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第40話 VS キャロル

 司君はしばらく、布団に座り込み、一階から聞こえてくる声を聞いていた。私は、司君の背中を見ていた。

 キャロルさんが、しばらくこの家に住むとしたら、どこに寝るの?ここ?まさか、また司君の部屋に潜り込みに行く?


 やだ。それだけは避けたい。

 と思っていたからか、無意識のうちに司君の背中に抱きついていた。


「穂乃香?」

 司君がちょっと驚いて私を見た。

「…キャロルさん、本当にこの家に来るのかな」

「…守があれだけ、騒いだんだから、そうなんだろうな」

「おばあさんの入院している間だけだよね?」


「俺、ちょっと下に行って、事情を聞いてくるよ」

「私も行く」

 私と司君は、パジャマのまま一階に下りた。


 ダイニングから、また、

「俺は嫌だからな」

という守君の声が聞こえた。

「守、しょうがないだろ?一週間だけだ」

 そう言ったのは、お父さんだ。


「…キャロル、なんでうちに来ることになったの?」

 司君がそう聞きながら、ダイニングに入って行った。私もそのすぐあとに続いた。

「司、穂乃香ちゃん」

 お父さんが私たちを見て、まあ、座りなさいと、穏やかな表情で言った。


 キャロルさんは、お母さんの奥に座っていた。守君は、自分の席に座ろうとしなかったが、私と司君は自分たちの椅子に腰かけた。

 私たちが椅子に座ると、お父さんは静かに話し出した。


「キャロルのホームステイ先のおばあさんがね、明け方亡くなったんだよ」

「え?!」

 私も司君も同時に驚いて聞き返した。


「でも、もうすぐ退院するって…」

 司君がそう言うと、キャロルさんは目を真っ赤にさせて、

「昨日、オ見舞イニ行ッタ時ハ、元気ニ笑ッタリシテタ。デモ、夜、イキナリ具合ガ悪クナッテ」

と、そこまで言うと、ボロッと涙を流した。


「…キャロル、おばあさんとも一緒に住んでいたのか?」

 コクリとキャロルさんはうなづいた。

「イロイロ、日本ノコト教エテクレタ、優シイオバアサンダッタ。元気ニナッタト思ッタノニ、マサカ死ンジャウナンテ」

 そう言うと、キャロルさんは、突然テーブルにうつっぷせになり泣き出した。


「キャロル。はい…」

 お母さんが、タオルを持ってきて、キャロルさんに渡してあげた。キャロルさんはそれで、顔を拭いた。

「鬼の目にも涙だ」

 私の後ろで、そう守君がボソッと言った。


「守?ナンテ今、言ッタ?」

「わ。地獄耳だ」

「守?」

 キャロルさんはジロッと守君を見た。守君は、私の影に隠れるように、体を小さくしている。

「大丈夫。キャロルには、意味わかってないよ」

 司君はすごく小さな声で、守君にそう言った。


「それで、明日はお通夜で、明後日はお葬式だ。そのあとも、いろいろと忙しいだろうから、落ち着くまでキャロルはうちで預かることにしたんだよ。朝早くから、キャロルをここまで送ってきてくれたんだ。な?キャロル」

 お父さんがそう言うと、キャロルさんは泣き顔のままうなづいた。


「お通夜とお葬式には、一緒に行こう。キャロルもおばあさんを送りたいだろう?」

 お父さんは、そう優しくキャロルさんに聞いた。

「ウン。パパサンモ、来テクレルノ?」

「ああ、一緒に行くよ」

 キャロルさんは、ホッとした顔をしてから、また目と鼻を真っ赤にさせた。


 鬼の目にも涙って、守君は言ってたけど、そりゃ、ちょっとの間とはいえ、一緒の家に住み、いろいろと可愛がってもらっていた人が亡くなったら、誰だって悲しいよね。泣いちゃうよね。

