第37話 凛々しい司君と可愛い司君
翌朝、目ざましの音で目が覚めた。隣りからニュッと腕が伸び、司君が目ざまし時計を止めた。
「おはよう」
「おはよう、穂乃香」
司君が眠そうな顔でそう言うと、私に抱きついてきた。
「あと5分」
「…でも、学校」
「うん。だから、あと5分」
そう言うと私のことをギュって抱きしめた。
キュキュン!
朝から胸キュンだ~~~。
「今日は、裸じゃないから一緒にベッドから出ても大丈夫だね」
あ、そうか。それに私の制服もちゃんと持って来てたんだ。
「もう、こっちの部屋で毎日寝たら?」
「…いいな。それ」
「じゃ、そうする?」
「でも、司君、やっぱり窮屈そう…」
「じゃあ、穂乃香の部屋で寝るか」
「…それでもいいな」
「くす」
あれ?なんで笑ったのかな。
「くすくす」
「なあに?司君」
「穂乃香も、そう思ってたんだって思って」
「え?」
「一緒に寝たいって思ってたんだって思ったら、なんか嬉しくなって」
キュキュン。
ギュ。私も司君に抱きついた。
「…毎朝、もしかして学校に行きたくなくなるかな」
「え?」
「毎朝、穂乃香にずっとくっついていたくなって…」
「う、そ、そうだね」
5分のはずが、10分くらい、司君とべったりくっついてしまった。
「司、穂乃香ちゃん、起きてるの~~~?」
階段の下から、お母さんの雄たけびが聞こえてきた。
「あ、やべえ。もう7時10分過ぎてる」
司君はそう言うと、ベッドから抜け出した。私も、ベッドから降りて、パジャマを脱いだ。
「…」
ん?視線?
背を向けて着替えていたが、後ろから視線を感じて振り返ると、司君がYシャツのボタンをしめず、じっと私を見ていた。
「つ、司君、見ていないで」
「え?」
「あっち向いて、着替えて!」
「ああ、うん」
もう~~。今、パジャマの上を脱いで、ブラジャーだけになってたよ。恥ずかしい。しっかり見られた。
「穂乃香、なんでいつも、寝る時もブラジャーするの?」
「え?!!」
司君の質問に、ものすごく驚いた。
「なんでって、するよ?普通」
「そうなの?キャロルしてなかった」
「なんでそんなこと知ってるの?!」
私はついカッとなって、司君のほうを向き、それも司君の胸ぐらをつかむ勢いで聞いてしまった。
「あ、いや。中学の時だけど、タンクトップでベッドに潜り込まれたから、なんとなくわかった」
タンクトップだけで~?
「あ、そっか。あいつ、中学の時はブラジャー、普段からしてなかったっけ」
ノーブラ?でも、その頃だってもう、胸大きかったんじゃないの?
「アメリカの人って、大人でも夏場、ブラジャーしない人多いしなあ。感覚がやっぱり、日本と違うんだろうな」
「……」
「えっと。穂乃香、早く着替えないとならないんじゃないの?その…。俺のYシャツ、引っ張られてると、ボタンできないんだけどな」
あ。本当に私、胸ぐらと言うか、Yシャツを掴んでた。
「ごめんなさい」
パッと手を離してから、気が付いた。うわ!私、まだブラウス着てなかった。ブラジャーだけだったよ。
きゃ~~~~~。
声にならない声をだし、司君の後ろに回り込んで、慌ててブラウスを着た。
「でもさ、穂乃香」
「え?」
「これからは、パジャマの下にブラジャーつけないでほしいな」
「ええ?!」
なんで?
「…だめ?」
「駄目!」
「……」
司君は黙り込んで、ネクタイと上着を持って部屋を出て行った。
な、な、な…。なんだか、司君がエッチになってない?っていうか、大胆発言をいっぱいしている気がするんだけど。どうしちゃったの?
一階に下りると、もう守君はいなかった。
「おはよう、穂乃香ちゃん」
「おはようございます」
なんだか、司君と一緒に朝まで寝た日は、お母さんの顔を見るのが恥ずかしくなるなあ。
だけど、司君はそういうの、まったく気にしてないみたいだ。それどころか、
「俺さ、穂乃香の部屋にある客用の布団使ってもいい?」
なんて、お母さんに聞いてるし!
「あら。ベッドで寝ないの?」
「窮屈だし」
「………二人だと?」
「うん」
だから!そういうのを親子で会話しないで。私には理解できない。
「いいわよ。穂乃香ちゃんの部屋をあなたたちの寝室に使っても」
え…。
「でも、いるの?2人分の布団。一つだけで十分じゃないの?」
きゃ~~~~~!お母さん、真面目な顔でそんなこと聞かないで!っていうか、えっと。ダイニングにお父さんもいて、新聞読んでるけど、しっかりと今の話聞いてるよね?!
