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第43話 第2日目

 夕飯は静かだった。特に守君は一言も発しないで、食べ終わるとすぐにリビングに移動した。

「キャロルは、喪服持っていないわよね。明日買いに行きましょうか」

 お母さんがみんなにお茶を淹れながら、そう言った。


「モフク?」

「黒い服。お葬式の時、アメリカでも着るでしょ?」

「制服でいいんじゃないのか?」

 お父さんがお茶をすすってから、そう言った。


「あ、そうね。紺色だわよね?それでいいわね」

「……」

 キャロルさんは、何も答えなかった。


 今日、キャロルさん、静かだなあ。おばあさんのことがあるから、静かなのかなあ。

「パパサン、千春ママ」

「なんだ?キャロル」

 キャロルさんが改まった様子でいるので、司君のお父さんは真面目な顔をしてキャロルさんのほうを向いた。


「司、穂乃香ノ部屋デ寝タラ、2人、危ナイ」

「は?」

 お父さんは、よく聞き取れないって言う顔をして聞き返した。

 司君は横で、お茶を吹きだしそうになり、私も危なく湯飲みお茶碗を落としそうになった。


 何を言いだすんだ!キャロルさんは。

「2人、キット、エッチスル」

「キャロル…」

 司君は無表情で、キャロルさんの言葉をさえぎろうとした。


「……う~~~ん。そんな注意をキャロルから受けるとは思わなかったなあ」

 お父さんは頭を掻きながら、苦笑いをした。お母さんも、やれやれという顔をして、みんなの食器をキッチンに運び出した。

「司、マダ子供ダト思ッテイタケド、モウ17歳ダシ」

「そうだね」

「穂乃香、子供ミタイダケド、モウ17歳ダシ」

 ム…。それ、幼児体型ってこと?


「…キャロル。そうなんだよ。もう二人は17歳なんだ。それなりに責任を持って、交際できる年齢だろう」

「エ?」

「中学生じゃ、さすがに早いかとも思ったから、キャロルが日本にいる間はハラハラしていたよ。はっはっは。まあ、司がその時には女の子にまったく興味がなかったみたいだからよかったけどね」


 お父さんはそう言ってからも、はっはっはと高笑いをした。

「ド、ドウイウコト?パパサン」

「高校生になったんだからもう、本人たちに任せているってことだ。そういうことだから、キャロル、心配しなくてもいいぞ」

 お父さんはそう言うと、席を立って、

「さ、風呂に入ってくるかな」

とダイニングを出て行った。


「ワカンナイ」

 キャロルさんは、眉間にしわを寄せ、黙り込んだ。

「キャロル、あなた、司は奥手だから、なかなか彼女ができても手を出せない。千春ママから、はっぱかけたほうがいいって、そんなこと言ってたじゃない。それなのに、どうしちゃったの」


