第39話 一緒の部屋で?
その日の帰り道は、なんとなく二人して無口になっていた。
時々私は、司君の顔を見た。司君は私が見ているのに気が付き、優しい目で私を見る。
ドキン。その優しい目にドキッとして、私は視線を下げる。
「麻衣の相談に乗ってくれてありがとう」
「…いや」
「麻衣も私も、やっぱり男の人のことよくわかんないし。私もどうアドバイスしていいか、わかんないんだよね」
「うん」
「ただ、司君が言うように、やっぱり自分の気持ちが大事なんだろうし、あとは…」
家までの小道で、私たちはそんな話をしていた。
「うん、あとは?」
私がしばらく黙ったからか、司君は私の顔を見て聞いてきた。
「あとは…、自分を大事に思うことかなあ」
「自分を?」
「うん。司君も言ってたでしょ?無理したら自分が傷つくって。本当にそうなんだよなって、そう思って」
「…」
司君は黙り込み、そのまま家に向かって歩き出した。
「ただいま」
先にドアを開けて司君が家に入って行った。私もあとを続いた。
「おかえりなさい」
お母さんが元気に、廊下を走ってきた。
「ね。今日考えてたんだけど、司の部屋に穂乃香ちゃんの勉強机も持って行って、司のベッドはどっかにやって、穂乃香ちゃんの部屋を2人の寝室にするのってどう?」
「…え?」
司君は、片方の眉をあげて聞き返した。
「だから、司の部屋が2人の勉強部屋。穂乃香ちゃんの部屋が2人の寝室」
「………え?」
司君は今度は、無表情のまま聞き返した。
「だって、司、これから穂乃香ちゃんの部屋で寝るんでしょ?だったらもう、いっそのこと二人の部屋を共有しちゃえばいいって、そう思って」
「…でも、それじゃ穂乃香、プライベートの時間ないよ?たとえばさ、友達と電話したり、メールしたり」
「……。それ、穂乃香ちゃんは司と同じ部屋でできないものなの?」
お母さんがそう聞いてきた。う…。できないことはないけど、やっぱり、司君がいたら話しにくいこともあるし。
っていっても、今まで、私の部屋で電話ってしたことあまりないかな。メールならたまにあるけど。
それにしても、司君は、またお母さんが変なことを言いだしたって顔をしてたけど、私としては嬉しい提案だったんだけどな。聞いてて、顔がにやけそうになったし。
「母さん、まさか先走って俺のベッド、もう処分してないよね?」
「まさか~~。さっき突然思い立ったことだから、まだよ~~」
まだって?処分するつもりでいた?もしかして。
「………」
司君は黙り込んで、しばらく宙を見ていた。そして、そのあと、
「やっぱり、別々の部屋でいる方がいいと思う」
とそうクールな顔つきで言うと、2階にあがっていった。
「な~~んだ。喜ぶと思ったのに」
お母さんはそう言って、ダイニングに戻って行った。
私は、心の中で、「残念」と思いながら2階に上がった。
自分の部屋に入り、カバンを置いた。それから着替えを出して、お風呂に入りに行こうとすると、司君がドアをノックした。
「いい?穂乃香」
「うん」
ドアを開けて司君が入ってきた。
「ごめん。また母さんが変なこと言い出して」
「う、ううん」
内心、喜んでいたとは言えそうもないな。
「司君は、やっぱり、別々の部屋のほうがいいと思うの?」
「……うん」
「そ、そうか」
ちょっとがっかり。
「穂乃香は?」
「え?わ、私は」
えっと…。
朝から晩まで、司君と一緒って、嬉しいけどな。
「穂乃香がそっちのほうがいいなら、それでもいいけど」
「え?」
もしかして、私が嫌がると思って、お母さんにああ言ってくれたのかな。
「だけど…。ちょっと、スリルな感じがなくなるよね」
「スリル?」
「まあ、今もないって言えばないんだけどさ」
「?」
「別々の部屋だから、夜這いとかできるし」
う。まだ言ってる。司君。
「……穂乃香」
「なに?」
司君が抱きしめてきた。
ドキン。
「なに?」
「穂乃香がいいほうで、いいよ?どっちがいい?」
「え、えっと」
ドキドキ。そ、そんなことを聞かれても。どっちがいい?って聞かれても。
う…。目をつむってイメージしてみた。一緒の部屋で勉強する。
って今もそうしてるか。
一緒の部屋で、寝泊まりする。ずっと、ずうっと。
だけど…。
こっそり忍び込むのも、楽しかったな。ドキドキして。
「も、もうちょっと別々の部屋がいいかな」
「そう?」
「うん。朝の、壁をノックして起こしてもらうのも、嬉しいし」
「うん」
「それから…」
「うん」
「夜、こっそり司君の部屋に行くのも、ちょっと楽しいかも」
「……その逆は?」
「え?」
あ、司君がこっそり、忍び込みに来るのってこと?