 今は、なんだかキャロルさんの気持ちもわかるなあ。ちょっと私まで、もらい泣きしそうだ。


「キャロル、今日は学校休むでしょ?」

 お母さんが優しく聞いた。

「しばらく休みなさい。学校には僕から連絡を入れよう」

 お父さんはまた優しくそう言った。

「ウン」


「じゃ、私たちの寝室の隣の、和室、あそこをキャロル、使うといいわ」

「アノ広イ部屋?」

「そうよ」

「アソコ、一人デ寝ルノ怖イ」

「じゃあ、私が隣に寝ましょうか?」


 お母さんは優しくキャロルの肩を抱きながら、そう聞いた。

「オ布団ダト、寝レナイ。司ノベッドデ寝ル」

「…またかよ」

 キャロルの言葉に、司君はちょっとうんざりしたって言う顔で、そう言うと、

「いいけどさ、俺のベッド壊すなよ。それから、中学の時みたいに、俺の本に落書きしたりするなよな」

とそうキャロルさんに言った。


 え?司君のベッドで、キャロルさんが寝るってこと?司君、OKなの?

「司、マタ、守ノ部屋デ寝ルノカ」

 キャロルさんは、上目遣いの目でそう司君に聞いた。


「…いや、俺は穂乃香の部屋で寝るけど」

 司君がそう言うと、キャロルさんはいきなり怒った顔付きになり、

「ソウダ!千春ママ。司、穂乃香ト寝テタ!2人デベッタリト、一緒ノ布団デ寝テタ!」

とそう叫んだ。


「あら、そうなの?」

 お母さんは特に驚く様子もなくそう言うと、

「守、あんたそろそろ出ないと朝練に遅れるわよ。司と穂乃香ちゃんも着替えてらっしゃい。朝ごはん用意するから」

と淡々と言って、キッチンに行ってしまった。


「千春ママ。驚カナイノ?怒ラナイノ?一緒ニ寝ルナンテトンデモナイッテ」

 キャロルさんがお母さんを追いかけてそう言うと、

「キャロルが言うなよな。勝手に兄ちゃんの部屋に潜り込みに行ったくせに」

と守君はそうボソッと言ってから、

「行ってきます」

とバタバタと逃げるように、玄関に走って行った。


「行ってらっしゃい」

 私は守君を見送りに行った。

「お弁当は?」

「持った」


「守君、大丈夫だからね?私も司君も守君の味方だからね?」

 私は声を殺して、そう守君に言った。

「…うん。サンキュ。穂乃香」

 守君は嬉しそうにそう言うと、元気に玄関を出て行った。


「あら、行っちゃった?」

 お母さんが、守君が出て行ってから、玄関にやってきた。

「守、不機嫌じゃなかった?」

「はい、大丈夫でした」


「そう…。穂乃香ちゃんがいれば、大丈夫なのかしらね」

 お母さんはそう言うと、にこりと笑い、

「あ、穂乃香ちゃん、司はしばらく穂乃香ちゃんの部屋で寝ると思うから、よろしくね」

とそう言って、パタパタとスリッパの音を立て、ダイニングのほうに行ってしまった。


「…」

 よろしくって、言われても。えっと、何て答えていいのやら。

 でも…。司君のベッドにキャロルさんが寝るのも、ちょっと嫌だけど、司君が私の部屋で私の隣で寝てくれるのは嬉しいかも。


 ハッ!まさか、私と司君の寝ているところにまで、忍び込んで来たりしないよね?