 お母さんは、キャロルさんの隣に座り、そう聞いた。

「そんなこと、言ってたのか、キャロル」

 司君はボソッとそう言って、呆れたって言う顔をした。

「…アレハ、ジョーク」

「え?」


「本気ジャナイ」

 キャロルさんはそう言うと、席を立ってずかずかとリビングに行き、

「守、ドケ!ソコ、私ガ座ル」

とどうやら、守君をどかしてテレビの真ん前のソファを占領したらしい。


「くそ」

 守君は、そう小声で言ってリビングからダイニングに来た。その後ろから尻尾を下げたメープルが、とぼとぼとついてきた。


「穂乃香、俺の部屋でゲームしよう」

 守君がそう言うと、

「ポータブルゲームなら、穂乃香の部屋ですれば?」

と司君がそう言って、私を引きつれ、2階に上がった。


 そして、司君と私の部屋に入った。守君はしばらくしてから、私の部屋のドアをノックして、入ってきた。

「兄ちゃん、本当にずっと穂乃香の部屋に居るの?」

「居るよ。勉強で聞きたいことがあったら、ここに来いよ」

「…なんだか、2人の邪魔してるみたいで悪いな…」


「そんなことないよ。3人で一緒にいるのもいいじゃん」

「うん」

 守君は司君にそう言われ、嬉しそうにうなづきながら、畳の上に座った。

「守、俺と対戦するか?」

「やだよ。兄ちゃん、めっちゃ強いんだもん」


「…穂乃香で相手になるのか?」

 司君がそう聞いた。し、失礼な。

「弱いけど、そんなにど素人でもないよ、穂乃香」 

「へえ」


「テレビゲームなら、お兄ちゃんとしていたの」

「そうなんだ」

 司君は、私と守君がゲームをし出すと、しばらくそれを眺めていた。


 そのうちに、司君はごろんと横になった。

「なんか、いいね」

「え?」

「こういうの。旅行にでも来たみたいだ」


「…うん」

 司君は、優しい目で私と守君を見ている。守君は、ゲームに夢中になり、私がボロ負けすると、嬉しそうにわははって笑った。

「やっぱ、弱い」

「う~~、じゃ、今度は司君としたらいいじゃないよ~」


「もしかして、俺、強くなってるかな。兄ちゃんのこと負かせるかも」

「そんじゃ、対戦してみる?」

 司君は体をお越し、あぐらをかいた。そして、守君と対戦しだした。


 守君は、いちいち声をだし、体も一緒に動かしながらゲームをする。でも、司君はいたって冷静沈着。

「あ、あ~~~!」

 守君が負けたらしい。がっくりと首をうなだれさせ、しばらく悔しがっている。


「俺に勝とうなんて、100年早いね。守」

「だから、兄ちゃんとは嫌なんだ。兄ちゃん、強すぎるんだもん」

 すごい。いつも、司君、ゲームなんてしないのに、勝てちゃうんだな。それもあっさりと。運動神経がいいからかしら。


 ガチャ!

 その時、勢いよくドアが開いた。そして、

「3人ダケデ、何シテルノ」

とキャロルさんが聞いてきた。


「キャロル、ノックぐらいしろよ」

「ナンデ?」

「なんでじゃないだろ?人の部屋を勝手に開けたりするなよ」

「フン!」


 キャロルさんはそう言って、私の部屋に入ろうとしたが、

「俺、もう自分の部屋に戻る」

と守君は言い、

「キャロル、これから穂乃香と勉強するから、邪魔なんだ。俺の部屋に行けよ」

と司君はキャロルさんを追い出した。


 守君はとっとと自分の部屋に入って行き、キャロルさんはしばらく、ドアの前でブツブツ言っていたが、司君の部屋に入って行った。


「やれやれ。父さん、今日、鍵つけてくれるのかな」

「…」

 そうだよね。夜中にまた、勝手に私の部屋に入り込まれたら、たまったもんじゃないよ。

 

 なんて思っていると、お父さんが大工道具を持って、軽やかに階段を上がってきた。

「今、鍵をつけても大丈夫か?」

「ああ、頼む」

 司君がそう言うと、お父さんは、いとも簡単に鍵を取り付けてしまった。


「洗面所の鍵も直しておいたから、もう大丈夫だよ。穂乃香ちゃん」

 お父さんはそう言うと、また颯爽と階段を下りて行った。

「すごい。早業…」

「日曜大工、趣味だからね」


 司君はそう言うと、早速ドアを閉めて鍵をした。

「うん。これで外から開けられない」

「…キャロルさん、怒らない?」

「鍵をつけて?怒るなら、今、怒りに来たんじゃないの?隣の部屋に居るんだから、鍵つけけてるのくらいわかっただろうし」


 だよね。

「なんで、怒りに来なかったのかな」

「今?」

「うん。邪魔しに来るかと思っていたのに」

「父さんだからじゃないの?」

「え?お父さんにも頭、あがらないの?キャロルさん」


「……多分ね。一回も怒られたことないけど、父さん、武道家だから」

「だから?」

「キャロル、もしかすると怖がっているかもな」

「そうなの?」


「アメリカで父さん、一目置かれてたし。なんでだろうな。武道家ってだけで、一目置かれるってのは」

「日本じゃないよね。柔道やってたって、剣道やってたって、そんなに周りが怖がることってないし」

「…まあね」

「じゃあ、今、司君がアメリカいったら怖がられる?」


「弓道はまた、違うんじゃないの?」

「…でも、モテちゃいそう」

「誰に?」

「外人さんに」

「……。だけど、アメリカにもイギリスにも行かないから安心して?」


「うん」

 司君は立ち上がり、押し入れを開けると布団を敷きだした。二つの布団をぴったりと並べ、枕をなぜかすぐ隣に並べた。


「やっぱり、一つだけでもいいかな、敷くの…」

「…でも」

 司君がその気になっても、困る。

「嫌?一緒の布団」


 クルクルクルクル。思い切り首を横に振った。クラっとするくらい。

「首、振りすぎ…」

 司君はそう言ってクスクス笑った。

「だけど、司君、あんまりべったりしてると、押し倒すって…」


「あ、そうだった。でも、鍵もついたことだしさ、もう大丈夫だよね?」

「え?」

「キャロル、入って来れないよ?」

「でも、隣にいるんだよ?」


「うん。…え?それが何?」

「何って、だって、隣に…」

「でもさ、俺の部屋だって、守、隣にいたよ?」

「だけど、守君の部屋側じゃないもん。ベッド」


「じゃあ、布団をそっちの隅に敷けばいいかな」

「そ、そう言う問題じゃ…」

 司君はしばらく、布団の上にあぐらをかいたまま黙り込んだ。それも、無表情で…。


 お、怒った?それとも、なんで無表情になったの?


