第44話 司君が変!
その日は、キャロルさんが起きてくる前に家を出たので、私も司君も平和だった。
学校までの道も、なんとなく穏やかで、司君と笑ったりしながら歩いていた。
学校に着くと、司君は一変した。さっさと自分の席に行き、隣の男子に話しかけられ、何やら話をしている。
私も自分の席に着いた。そこに麻衣がやってきて、
「おはよう。どう?キャロルは」
と聞いてきた。
「悪戦苦闘してる」
「わ、大変そう」
「わ、楽しそう」
そう言って麻衣の後ろから、美枝ぽんが顔を出した。
また、人のことだと思って面白がってるな。
「司っちは、どう?キャロルと仲良くしてない?」
「うん。まったく。寄せ付けないように頑張ってくれてるのがわかるよ」
「健気だなあ。藤堂君」
美枝ぽんがそう言って、司君を見た。
私も麻衣も見てみた。司君は、涼しい顔をして隣の席の男子と話をしていた。
そこに、クラスの女の子が来て、司君に話しかけた。
わわ、いったい何を話しているの?
司君は一言二言何かを言うと、すぐにまた男子と話し始めてしまった。
「司っち、やっぱり女の子は寄せ付けないよね。学校でもさ」
「え?」
「今の見てたでしょ?ポーカーフェイスのまま答えて、さっさと女の子、追い払ってたもん。さすがだわ」
「うん」
「あんなだからさ、なかなか女子も近づかないんだよね」
美枝ぽんはそう言うと、私の肩を抱き、
「藤堂君、ほんと、一見クールって言うか、怖いもんね」
と私に言った。
「そうかな」
私には怖いっていう印象はないんだけどな。ただ、凛々しい、涼しげ。そんな印象はあるけど。
学校ではね。
家では最近の司君、エッチ発言が多くって、イメージくずれるって言うか、なんていうか。あの凛々しくて涼しげな司君はどこに行ったの?って感じになっちゃうもの。
まあ、あんまりエッチなことを言っても、エッチな顔にならないところが、司君のすごいところかもしれないけど。
それにしても、学校だと本当に司君、私に話しかけてくることさえないんだなあ。
それどころか、今日、たまたま、司君と私が数学で当たって、黒板の前に並んで答えを書いていても、まったく無視してくれてたし。
「これであってるかな?」
司君にそう小声で聞いた。でも、司君は私のほうを見ようともしなかった。
「と、藤堂君。答え、これであってるよね?」
しつこくそう聞いてみた。するとようやく司君は、私の書いた答えを見て、
「うん」
と一言言っただけで、さっさと席に戻っていっちゃったし。
そっけないのを通り越してるってば!と、心の中で叫んでいたんだけど、司君、わかってないよね。
あのあと、クラスの女子がひそひそと、また何か話していたのも、司君は気付いていないかもしれない。
「藤堂君って、結城さんにも冷たくない?」
「もしや、危機?」
「それとも、別れた?」
「嫌いになったとか?」
「喧嘩?」
昼休みになると、そんな声が教室中から聞こえだした。
ほら。いろんなことをみんなが言いだした。何か直接聞かれる前に、とっとと中庭に行こう。
そう思って、麻衣と美枝ぽんを誘うと、
「今日寒そうだから、食堂にしようよ」
と言われてしまった。
食堂に行くと、クラスの女子が数名いて、私を見つけてすっ飛んできた。
「ねえ、ねえ。結城さんって藤堂君と喧嘩でもしてるの?」
「ううん」
「じゃ、なんであんなに、何にも話さないの?藤堂君、他の子にもそっけないけど、結城さんにもそっけなくない?」
「そ、そうだね」
顔が引きつるよ。
「これからお弁当食べるから、そこどいてくれる?」
麻衣がその子たちをどけてくれた。私たちは、ちょうど3人分あいている席に座って、お弁当を広げた。
「またいろいろと、クラスの女子が言いだしたね。でも、しょうがないかもね。だって、藤堂君、本当にそっけないんだもん」
美枝ぽんはそう言うと、お弁当の中のウインナーをバクッと食べた。
「確かにね」
麻衣もうんうんとうなづいた。
「だよね」
私はそう言ってから、本当の理由は言えないなって思った。近づくと、にやけたり、キスしたくなるからだなんて。
でもさ。授業中はどうよ。やっぱり、さっきのはあんまりじゃない?私の顔なんて、ちらりとも見なかったよ?
「あ、藤堂君来た」
「え?」
美枝ぽんが指差す方を見ると、司君が弓道部の人たちと食堂に入って来ていた。
「やばい。こっちに来る」
私がそう言うと、麻衣も美枝ぽんも、
「なんでやばいの?」
と聞いてきた。
ほんとだ。なんでやばいんだ、私ったら。
「司っち!」
いきなり、麻衣が司君を呼んだ。げ。何で呼ぶの?