 なんて思いながら、廊下を歩いていると、

「私ガ、司ト寝ル!」

と、突然私の前にキャロルさんは立って、とうせんぼしながらそう言った。

「え?」


「穂乃香、一人デ寝テ」

「……は?」

 何を上から目線で言って来るのよ。

「穂乃香ちゃん、服着替えてきたら?」

 お母さんの声が、ダイニングの奥から聞こえた。私は「はい」と返事をして、2階に行った。


 それから着替えをしていると、そこに突然、司君が入ってきた。

「きゃ!」

 スカートも履かず、ブラジャーとパンツだけだった。私は慌てて、その場にしゃがみ込んだ。


「あ、ごめん。着替え中だったんだ、悪い」

と司君はそう言うと、部屋を出て行くかと思ったけど、そのまま布団をあげだした。

「い、いいよ。私がするから」

「…いいよ。俺がする」


「……」

 それより、早く出て行ってくれ。着替えができないよ。

「穂乃香。俺に遠慮しないでいいから、着替えたら?」

「遠慮はしてないよ」

「あはは。見てないから。着替えなよ」


 司君はくるりと背中を向けた。私はその言葉を信じて、急いでブラウスを羽織り、スカートを履いた。

「俺の着替えとか、こっちに持って来ていい?」

「え?」

「一週間分。それから、勉強道具とか」

「…なんで?」


「キャロルがどうせ、俺の部屋を占拠するだろうから」

「い、いいの?それ…」

「え?何が?」

「占拠されてもいいの?」

「うん」

 いいんだ。全然そういうのは、気にしないんだ。司君。


 ギュ。

 あ、あれ?なんで後ろから抱きしめてきたのかな。

「俺、その間、ずっと穂乃香の部屋に居るよ。いい?」

 ドキン!

 ずっと?私の部屋に?


 それ。それ。嬉しいかも~~!!!

 ああ、それなら、いくらでもキャロルさんに司君の部屋に居座ってもらってもいいなあ。


「この部屋、鍵ついてないんだよなあ」

「え?」

 突然、司君は私から離れてそう言って、ドアノブを調べ、

「父さんに言って、鍵つけてもらおうかなあ」

とぼそぼそとそんなことを言いながら、部屋を出て行った。


 鍵?

 鍵、つけてどうするの?

 あ、そうか。そうしたら、キャロルさんに入られないですむのか。


 そうしたら、この部屋で司君と誰にも邪魔されず、ベタベタいちゃいちゃしていられるってこと?

 う…きゃ~~~。

 顔、熱い。きっと、赤面してる、私。


 って、喜んでる場合じゃないよ。キャロルさんは強敵なんだから、気を付けておかないと。

 そんなことを思いながら、一階に行った。すると、

「司!司!」

と司君の後ろから、司君にべったりくっつこうとしているキャロルさんがいた。


「駄目!」

 私の口から思わず、そんな言葉が出ていて、私は司君とキャロルさんの間に入り込み、司君にキャロルさんがくっつかないようにした。そして、司君が洗面所に入って行くと、私もくっついて一緒に入った。


