第38話 麻衣の相談
昼休みになり、私、麻衣、美枝ぽんは中庭に移動した。
「連休何してた?麻衣はバイト?」
「うん。3日間ともバイト」
お弁当を食べながら、麻衣が美枝ぽんの質問に答えた。
天気が良く、日向だとかなりあたたかい。日陰はちょっと寒いからなのか、中庭の日陰のベンチは誰も座っていなかった。
夏場はその逆に、日向のベンチは誰も座らなくなる。
「美枝ぽんはデート?」
「一日だけ。彼、友達と遊ぶのを私よりも優先するんだもん」
「男友達?」
私は気になり聞いてみた。
「うん。そう言ってるけど、女の子も混じってたりしてね」
「え?嫌じゃないの?」
「う~~ん。しょうがないよ。なんか、男女の仲がいいクラスだって言ってたし」
「……そうなんだ」
複雑。違う高校だと、高校での様子がまったくわからないんだな。それ、私だったら不安かも。
「大学にも女、いるよねえ。うじゃうじゃと」
麻衣がお茶をゴクンと飲んでから、そう話し出した。
「彼、何部だったっけ?」
「経済学部。でも、キャンパスには他の学部の子だっているでしょ?」
「いるかもね。彼、モテそうなの?」
美枝ぽんがそう聞くと、
「多分。話しやすいし、見た目もかっこいいから」
と麻衣はそう言ってから、バクッと卵焼きを食べた。
「みんな、いろいろ心配することがあるよね」
「え?」
私の言葉に、2人が同時に聞いた。
「不安要素、付き合ってたら誰にでもあるんだなって思って」
「そりゃあね」
麻衣はそう言ってから、
「この中で一番不安要因がないのって、穂乃香だよ」
と突然そんなことを言ってきた。
「私?え?でも」
「クラスも一緒で、様子がわかる。部活は男だらけ。そのうえ、学校から帰ってからの様子までわかるんだよ?ずっと一緒にいられるし、なんにも不安になるところないじゃん」
「…」
何も言えなくなった。そう言われたらそうかもしれない。
「キャロルだってさ、あっちが悪ふざけしてきただけで、司っちはなんとも思ってないんでしょ?だったら、不安になることまったくないよね」
「…そうだよね」
確かにそうだ。本当にそうだ。なのに、家まで飛び出そうとしちゃったんだから。
「キャロルと何かあったの?」
美枝ぽんが聞いてきた。
「おふざけをして、穂乃香がパニクって、家を飛び出して、ちょっと大変だったの」
麻衣がそう美枝ぽんに教えた。
「おふざけって?」
美枝ぽんは目を輝かせた。ああ、美枝ぽんが好きそうな内容だよね。
麻衣が話してもいい?と聞くから、うんとうなづいた。
「ひゃ~~~。キャロルって、大胆。やっぱりアメリカは違うね!」
美枝ぽんは大喜びをしながら、そう言った。やっぱり、楽しんでる。
「それにしても、藤堂君。キャロルと穂乃ぴょんを本当に間違ったの?それ、慌てて言い分けしたんじゃないの?」
「おいおい。せっかく仲直りしたんだから、美枝ぽん、そっとしておいてあげようよ」
麻衣がそう言って、美枝ぽんを止めた。
「でもさあ」
美枝ぽんはまだ、いろいろと言いたそうにしている。
「シャンプー、私がいつも使ってるのをキャロルも使ったみたいで、匂いが一緒だったんだって」
私がそう言うと、美枝ぽんは私のほうを見て、
「え?じゃあ藤堂君は、穂乃ぴょんの匂いがわかるの?」
と聞いてきた。
「え?」
「シャンプーの匂いって、そんなにする?相当近づかないと匂わないんじゃない?」
「そんなことないよ。ほら、穂乃香が入ったお風呂のすぐあとに司っちが入れば、シャンプーの残り香ってけっこうするもんじゃない?」
麻衣がそんなことを言った。
「そうなの?」
「うち、母親が違うシャンプー使ってるの。自分だけ高いシャンプー。違う匂いだからわかるんだ。母親が入った後にお風呂入ると、シャンプーの匂い残ってるもん」
「ふうん」
美枝ぽんはそう言うと、しばらく黙ってお弁当をつまんだ。
「でもさあ」
しばらくするとちょっとにやけながら、
「穂乃ぴょんの入ったすぐあとにお風呂入ってるんでしょ?それって、藤堂君、かなり喜んでいたりするのかな」
と美枝ぽんが聞いてきた。
「え?なんで?」
私がきょとんとした顔をすると、
「そりゃ、さっきまでこの風呂に穂乃香が入っていたのかって思ってみたり、もしかしたら、穂乃ぴょんの裸想像しちゃったり、まあいろいろとさ」
