第51話 禁断症状
お風呂からあがり、体を拭いていると、ドアの外からキャロルと司君の会話が聞こえてきた。
「司、穂乃香ノ肌、スゴク綺麗ダナ」
え?
「体ハ子供ミタイダケド、アノ肌ハ魅力的ダ。司ガ夢中ニナルノモワカル」
え~~!!ちょっと何を言ってるの?キャロル。
「キャロル、いきなり俺を掴まえて何を言いだすかと思えば、そんなこと…」
「ソンナコトジャナイ。司モ見テソウ思ッタダロ?」
「……ノーコメント」
「ナンデ?イイジャナイカ。司、穂乃香ノ肌見テ、綺麗ッテ思ワナイノカ?」
「お、思ったけど。あ、いや。そんなにははっきりと見ていない…かな」
「ウソダ。モウ、エッチシタクセニ」
「そう言う言い方はよせよ」
「ジャ、ドウ言ッタライイ?」
「あ、いい。なんかもっととんでもないこと、お前言いそう」
司君はそう言うと、どうやら、その場から離れようとしたらしい。キャロルはそんな司君を追って、
「穂乃香ノ髪モ黒クテ綺麗ネ。司モソウ思ウカ?」
とか、
「穂乃香ノ背中ニホクロアッタ。知ッテルカ?」
とか、あれこれ司君に聞いている。
私は慌てて体を拭き、服を着ると洗面所を出た。そしてすでにリビングに移動した司君とキャロルのほうに行き、
「キャロル!あれこれ司君に言うのやめてね」
と黙らせた。
「ナンデ?」
なんで?じゃない~~~。ほら、司君、ポーカーフェイス崩れて思い切り赤くなってるよ。
「司、ナンデ穂乃香ノ肌、知ラナイノ?イツモ服着テエッチシテルノカ?」
「キャロル!」
さすがに司君も切れたらしい。キャロルにそう大きな声で言うと、
「風呂、入ってくる」
と立ち上がり、リビングを出て行った。
私はそのままその場にいたら、キャロルにあれこれ聞かれそうなので、さっさと2階に上がった。
そして部屋で髪を乾かした。
トントン!
ノックの音がした。またキャロルかな。私はドライヤーを止め、ドアを開けた。すると守君が立っていた。学校から今、帰って来たばかりのようだ。
「髪、乾かしてるってことは、風呂入った?熱下がったってこと?」
「うん。もう大丈夫だよ」
守君はほっとした顔をした。
「心配してくれたの?」
「そ、そりゃまあさ。もしかしてキャロルのせいで、熱出したかと思ったよ」
「…それはもう、大丈夫そう」
「え?どういうこと?」
「穂乃香~~~!!」
守君とドアの前でそんな話をしていると、キャロルが階段を上ってきた。
「今日ハ、私ガ穂乃香ト寝ル」
「は?」
「な、何言ってんだよ。キャロルは兄ちゃんの部屋だろ?ベッドじゃないと寝れないんだろ?」
守君が、顔を引きつらせそう言った。
「布団デモ、寝ラレルヨウニナッタ」
「何勝手なこと言ってんだよ」
守君は、もっと顔をゆがませ、高い声でそうキャロルに言った。でも、キャロルはそんな言葉も無視して、勝手に私の部屋に入ると、
「布団、敷ク」
と言って、私の布団の隣に布団を敷いてしまった。
「でも、きっと司君が隣に寝る…」
「司、自分ノ部屋デ寝タライイ」
「え?で、でも」
「今日、ガールズトークイッパイシヨウ」
「……」
え、え~~~~!!
守君は、目を丸くして私たちを見ていた。
「ジャ、穂乃香。夕飯食ベニ下ニ行コウ」
「……」
キャロルに腕を組まれ、一緒に階段を下りた。その後ろから、守君の、
「どうなってんの?」
というつぶやきが聞こえてきた。
それ、私が聞きたい。どうなってんの?キャロルのこの変わり様。っていうか、本当に私の隣で寝る気?
そうしたら、司君の隣で私は寝られないってこと?