「うん。それも…楽しいかも」
「くす」
あ、笑った。
「でも、キャロルさんが泊りに来た日は、一緒の部屋で寝ててもいい?」
「いいよ。そうしたらキャロル、忍び込めなくなるもんね」
「うん」
「あと、もし守が忍び込みに来ても、絶対に追い帰してね」
「え?そんなことしてこないよ」
「今はね。でも、そのうちわかんないじゃん。変に色気づいたら」
「え~~~~」
まさか、守君が?
「あ、そうなりそうになったら、俺、穂乃香と同じ部屋でずっと寝るよ。そうしたら、あいつ、潜り込んでこないよな」
「…そんなことしないと思うけどな」
「そんなのわからないだろ?いつ、穂乃香に恋しちゃうかもわかんないし」
「え~~~~?」
ありえない。と思ったけど、100パーセントありえない話じゃないのかな。もしかして。
「司君。私、お風呂に入ってくるね」
「一緒に入ろうかな」
「え?!」
「冗談」
「も、もう。びっくりさせないで」
くすくす。司君は笑いながら部屋を出て行った。
いきなり、あんなことを言って、驚かせてくるんだから。
それにしても、今日からもしかして同じ部屋で寝泊まりするのかと思っていたから、ちょびっと残念な気がする。
だけど、夜中忍び込むのは、ありなんだよね?
…。でも、必ず、毎日のようにどっちかが忍び込みに行ってたら、一緒の部屋で寝るのと変わらないんじゃないの?
夜、夕飯を食べ終わり、洗い物の手伝いも終え、私は部屋に行った。すると、司君の部屋から、守君の声が聞こえていた。
そういえば、守君、ご飯終わってからすぐに2階に上がって行ったけど、司君に勉強を見てもらいたかったのかな。
こういう時、司君の部屋が私と司君の勉強部屋なら、私も司君の部屋に入れるのか。そして二人の隣で、勉強したりして。
なんだか、今はまだ、司君と守君が2人でいる中に入って行けないんだよね。
ちょっと寂しさを感じながら、私は私の部屋に入った。
ブルルル。
ちょうどその時、メールが来た。
「あ、麻衣からだ」
>今日は、ありがとう。司っちにもお礼言っておいて。私もやっとこ、すっきりしたよ。
>そう。良かった。
思い切り、悩み続けていたもんなあ。
>今は怖いけど、彼の胸に飛び込んでいきたいって気持ちもあるんだ。だけど、当日、やっぱり怖くなるかもしれない。そうしたら、自分の気持ちに素直になって、彼にそのことをちゃんと言うよ。
>うん。それがいいと思うよ。
>穂乃香は本当に、司っちに大事にされてるよね。
麻衣のメールで、顔が熱くなった。
>私も、そんなふうに彼に愛されてみた~~い!じゃ、おやすみなさい。2人の邪魔はしないわ。どうぞいちゃついてください。
>司君は今、守君に勉強教えてあげてる。私は一人で部屋に居るもん。
>あら。寂しいね。夜中にでも部屋に、忍び込んであげたら?司っち、喜ぶよ。きっと。
う…。それ、どう返答したらいいの?