と、美枝ぽんは空を見ながらそう言うと、私に視線を移した。
「…」
そ、そ、そうなのかな。そんなこと聞いたこともないし、わかんないけど。
どう思う?という顔をして、私は麻衣を見た。でも、麻衣は黙々とただ、お弁当を食べていた。
あ、そう言えば、麻衣にあれこれ聞かれるかと思ったけど、聞いてくる様子はないな。もしかして麻衣、美枝ぽんにはばれないように、話さないでいてくれてるのかな。
「でもさ」
また美枝ぽんが突然、話しだした。
「穂乃ぴょんも忍び込んじゃえばいいのに。だって、藤堂君、穂乃ぴょんだと思ったんでしょ?ってことは、穂乃ぴょんが忍び込むのを、期待してるってことかもしれないしさ」
ゴクリ。あ、今、ハンバーグのちょっと大きなかたまりをそのまま飲み込んじゃった。
ゴホッ。ゴホッ。私がむせていると、麻衣が「はい」って、お茶のペットボトルの蓋を開け、渡してくれた。
「あ、ありがと」
私はお茶を飲んで、ちょっと落ち着いた。
「なんでむせたの?」
ギクリ。
「そ、そりゃ、美枝ぽんがとんでもないことを言うから」
「え~~~。いいじゃん。一回してみてよ。それでどうなったか、報告して」
もう。
「美枝ぽんはただ、楽しんでるんだもん。そんなことしないし、報告もしないよ」
そう言うと美枝ぽんは、舌を出した。
「ばれたか。でもさあ。一緒の家で暮らすなんて、ちょっとスリリングなことがあったほうが楽しくない?」
スリリング?今朝、司君も言ってたな。
「そういうこと、してみたいって思わない?」
また美枝ぽんが目を輝かせた。
だけど、残念ながら、多分もう、夜中に忍び込んだりっていうのはしないと思う。なにしろ、一緒の部屋で寝泊まりすることになりそうだから。
それも、スリリングどころか、家の人はまったく反対もしなけりゃ、怒りもしない。
「あ~~あ。藤堂君のあのいつも冷静なところが壊れるところ、見てみたいわ。私も」
え?なんで?
「家を出て、少しは慌てたの?あとを追ってきたんだから、慌ててたか」
「う、うん」
「なんかさあ。学校での二人を見ている限りでは、藤堂君って穂乃ぴょんをどう思ってるのか、よくわかんないんだよね」
「…え?」
「もちろん、好きなんだろうけど。でも、アツアツのところを見たわけでもないし、ラブラブなところを見れたらちょっとは、ああ、本当に藤堂君は穂乃ぴょんにお熱なのねってわかるんだけど」
「そんなのわかってどうするの?美枝ぽん」
麻衣が、静かにそう聞いた。
「別に。ただ、クールな藤堂君が、穂乃ぴょんにデレデレなところが見たいだけ」
「悪趣味」
麻衣にそう言われると、さすがに美枝ぽんは黙り込んだ。
あ、落ち込んだのかな。と思っていたら、麻衣にちょっと近づき、
「麻衣は見てみたくないの?面白そうじゃん」
と話しかけた。
「………。私はいいや。それどころじゃないし」
麻衣はそう答え、う~~~んといきなり頭を押さえてしまった。
「ど、どうしたの?麻衣」
私が聞くと、
「クリスマスのことだよ~~~」
と麻衣は、情けない声を出した。
あ、まだ思い悩んでいたのね。
「いい加減、開き直ったら?麻衣。だいいち、大学に女の人っていっぱいいるんでしょ?不安要素がいっぱいあるなら、さっさとものにしておいたほうがいいと思うよ」
「何それ」
「もったいぶってると、他の女に取られちゃうかもよ」
「あ~~~。痛いところを!」
麻衣がまた、頭を抱えてしまった。
「そうなんだよね。そうなんだよ。うかうかしてられないって思うんだけどさ」
麻衣、相当悩んでるんだね…。
「悩み過ぎて、はげないようにね?麻衣」
美枝ぽんがそう慰めた。
「…美枝ぽん、慰め方が変」
麻衣がそう言って、美枝ぽんの背中をバチンとたたいた。
「そのうち美枝ぽんだって、あれこれ思い悩む時が来るんだからね」
「ふ~~ん。でも、私はそんなに麻衣みたいに、もったいつけないもん」
「何それ~~~」
ああ、喧嘩になりそう。でも、ほっておこう。この2人って意外とこんなことを言い合って、実は仲いいみたいだしさ。
は~~~あ。空が気持ちいいなあ。雲一つないし、風もない。
