第41話 急接近
昼休みに、また二人を誘って中庭に行った。
「今日は曇ってて、肌寒いね」
校舎を出ると、麻衣がそう言った。そんな中、中庭まで連れてきてしまい、申し訳ない。
「キャロルさんがしばらく、藤堂君の家に泊まることになったの」
「え?なんで?」
麻衣と美枝ぽんが身を乗り出し、聞いてきた。
私は今朝のことを、2人に説明をした。あ、私と司君が一緒の布団で寝ていたっていうのは、省いて説明したけど。
「大変。じゃ、また藤堂君の部屋に潜り込んだりしちゃうんじゃないの?どうするの?穂乃ぴょん」
「…それは、大丈夫。ベッドでしか寝れないって、キャロルさん言ってたから、司君の部屋ごと提供するみたい」
「司っちは、どうするの?」
「中学の時も、キャロルさんが泊りに来た時、部屋を占拠されてしまって、守君の部屋で寝たりしてたって言ってた…けど」
「穂乃ぴょんの部屋で、寝てもらえば~~?」
美枝ぽんが、私の腕をつっつきながら言ってきた。
「…」
実はそのつもりなんだけど、美枝ぽんには言えないなあ。
「だけど、大変だね。おばあさん、亡くなったんでしょ?ホームステイなんてしていられるのかな。しばらくおうちの人、忙しいんじゃないの?」
「だよね…」
「それに、気持ちもさあ、沈むって言うかなんて言うか」
「そのおうち、子供がいないから、キャロルさんがいたほうが明るくなっていいんじゃないのかなって、お父さんが今朝言ってたよ」
「…じゃ、しばらくしたら戻るの?キャロル」
「1週間したら戻るって言ってたよ」
「ふうん」
麻衣は、真面目な話をしてきた。でも、また美枝ぽんに、
「キャロルが藤堂君を、1週間のうちにものにしようとしたら、どうするの?穂乃ぴょん、どうやって阻止するの?」
と目を輝かせて聞いてきた。
「藤堂君が大丈夫って言ってた。近寄らせないって」
「どうやって?」
「それはよく、わかんないけど」
美枝ぽんは、まだお弁当も食べずに私をじっと見ている。
「司っちも、もう穂乃香に家出されたくないだろうし、キャロルにガンと一発、きつく言うんじゃないの?」
「……ふうん。ま、藤堂君怖いし、あの睨みを利かせるだけで、キャロルも静かになっちゃうかもね」
麻衣と美枝ぽんはそんなことを言って勝手に納得して、やっとお弁当を広げて食べだした。
私はというと、お弁当を食べながら考え込んでいた。
あのキャロルさんが、睨みを利かしたくらいで、おとなしくなるとは思えない。今までだって、司君、かなり本格的に怒っていたしなあ。それでもまったく、動じてなかったもの。
どうやって、キャロルさんをくっつかせないように阻止するんだろうか。
できるのかな?
ちょっと不安になってきちゃった。
守君が守ってくれるって、前は安心していたところもあった。でも、実は守君もキャロルさんが苦手で、どっちかっていったら、私が守ってあげる立場のような気がするし。
ううん。こうなったら司君を信じるしかないんだし、司君に任せてみようよ。私…。
放課後、司君と美術室に向かった。
「今日から、1週間だね」
私がそう言うと、司君はにこりと微笑んだ。
「大丈夫。今日、父さんが穂乃香の部屋や、風呂場に鍵つけるって言ってたし」
「え?」
「朝、メールしておいた。父さん、任せておけってさ。だから、帰りに東急ハンズ寄りたいんだけど、結城さんも付き合ってくれる?」
「うん」
「風呂場の鍵も、守が壊してそのまんまにしてあるもんなあ」
「…風呂場の鍵、キャロルさんが藤堂君がお風呂に入っている間に、勝手に入ってこないようにするため?」
「そうだよ」
「…」
そうか。それは安心だ。
「それとも、鍵をつけたら結城さんが、困る?」
「え?なんで?」
司君は周りの人がいないのを確認してから顔を近づけ、
「俺が入っている時に、覗けなくなるから」
とささやいた。
「な!?なんで、私がそんなことするのよっ!」
「この前、覗いた」
「違う!あれは、知らないで開けただけで、覗きたかったわけじゃ」
そこまで大声で言ってから、廊下の向こうに人がいるのが見えて、私は黙り込んだ。
隣では司君がクスクス笑っている。
「も、もう~~~~」
絶対に意地悪だ。司君ってけっこう、冗談が好きだよね。それもからかって遊んでいるようにも見えるよ。
「結城さんが一緒に入ってくれたら、キャロルも入ってこないと思うんだけど」
「え?」
「どう?いい案だと思わない?」
「思わない。それにキャロルさんはきっと、ぶち切れちゃうよ」
「そうかな…」
司君は静かにそう言うと、ちょっと私の顔を見て黙り込み、
「じゃあ、また帰りに」
と言って、部室に向かう廊下を、颯爽と歩いて行った。
まったく。あの涼しげで凛々しい後姿を見ていると、さっきまで相当エッチな発言をしていた人間と同一人物とは思えないよ。
何が一緒に入るのがいい案なわけ?それ、ただ単に司君が、一緒に入りたいだけなんじゃないの?
