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第31話 素直な二人

 本当に、私はなんでこうも、素直にぽろぽろと思ったことを司君に言っているんだろう。ああ。もしかすると、司君が素の表情を見せてくれているからかもしれない。司君も、さっきから思ったことを正直に言ってくれているし。


「あの…。キャロルさんは?」

 こうなったら、キャロルさんのことも聞いてみちゃえ。

「さあ?」

 さあって…。司君、あっさりと答えるなあ。


「俺、真っ白になっていたから、周り見えてなかったしなあ」

 司君はそう言うと、またコーラをゴクリと飲んだ。

「真っ白…?」

「…」

 司君は私を黙って見つめた。そして、視線をそらして、窓の外を見た。


「…」

 私が、司君を見るのをやめて、自分の指を見つめていると、また司君の視線を感じた。そして顔をあげ、司君を見ると、少し照れくさそうな顔をしてまた、司君は視線を外す。

「…」

 なんだろう?ちょっと、司君、口元ゆるくなってるけど。


 じいっと司君を見ていると、司君はまた私のほうを見た。目が合うと、またはにかみながら、下を向いた。

「な、なに?」

「え?」

 さっきから、ちょっと司君、変かも…。私は気になり、じいっと司君を見てしまった。


「あ…。コホン」

 司君はますます照れたようだ。

「穂乃香が、目の前にいるのが、なんか嬉しくってさ」

 え?

 うわ。なんだか、そんなことを言われると、こっちまで照れちゃう。

 か~~~。あ、私、顔赤いかも。それに嬉しいかも!


 司君はコーラを飲み干すと、

「じゃ、そろそろ帰ろうか」

と言って、私のカバンを持って立ち上がった。

「司君、今日、部活は?」


「あ。そうだった。メールして、今日は休むようにするよ」

「大丈夫なの?」

「…今からじゃ、絶対に間に合わないだろうしなあ。うん。まあ、適当に理由くっつけて休むから」

 わあ。ズル休みさせちゃった。申し訳ない。

「穂乃香は?制服着てるんだし、このまま学校へ行くこともできるんじゃない?」


「つ、司君と一緒に居たいから、帰る」

「…うん」

 司君はまた、はにかんだ笑顔を見せた。

 実は、司君とキャロルさんだけにしたくないっていうのが、本音なんだけど。でも、素直で可愛い司君とまだ一緒に居たいっていうのも、本当の理由。


 家を出るなんて、大げさなことしちゃったかなって思ったけど、司君、追いかけて来てくれたし、司君のいろんな表情も見れたし、たまにはこんな大胆なことをしてみちゃうのもいいかなって思ったりして。


 片瀬江ノ島に着いた。私はだんだんと、ドキドキしてきた。もし、キャロルさんがまた、なんかとんでもないことをしたり、言ってきたりしたらどうしよう。どう、反撃に出よう。


 そんなことを心配しながらも、司君の隣で歩いているのは嬉しかった。

 司君は時々私の横顔を見て、また前を見て、ふっとにやける。それに、嬉しそうにうつむきながら、静かに笑う。

 なんだか、本当に私が隣にいることを喜んでいるみたいで…。そんな司君を見ていると、胸がキュンってしてしまう。


 司君の家に着くと、先に司君が門をくぐり、

「ただいま~~」

と玄関のドアを開け、家に入って行った。

「司~~!穂乃香ちゃんは?見つかったの?」


 バタバタという足音と共に、お母さんが廊下を叫びながら走ってきた。

「あ、あの…。ごめんなさい、私」

 私はおずおずと司君の後ろから顔を出した。

「穂乃香ちゃん!!!」


 お母さんは司君をぐいっと手でどかして、私に思い切りハグをしてきた。

「よかった~~。司のこと嫌になって、もううちに帰ってきてくれないんじゃないかって、心配したわよ」

「す、すみません」

 なんだか、ハグ、されられ慣れてないから、照れる。


「…穂乃香。ナンダ。帰ッテコナクテ良カッタノニ。ソウシタラ、私ガ、ココニ住ンダノニ」

 リビングからそう言いながら、キャロルさんが不満げな顔をして現れた。

「キャロル?」

 司君がムッとしながら、キャロルさんを睨んだ。


「ナンデ帰ッテ来タノ?」

 キャロルさんは司君に睨まれても、まだ私を見降したまま、憎らしそうにそう言ってきた。

 ムカ。ムカムカ。なんで、そんなことキャロルさんに言われなくっちゃならないの?