それ、かなり寂しいよ。
キャロルがいる間は、司君とべったりとしていられると思っていた。
ところが、その日から私にべったりとくっついていたのは、キャロルだった。
守君はものすごく不機嫌だった。
「まあ、守。機嫌治せよ。キャロルが穂乃香と仲いいおかげで、守にもとばっちりが来なくなったんだから」
司君はこれから朝練に行くという守君に、玄関でそう言った。
キャロルは、学校を休んでいるので、朝は寝坊をする。だから、守君とそんな話ができるのは、朝だけだった。
「それに、キャロルも明日には戻るんだし。今日だけの我慢だよ」
司君はそう言って、守君をなだめている。
「ふん。でも兄ちゃん、キャロルにずっと穂乃香のこと取られてたんだよ?それ、悔しくないの?」
「悔しくはないさ。仲が悪いよりはいいほうがずっといい」
「なんでそんなふうに思えるんだよ。俺は嫌だからな!穂乃香をキャロルに取られるの、絶対に嫌だから」
「……」
司君は呆れたって言う顔で守君を見た。
「ふん!」
守君はいってきますも言わずに、家を出て行った。
「あら、守、もう行っちゃった?」
あとからお母さんがダイニングからやってきた。
「はい、今、行きました」
「もう~~。あの子、ずっと機嫌悪いんだから」
お母さんはそうブツブツ言いながら、またダイニングに戻って行った。
「さ、朝ご飯食べようか、穂乃香」
「……うん」
機嫌が悪いのは私もだ。
なんで司君は、私とべったりするはずが、キャロルに私を取られてしまって、悔しがらないんだろう。
もっと、私とべったりしたいって、そんなことを言ってくれたり、私からキャロルをひっぺがしてくれてもいいようなものを。
夜だって、ずうっとキャロルが隣で寝ている。そりゃ、ガールズトークは楽しかった。でも、いい加減私は、司君とべったりしたい。
学校までの道、私もへそを曲げていた。だけど、司君は気付いていないようだった。
「キャロルとよく笑い声が聞こえてたけど、そんなに楽しい話してるの?」
「まあね」
そっけなく返事をしてみた。
「どんな話?」
「ガールズトーク」
「……俺の話?」
「ううん」
思い切りそっけなくしてみた。でも、司君は、
「ふうん」
と言っただけで、前を向いて黙って歩き出してしまった。
私の機嫌が悪いのを、司君、わかっています?ねえ、ねえ。
「風呂も、ずっと一緒に入っていたね」
「…だって、キャロルが入って来ちゃうんだもん。鍵をかけてキャロルが入らないようにするのは、さすがに悪いかなって思って」
「でもさ、なんだか楽しそうだったよ」
「私?」
「うん」
「……」
ま、まあね。確かにキャロルとは妙に仲良くなったっていうか、なんていうか。
「キャロルも嬉しそうだな。あいつ、きっと妹かお姉さんができたみたいな気分なんだろうな」
「…」
「学校の友達とも最近、うまくいってないみたいだったから、穂乃香と仲良くなれて嬉しかったんじゃないの?」
「……」
「母さんも喜んでたな。穂乃香ちゃんとキャロル、仲良くなって良かったって、そう言ってたよ」
「………」
「穂乃香?」
「藤堂君。もう、片瀬江ノ島駅に着くし、結城さんって呼んだ方がいいと思うよ」
私はまた、そっけなくそう言ってみた。
「あ、そっか。そうだね。それで穂…、結城さん、静かだったのか」
ちが~~う。
「…明日、きっとキャロル、帰るの悲しがるな」
「え?」
「やっぱりうちに住むとか言いだしたりしてね」
「駄目!」
「え?」
「それは駄目」
「まだ、実はキャロルのことが苦手だったり?」
司君は、すごく静かにそう聞いてきた。
「ううん。苦手じゃない。けっこう一緒にいて楽しかったし。でも」
「うん?」
「キャロルがいたら、私、藤堂君と一緒に居られないもの」
「…え?そう?でもけっこう、3人でリビングでテレビ観たり映画観たりしたよね?」
「二人きりでっていう時間は、まったくなかったよ」
「…俺と?」
「そう!」
ああ、もう。司君、鈍いんじゃないの?だいたい、学校ではあんまり話せないし。登下校だって、ちょっと離れて歩いたりしていたし。ずっと2人きりの時間、なかったんだよ?