お風呂に一緒に入るだなんて…。
ボワッ!想像しただけで、顔があつ~~~~~~!!!!
そんなアホな想像をしたものだから、その日は絵を描くのも集中できなかった。
そして、あっという間に5時になった。
司君が美術室に来て、私たちは一緒に学校を出た。
司君はいつものごとく、学校ではちょっと私と距離を置いている。特に周りに生徒がいると、わざとらしいんじゃないかっていうくらい、そっけなくなる。
手もぶつからないほど、2人の間を開けて歩く。それに口数も減り、私を見ることもなくなる。真ん前を向いて黙々と歩き、たまに私が何か話しかけると、前を向いたまま答えるだけだ。
それ、わざとらしすぎない?そっけないにもほどがあると、思うんですけど。
駅についても、電車に乗っても、司君はそんな感じだった。
藤沢の駅で降り、私たちはハンズに行った。司君は鍵をさっさと買うと、私を引きつれ、さっさとハンズを出た。
「腹減ったね。でも、どっかで食って行ったら、怒るだろうな」
「お母さん?」
メールしたり電話したら、いいわよって言いそうだけど。
「母さんじゃなくって、キャロルが」
「……」
キャロルさんが怒るのを気にしてるの?機嫌損ねると大変だから?
あ。私、なんだか、ジェラシーがもやもやと。そっけなさすぎる態度だけでも、ちょっと落ち込んでいたって言うか、怒っていたって言うか、そんなだったから、さらにキャロルさんのことで今、頭に来ちゃったかも。
「食べてく?」
司君がいきなりそう言って、私の顔を覗き込んだ。
「え?でも…」
「食べて行こうか。2人でどこかに寄るなんて、あまりしないもんね」
「で、でも、キャロルさん…」
「…怒らせてみるっていうのもありだけど」
「へ?」
「あ、そうか。守が大変な目に合うか…。やっぱ、帰ろうか」
「守君?」
「うん。とばっちりにあっても、かわいそうだもんね」
「そうだね」
私たちはまた駅に向かい、電車に乗った。
「わざと怒らせてみようとしたの?なんで?」
私は気になり、電車の中で司君に聞いてみた。
「キャロルに、痛感してもらうため?」
「痛感って、何を?」
「俺が結城さんと付き合ってるって言うのを、まざまざと知ってもらって…」
「え?」
「俺離れしてもらう」
「俺離れ?な、なにそれ?」
「見てて気づかなかった?今朝も」
「…何に?」
「キャロル、俺にやたらとかまってもらいたがってた」
「あ、そうだね」
「思えばさ、中学の時に来た時もそうだったんだ」
「え?」
「あの時は、俺をからかったり、痛めつけて遊んでるだけだと思ってたけど」
痛めつけるって、いったいどれだけのことをしたんだ…。
「あれ、俺にかまってほしかっただけなんだろうなあ」
「犬みたい。じゃなきゃ、小さな子供」
「そうだね」
司君はそう言うと、しばらく黙り込んだ。
「それだけ、司君が好きってことなのかな」
「…う~~~ん。甘えられる兄弟みたいな、そんな感じじゃないの?」
「え?」
「甘えられる兄貴みたいな…」
「じゃあ、兄離れってこと?」
「ああ、そう。そんな感じ。人に頼ったり甘えたりするのは苦手なように見えて、あいつはきっとずうっと甘えていたんだな。いろんな人に」
「…」
「そろそろ、独り立ちしないとね。でないと、何かあるたびに日本まで来ることになる」
「司君に会いに?」
「俺だけじゃないかな。母さんや父さんにも甘えてるから」
「アメリカにいる養父母には、甘えられないのかな」
「…さあね。でも、甘えてるから、こっちに来るんじゃないの?」
「どういうこと?」
「…かまってほしいから、わざと逃げてるのかも。そういうのってない?本当はちゃんと向き合わないとならない相手がいるのに、そこから目を離して、他に逃げて、甘えてる…」
ああ、なんだか、わかる気がするな、それって。
「何かあるとすぐに、俺らのところに来る。そうしたら、向き合わないとならないものから逃げられる。でも、それじゃいつまでたってもキャロルは変われないんだ」
「……」
「だから、まずは俺離れ…」
「だからわざと怒らせるの?」
「俺は、キャロルのそばにはいてやれないから」
「え?」
「もし、俺もキャロルが好きで、ずっとそばにいてやろうって思っていたら、きっと今までの関係を続ける…。いや、もっと距離を縮めるだろうけど、それはできないから」
「うん」
「わざと離れるのも、あいつのためかもしれない」
「…キャロルさんは、一人ぼっちにならない?」
「ならないよ。なんで?養父母もいるし、彼氏もいるんだよ?」
「彼氏、浮気したんでしょ?」
「……でも、別れてないんだろ?きっと、未練あるんじゃないの?キャロルは」
「…でも、浮気されたんだよ?そんな人と付き合っていたいと思うの?」
「さあ?それはキャロルの問題だからわからないけど、まあ、今の彼氏でも、これから現れる相手でもいいけどさ。俺じゃない。キャロルのことを大事にして、キャロルも大事にする相手は俺じゃないんだ」
「……」
「俺には、穂乃香がいるしね」
片瀬江ノ島駅に着いた。司君はにこりと私に微笑むと、私の手を引き電車を降りた。
あれ?手まで繋いじゃうの?さっきまで、すごくそっけなかったのに。
「さて…」
司君は改札口を出ると、私のほうを向き、
「覚悟しててね?」
とそう言った。
「え?」
キャロルさんとのバトル?そんなに、もしや大変なことになるの?