「う~~~ん。それもそうか」
司君はちょっと考えてから、そう答えた。
「司」
お父さんが新聞を横に置き、司君のほうを向いた。
あ。な、なんか言うのかな。一緒の部屋で寝るとは、何ごとだ。とか?
「お前、まだちゃんとあるんだろうな」
「え?」
「ないんだったら、買ってくるぞ」
「いいよ。自分で買えるから」
………………。それって、あれ?あれのこと?
「そうか。まあ、そうだな。もう高校生なんだし、買っているところを見られても、たいしたことないか」
え~~~~!!!!たいしたことないの?ねえ、お父さん。それ、たいしたことじゃないの~~?
「そうよ、お父さんが買ってくる方が変よ。わざわざ子供のために」
「そうだよ」
お母さんと司君が口をそろえてそう言った。
やっぱり、やっぱりこの家は変わってる。朝から話す内容じゃないし、だいたいこんな会話をしている親子なんて、この世界にいるんだろうか?藤堂家以外で…。
私は真っ赤になりながら、司君と家を出た。
こんな家なんだって、絶対に他の人には言えない。
「穂乃香?どうしたの?さっきからずっと黙ってるけど」
そりゃ、黙り込みますって。あんな親、普通いませんって。
「か、変わってるよね?司君の家」
「あ、うちの両親?」
「うん。いないよね?ああいうことを子供に言う親」
「だろうなあ。あ、アメリカじゃ、いたみたいだけど」
「そうなの?」
「うちより変わってる親いたよ?近所の家で。聞いてて俺、ぶっ飛んだもん」
「ど、どんな親なの?」
「う~~ん。言えない。穂乃香の理解の範囲を超えてると思う。聞いたら寝込んじゃうかも」
ど、ど、どんな親?でも、聞きたくないかも。うん。聞くのはよそう。
「でも、もしかすると」
「え?」
「あんなオープンな親じゃなかったら、もっとスリリングな毎日を過ごしているのかな」
「スリリングって?」
「親に隠れて、一緒の部屋で寝たり」
「え?」
「親にばれないよう、夜這いに行ったりするスリルな毎日」
「…?!」
「うちじゃ、全然スリルないよね。だって、平気で一緒の部屋に寝るのも、親は認めちゃうからさ」
「……」
「ああ、学校ならスリル満点かな」
「つ、司君!学校では」
「わかってるよ。今までとおりにするから安心して?」
「も、もう。やっぱり、司君、変」
「え?俺?」
「なんだか、大胆になってる」
「俺が?」
「大胆発言、いっぱいしてる」
「…俺、そんなに大胆なこと言ってるかな」
「うん。前より、エッチなこと言ってくる」
人がまったくいない小道だけと、声をすごく潜めてそう司君に言った。
「……。それ、前よりエッチになったんじゃなくて、多分、俺、もともとそうだったと思うけど」
「え?」
「本性が出たってだけかも」
「……」
エッチな本性?
「だけど、男ってそんなもんじゃないの?」
「知らないよ。付き合うのだって初めてなんだから」
「そうだよね?ごめん」
小道を抜け、人通りのある道に出たので、司君は黙り込んだ。私も、顔を熱くしたまま黙り込んだ。
駅までの道は、司君は物静かに歩いていた。横から見ても、涼やかな顔で、とてもさっきまで、エッチは発言をしていたとは思えない。
電車に乗ると、同じ高校の生徒もいて、女子生徒は司君を見て、きゃっきゃと騒いでいた。あれ、1年生かな。
あの子たちから見たら、司君って、クールで物静かで、いたって冷静なカッコいい存在なんだろうな。
ううん。実際そうなんだけど。でも、そうじゃない部分もいっぱいあって、そんなところをあれこれ発見して、私は嬉しくなったり、戸惑ったり、びっくりしたりしている。
司君がもっと大胆になっていったらどうしようとか…。あ、そうか。大胆になっていくんじゃなくて、もともとがエッチな…。
どひゃ~~~~~。なんだか、考えるだけでまた、顔が熱くなってきたよ。
私は他の人に見られないよう、顔を下に向けた。
「穂乃香?」
それに司君が気が付いた。
「どうかした?」
「なんでもない」
「え?」
「ほっておいていいから。ちょっと、思い出したっていうか、考えちゃったっていうか」
「何を?あ、もしかして」
司君が顔を思い切り近づけ、耳元でささやくように、
「俺の裸?」
と聞いてきた。
「ち、違うから」
私はびっくりして、そう叫んだ。周りの人がいっせいに私を見て、私はますます顔をあげられなくなった。
司君の裸も思い出しちゃったよ。うっわ~~~~~。顏から火が出る。ボワ~~~~~~!
