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第34話 守君

 朝、司君の腕の中で目が覚めた。司君はすでに目を覚ましていて、私をじっと見つめていた。

「お、おはよう」

 なんだか、照れる。

「おはよう」

 司君もはにかんだ笑顔を見せた。


「今日は部活、出ないとね?」

「う、うん」

 司君は私のおでこにキスをすると、布団から出て、ベッドから下りた。私は慌てて布団にもぐりこんだ。

 でも、布団からちょっとだけ顔をだし、司君の背中をじっと見てしまった。


 司君の背中って、けっこうたくましい。

 くるり。ズボンをはき終えた司君は、いきなりこっちを向いた。

 わわ!目、合っちゃったよ!


「まだ、起きないの?穂乃香」

「もう起きてるよ」

「そうじゃなくて、ベッドから出ないの?」

「司君が着替えて、部屋を出てから」


「…なんで?」

「だ、だって…」

 裸で出るの恥ずかしいし、着替えを見られるのも恥ずかしいもん。

「小さな電気はOKでも、こんなに明るいと駄目?」


 そう司君に言われ、私はコクンとうなづいた。

「くす…」

 司君は静かに笑い、Yシャツも着て、上着とネクタイは手に持って部屋を出て行った。


「わ、笑われちゃった」

 呆れた笑い?じゃないよね。優しく笑ってたし。きっと、穂乃香、可愛いっていう笑いだよね。

 って、自分でそんな解釈をしているところが、なんだか図々しいかも。私。


 今のうちに!と思い、ベッドから抜け出し、一気に下着をつけ、パジャマを着て自分の部屋に入った。そして部屋でパジャマを脱いで、制服のブラウスを着て、スカートをはいた。

 これ、なんだかアホらしいなあ。司君の部屋から私の部屋までの、数歩のために、パジャマを着てるの。すぐ着替えるっていうのに。


 でもでも、裸や下着で部屋から出て、万が一、守君やお母さんに遭遇しちゃったらと思うと、やっぱりパジャマを着ないとダメだよなって思うし。

 あ、そうか。司君の部屋で寝る時には、次の日に着るものまで、持って行ったらいいのか。ブラウスやスカートまで。


 でも、それって、いかにも今日、司君の部屋で寝るからねって言ってるみたい?

「…」

 それは、あれだよね。さすがに司君も引くよね?昨日はなりゆきというか、離れたくないなっていきなり思って、ここに居たいって言ったんだもんね。


 そんなことをあれこれ考えながら制服を着て、一階におりた。

「おはよう、穂乃香。ほんじゃ、行ってきます」

 一階に下りるとちょうど、守君が玄関から出るところだった。


「あ、行ってらっしゃい」

 私がそう言って見送ると、ダイニングからお母さんが飛んできて、

「守!お弁当!」

と守君に渡そうとした。


「いらない」

 守君はそう言うと、玄関を出て行った。

「…あ、れ?」

 なんでお弁当いらないって言ったのかな?


「あいつ、ストライキでも起こしてんの?」

 洗面所から司君が顔を出して、お母さんに聞いた。

「…ストライキ?そ、そうなのかしら。朝ごはんも食べないで、ヨーグルトとバナナだけ食べて行っちゃったけど」


「え?」

 びっくりして私は司君の顔を見た。

「キャロルをうちに泊まらせることに対しての、ストライキだろ?」

「…それ、いつまで続ける気かしら。お昼ご飯はどうする気かしら」

 お母さんは、心配そうにそうつぶやいた。


「コンビニで買ってくんだろ。お小遣いが底を尽きたらやめるんじゃない?」

 そんなあ。まさか、夜ご飯も食べないつもりでいるんじゃ…。

「…お父さんに相談してくるわ」

 お母さんは珍しく暗い顔をして、とぼとぼとダイニングに戻って行った。


「知らん。あんなわがままな奴のことは」

 洗面所で顔を洗っていると、ダイニングからお父さんの大きな声が聞こえてきた。

 わあ。お父さん、星一徹みたいだ。テーブルをひっくり返さないだけましだけど。

「でもね、お父さん…。穂乃香ちゃんだって、昨日ああ言っていたじゃない?少しは、守のことも考えてあげないと」


 お母さんのそんな声まで聞こえてきた。私はそうっと洗面所から出て、ダイニングの前で佇んで聞いていた。

「ああ。守の話はちゃんと聞いてやるさ。でも、あいつのやり方が気に食わない。お母さんの作ったご飯も食べないで、朝早くから作ったお弁当も持って行かないで、何がストライキだ!」