私は空を見上げて、しばらくぼけ~~っとしていた。
「あ、あの子」
突然、麻衣が私の手をつついた。
「え?」
「瀬川さん。今、体育館の裏に行った」
「一人で?」
美枝ぽんが聞いた。すると、
「ううん。沼っちと一緒だった」
と、麻衣はまだ校舎から続く渡り廊下の先を見つめながらそう言った。
「え?」
美枝ぽんも私も目が丸くなった。そして、同時に体育館に続く渡り廊下を見た。でももう、だれの姿も見えなかった。
なんで沼田君がついて行ったの?3人は黙っていたが、多分みんなしてそう心の中で、思っていたに違いない。
帰りのホームルームが終わると、麻衣が私の席にやってきた。
「今日、本当は相談に乗ってほしかったんだけど、美枝ぽんにはちょっと聞かれたくなくって、言えなかったの。部活終わるまで待っててもいいかな」
「…え?でも、バイトは?」
「今日は休みの日」
「うん。わかった。5時には終わるから、美術室に来る?」
「…教室で待ってる。美術部の人いるよね?」
「あ、そうか。うん、わかった」
さて、司君はどうしようかな。
「あ、その時、司っちも呼んで?」
麻衣が私の心を読んだかのようにそう言った。
「え?いいの?」
「司っちにも相談に乗ってほしいし」
「う、うん。わかった」
えっと、どういう相談なのかな。司君に聞きたいことでもあるのかな。男の人の意見も聞きたいとか、そういうことかな。
そして部が終わり、私は先に教室に戻った。司君には、帰りに教室に来てねと言っておいた。
もちろん、麻衣が相談があるからだとも伝えた。でないと、司君は、変な期待をするかもしれないし。
そうなんだよね。司君って奥手と思っていたら、そうでもなかったし、もっと紳士かと思っていたら、そうでもなかったし。
いや、普通なのかな?普通の男の子がわからないから、わからないけど。
教室に着くと、麻衣が一人で外を眺めていた。
「麻衣、お待たせ」
そう言って中に入ると、麻衣はこっちを向き、手招きをした。
「なるべく、廊下側じゃないこの辺で、静かに話したいんだ」
そう言うと麻衣は、窓側の席に座った。
「…うん、わかった」
私もその前の席の椅子を後ろに向け、座った。
「司君はもうちょっとしたら来ると思うんだけど」
「…うん」
麻衣、なんだか顔が曇ってるけど、何か深刻な悩み?
「昼、美枝ぽんに私のことばらさないようにしてくれた?」
そう聞くと麻衣はうんとうなづき、
「だって、美枝ぽんは好奇心であれこれ聞いてきそうでしょ?そういうの穂乃香苦手だろうなって思って」
とそう言ってくれた。
「ありがとう」
そう言うと麻衣は、くるくると首を横に振り、
「私もあんまり、好奇心で聞いてきてほしくないからさ」
と静かに笑いながらそう言った。
「ふう」
笑ったかと思ったら、すぐにため息をついた。
「相当悩んでる?」
そう聞くと、麻衣は私の顔を見て、
「ねえ、本当に怖くなかったの?」
と聞いてきた。
「司君のこと?」
「うん」
「……うん。怖くなかったよ。司君、無理強いする人じゃないし、大事に思ってくれてたし」
「……そうだよね。うん。そんな感じするもんね」
麻衣の彼氏は違うのかな。
そこに、司君が静かに教室に入ってきた。
「待たせた?」
そう言って鞄を私の横の席に置き、椅子をこちら側に向けて座った。
「ごめんね?司っちまで来てもらって」
「いや、全然いいけど。俺で何か役に立つのかなって思って」
司君はそう言うと、足を組んだ。
「そういえば」
麻衣がいきなり思い出したように、司君の顔を見て、
「瀬川さんが昼に、沼っちを呼び出してたよ。体育館の裏に」
と言い出した。
「ああ、あれね」
「え?知ってるの?」
「食堂で沼田と昼飯食べてたら、瀬川さんが突然来て、沼田に顔貸してって言って、連れて行った」
「え?」
私と麻衣がびっくりして、司君を凝視してしまった。
「…そ、それで、沼田君、おとなしくついて行ったの?」
「うん。どうやら、連休前に、何かあったみたいだね」
「何かって?」
「沼田が、瀬川さんに何か言ったのか…。多分、俺と穂乃香のことだと思うけど」
「そ、それで?なんで沼田君が呼ばれちゃうわけ?」
「さあ?」
さあって…。
「心配ないよ。沼田、けろっとした顔で出て行ったから」