「穂乃香は、何を気にしているの?」

「え?」

「…声?」

「…」


 そんなこと聞かれても、なんて答えていいのやら。

「キャ、キャロルさん、なんとなく勘付いちゃうかもしれないし」

「…俺らが一緒の部屋で寝てるってだけで、そういうことしてるんじゃないかって疑うよ、きっと」

「だから、返って、その…」

 困った。キャロルさんが隣にいたら、いろいろと気になるし、司君とそんなことできるわけないのに。


「うん。わかった。ごめん」

「え?」

 司君が、いきなり謝ってきた。

「ちょっと今、反省してる」

「?」

 何で反省?


「なんか、穂乃香が嫌がってるのに、無理にそういうことをしようとしてるみたいで、自分が嫌になった」

「え?」

「ごめん」

 司君はそう言うと、下を向いて黙り込んでいる。

「えっと」

 そんなに平謝りされても。私怒ってないし、困りはしたけど。


「つ、司君」

「え?」

「……別々の布団で寝るけど」

「うん」


「手は繋いでね?」

「………うん」

 司君は顔をあげ、照れくさそうに笑った。

 その日は、別々の布団に入った。だけど、すぐ隣で手を繋いで眠った。

 司君の手は、あったかくって大きい。手を繋いでいるだけで、安心した。


 ピピピピ…。ピピピピ…。

 目ざましの音で目が覚めた。いつものようにニュッと布団から手が出て、司君が時計を止めた。

「おはよ、穂乃香」

 ちょっと寝ぼけた顔の司君は、今日も可愛い。

「おはよう」


 私はいつものごとく、布団から半分だけ顔をだし、照れながら答えた。

「クス」

 司君はそれを見て笑って、

「朝から穂乃香って、可愛いよね」

と私のおでこにキスをした。


 か、可愛いって思っていたのは、私の方なのに。


 司君は布団から出ると、着替えを始めた。司君の下着やTシャツ、それに制服も私の部屋に持って来ていた。

 そして、さっさと着替えると、まだ布団に入っている私を見て、

「一緒に着替えてもいいのに」

と、またそんなことを言ってきた。


「司君、着替えてるところ見るんだもん」

「そんなに恥ずかしい?」

「うん」

「…」

 あ、呆れた?黙り込んじゃった。

 

 司君はしばらく黙ってから、ぼそぼそ話し出した。

「着替えるところ、色っぽいから好きなのにな」

 え?!今、なんて?

「スカート履くところとか、スカートのファスナーあげるところとか、なんだか色っぽいのに、見れないのは残念だな」


 え~~~!!!

 司君、エッチ発言が最近多すぎるよ~~!こっちのほうが、そのたびにびっくりしているよ~~~。

 ますます、司君の前で着替えができなくなったじゃないか。


 司君のほうが先に部屋を出て、私は着替えをしてから、一階に行った。

 洗面所に行くと、司君は顔を洗い終わって、ちょうど入れ違いになった。

「キャロルさん、起きてるのかな」

「まだじゃない?学校行かないって言ってたし、あいつ、結構寝坊するから」

 そうなんだ。


「おはよう、行ってきます」

 守君は、元気よくそう言って廊下を走って行った。私は慌てて洗面所から顔をだし、

「いってらっしゃい!」

と見送った。お母さんもバタバタとダイニングから廊下を走ってきたようだが、それより先に守君は家を出て行ったようだ。


「あ、もう行っちゃったわ」

「元気ですね、守君」

 私がそうお母さんに言うと、

「キャロルがまだ起きて来てないからね。メープルも今、元気よ。起きてきたら、尻尾を巻いて、キャロルがいない部屋に移動しちゃうんだけどね」

と、私に教えてくれた。


「さて。今日はお通夜だわね。私もお父さんとキャロルと行ってくるから、悪いけど、夕飯は3人で何か買うか取るかして食べてくれる?穂乃香ちゃん」

「はい、わかりました」


 そうか。お母さんも行くのか。

 キャロルさんがいない夜…、今夜は守君、ほっとできるのかな。あ、メープルも。そして誰よりも私が一番ほっとするかもしれないな。


 キャロルさんが泊りに来た二日目、今日は何となく平和でいられる予感がする。

 するけど、いったい何が起きるのやら。やっぱり、今日が終わるまで、わからない。

 

 


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