 頭に来てわなわなしていると、お母さんが私から離れ、キャロルさんの真ん前に立ったかと思うと、いきなり、キャロルさんの頬に、バチンと一発、平手打ちをした。


「アウッ」

 キャロルさんが、頬を抑え、お母さんを見た。

「千春ママ?」

「キャロル…。あなた、いい加減にしなさいよ?」


 お母さんの顔は真っ赤になっていて、相当頭に血が上っているという感じだ。声もわなわなと震え、こんな司君のお母さんは見たことがない。

「穂乃香ちゃんはね、もううちの家族の一員なの。あなたも、家族同様だってそう思っていたし、日本できっと寂しい思いをしてるんじゃないかって思って、今まで大目に見ていたけど、穂乃香ちゃんを傷つけることだけは、さすがに私も許さないわよ」


 お母さんの声、ドスが聞いてて怖いんですけど。それに、顔も…。

 キャロルさんも頬を手で押さえたまま、微動だに動かなくなった。

「わかったの?キャロル!」

「ハイ。ゴメンナサイ」

 うわ。キャロルさんが素直に謝った!


「司。ぼ~~っとしていないで、穂乃香ちゃんのカバン、部屋に持って行ってあげなさい」

「あ、うん」

 司君はうなづいて、階段を上って行った。私も、その場にいづらくなり、学生かばんを両手で抱え、司君のあとを追った。


「つ、司君」

 私の部屋に先に司君が入って、カバンを置いた。

「ん?」

「キャ、キャロルさん、大丈夫かな」

「ああ。多分ね」


「でも、お母さん、思い切りぶったたいていたよ」

「うん。あれ、アメリカでも一回やってた。俺と守を怪我させそうになった時。私の大事な息子に大けがさせたら、キャロルでも許さないわよって言って。うん、ちょうどさっきみたいな感じで、脅してたよ」

「…」

 お、脅すって。


「怖いだろ?けっこう…。キャロルも、うちの親には歯向かえないんだ。てんで、キャロルの親のほうが、甘々だし」

 え?

 そうなの?


 司君は、なぜかそのまま畳にあぐらをかいて座ってしまった。

 私もその横で立っているのもなんだから、斜め前あたりに座った。でも、司君とくっついていたくって、座ったままちょこちょこと、司君のすぐ横に行き、ひっついた。


「……」

 司君はそんな私を見て、鼻の横を掻いて照れてから、私の腰に手を回してきた。

「なんか、可愛い。穂乃香」

「…」


 だって、ひっついていたいんだもん。とは言えなかったけど、その代わりに司君の肩にもたれかかってみた。

 ふわ…。ああ、司君の匂いがして、胸がときめくのに落ち着く。


「キャロルの親ってさ」

 司君がまた話を始めた。

「養父と養母なんだ」

「え?」

「つまり、キャロルは養女ってこと」


「…」

 血、つながってないの?

「アメリカではよくあるんだけど、子供に恵まれない人が、ある理由があって、子供を育てられない人の子と、養子縁組をするっていう…」

 なんか、そういうの、映画で見たことあるかも。


「キャロルの親は、シングルマザーでさ…。薬に手を出しちゃって、とてもキャロルを育てられる状態じゃなくなって、それで、キャロルが3歳の時、今の親の元にやってきたらしい」

「そうだったんだ」

「子供が欲しくって、でもできなくって、それでキャロルを養子にしたんだ。そりゃ、思い切り可愛がっちゃうよね」


 だから、あんなわがまま奔放な子になったわけね。納得…。

「…前に日本に来た時、キャロルは13か、14だったと思うけど」

「うん」

「日本に来る前にね、本当の母親に会いに行ったんだってさ」


「キャロルさんの?」

「うん。そうしたら、もう結婚もしてて、子供もいて、キャロルが行ったら、自分の子だって旦那に言わないでくれって言われて、赤の他人のようなふりをさせられたらしいよ」

 そんなことがあったんだ。


「…それ、キャロルがこっちに来る前に、養父母がうちの母親に話したらしいんだ。かなり落ち込んでいると思うから、日本でよろしく頼むってさ」

「…それで?落ち込んでたの?」


「いいや。見た目、まるっきり。守のことは前よりもいじめたし、俺のことも、平気で蹴るわ、殴るわ。部屋には勝手に入ってくるわ…」

「お風呂も勝手に入ってくるし?」

「あ、う、うん。まあね」


 そんなことがあったから、荒れちゃったの?