>おやすみ、麻衣。
そうメールをして、私は携帯を置いた。
はあ。いちゃつくかあ…。
か~~~。なんだか、顔がまた熱い。そうだよね。昨日も、司君の部屋で寝たんだっけ。私ってやっぱり、幸せものだよね。
好きな人と、ずうっと一緒なんだもん。
これからだって、ずっと。
っていうわけにはいかないんだ。来年は別々のクラスになるし。
だけど、家では一緒…。
部屋で、一人で予習をしながら、耳を澄ませていた。まだ、時々守君の高い声が聞こえてくる。
そして、それからしばらくして、
「ありがと、兄ちゃん」
という声がして、バタンとドアが閉まった。
守君、自分の部屋に戻ったみたいだな。
ああ、勉強が結局、手に着かなかった。今から、勉強道具持って、司君の部屋に行こうかな。
そう思いながら、部屋を出ようとした。
「わ!」
ドアを開けると、目の前になぜか守君がいた。な、なんで?
「穂乃香、どっか行くの?」
「えっと。司君に勉強を見てもらおうと思って」
そう言うと、守君は、
「なんだ。じゃ、いいや」
と言って、自分の部屋に戻ろうとした。
「なに?何か用だった?」
「……。いいよ、たいしたことじゃないし。それじゃ」
「うん。おやすみ」
なんだったんだろう。何か、キャロルさんのことでも相談があったのかな。
バタン。守君の部屋のドアが閉まったとともに、今度は司君の部屋のドアが開いた。
「わ!」
びっくりした。
「どうぞ?」
「え?」
「勉強、聞きたいところがあったんでしょ?」
「うん。今の聞こえてた?」
「うん」
司君は私が部屋に入ると、バタンとドアを閉めた。
「守、穂乃香になんの用事があったんだろうな」
「さあ?相談事とか?」
「……」
司君は黙って、宙を見つめ、
「忍び込もうとしてたんじゃないよな」
とつぶやいた。
「ま、まさか~~」
もう。司君じゃないんだから。とつっこみを入れたくなったけど、さすがにそれは言えなかった。
「で、勉強って?」
「あ、予習をしようとしてたんだけど、一人だとなかなか進まなくって」
「へえ。なんの予習?」
司君は私の持っている教科書を見た。
「…でも、いっかな」
「え?」
「予習、しないでもいいよね?」
私がそう言うと、司君はくすっと笑った。
「え?なに?」
「もしかして、俺の部屋に来る口実?」
ドキ。ばれた?
「だけど、わざわざ用事作って、俺の部屋に来なくてもいいよ?こっそり忍び込んで来てもいいんだから」
「……」
そうなんだけど。そうなんだけどさ。
「じゃあ、戻る」
「え?なんで?」
「またあとで忍び込みに来る」
「あはは。何それ。宣言付きの夜這い?」
「…だって」
ドアの前で立っていると、司君が抱きしめてきた。
「なんだか、やっぱり穂乃香って可愛い」
「……」
ドキドキ。まだ、抱きしめられるだけで胸がときめいちゃうよ。
ブルルルル。
その時、司君の携帯が振動した。
「電話だ。ごめん、多分川野辺だと思う」
そう言って、司君は電話に出た。
「川野辺?」
やっぱり。
「ああ、明日の部の?うん」
何か、弓道部での相談事かな。
私はその場で聞いているのも悪いなと思い、司君の部屋を出た。そして自分の部屋に戻った。
そうだよなあ。私のプライベートの時間を、司君は尊重しようとしてくれたけど、司君だって、部の人との打ち合わせや、他にもいろいろとプライベートな時間が必要な時もあるんだろうし。
そんなことを考えながら、私はパジャマになり、無意識に布団を敷いていた。
あ、布団、敷いちゃった。今日も司君の部屋に行くつもりだったのにな。
でも、また布団をあげるのもなあ。なんて思いつつ、布団に私は横になった。
隣からは、時々、ぼそぼそっという司君の低い声が聞こえた。まだ、川野辺君と電話しているみたいだな。
早く、終わらないかなあ。
布団で丸くなりながら、司君の電話が終わるのを待った。ひたすら待っていた。そして…。
ク~~~~。いつの間にか寝ていたらしい。
何か、夢を見た。不思議な夢だった。学校に行くと、そこはペンションだった。でも、ペンションの中に教室があった。
教室には、チャラ男本田がいて、なぜか美枝ぽんと大笑いをしていた。
それに、守君もいた。守君は麻衣を見て、顔を赤くしていた。ああ、そうか。守君、麻衣が好きなんだ。それで、相談に来たのね。
なんて、夢も現実もごっちゃになっている中、私は何かをやり残していることに気がつき、目が覚めた。
そうだ。夜這い!