「俺、家ではべったりになるから」
「?」
「キャロルが2人の間に入れないくらい、穂乃香との距離、縮めるからさ」
え?
ドキ~~~~~~ッ!!
覚悟って、べったりくっつくことの覚悟?
うわ。何それ!!!
司君はそう言うと、私の手を引いて歩き出した。
「え、駅からもう?」
「もちろん」
「な、なんで?」
「キャロルがどこで見てるかわからないしね」
「え?」
「駅マデ、迎エニイッテクル!って、ここまで来てる可能性もあるでしょ?」
「う。うん」
あり得るかもしれない。
「これ、キャロルさんが司君離れするためだよね?」
「うん」
「それだけのためだよね?キャロルさんが帰ったら、もうこんなことは…」
「……」
司君は私の顔を見た。そして、ブッとふきだすと、
「穂乃香、可愛い」
とつぶやいた。
「え?な、なんで?」
「俺がくっついてるほうが、嬉しい?それとも、わずらわしい?」
「う、嬉しいに決まってるけど?」
「…くす」
?なんで笑ったの?
「わかりやすいね。穂乃香って。さっき、すごく寂しそうになってた」
「え?」
「キャロルがホームステイ先に戻っても、俺、くっついてるよ」
「…ほんと?」
「離れたら寂しいんでしょ?」
「う…」
図星。
「そっけないと、寂しいんでしょ?」
え?なんでわかったの?まさか、学校でそっけない態度の司君を見て、寂しがってるのもわかった?
「わかりやすいよね、穂乃香」
やっぱり。わかってたんだ!
「くすくす。でも、穂乃香。家ではべったりするけど、学校では今までどおりにしてるよ?俺」
「うん」
今までよりもそっけない気もしたけどな。
それとも、私がそう感じただけなのかな?
「学校で穂乃香にあまり接近すると、俺、ボロが出そうだし」
「ボロ?」
「顔がにやけたり、思わずキスしそうになったり」
「え?!」
「やばいんだよね。そういうの気が付かなかった?」
「…え?」
キス?キスしようとなんてした?
「今日、部活行くまでの間に」
「え?あの、廊下で?」
「そう。鍵の話をしてて」
「お風呂場を覗くとか、そんな話だよね?」
「うん。穂乃香、真っ赤になって可愛くって」
「…え?」
「キス、したくなったからさ。俺」
え~~~~!!!!
知らない。そんなの、まったく…。
「やっぱり、わかってなかった」
わかんないよ、そんなの!!!
「目でうったえたのにな、キスしたいって」
わかんないってば!!!!!
「で、本当にキスしたりしたら、また大山がうるさいから、学校ではなるべく離れていることにした」
「それでだったの?」
「ん?」
「そっけなかった」
「寂しかった?」
「う、うん」
「クス。やっぱり?」
「わかった?」
「わかるよ。顏に出るもん。穂乃香は…」
…。そうなんだ。
「ほんと、可愛いよね?」
司君はいきなりチュッてキスをした。うわ!こんなところで!と思ったら、もう家の門の前だった。
よかった。誰にも見られていなかった…。
「門ノ前デ、イチャツクナ!」
突然、キャロルさんの声が聞こえてきた。
うわ!キャロルさんに見られてた?でも、どこ?どこにいるの?!
すると、キャロルさんは庭からいきなり顔をだし、
「オカエリ!司!」
と司君に抱きつこうとした。
「ただいま」
司君はさっと身をかわし、キャロルさんに抱きつかれるのを阻止すると、なぜか私の腰に手を回し、
「まさか、メープルのこといじめていたんじゃないよな」
とキャロルさんに聞いた。
「シテナイ。遊ンデイタダケ」
「キャロルの言う遊びって言うのが、メープルにとってはいじめになるんだ。前に来た時なんて、メープル、ストレスで毛が抜けて、10円禿ができたんだからな」
うそ。
「頼むから、メープルのことはほっておいてあげてくれ」
司君はそう言うと、私の腰に手を回したまま、玄関に入った。
わ~~~~~。ドキドキ~~~。
司君の急接近が始まったよ~~~~!!
1週間、どうなっちゃうの?これ!
それに…、メープル、大丈夫かなあ。ちょっと心配。