司君はこっちを見た。他の部員もこちらを見て、
「あ、結城さんだ。藤堂、一緒に食べてきたら?」
と言い出してしまった。
「いいよ。こっちで食べるから」
司君はそう言うと、私のほうを見ようともせず、窓際の席に行ってしまった。
ガク。なんだか、今のも、ちょっと悲しかったんですけど。
そりゃ、家ではいつも一緒だけど。夜も朝も、ずうっと一緒だけど。隣りで寝てるし、手まで繋いで寝てるけど。だけど、学校でそっけなさすぎでしょ。
帰りのホームルームが終わり、私は司君と教室を出た。司君はやっぱり、あまり話すこともなく、ちょっと距離を置いて歩いている。
つんつん。司君の腕を突っついた。
「ん?」
司君がこちらを見たので、私は指で廊下の先をさした。
「え?」
司君は不思議そうな顔をした。でも、私はそんなのも無視して、てくてくと廊下をまっすぐに歩いて行った。
「結城さん?」
司君は後ろからついてきた。
私は、前に瀬川さんに呼び出された階段の踊り場に行った。そこは本当にほとんどの生徒が使っていない階段で、上ってくる人もいないし、下りてくる人もいなかった。
「何?」
司君はまだ、キョトンとした顔をしている。
「司君。そっけなさすぎだよ」
私が司君に近づきそう言うと、
「え?」
と司君はびっくりしてしまった。
「そっけなさすぎ」
「俺?」
「そう」
「……そうだった?」
無意識なの?あれって。
ちょっと怒って、もっと司君に近づき、
「私、司君に何度も無視されてたよ?」
と口を尖らせてそう言うと、司君はいきなりキスをしてきた。
え?な、なんで?!
「怒ってる?穂乃香って、怒った顔も可愛いね」
はあ~~?!
な、何それ。っていうか、いきなりキス?
ちょっと、顔が一気に熱くなったよ~~。
「司君」
「ん?」
「そっけなさすぎたり、いきなりキスして来たり、ちょっと変」
「……そう?でも、穂乃香の顔見ると、まじでやばいから。今も俺、にやけてないかな」
「に、にやけてる」
「やっぱり?」
「なんで?なんでにやけるの?」
「わかんないよ。でも多分…」
「なに?」
「可愛いから?」
なんだ、そりゃ。
ああ、もう。司君、変。変ったら変!
「ここ、人来ないね」
「うん」
「またキスしてもいい?」
「も、もう駄目。人が万が一来たら大変だもん」
私はそう言って、司君をその場に残し、階段を駆け下りた。
それからちらっと司君を見てみた。司君は踊り場から私のことを見て、なぜか恥ずかしそうに照れ笑いをしている。
「あとでね?」
司君はそう言って、ゆっくりと階段を下りてきた。私は、そそくさと美術室に向かって廊下を歩き出した。
そっけなさすぎだと思って怒ったけど、可愛いからにやけるって、どんな理由だ、それは。
でも、そっか。私も、司君の顔を見ちゃうと、もしかするとにやつくか、うっとりするか、ちょっとどんな顔つきになるかわからないな。
やっぱり、学校ではそっけないくらいの態度でいるのが、安全なのかもしれないな…。
そして美術室に入ると、私は絵を描きだした。でも、さっきのいきなりのキスを思い出し、顔が熱くなってしまった。
熱い、やばい。手で顔を仰ぎ、他の人が私を見ていないかを確認してから、また絵を描きだした。
でも今度は、昨日のお風呂でのことを思いだしてしまった。
ああ!だから、なんであの場面を今、思い出すかな。それも、司君の…。司君の…。
ダメダメダメ。私は必死に思い出したシーンを手でぱっぱと消し去り、絵を描くことに集中しようとした。
少しは集中できた。でもまた、思い出してしまった。今度はあれだ。裸で抱きしめられたシーン。
わ~~。いい加減、思い出すのをやめようよ。思い出すたびに私、顔が赤くなっている気がする。
それも、顔、にやついてるかも。
そうか!
