表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/94

第49話 大好きな人の大事な人

 しばらくして、司君のお母さんが、保健室まで迎えに来た。

「穂乃香ちゃん、大丈夫?」

 お母さんの顔は、ものすごく心配している顔だ。いつも楽天家なのに、めずらしいくらい顔が暗い。

 それとも、お葬式のあとだから、暗い顔になってしまったのだろうか。


 私は立つのもやっと…。司君の腕につかまりながら、ふらふらとどうにか立ち上がると、司君は私の背中を支えてくれた。

 そしてそのまま、司君は私のことをしっかりと抱き寄せ、駐車場まで連れて行ってくれた。養護の先生とお母さんは、少し前をゆっくりと歩き、私と司君に車の場所を案内してくれた。


 駐車場は学校の裏手にあり、生徒たちに見られることはないものの、こんなに司君、私にべったりで大丈夫かな…と一瞬よぎったが、頭がズキズキしたり、足がふらついて、司君にしっかりと支えてもらわないと歩けそうもなくて、そんな心配はすぐにどこかにすっ飛んだ。


 司君がついていてくれて助かる。それに安心する。それに、嬉しい…。

 司君の支えてくれる腕に、私は体重全部を預けていたから、司君はかなり大変だったかもしれない。それでも司君はしっかりと、私を支えてくれた。


 駐車場に着き、後部座席に乗った。司君は一緒に車に乗り込むんじゃないかというくらい、私がシートに座るぎりぎりまで私を支えてくれた。

「大丈夫?穂乃香。車、辛くない?」

 司君が優しくそう聞いてくれた。


「うん、大丈夫」

 そう言うと、司君は

「ドア、閉めるよ」

と静かに言って、車のドアを閉めた。


 助手席にはキャロルさんが乗っていた。キャロルさんはちらりと私を見て、すぐに窓の外にいる司君を見た。

「今日、早ク帰ルノカ?司」

 なんでそんなことを聞くのかな。そんなに司君に会っていたいのかな。それとも、また慰めてもらいたいのかな。そんなことが頭の中を駆け巡る。


「…いや、部活あるから」

 司君がそう一言言うと、

「穂乃香、熱アルノニ、部活出ルノカ?」

とキャロルさんがそう聞いた。

 あれ?私のこと?


「……母さん、穂乃香のこと頼んだよ。俺も早く帰れそうなら帰るから」

 司君はキャロルさんにではなく、お母さんにそう言った。

「わかったわ」

 お母さんがそう言って、車を発進させた。


「穂乃香ちゃん、大丈夫?」

 お母さんは車を運転しながらも、私を気にしていた。

「はい」

「辛かったら横になってていいからね」

「はい」


 車の中はしんと静まり返った。

 はあ。しんどい。頭が痛い。それに、体の節々も痛い。時々、辛くって息が漏れる。

 私の息だけが、車内に響いた。


「もうすぐ着くからね?」

 お母さんは時々、そう声をかけてくれた。でも、キャロルさんは一言も発しなかった。


 家に着き、お母さんに付き添われ、2階の部屋に行った。

「す、すみませんでした」

「いいのよ。それより、水枕持って来るから、着替えて横になって」

 お母さんはすぐに布団を敷き、一階に行った。


 私はパジャマに着替え、布団の中に潜り込んだ。

 痛い。いろんなところが痛い。


 苦しいよ。

 キャロルさん、嫌だよ。何で車に乗って一緒に迎えに来たの?来なくていいよ。


 辛いよ。司君。

 頭がまだ痛いし、関節のいろんなところが痛い。


 苦しいよ~~。お母さん!

 ああ、お母さんに会いたいよ~~~。


 涙が出た。でも、私はいつの間にか眠っていたようだ。


 次に目が覚めた時には、目の前にキャロルさんの顔があった。

「……」

「大丈夫カ?穂乃香」

 なんで、キャロルさんが?