「そ、そうは言っても」
「戻ってきてからも、沼田、変わりなかったし。大丈夫だと思うけど?」
「……」
なんだろう。沼田君と瀬川さんの間で何があったのかな。
「それより、今は中西さんの話だよね?」
「あ、うん」
司君にそう言われ、私は麻衣のほうを見た。
「司っちに聞きたかったのは、その…。男の人の、いろいろとなんていうか」
「…うん」
司君は何を聞かれるのかと、ちょっと警戒しているようだ。
「私の彼って、大学生なの。夏に付き合いだして、クリスマスにホテルを取ってくれて、一泊する予定なの」
「…ふうん」
司君は、眉ひとつも動かさずに聞いている。でも、もしかすると動揺しているかもしれない。何しろ、顔が不動になってきたってことは、心の内を隠しているってことだし。
「それで…。その…」
「うん」
「もし、その日に、泊まったのはいいけど、何もなかったとしたら、私って捨てられると思う?」
「は?」
あまりの質問に司君は口を開けたまま、しばらく固まってしまった。
「私、変なこと聞いた?」
その顔を見て、麻衣がそう聞いた。
「あ、ああ。ごめん。ちょっとびっくりして。っていうか、そんなこと考えたりするんだ。女の子って」
司君がそう言うと、麻衣は私を見た。
「あ、うん。そうだよね。あれこれ考えちゃうよね?」
私は麻衣の肩を持つつもりで言ったんじゃない。なんとなく麻衣の気持ちがわかったからだ。
「穂乃香もそういうこと思ったの?」
「私?」
麻衣に聞かれて、焦ってしまった。何しろ本人が、横にいるし。
「私は…。えっと。捨てられるとはさすがに思わないけど…。でも、えっと」
隣で司君が、耳をダンボにして私の言うことを待っている気がする。
「えっと。どうだったかな…。ただ、あの…。司君に大事に思われてるのが、どんどんわかってきて、それで、その…」
ああ、しどろもどろだ。
「その、大事に思われてるのって、どうしてわかったの?あ、そんな感じは聞いたり見たりしててわかるんだけど、自分のこととなると、私、わかんなくって」
「……。あのさ。あまり相手のことは考えず、自分の気持ちに正直になるだけでいいんじゃないのかな」
司君は突然、静かにそう話し出した。
「どういうこと?」
「無理はしないでもいいんじゃないかな。捨てられるなんて考えなくていいよ。もし、そんなやつだったら、別れたほうが正解だし。でも、本当に相手が中西さんのことを思っていてくれたんなら、そのあともちゃんとつきあって行けると思うよ?」
「……」
麻衣は黙り込んで下を向いた。
「そんなに離れていくのが怖い?」
「うん。前もそうだったから」
麻衣は、司君の質問に下を向いたまま答えた。
「だけど、無理したとしても、続かないんじゃないの?結局傷つくのは自分だよ?」
司君がまた、静かにそう言った。
「うん」
「……もし、俺がその彼の立場だったら」
そう司君が言うと、麻衣は顔をあげた。
「だったら?」
麻衣がそう聞くと、司君はちらっと私を見てから、
「もし、その場で彼女が、拒否したとしても、ちゃんと待つよって言うかな」
「え?」
「怖がっていたとしたら、安心させてあげたいし。大切にしていきたいって思っている子なら、無理強いは絶対にしないかな」
キュキュキュキュ~~~~~ン。
それ、それって、私のこと?
やばい。麻衣の前なのに、私、顔が熱い。
「それ、穂乃香のこと言ってるんだよね?」
麻衣が聞いた。司君が隣でかすかにうなづいたのが見えた。
わ。やっぱり。
か~~~~~。顏がもっと熱くなる。
「いいな、穂乃香」
麻衣はそう言うと、溜息をついた。
「もし、彼が私のことを大事に思ってるなら、待ってくれるのかな」
「そりゃもちろん」
司君が静かにそう言った。
「もし、他の女性のところに行っちゃったら?」
「………ごめん。はっきり言うけど、それだけの男だったってことかな?」
「う…。そうだよね」
麻衣はそう言うと、しばらく黙り込んだ。
「わかった。うん。結局私の気持ちが一番大事なんだよね。後悔しないよう、ちゃんと自分に向き合ってみる」
麻衣は顔をあげ、そう私と司君に言った。
「うん」
司君は静かにうなづいた。
私はまだ、顔が熱いままだった。