司君もいつもポーカーフェイスで、涼しげにしてるけど、私の顔を見るといろんなことを思い出したりして、顔がにやつくのかもしれない。
だから、私の顔も見れないわけね。
な~~るほど。
って、納得してどうする。
結局、やっぱり学校では、思い出したりしないよう、気を付けないとならないってわけね。
5時をまわり、司君が美術室に来た。
「最近、美術部のみんな帰るの早くない?来ると誰もいないよね」
「うん。暗くなるの早いから、さっさとみんな5時までに片づけを終わらせて、帰っちゃうよ」
「そうなんだ」
「作品も、もう卒業作品に入っているし、これ、まだまだ仕上げるまでに時間かけても大丈夫だしね。急いでないし、時間ならまだたっぷりあるから」
「だから、冬の間はさっさと帰るとか?」
「うん」
「1年は?」
「1年はもっと、何もすることないの。来年の文化祭の絵は、4月から描きだすし。今は、デッサンするくらいなんだよね」
「それで、やっぱりさっさと帰っちゃうの?」
「うん」
「ふうん。じゃ、結城さんは真面目なんだ」
「私も去年は、さっさと帰ってたよ」
「あ、ごめん。俺のこと待ってるから、この時間なのか」
「……」
司君は謝ったけど、私は実は司君を待っている時間が好きだったりするから、ちっとも困ってないし、嫌じゃないんだ。
「彼氏を待ってるのって、いいよね」
ぽつりとそう言うと、司君はいきなり顔を近づけてきた。
「キス?」
キスされる前にそう聞くと、
「うん」
と司君はうなづいた。
「学校じゃ駄目だってば」
「誰もいないよ?」
「でも、廊下とか」
「いないよ?」
「窓の外とか」
「いない」
「でも…」
司君はそのまま顔を私に近づけ、キスをした。
なんだか、照れる。学校でキスって…。
2人してしばらく、黙ってしまった。もしや、司君も照れてる…とか?
顔をあげて司君の顔を見ると、照れている顔はしてなかった。どっちかっていうと、熱い視線で私を見ちゃってる。
「司君」
「ん?」
「も、もう駄目だからね?」
「え?」
「キス以上とか、駄目だからね?」
「……なんでわかったの?俺が考えてること」
やっぱり!
「もう帰ろう。このままここにいたら、危険」
「危険って?」
「司君が危険。オオカミになりそうで」
「…なんでわかったの?俺、すでになりかけてた?」
「うん」
「そんな顔してた?」
「うん」
「ああ、やっぱり、気を付けないと…」
司君はそう言うと、ぱちぱちと自分の頬を叩き、
「じゃ、帰ろうか」
と、クールに言った。
あ、戻った。ポーカーフェイスの司君に。よかった。
「はあ。俺、持つかなあ」
「え?」
横を歩く司君のため息が聞こえ、私は司君の顔を見た。
あれ?ポーカーフェイスがもうくずれてる。なんだか、情けない司君になってるけど?
「なんのこと?」
「家ではキャロルが邪魔でできないし、学校でも近づくことすら無理だなんてさ…」
「わ、私に?」
「そう。禁断症状でないかな」
「え?」
何それ?
「欲求不満になったりして。そうなったら、どうなっちゃうと思う?」
「し、知らないよ~~」
「…寝てる間に、襲うかも」
「ええ?!」
「いい?」
「よくない。っていうか、ここ学校。そんな会話も、よくないよ!」
「ああ、そうか。そうだね」
変!もうすでに、司君が変!
司君はすすすっと、私から離れて歩き出した。そりゃもう、人2人分くらい開けて。廊下の隅と隅を歩くくらいの勢いで、距離を開けた。
「と、藤堂君。それ、おおげさだよ」
そう言うと、司君はまだ情けない顔をして、
「いや。このくらいあけとかないと、俺、やばいから」
とそう言った。
まじで?
そんなにもう、すでに禁断症状出てるの?
それは大変。うん。大変だよね?
しょうがない。
私は昇降口で、上履きに履き替えている司君にこっそりと近づき、
「じゃ、じゃあ。隣りにキャロルさんがいても、OKにする」
とそうささやいた。
「え?」
「それなら、大丈夫?」
「……いいの?」
「うん」
「……」
司君はしばらく黙り込んで、それから下を向き、にやけた。
「やばい。顏、俺、にやついてるよね?」
「うん。思い切り」
「やっぱり?」
司君はまた、頬をぱんぱんとたたいた。そしてクールな顔つきに戻り、それから私を見た。
「帰ろうか?」
と言った声がやけに弾んでいて、司君の顔はまた、みるみるうちに崩れて行った。
「駄目だ!顔、戻らない!」
司君はそう言うと、あ~~~と言いながら、顔を隠してしまった。
可愛いかも。こんな司君。
ハッ!この可愛い司君を他の誰かに見られたら!
そう思い、あたりをきょろきょろと見てしまった。
大丈夫。誰もいない。
ほっとしながら、司君から距離を開け、私は歩き出した。
司君はまだ、片手で顔を隠したまま、うつむき加減で歩いていた。