「辛いことがあったんだから、しょうがないわよって母さんは言ってたよ。でも、さっきみたいに、怒ったほうがキャロルには良かったのかもしれないよなあ」

「そんなことがあったんだ。キャロルさんも、辛いことがあったんだね」


「………だけど」

 司君はしばらく黙ってから話し出した。

「確かに、実の母親はそんな親でも、育ての親は、本当に可愛がってるんだ。その辺、キャロルももっとわかったらいいのにって、思うよ?」


「だけど、可愛がってばかりなんでしょ?」

「まあね」

 怒られること、なかったんでしょ?何をしても。もしかしたら、怒ってほしくって、酷いことをいっぱいしてたってこと、ないのかなあ。


 キャロルさんも複雑なんだな。いろいろと。

 

 でも、だからと言って、司君のことは譲れないもん。もう、ひっついてくるのも、ぜ~~ったいに阻止してやるんだ。

 なんて、意気込んでみたりして。


 ムギュ。そんなことを思いながら、私は司君の腕にひっついた。

「穂乃香?」

「司君のことは…」

「ん?」


「渡さないもん」

 小声でそう言うと、司君は私の鼻をつっつき、

「そんな心配いらないよ。俺は穂乃香と付き合ってるんだから」

と優しく言った。


「穂乃香が一番だし」

「……」

「穂乃香しか、俺、見えてないから」

 キュキュキュン!

 今の、胸打たれた~~~。射抜かれた~~~!


 嬉しい。

 私は司君の腕にますますくっついて、司君の胸に顔をうずめた。

「司君」

「ん?」


「私も…」

 司君しか見えていないし、司君のことしか好きになれない。

 司君は、私のことをそっと抱きしめてきた。そして、私の頬を撫でると、そのまま私の顔をあげて、優しくキスをしてきた。


「穂乃香だ」

「…?」

「よかった」

 司君は、ぎゅって私を抱きしめた。


「帰って来てくれて、本当に良かった」

 司君はそう言うと、もっと腕に力を込めた。

 やっぱり、私って、それだけ司君に好かれてるんだよね?


 もっともっと、自信を持っていいんだよね?

 キャロルさんなんて、ぎゃふんって言わせるくらいに、自信持ってていいんだよね?

 ドキドキ。

 司君に抱きしめられ、私の心臓は早くなっていった。


 司君とは、そのあともずっと一緒にいた。司君の部屋に行き、DVDを観たりしながら、べったりとくっついていた。

 いつの間にか、昼になり、司君のお母さんがご飯よって、呼びに来た。


 私たちはすっかり、キャロルさんのことは忘れていた。もう、帰ったのかな…くらいしにしか思っていなかった。だから、お母さんの声に、

「は~~い」

と司君の部屋から返事をした後、キャロルさんが、突然ドアを開けて入って来たのに、びっくりして固まってしまったくらいだ。


「キャロル?」

 司君もちょっと、驚いている。

「…ナニヲ、司ノ部屋デシテルノ?」

 キャロルさんは、睨むようにして聞いてきた。その後ろから、お母さんが、

「キャロル。穂乃香ちゃんは司の彼女なのよ?部屋に2人でいてもおかしくないでしょ?」

と、そう言いながら、キャロルさんの腕を掴み、部屋から出そうとした。


「ナンデ、ソンナニクッツイテルノ?」

 キャロルさんはしつこく聞いてきた。お母さんが腕をひっぱっても、びくともしないようだ。

「わ、私は、司君の彼女だから」

 言った。言ったぞ。言ったぞ~~~!


「…。司、昼食ベタラ、私、帰ル。送ッテ行ッテ」

「…一人で来たんだから、一人で帰れるだろ?」

「ナンデソンナニ、冷タイノ?」

 キャロルさん?


 え?なんか、泣きそう?