「今、千春ママ、買イ物行ッテル」

 キャロルさんはそう言うと、そっと私のおでこに手を当てた。

「マダ、熱イ。冷エピタ貼ルカ?」

「…いい。水枕、あるし」


「……穂乃香」

 キャロルさんの目が、なんだか潤んでいるのはなんで?

「死ナナイデ」

「……は?」


 何言ってるんだ。

「し、死ぬわけない。熱出たくらいで」

 そう言うと、キャロルさんは今にも泣きそうな顔になって、

「オバアチャン、熱出テ、入院シテ、死ンジャッタ。穂乃香、入院スルノカ?」

と聞いてきた。


「しないよ。寝てたら治るから」

「本当ニ?」

「うん」

「…デモ、ズット、苦シソウダッタ。ウナサレテタ」


「…ずっとそこにいたの?」

「ウン。千春ママニ頼マレテ」

「…そう」

 私は布団の横に置いてあった体温計を取って、脇に挟んだ。


「今日、ミンナ泣イテタ。ホームステイ先ノ、ママモパパモ。私モ悲シカッタ」

「……」

「身近ナ人、死ンジャウト悲シイ」

「…うん」


「大事ナ人死ンダラ、スゴク悲シイ」

「うん」

「穂乃香ハ、司ノ大事ナ人ダカラ、穂乃香ガ死ンダラ、司ガ、悲シム」

「…」


「ダカラ、穂乃香ハ、死ンジャ駄目」

 キャロルさんはそう言って、涙を流した。

 キャロルさん、そんなこと思ったの?