 う。お父さんの言うこともわかるなあ。お母さん、朝ごはんもお弁当も、本当に朝早くから起きて作っているんだもん。


「いいのよ。これは私が食べるから…」

「母さんは、守に甘い!とにかく!今日帰ってきたら、守とは話をするから」

 ドキドキ。いきなり怒り出したり、殴り飛ばしたりしないよね?

 昨日、私が言ったことって、お父さんの心には響いていなかったのかな。


 ちょっと、がっくり。


「く~~ん」

 リビングからメープルがやってきた。あ、私が落ち込んでるのがわかったのかな。

「穂乃香?」

 その時、ダイニングのドアが開き、司君が顔を出した。


「どうした?」

「え?」

「いや、顔洗いに行ったっきり、全然来ないから、どうしたのかなって」

「あ、えっと。メ、メープルと遊んでた」


「そうなの?早く朝ごはん食べよう。冷めちゃうよ?」

「うん」

 ごめん。メープル。だしに使って。でも、メープルはなぜか嬉しそうに尻尾を振っていた。


 司君はもうほとんどご飯を食べ終えていた。お父さんとお母さんの二人の会話には、まったく入ることなく、黙々と食べていたのかなあ。

「いただきます」

 そう言って私もご飯を食べだした。今日は、洋食だ。あれ?昨日もだったよね?


 和食と洋食が日替わりで出るのに、なんでかな。

 あ、もしかして、守君が洋食が好きだから、洋食なのかな?

「ごちそうさま」

 私が食べだしてすぐに、司君は食べ終わり、紅茶を飲んで席を立った。


「司。お前も昨日はあれこれ言ってたけど」

「…え?」

「司から見ても、守は相当…、傷ついているように見えるのか」

 お父さんが、聞きづらそうに司君に聞いた。


「そうだね。あいつ、けっこう思ったことは話す方だし、俺よりも感情を出す方だけど、でも、根っこのところは隠してるんじゃないかな」

「…根っこって?」

 お母さんが暗い顔をして聞いた。


「明るく振舞ってたり、大丈夫なように振舞ってるところあるけど、心の内を見せてないだけかもしれない」

「……」

 お父さんとお母さんは黙り込み、顔を伏せた。

「今朝のも…。ストライキなのかもしれないけど、もしかすると」


 司君が話を続けると、お父さんもお母さんも顔をあげ、司君を見た。

「食べられないんじゃないの?」

「え?どうして?」

「……まったく食欲がないのかもよ。それか、お腹の調子が悪いとか」


「お昼のお弁当も?」

「…なんか、食べらそうなものでも、コンビニで買いたかったのかもよ?」

 司君がそう続けると、お母さんの顔はもっと暗くなってしまった。

「そ、そんなに守はあれか。デリケートなのか?」

 お父さんは司君に聞いた。


「…あいつ、アメリカでも、食べられないことよくあったよ。覚えてないの?」

「あ、そういえば、お腹壊したり、吐いちゃったりしていたっけ」

 お母さんが思い出したようにそう言った。

「…俺も、ダメージ受けると、お腹にきたり、風邪ひいたりするけどさ。あいつも、繊細なんだ。その辺、親なんだからわかってたんじゃないの?」


 司君。今の言い方はいくらなんでも、きつい…。ような気もするけど、でも、やっぱり子供からしてみたら、わかってもらってないのは、悲しいことかも。

「……」

 お父さんとお母さんはまた、黙り込んだ。


「穂乃香。食べ終わった?そろそろ行く準備しようよ」

 司君は私にそう聞いてきた。

「あ、う、うん」

 私は慌てて、紅茶を飲み、それから2階にカバンを取りに行った。


 玄関を出る時、お母さんは笑顔だった。いつものように明るく、

「行ってらっしゃい」

と言ってくれた。でも、声がいつもより、張りがなかった。


「…お母さん、ショックだったかな」

 駅までの道で、司君に私はそう言ってみた。

「守のこと?」

「うん。守君っていつも明るいし、あと、好き嫌いもはっきりしてて、ちゃんと言うでしょ?私、守君は自分の気持ちを隠したり、体の具合が悪くなっちゃうような、そんな子じゃないと勝手に思い込んでたよ」


