけないだろうし。


 あ~~~~!でも、不安。


 10分もしないうちにキャロルが、私の部屋に来た。

 私は布団を敷き、もうパジャマに着替えていた。


「穂乃香」

「え?」

「明日、部活?」

「うん。そうだけど」


「ナンダ~。今日、遅クマデ、ガールズトークシタカッタノニナ」

 キャロルはそう言うと、ゴロンと布団に横になった。キャロルはいつも、お風呂から出ると、トレーナーを着てスエットを履き、そのままの格好で寝てしまう。

「つ、司君、何か用事があったの?」

 キャロルが話してくれそうもないので、そう聞いてみた。

「別ニ、タイシタコトジャナカッタ」

「え?」


「アメリカニハ行ケナイッテ、ソウ言ワレタ。穂乃香ト長野行クカラッテ」

「…そ、そう」

 そっか。ちゃんとそう言ってくれたんだ。

「アトハ、私ニ、オ説教シテキタ」

「え?」


 お説教って?

「アメリカノ両親ト、モット向キアエッテ」

「…」

 そんなこと言ったんだ。


「チャント、キャロルノコト、両親ハ大事ニ思ッテルッテ」

「……」

「ヨク、千春ママノトコロニ、メール来ルッテ。日本デノ私ノ様子ヲキイテルラシイ」

「そうなんだ」


「…私、今ノ両親、血、ツナガッテナイ」

「……そ、そう」

 司君から聞いてたけど、初めて聞いたふりをした。

「私ノ本当ノママハ、私ニモウ会イニ来ルナッテ言ッタ」


 う…。それって酷い。酷過ぎない?

「悔シカッタ。私ヲ勝手ニ産ンダクセニ」

 キャロルはそう言うと、くるりと私に背を向けた。


「ダケド、司サッキ言ッテタ。血ノツナガリナンテ、関係ナイ。育テテクレタ両親ガチャントキャロルニハイルッテ」

「うん。そうだよね」

 私はキャロルの背中に向かってそう言った。


「……。ママモパパモ、私ガ何ヲシテモ、怒ラナイ」

「…」

「私、千春ママニ怒ラレタ時、嬉シカッタ」

「え?」


「本気デ怒ッテクレタ。ソンナノ初メテダッタ」

「……そう」

「千春ママ、大好キ。ソレニ、パパサンモ。ダカラ、イツモ司ノ家ニ遊ビニ行ッタ」

「……」

「司ノ家族、日本ニ帰ッテカラ、私、スゴク寂シイ思イシタ」


「…」

 そうだったんだ。

「ダカラ、絶対、日本来ヨウッテ思ッテタ」

「留学のこと?」

「ウン」


「そっか。じゃ、留学するってずいぶん前から決めてたんだ」

「初メ、ココニホームステイシヨウト思ッテタ。デモ、学校ガホームステイ先、決メチャッタカラ」

「…ふうん」

「……穂乃香、イイネ」


「え?何が?」

「コノ家ニ住メテ」

「うん。そうだよね。私もこの家好きだよ。それに、ここの家族もみんな」

「…メープル、ソレニ守、穂乃香ニナツイテルネ」

「うん」


「…司、言ウミタイニ、ママトパパトモット向キアウ」

「うん。それ、いいかも」

「司モ、穂乃香来テカラ変ワッタッテ言ッテタ」

「ほんと?」


「ウン。ダンダン、家族ニ、心開ケルヨウニナッタッテ。ソレ、勇気イルケド、キャロルモ、シテゴランッテ」

 そんなことを司君言ったの?

「私、司、好キ」

 え?


 今、キャロルなんて言った?司君が好きって言った?自覚したってこと?