 司君のために、そんなことを…。


 私はしばらく泣いているキャロルさんを見ていた。なんだか、本当に司君が言うように、幼い子供のようだ。

「死なないよ」

 そうぽつりと言って、私は逆側を向き、目を閉じた。


 キャロルさんが嫌だった。車の中でも、嫌だった。

 しばらくの間、この家にいるのも嫌だった。

 司君がキャロルさんを、大事に思っていることも嫌だった。


 でも、キャロルさんは、司君が私を大事に思っているから、そんなふうに涙を流すんだ。

 キャロルさんのほうがよっぽど、司君のことを大事に思っているんじゃないの?私よりも。


 私は、司君が大事に思う人を大事に思って、泣くことなんてできるんだろうか。

 もし、立場が逆だったら、私、キャロルさんのことを気遣ったり、心配したり、優しくできたりするんだろうか。


 頭が痛む。何も今は考えたくない。でも、あれこれ頭の中で、暗い考えが浮かんでくる。

 私がどんどん嫌になる。


 ピピピ。体温計が鳴った。38度8分。全然下がっていない。

 体温計を布団の横に置き、私はまたキャロルさんに背を向け、布団の中に潜り込んだ。


「穂乃香、寝ル?」

「…」

「千春ママ、帰ッテクルマデ、私ココニイルカラ。何カ用アッタラ、ナンデモ言ッテ」

「…うん」


 キャロルさんが優しい。

 私も涙が出てきた。

 なんでかな。自分が嫌だからか、キャロルさんが優しいからか。


 それとも、熱が原因でなのか。よくわからないけど、私は泣きながら眠りについた。


 夢を見ることもなく寝ていた。時々、寝苦しくなって寝返りを打った。暑くなって布団から足をだし、寒くなって布団の中にまた足を入れる。

 どこが痛いのかわからないけど、体が痛い。そして、目を覚ました。


「……穂乃香?目、覚めた?」

 今度は、司君がいた。すごく優しい目で私を見ている。

「何か飲む?喉乾いてない?」

「……」

 駄目だ。なんだか、司君の顔がぼやける。と思ったら、泣いていたようだ。


「穂乃香?どこか辛い?痛い?」

「ううん」

 私は布団の中に顔を隠して、泣いた。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫」


 司君の声が優しくて、ほっとした。司君の目がすごく優しくて、一気に安心して、それで泣いたんだ、私。


「つ、司君」

「ん?」

「ここにいてね?」

「いるよ。ちゃんと朝まで隣にいるから」


「でも、風邪うつっちゃう…」

「大丈夫だから。そんな心配しないで、穂乃香はちゃんと休んで」

「……司君」

「ん?」


「キャロルさんは?さっき目が覚めた時には、そこにいたの」

「俺が帰ってくるまで、ここにいた。穂乃香の心配してた。でも、俺がそばにいるのが1番だろうって言って、キャロルは下に行ったよ」

「…私」

「うん」


「嫌な性格。こんな私、大嫌い」

「え?」

「キャロルさんが嫌いだった。でも、キャロルさんは私のこと、心配してくれた」

「……」


 司君はまだ布団に顔を隠している私の頭を、そっと撫でた。

「キャロルも、穂乃香のこと嫌いって言ってたから、おあいこ」

「え?」

「だけど、お通夜やお葬式に行って、変わったんだよ」


「変わったって?」

「穂乃香がこの家にいて、母さんや父さんに大事にされて、俺にも大事に思われてるのをキャロルは嫌がってたよ。自分の居場所がなくなることが怖かったんだ。きっと」

「うん」


「でも、大事な人が亡くなることが、どれだけ悲しいことかを経験して、そんな思いを母さんにも、俺にも味わってほしくないって、そう思ったみたいだよ」

「……」

「穂乃香が熱でうなされてれるのを見て、すごく怖かったって。穂乃香なんていなかったらいいのにって、そう前に思っちゃったことがあったみたいで、あんなこと思わなかったら良かったって、すごく後悔したってさ」


「キャロルさんがそんなこと?」

「さっき、そう言ってた。それで、司がいたほうが、きっと穂乃香安心するから、俺にここに居ろってさ。離れるなって言われたよ」

「……つ、司君、部活は?」


「うん。筋トレメニューの説明だけして、帰ってきた」

「早くに帰って来てくれたの?」

「…うん」

 司君はずっと私の髪を、撫でながら話していた。


「穂乃香が大事だよ」

「…え?」

「すごく大事で、失いたくない」

「……」


「穂乃香がこの前、荷物持って家を飛び出した時、頭真っ白になった。怖くって、悲しくって、このまま帰ってこなかったらどうしようかって、本当に真っ白だった」

「…」

「あんな思いはもうしたくない」


「司君…」

「離れないよ」

「…」

「ずっと、そばにいる」


「うん…」

 駄目だ。また、涙が出てきた。

 いろんな思いが交差する。こんな私でいいの?とか。私、すごく嫌な女だよ?とか…。


 だけど、司君が大事だって言ってくれるのがすごく嬉しくて。

 そばにいる。

 私も、司君のそばにいるのが一番いい。


 司君が大好きで、大好きで…。

 涙はしばらく止まらなかった。



 その日、熱が下がることはなかった。でも、司君が横に布団を敷き、ずっと見ていてくれたので、私は安心して眠ることができた。


 時々、司君が優しく私の髪を撫でた。その指から、司君の優しさが伝わってきた。


 私は、司君の大事に思う人を、同じように大事に思えるのかな。

 たとえば、キャロルさんのことを司君が大事に思っていたら、私も同じようにキャロルさんのことを大事に思えるんだろうか。


 今はまだ、わからない。でも、そう思えたらいいなって、なんとなくそう思う。

 司君のご両親やおばあさん、そして守君。司君の家族はすごく私も大事に思える。

 だから、司君がキャロルさんのことを妹のように、大事に思うなら、私もキャロルさんを大事に思いたい。


 熱がだんだんと、私の心にあった闇を溶かしてくれたのか、気持ちが楽になってきた。

 キャロルさんのことを思うと、どす黒い霧が立ち込め、心がずしんと重くなり、苦しかった。

 でも、その霧も、熱が消し飛ばしてくれたかのように、翌朝はすっきり爽快になっていた。


 そして、隣で寝ている司君を見た。

 司君が好き。

 今はその想いだけが残っている。


 司君が大事。

 司君という存在が、ものすごく大事…。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