放課後も、最近、さっさと帰るはずの部員が、部活が終わっても美術室でのんびりと話をしていたりするし。
司君は、平気なの?
ねえ。言ってたよね?禁断症状出そうだって。あれ、冗談だったの?嘘だったの?
私のほうが禁断症状出そうだよ。
ずっと司君を絶ってる状態。キスもしていないし、抱きしめてもらったのもいつ以来?
禁断症状~~~~!司君を感じていないと、心にぽっかりと穴が開いたみたい。満たされ指数が、思い切り減少してるよ。
司君は?なんで落ち着いていられるの?
司君は、学校に近づくにつれ、どんどん私と距離を取って行った。
そして、教室に入ると、さっさと自分の席に行く。
ああ、本当にもう何日、キスしてないかな。キスくらい、してくれてもいいのに。
悲しい。
寂しい。
切ない。
切なすぎる~~~~。
昼休みは、一気に外が冷え込んで来て、最近はずっと食堂だ。
食堂では、司君と最近接近できなくて…なんて話をできるわけもなく、麻衣や美枝ぽんに話を聞いてもらうこともできなかった。
「麻衣、機嫌いいね。彼氏と仲直りできたんだ」
私は目の前で、嬉しそうに携帯を見ている麻衣にそう聞いてみた。
「うん。3日、怖くってメールしなかったの。向こうもくれなくって、私、もう駄目かなって思ったけど、昨日の夜電話が来たんだ」
そうか。昨日まで、死んだように沈み込んでいたもんね。
「良かったね」
私がそう言うと、美枝ぽんは、
「彼氏から謝ってきたの?」
と麻衣に聞いた。
「謝るって言うか…、なんで電話もメールもしてこなかったの?って聞いてきた」
「そんなの、彼氏のせいじゃない。ねえ?」
美枝ぽんがそう言った。
「…なんだかね、私がメールもしないでいたから、彼、焦ったみたいで」
「え?そうなの?」
「今まではどこかで、自分のほうが年上だし、恋愛経験もあるし、余裕があったみたいなんだよね。だけど、今回、私が別れるって言いだすんじゃないかって、ドキドキしてたみたいなんだ」
「へ~~」
「彼、バイト先のある女の子と、私がシフト休みの日に一緒に帰ったりしてたみたいで。それが、何度かあったみたいだから、私、すごく気になって」
「ああ、それで、俺が信じられないのかって、そう聞いてきたんだ」
「うん。でもさ、なんか、本当に帰りに帰ってるだけなの?って、気になるじゃない」
「うん。そうだよね」
「たったそれだけのことで…、って向こうは思ったらしいんだけど…。でも、浮気なんて本当にしていないし、こんなことくらいで別れたくないって、そうちゃんと言ってくれた」
「彼、麻衣のこと本気なんだね」
私がそう言うと、麻衣はコクンとうなづいて、
「なんだか、クリスマスのことも、ちょっと気持ちに余裕が出てきた」
と小声でそう言った。
「え?」
「彼が本当に私のことを思ってくれてるって、そう思えたから、怖さも少し消えたみたい」
「そっか。そういうもんなんだね」
美枝ぽんはそう言ってから、私のほうを向き、
「穂乃ぴょんは?藤堂君に大事に思われてるよね」
と聞いてきた。
「う、うん。大事に思ってくれてるってわかると、安心するっていうか、嬉しいっていうか。怖さは消えてくるかな…」
「ふうん。私にはまだ、わかんないな。それだけ、大事に思われたことがないからかなあ」
美枝ぽんはそう言って、どこか遠くを見つめた。
「大事…かあ」
私は、ぼそっとそうつぶやき、窓際でお弁当を弓道部のみんなと食べている司君のことを見た。
司君は、キャロルも妹みたいに大事で、そんなキャロルと私が仲良くなったのは、本当に嬉しかったのかもしれないな。
それにキャロル、お葬式のあとでも、泣いたり沈みこんだりすることもなく、明るかったし。彼氏のことも私とあれこれ話しているうちに、
「モウ、アンナ彼、別レテヤル。モットイイ男、捕マエルゾ」
って、すっかりさっぱり、気持ちの整理がついたみたいだったし。
でも、やっぱり、司君、もっと私のそばにいられないことを、寂しがって欲しかった。前みたいに、禁断症状が出るって言ってみたり、抱きしめてみたり、たまにはキャロルに、今日は俺が穂乃香の隣で寝るんだ!なんて、わがまま言ってみたり。
もっと、強引になって!もっと、強気になって!