 バタン。ドアまで閉めた。

 ああ、油断も隙もないったら…。


 司君は顔を洗い、髪をとかすと歯を磨きだした。私はその横で、その一連の動きを見ていた。

「穂乃香も、顔洗ったら?」

 司君は歯ブラシを口に入れたまま、鏡の前からどいた。

「うん」

 私は、司君がどいてくれたので、顔を洗うことにした。


 顔を洗い終えると、司君がタオルを取ってくれた。

「ありがと」

「…」

 司君はにこりとして、口をゆすいだ。


 今度は私が司君のタオルを取ってあげた。

「サンキュ」

 司君はタオルを受け取り、口を拭いた。


 ボケ…。司君って、不思議だ。顔を洗うのも、歯を磨くのも、涼しげでかっこいい。私は思わず、見惚れてしまった。

「穂乃香。先にダイニングに行ってるよ」

「うん」


 私はぼ~~っとしながら、歯を磨き、髪をとかして、そしてダイニングに行った。

 すると、司君の隣の席にキャロルさんが座ろうとしていた。

「駄目!そこ、私の席だから」

 そう言って、キャロルさんをどかした。


「キャロルはここよ。私の隣」

 お母さんがそう言って、キャロルさんを横に座らせた。

 キャロルさんは司君の真ん前の席だが、横よりはいい。


「あ、でも、そこ、守君の席じゃあ…」

「いいのよ。守はそっちの誕生日席に座らせるから」

 それは私のはす向かいの席だ。守君の真正面が、お父さんの席になる。


「穂乃香ちゃんの近くで、守、喜ぶから」

「…はあ」

 まあ、キャロルさんの近くの席は、嫌がるだろうけどね。


「司!アノネ!」

 キャロルさんは司君に、話しかけようとして身を乗り出した。

「悪い。時間がもうない。穂乃香もなるべく早く食べろよ」

 司君はそう言うと、ご飯をばくばくと食べだした。

「うん」

 私も慌てて食べた。


「司!今日、早ク帰ッテ」

「無理言うなよ。今日も部活だから、遅いよ」

「…ナンデ?」

「なんでって…。部活は休めないものは休めない」

 司君はそう無表情で言うと、さっさとダイニングを出て行ってしまった。


 あわあわ。私も早くに行かないと。

「司!見送リニ、駅マデ行ク」

 キャロルさんがそう言って、席を立った。

「キャロル。朝ごはん、しっかりと食べさない」

 お父さんはキャロルさんをまた、席に座らせた。


 キャロルさん、さっきから、やたらと司君にひっつきたがってる。そのたび、私はハラハラしている。でも、お母さんもお父さんも、司君にキャロルさんがくっつかないように、阻止してくれてるようにも見える。


「ハイ。パパサン」

 キャロルさんは、お父さんにもあまり逆らえないようだ。

「じゃ、私、行ってきます」

 私はご飯をどうにか済ませ、席を立った。


「ああ、気を付けて」

 お父さんはそう言って、にっこりと笑った。お母さんはダイニングから、玄関まで見送りに来てくれた。

 司君はすでに玄関にいた。そこで、メープルとじゃれ合っていた。


「じゃあな、メープル。お前もちょっとの間、気苦労するだろうけど、俺や穂乃香がかまってあげるからな?あ、守もいるしな」

 司君は声を潜め、メープルにそう言った。

「ク~~ン」

 メープルは寂しそうな目で、司君を見た。


「それじゃ、行ってきます」

 司君はそう言って、先に玄関を出た。

「行ってきます」

 私も靴を履いて、玄関を出た。お母さんは今日もまた、元気に見送ってくれた。


「メープル、大丈夫かな」

 家の前の小道を歩きながら、私は司君に聞いた。

「…キャロルのこと、まじで駄目なんだよなあ。きっと今日は外の犬小屋に入っているかもな」

 そんなに苦手なのかあ。


「飼い主に似るって言うしね」

「え?」

「メープルを一番可愛がってるのは、守だから」

「あ、そっか」


「なるほど。それで、メープルは、穂乃香は好きなんだな」

「え?」

「守が穂乃香を好きだからさ」

 司君はそう言って、私を優しく見た。


「大丈夫だよ、穂乃香」

「え?」

「キャロル、俺も、ちゃんと距離を置くから」

「…」

「近づけさせないから。安心して」


 ほんとに?

 でも、キャロルさんって勝手にくっついてない?

 司君が嫌がっても、無理やりくっついていそうだ。


 だから、やっぱり、私が、頑張って阻止するしかない。

 そんな気合いを心の中で入れながら歩いていると、なぜか司君に笑われた。


「くすくす。ガッツポーズ、なんでしてるの?穂乃香」

「あ…」

 心の中で気合を入れたのに、しっかりガッツポーズをしてしまったか。


「それ、ファイティングポーズ?」

「……うん」

「あはは。キャロルと戦う?もしかして」

「そ、そのくらいの気合いでいないと…、負けちゃうから」


「……大丈夫だって」

「でも…」

「俺の気持ちは、絶対に負けないから」

「へ?」

「キャロルだって、嫌でもわかると思うよ?」


「…???」

 俺の気持ちじゃなくって、私の…じゃないの?私がキャロルさんと戦わないとならないんじゃないの?

 なんて、その時は不思議がっていた。


 でも、あとでわかった。

 司君の、気持ち…。 



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