「そうだな。あいつ、見た目は小さいし細っこいし、色白いし、目もくりんとしてて女の子みたいだろ?それが嫌でわざと、あんな口のきき方したりしてみたり、明るく見せてるけど、けっこう内側傷つきやすいし、デリケートだよ」

「…」

 そうだったんだ。守君は司君のこと、ナイーブだって言ってたけど、守君もだったんだね。


「あのね、前に守君、司君のこと、ポーカーフェイスだけど、実はナイーブなんだよって教えてくれたことがあるの」

「え?守がそんなこと言ってたの?」

「あ、怒らないでね。司君と学校でキスしたのを見られて、先生にお母さんが呼びだされたことあったでしょ?あの時、司君、ちょっとよそよそしくなっちゃったでしょ?」


「あ、ああ。あの時か。…え?あの時、守、そんなこと言ってたの?」

「うん。無表情になればなるほど、何か抱えてる時だって、そう教えてくれたの」

「…」

 司君は黙って、どこか一点を見て、

「あいつ、そんなこと」

とつぶやいた。


「守君は司君のこと、わかってあげてるんだなって、ちょっと感動したの。すごく優しいいい子なんだって」

「ああ。あいつは、優しいよ。それ、あんまり表に出さないから、誤解されやすいけど。あんな言葉使うしさ…」

「私もはじめ、ちょっと思ってた。生意気って」

「…やっぱり?」


「え?わかってた?私思い切り顔に出ちゃってたのかな」

「いや、あいつの態度、ちょっと悪すぎたから。穂乃香、嫌がってるかもなあって思ってた」

「…でも、だんだんとわかっていったの。優しい子だなって」

「うん。その場の空気読めないように見えて、けっこう読めるんだよね。俺よりもずっと」

「…」


 司君だって、ちゃんと読めてると思うけどな。

「でも、お母さんもお父さんも、守君のこと、わかろうと思い始めたんじゃないのかな」

「昨日、穂乃香が父さんに言ってくれたから?」

「ううん。違うよ。さっき、司君が、ご飯食べれないのかもって言ったでしょ?お父さん、ストライキだなんて生意気なことしてって、怒ってたけど、ちょっと違う視点からちゃんと守君のこと見ようと思ったんじゃないかなって…」


「違う視点?」

「私もね、お母さんが朝早くから作ったお弁当や、守君のために今日も洋食の朝ごはんだったのに、それを食べないなんて、ちょっとそこはどうかなって思ったんだ。お父さんもそれで怒っていたんでしょ?でも、食べられないんだったら、話は別だよね?」

「…違う視点か」


 司君はそうつぶやくと、しばらく黙って歩いていた。

「?」

 なんだろう。何か今の言葉、引っかかったのかな。


「きっと決めつけちゃうんだろうな」

「え?」

「自分がこうだって思うとさ、その考えに縛られちゃうっていうか、他の考えが思い浮かばなくなるのかもな」

「?」


 司君はなんだか、難しい顔をしている。

「もしかしたら、単なるストライキかもしれない。もしかしたら、食べられないくらい、キャロルを嫌がってるのかもしれない。それは本人に聞いてみないとわからない。でも、ストライキだって父さんは決めつけてた」