優しすぎるのか、冷静なのか、それとも、本当に別に私のそばにいなくっても、平気になっちゃったのか。
それはかなり、寂しすぎることかも。
どよよん。
ああ、こんなことで沈み込んじゃうなんて…。私ってほんと、司君のことで一喜一憂してるよね。
その日の放課後、また部員が残っているかと思いきや、5時前にはみんな帰って行き、私だけが残ることになった。
今日は美術室に司君と2人きりだ。
ドキドキ。
司君、ちょっとは接近したりしてくれないかな。なんて、つい期待したりして。
そして5時20分頃、司君は弓道部の部員とともに美術室の前まで来た。
「じゃ、またな。藤堂」
「おう。また明日」
司君以外の人は、そのまま廊下を歩いて行き、司君は美術室に入ってきた。
「片づけ終わった?あれ?今日は一人?」
司君は美術室の中をくるりと見回した。
「うん。もうみんな帰った」
そう言うと、司君はなぜだか、ドアのほうまで戻って行き、そしてガラガラとドアを閉めてしまった。
え?
ドア、閉めたけど…。ドキン。
あ、もっと期待してしまった…。キスしてくれるの?
「絵、準備室の中にしまうんでしょ?」
「うん」
「手伝おうか?」
「ありがとう」
司君と準備室の中に入った。すると、
「あ、けっこう広いんだね」
と司君は準備室の中も見回した。
「文化祭前には、この部屋もみんなのキャンバスでいっぱいになっちゃうの。今は、1年生がスケッチブックで描いているし、2年生のキャンバスだけだから、そんなに場所取らないんだよね」
「ああ、なるほどね」
「それに、文化祭前あたりはね、油絵の具の匂いもすごいんだよね」
「…ふうん。今はそうでもないね」
「うん」
「ここ、窓もないし、外から見られることないんだね」
「え?」
司君はそう言うと、私に思い切り接近してきた。
「…司君?」
司君は私のことをグイって抱き寄せ、キスをした。
わ。わ~~~。いきなりだ。キスをする雰囲気とか、間とかもなく、いきなりキスしてきた。
それも、かなり長くて、熱いキス…。
こんなキス、学校でしてもいいの?
そう思っても、私もいつの間にか司君の背中に腕を回していて、なかなか唇を離すこともできなかった。
「…」
司君は唇を離してもまだ、私を抱き寄せたままだった。という私も司君の背中に腕を回したままでいた。
「穂乃香も?」
「え?」
「禁断症状出てた?」
ドキン。
「な、なんでわかったの?」
「わかるよ。キスでわかる」
え?ど、どうしてわかっちゃうの?
「それに、俺からなかなか離れようとしないし」
「あ…」
そう言われて、やっと私は司君の背中から腕を離した。
だけど、司君はいったん離れた私のことをまた抱き寄せ、またキスをしてきた。
「つ、司君」
「…明日まで待てない」
「え?」
「家に帰ったら、またキャロルが穂乃香を独占しちゃうし…」
「だけど、ここ学校だよ?」
「誰にも見られないよ。美術室のドアは閉めたし…」
「でも」
「じゃ、準備室のドアも閉める?」
「……」
それって、司君、やばくない?
司君が、このままオオカミに変身しちゃったりしない?
「閉める?」
「だ、ダメ。司君が、オオカミになっても困る」
「なんで?」
「なんでって、ここ学校だよ?それに…、今、ないよね?」
「…あれのこと?」
「そ、そう」
「あるよ」
なんであるの?なんで持ち歩いてるのよ~~~!
それ、カバンに入ってるの?それとも、制服のポケットとか?そんなのもし、誰かに見られたらどうするの?