「穂乃香モ大好キ」

「…え?え?」

 キャロルは背中を向けていたのに、こっちを向いた。

「司、穂乃香トイルト、癒サレルッテ。ソレ、スゴクワカル」


「…え?」

「私モ。穂乃香トイルト、ナンダカ素直ニナレル」

「そうなの?」

「ウン。穂乃香ノ不思議ナパワー」


「私の?」

「司、穂乃香ガ好キナノワカル」

「……」

「穂乃香、ズット友達デイテネ」


「…うん」

 キャロルは私がそう言うと、にこりと微笑み、それから布団を肩まであげて、

「モウ寝ル。オヤスミ」

と言って目を閉じた。


「うん、おやすみなさい」

 私は立ち上がり電気を消して、布団に入った。


 不思議だった。

 キャロルとこんなふうに、友達になれるなんて。

 心を開いて見ないと、人ってわからないものなんだなあ。


 ああ、そういえば、司君はあのチャラ男本田と仲良くなったって言ってたっけ。

 どっからどう見ても、仲良くなれそうもない、キャラクターがまったく違う2人なのにね。

 世の中、わからないものだね。


 翌朝、めずらしくキャロルは早起きをした。

「あれ?もう起きるの?」

 私が制服に着替えていると、キャロルはもそっと布団から立ち上った。

「ダッテ、今日、帰ルカラ。穂乃香ト司ト朝ゴ飯食ベタイ」


 キャロルは一階に下りると、寝癖だらけの髪で着替えることもなく、顔も洗わずにダイニングに直行した。

 私は洗面所で顔を洗ってから、ダイニングに後から行った。


 司君はもうすでに起きていて、リビングで守君とメープルと遊んでいた。そして守君は私を見て、

「学校行ってくるね」

とにこにこしてそう言うと、それから玄関に行った。

 どうやら私が洗面所から出てくるのを、待っていてくれたようだ。


 私、司君、メープルは玄関まで見送りに行ったが、キャロルはそのままダイニングにいた。

「今日、キャロル帰るんだよね」

 守君は喜びを隠せないようだった。

「俺、部活終わったら、超特急で帰って来ようっと」


 守君はそう言って、元気に、

「行ってきます」

と出て行った。その声でお母さんは飛んできたが、やっぱり間に合わなかった。


「あの子、今日はご機嫌ね」

「キャロルが帰るからね」

 司君は、小声でそう言ってから、メープルの背中を撫で、

「メープルも一安心だね」

とまた小声でそう言った。

 メープルはそれがわかったのか、嬉しそうに尻尾を振った。


 キャロルは、この一週間で守君と仲良くなることはなかった。ほとんど話もしなかったし、仲良くなろうという姿勢すら感じられなかった。

 

「守、生意気ダカラ嫌イ」

 キャロルは私たちがダイニングに行くとそう言った。

「前は可愛がっていたじゃない」

 お母さんがそう言うと、司君は苦笑いをした。


「可愛がってたって言うより、いじめてたよな」

「…前ハ可愛ゲアッタ。今ハ憎ラシイダケ」

 あちゃ。こりゃ、犬猿の仲と言ってもいいくらい、2人はお互い嫌い合ってるんだね。


 私と司君は朝ごはんを終えると、キャロルとお母さんに見送られ、家を出た。キャロルがいたからか、メープルは玄関まではやってこなかった。


「やれやれ」

 司君は、小道を歩きながらそうつぶやいた。

「やっとこキャロルから解放されるね、穂乃香」

「え?うん」


「やっとこ、俺が穂乃香を独り占めできるんだな」

「…」

 つ、司君。そんなふうに言われると、なんだか照れる。


「本当は俺がベッタリする予定だったのにな」

「そうだよね」

「…ずっと俺、一人寝してて、寂しかったんだけど」

「え?ほ、本当に?」

「……。キャロルが寝ているすきに、穂乃香、こっそり来ないかなって、期待してたのにな」


「え?そうだったの?!」

 もう。それならそうと言ってよ。

 なんてね。そんなこと言われても、行けなかったと思うけど。


 小道を抜け、人通りのある道に出ると、司君は黙り込んだ。そして、クールな顔つきになり、颯爽と歩き出した。

 ああ、いきなりポーカーフェイスになっちゃうんだから。ずるいよ。


「もうすぐ、期末だなあ」

「あ、そうだよね。私、全然勉強してない。また教えてくれる?」

「…いいけど、今日は勉強しないよ」

「え?」


「しない。しないったら、絶対にしない」

 司君、顔はクールなのに、言ってることはなんだか子供みたい。

 でも、可愛い。

 私はそんな司君が、可愛くなって、嬉しくなって、ちょっと浮き足立ちながら駅まで歩いていた。


 そうか。今日はキャロル、いないし。司君の隣で寝られるんだ。

 それだけじゃなくって…。司君に今日は………。

 なんて考えたら、顔が勝手に火照ってきた。やばい。今、にやけたかも。


 電車に乗り込み、私はすぐに席に座ると下を向いた。司君は涼しげな顔で隣に座っているけど、私は顔がにやけていて、とても顔をあげられなかった。


「穂乃香…」

「え?」

「今日、なるべく早くに部活を終わらせるから、穂乃香も帰り支度早めにしておいてね」

 司君はちょっと顔を私に近づけ、そう言ってきた。

「う、う、うん」

 この会話だけ聞くと、帰りにどこかに寄るカップル…くらいにしか聞こえないだろうな。


 でも、その本心はというと…。

「早く、夜にならないかな」

 司君が横で、そうぼそっとつぶやいた。


「え?」

「ん?」

 司君は私がびっくりした顔で見たからか、不思議そうな顔で私を見た。


「い、今の…」

「ん?」

「声に出てたよ…」

「………俺、なんか言ってた?」

「うん」


 うそ。無意識だった?無意識の独り言?

「やべ…」

 さすがの司君も、耳を赤くして、顔を下に向けた。私も同時に顔がもっと火照ったようで、カッカカッカと熱くなった。


 それから私たちは、寝たふりをしながら、ずっと下を向いていた。 

 


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