「うん」


「そうやって、相手はこうだって決めつけて、相手のことをわかった気になって、実際の相手の姿はちゃんと見れてないってこと、きっとやってるんだろうな、俺も」

「…実際の相手?」

「キャロルのことも…」

「え?」


「あ、もしかしたら、穂乃香のことも」

 ドキン。

「う、うん。そうだね。私のこと美化しすぎてて、実際のダメダメな私は見えてないかも…ね」

「……」

 ブッ。


 え?今、なんでふきだしたの?司君。

「実は、穂乃香は案外、考え方が後ろ向き?」

 ギク~~~。ば、ばれた?っていうか、今さらだよね?そんなの片思いしてた時からきっと、ばれてるはずだよ。好きな人がこうでああでってうじうじしてて、それを司君にも聞かれてたと思うし。


「でも、案外、強いよね?」

「う…。それは最近、自分でもそう思ったりするけど。でも、前にも言ったけど、司君のこととなると、いきなり弱くなっちゃう」


「それは俺もだよ。昨日のことで、思い知った」

「…」

「俺も半端ないくらい、よわよわだったよ。それ、穂乃香にも見せちゃったよね…」

「情けない司君?」

「…うん」


「…それでも、大好きって言ったら?」

 か~~~~~。って、司君、真っ赤になっちゃった。わあ、もう駅に着くよ?ポーカーフェイスはどうしちゃったの?


「俺も…。後ろ向きだろうが、俺にやたらと弱い穂乃香だろうが、意外と強い穂乃香だろうが、全部好きだよ」

 どっひゃ~~~~!!!

 だから、ここ、もう駅!


 今のも誰かに聞かれてたかも!!

 っていうか、そんなこと言うから、私の顔から、火が出たよ~~~~。


「顔、あっつい」

 私は手で顔をあおぎながら、改札口を抜けた。

 きゃわ~~~~。まだ、顔が熱いのがおさまんない。


 電車のシートに2人で座ってから、私は小声で司君に、

「もう。駅でいきなりあんなこと言わないでね。顏、もとにもどんないよ」

とそう言った。私はまだ顔が熱かった。


「…最初に言いだしたのは、穂乃香のほうだから」

 司君はそう言うと、ぷいっと顔をそむけた。でも、後ろから見てもわかるくらい、耳が赤かった。

 ああ、司君もまだ、ポーカーフェイスに戻れないんだ。

 なんだか、今も照れてるだろう司君がやけに可愛く見えた。


「ねえ、司君」

「…ん?」

「守君のことだけど」

「ああ、なに?」

 司君は真面目な顔をしてこっちを向いた。


「私と司君が味方になってあげるのは、もちろんなんだけど、でもそれだけじゃ駄目なのかもしれないね」

「え?」

「守君は、ご両親にちゃんと自分をわかってもらいたいんじゃないのかな」

「……そうかもな」


「司君も?」

「俺は…。穂乃香が父さんや母さんと俺の間に入ってくれるから、前よりも俺のことをわかってもらえるようになってるかもな」

「そ、そう?」


「…俺も、前は言えなかったようなことまで、言えるようになってきたかもしれない」

「守君のこともきっと、理解してもらえるよね」

「…そうだね。決めつけないで、ちゃんと守の本当の心を見てもらえるようになるかもしれないな」

「……」


 司君はそう言うと、にこっとした。あ、その笑顔、可愛い。


 でも、どっかに何かがひっかかっていた。なんだろう?あれ?なんだっけ?

 さっき、司君と話してて、何か引っかかったの。なんだっけ?


 思い出そうとしても思い出せないから、ほっておいた。でも、心の奥に何かがひっかかっているのには、変わりなかった。


 その日、学校から帰ってきて、お風呂に入っていると、また、その引っかかった嫌な感じが、胸の奥から湧いてきた。

「なんだ。このもやもや…」

 最近、感じてた、このもやもや。


 あ…。

 わかった。


「相手はこうだって決めつけて、相手のことをわかった気になって、実際の相手の姿はちゃんと見れてないってこと、きっとやってるんだろうな、俺も」

 司君のその言葉のあとの、

「キャロルのことも…」

 これだ~~~~!!!!!


 司君、お願い。実際のキャロルさんのことをちゃんと見よう…なんて、そんなこと思ったりしないでね。もう、キャロルさんのことなんか、ほっておいてね!


 お風呂に入りながら、私はしばらくもんもんとしていた。


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