「キャロル。今日はお父さん、朝から出ちゃってるけど、そろそろ帰ってくるから。そうしたら車で送ってくれるわよ」

「イヤダ。司ジャナイト」

「キャロル!」

 お母さんは、小さな子供に言い聞かせるように、ちょっと声を大きくしてキャロルの名前を呼んだ。


「…千春ママ」

 キャロルさんが、一気に子供のような顔つきになった。あと一言何か言われたら、わ~~って泣きだしそうなほど。


「キャロル。中学ん時とは違うんだ。俺には穂乃香がいる」

「ソレガ?穂乃香ト付キ合ッタラ、私ハモウ、家族デモナンデモナイノ?家族ミタイナモンダッテ、イツモイッテイタノニ」

「…」


「千春ママダッテ、ウチハキャロルノ家族ト同ジダカラ、何カアッタラ、イツデモ来ナサイッテ言ッテタ」

「…そうよ、家族よ。キャロルだって家族だし、穂乃香ちゃんだって」

「穂乃香ナンテ、アトカラ出テキタクセニ、大キナ顔シテコノ家ニ居座ッテ。ココハ私ノ場所ナノニ」

「違うだろ?キャロルは今、ホームステイ先の家族が、今の家族なんだ。うちじゃない。ちゃんと今の家に帰らないと」

 司君はキャロルを説得するように、静かにそう話した。それを聞き、キャロルさんはますます、泣きそうな顔をした。


「アンナトコロガ?初メハ、話、シテクレタ。デモ、今ジャ、ホトンド邪魔扱イダ」

「それ、本当なの?キャロル、そんなこと一言も言わなかったじゃない」

「ダッテ、言ウト、アメリカ、帰サレルカラ」

 キャロルさんは一粒、大きな涙を流した。


「友達モ、最近、出カケル時、誘ッテクレナクナッタ」

 キャロルさんが我がままだから…、とか?それか、ついていけなくなった、とか?私だったら、とても友達にはなれないタイプだもんな。


「学校は?」

 司君は心配そうにそう聞いた。

「学校デハ、大丈夫。デモ、休ミノ日ガ辛イ」

「それで、うちに来たがったの?キャロル」

 お母さんも優しくそう聞くと、キャロルさんはボロボロっと涙を流した。


「アメリカ、帰リタクナイ。ダッテ、彼氏トウマクイッテナイシ」

「…」

「ソレニ、親、私ノ心配ナンテシテクレナイ」

「キャロル…」


 ボロボロと涙を流すキャロルさんを、お母さんは抱きしめた。

「なんで、そう言うことを話してくれないの?」

「ダッテ」

 キャロルさんは、そう言って鼻をすすり、しばらく泣くばっかりで話もしなくなった。


「そう。ホームステイの家、居づらかったの。じゃあ、他の家に替えてもらったらどう?」

「…ソレデモ、ウマクイカナイ」

「わからないわよ?」

「ココガイイ」


 え?

「ココニ、ホームステイスル」

「え?」

 お母さんと、司君が同時に固まった。


「ここにって言っても…」

「穂乃香モ、親ガ遠クニ行ッタカラ、ココニホームステイシテイルンデショ?」

 う、う~~ん。そういうことになるのかな。

「ダッタラ、私モイイデショ?千春ママ」


 駄目。ダメダメダメダメダメ!!!!!!


「そうね。お父さんや、それに、今のホームステイ先の人とも会って、話さないとなんとも答えられないわね」

 お母さんは真面目な顔をしてそう答え、

「まず、明日にでも私が会いに行くわ。もしかしたら、キャロルの寂しい気持ちをわかってないだけで、ちゃんと話したらわかってくれるかもしれないしね?」

と続けた。


 司君を見た。すると司君も真面目な顔をしていた。そして、

「キャロル。ちゃんとキャロルも心開いて、相手と話をした方がいいよ。お互い、何か遠慮し合ってるだけかもしれないんだからさ」

と、そう助言した。


 キャロルさんは、ちょっと納得のいかない顔をしていたが、でも、お母さんの申し出だからか、素直に、

「ワカッタ」

と答えた。


 私はというと、心の中で神様にずっと祈っていた。

 お願いだから、キャロルさんがここに、やってきませんように…と。



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