そう思い、慌てて布団から出ようとすると、すぐ横で司君がく~~って寝ていた。
あ、あれ?
これも夢?
ほっぺを軽くつねった。痛い。夢じゃない。
っていうことは、司君が夜這いに来た?でも、私がしっかりと寝ていたから、隣に潜り込んで寝ちゃったのかな。
…。可愛い寝顔だ。嬉しい!
私は司君の顔のすぐ横に顔を持って行き、司君の顔をしばらく眺めた。そして、チュッてキスもしてみた。
司君はまったく起きる気配もなく、ク~~って寝ている。
可愛い。すごく無防備な寝顔。
はあ。
幸せなため息をつき、私は司君の胸に顔をうずめ、目を閉じた。
司君の匂い、安心する。今日も司君の腕の中で、眠れるんだね。
もう、絶対にこの腕の中に、キャロルさんは潜り込んで来ないでね。ぜ~~ったいに。
なんて、思って寝たからか、また変な夢を見た。
夢の中でも私は寝ていた。そして夢の中で起きると、目の前にキャロルさんが立っていた。仁王立ちをして、顔が怒りまくっていた。
「ナンデ、司ノ隣デ、穂乃香ガ寝テイルノ?」
私は司君に、しっかりと抱かれて寝ていたようだ。司君はその声で目をさまし、私とキャロルさんを見た。
「司!ナンデ、穂乃香ト寝テイルノ?」
「キャロル?なんでここにいるんだ?」
「シバラク、司ノ家ニ泊マル。ソレヨリ、ナンデ、2人ハ一緒ノ布団デ寝テイルノ?!」
キャロルさんの顔はもっと、赤くなってわなわなと震えている。
「だって、私、司君の彼女だもん」
言った。でへへ。夢の中だもの。なんだって言ってやる。怖くなんかないもん。
「マサカ、モウ、ソウイウ関係ナノ?!」
「……そうだよ」
司君に抱きついてそう言うと、司君がちょっと驚いて私を見た。
「……バラシテヤル!千春ママニ、2人ガ一緒ニ寝テルコト、バラシテヤル~~!」
バタバタバタ。
けたたましい足音とともに、キャロルさんの「千春ママ!」というでっかい声が聞こえた。
「キャロル。今何時だと思ってるんだ」
司君はそう言って、手を伸ばして目ざまし時計を見た。
「まだ、7時にもなってない。なんで、こんな朝早くから、あいつはいるわけ?」
「え?これ、夢だよね?」
「…寝ぼけてる?穂乃香。ほら、目、覚まして」
むぎゅ。司君が私の鼻をつまんだ。
「く、くるひい」
「夢じゃないよ?」
「え?」
…。うそ。
慌てて自分のほっぺをつまんでみた。
「痛い?!」
「だから、夢じゃないって」
「……じゃあ、なんでキャロルさんが、うちにいるの?!!!」
「…さあ?」
え~~~~!!!!
しばらく、司の家にいるって言ってなかった~~~?
ガ~~~~ン。
「俺は、反対だからな~~!!!」
そう言う守君の声が、一階から聞こえてきた。
ああ、本当にキャロルさん、泊まる気で来たんだ。でも、いったい、なんで~~~!?