もう、司君は。電車の中で変なこと言わないで。
ちらりと司君を見ると、クールな顔で座っている。ず、ずるい。
学校に着き、教室に入ると、
「穂乃香」
と麻衣が手招きをしていた。
司君は麻衣にちょっと頭を下げてから、自分の席に着いた。
「おはよう、麻衣」
「二人一緒に登校ってことは、仲直りできたんだ」
「うん。ごめんね?心配かけて」
「ううん。メールも来ないから、きっとうまくいってるんだと思ってたんだ」
「司君とは、大丈夫。ただ、守君のことでいろいろあって、メールできなかった。ごめんね?」
「守君?」
「うん。でも、守君ももう大丈夫だから」
「キャロルは?もう帰ったの?」
「うん」
「…良かったね。ほんと、大きなカバンを持って、うちに来ようとしてた時には、正直焦ったよ」
「ごめんね?」
ひそひそとそんな話をしてから、麻衣は、
「昼は中庭ね」
とそう言って、手をひらひらさせて自分の席に戻って行った。
そうだった。麻衣にはばらしちゃったんだ。きっとあれこれ、聞かれるんだろうな。今から覚悟しておかないと。
ちらり。司君を見てみた。あ、司君の所に沼田君が行って、何やら話している。でも、2人とも笑っているし、大丈夫だよね。
ああ、それにしても。司君は学校にいると、なんでああも、凛々しく見えるんだ。いや、家だと凛々しくないってわけじゃないんだけど。
ん?いやいや。家だと凛々しくないかな。もっと可愛かったり、もっと情けなかったり。
そんな司君は、それはそれで、愛しかったりする。
だけど、学校の司君は、遠目から見て、うっとりとしちゃう存在だなあ。
あ、今気が付いたけど、私以外にも司君に見惚れてる女子が何人もいるのね。その中には岩倉さんも入っているけど。
ドキ。わ。司君と目、合っちゃった。慌てて私は前を向いた。
はれ?なんで、目が合っただけで、慌てたのかな。私。っていうか、今、あからさまに視線を避けて、悪かったかな。
朝のホームルームが終わり、1時限目。化学の実験で実験室に移動だ。
ノートや教科書、筆箱を持って、私は席を立とうとすると、すぐ横に司君が来ていた。
「結城さん」
あれ?結城さんって呼ばれるのが、なんだか新鮮。
「さっき、なんで俺のこと避けたの?」
「え?」
「目、そらしたよね?」
「う…。ごめん。なんだかつ…、藤堂君のことを見ているのがばれて、恥ずかしくなって」
「……なんで?」
「わかんない。自分でも」
「変なの」
司君に小声でそう言われた。
私たちは最後に教室を出て、廊下もみんなの後ろからとぼとぼとついて行った。
「なんでかな。あ、藤堂君がなんとなく、違って見えるからかな」
「俺が?違うって?」
「……学校だと、凛々しいから」
「ちょ。ちょっとそれって、けっこう、びっくり発言」
「え?なんで?」
「俺、凛々しいとは自分でも思ってないけど。でも、今の言い方だとあれだよね?うちだと、凛々しくないってことだよね?」
「うん」
司君は隣で、こけそうになっていた。
「じゃ、じゃあ、家の俺って?」
前にいる生徒に聞かれないよう、小声で司君は聞いてきた。
私はその場に立ち止り、わざと前の人との間隔を開けた。それから、小声で、
「可愛い」
とつぶやいた。
「え?」
あ、司君がびっくりしてる。
「どっちも好き」
そう司君に向かってささやくと、司君の顔がボワッと真っ赤になった。
あ、ポーカーフェイスが一気に崩れた。凛々しい司君から可愛い司君に変わっちゃった。
「そ、そういうのは学校で言わないでくれる?結城さん」
まだ、真っ赤だ。
「じゃあ、藤堂君も電車の中で、変なこと言わないでね?」
「…変なこと?ああ、今朝の?」
「うん。私、しばらく顔あげられなくなったから」
「ごめん」
司君は謝ると、とぼとぼと歩きだした。
「やべ。顏、戻らない。実験室に着くまでに戻さないと」
司君は横でそうつぶやくと、コホンと咳ばらいをした。
そして一回、クールな表情に変わった。でも、ちらっと私を見ると、またにやけて顔を赤くした。
「駄目だ。穂乃香がいると、俺、凛々しくなれない」
そう言うと、もっと顔を赤くしてしまった。
「可愛い」
思わずそうつぶやくと、
「穂乃香。じゃなくって、結城さん。それ、言わないでくれる?」
と、もっともっと赤くなってしまった。
私たちはもっと、歩く速度を落とした。実験室に着くまでの距離はあとわずか。司君、クールな顔つきに戻れるのかな?