それこそ、大山先生に見つかったりしたら一大事。
司君は、いったん準備室から出て、カバンを持って戻ってきた。その時、準備室のドアもご丁寧に閉めてしまった。
そして、カバンの中から、絆創膏の入っている缶を取り出した。
そ、その中にまさか入っているわけ?
すると、ちゃんと絆創膏が缶から出てきた。
な、なんだ。絆創膏が入っているだけだ。って、なんでそんなものを取り出したの?
と思って見ていると、絆創膏を全部取り出したその奥から、あれが出てきた。
「ね?」
ね?じゃないよ~~~!そんな中に入れて持ち歩かないでよ。
「つ、司君。なんでそんなの持ち歩いているの?まさか、外で何かあるかと思って、持ち歩いていたの?」
「うん」
うんって?!どういうこと?!うんって。それもなんで、そんなにクールな顔で言うわけ?
「……」
司君の目、なんだか危ない…。
「ちょ、ちょっと待って」
そう言うと、司君はまたうなづいて、絆創膏を缶に詰め始めた。
あ、あきらめてくれたの?と思って見ていると、缶には絆創膏だけを閉まっていた。
「えっと?」
なんで、あれだけはしまわずに、手に持っているのかな。まさか、まさか、まさかと思うけど。
「学校では私、無理」
「…」
「汗かいたし。今日、体育あったじゃない」
「…」
「司君!」
なんで黙って、じっと私を熱い視線で見てるわけ?
「穂乃香は?」
「え?」
「本当にずっと俺に抱かれないで、平気だったの?」
うわ!ストレートに聞いてきたよ~~。
「へ、平気じゃないよ。寂しかったよ」
「…俺も」
「…そ、そう言われても」
「それにね、キャロルがやたらと教えてくれるんだ。穂乃香の肌は綺麗だとか、真っ白だとか」
「…」
言ってたね。そういえば。
「そんなの聞いてたら、おかしくなってくるって」
ででででで、でもっ!ここ、学校!!!
司君は私にどんどんにじり寄ってきた。私はどんどん壁に追いやられた。
ど、どうしよう。どうしたらいいんだ。
さっきは思い切り期待した。でも、こんなことを期待したんじゃない。
そりゃ、もっと強引になってって思ったけど。でも、それは家の中での話であって、学校でじゃないよ~。
司君は壁に張り付いている私にべったりとくっついて、キスをしてきた。さっきよりもさらに、濃厚だ。
どうしよう。
バクバクバクバク。心臓が大変なことになってきた。
わわ。司君の手が、スカートの中に入ってくる。私の太ももを触ってる。
「や、やっぱり駄目」
司君のことを思い切り、手で押した。司君はまったく動かなかったけど、でも、太ももかから手を離し、それから私からもちょっと離れてくれた。
や、やばかった。本当にやばかった。
ああ、もう。司君、度が過ぎるというか、いつも私はほっとかれて寂しい思いをするか、いきなり大接近されられ、ドキマギするかのどっちかじゃないか。
その中間でちょうどいいのに。その中間で。
「ごめん」
司君は下を向きそう謝ってから、また私のほうを見て、
「でも…、穂乃香を抱きたいよ」
と切ない目をして言ってきた。
う!そんな切なそうな目で見ないで!
「あ、明日まで待って。キャロルが帰るまで」
「………。お預けくらった犬の気持ちがわかる」
司君はそう言うと、はあってため息をついて、あれを絆創膏の缶の中にしまいこんだ。
「それ、もう持ち歩かないでね」
「なんで?」
「外で何かあるわけないから。ね?」
私がそう言うと、司君はもっと切なそうな目をした。
司君、いったいどんなことがあると思って、それを持ち歩いていたんだろう。
まさか、学校で?でも、大山先生に見つかったら大変だからって、極力そばに寄るのすらやめていたのに?
本当に司君には、時々度肝を抜かされる。冗談で、誰もいない教室に連れ込むって言ってたと思ったけど、あれ、本気だったのかなあ。
それにしても、さすが藤堂家の息子だけあって、私の常識外のことをしてくれるよなあ。ほんと、ドキドキだよ~。
禁断症状で、寂しい思いをしていたのに、一気に私は寂しさを飛び越え、またドキドキする毎日を送ることになるんだろうか。




