表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/94

第28話 傷つく心

「穂乃香ちゃん」

 お母さんが2階にあがってきた。私は慌てて、司君の部屋のドアを開けた。お母さんの後ろには、キャロルさんもいた。

「はい…?」


「今日、キャロル、穂乃香ちゃんと一緒の部屋に寝てもいいかしら」

「…」

 今、すごく怖い顔をして私を睨んでいる、キャロルさんと?

「母さん、キャロルは下の客間で寝てもらったら?」

 司君も部屋から出てきて、お母さんにそう言ってくれた。


「あら。でも、女の子同士だし、いろいろと話をしてみたら仲良くなれるかもしれないし」

 無理無理。キャロルさんだって、嫌そうな顔をしているし。

「ウン。穂乃香。今日、穂乃香ノ部屋デ寝ル。ヨロシク」

 …え?


 もしや、お母さんがそう言うから、キャロルさん、断れないとか?

「ほら、穂乃香ちゃん、キャロルもそう言ってるし、よろしくね」

 え、え~~~~!

 なんで、キャロルさん、お母さんの前だとにこにこしてるの?さっきまで、お母さんの後ろでムスッとしていたのに。


「私、オ風呂入ッテクル」

 キャロルさんはそう言うと、さっさと一階に行ってしまった。

「あ、キャロル。タオル出してあげてなかったわね」

 お母さんもなんだか嬉しそうに、階段を下りて行った。


「なんだか、怪しい~~」

 その時、守君が静かにドアを開け、顔を出した。

「え?」

「キャロル。なんか、企んでるんじゃないの?」

 え?


「何を?」

 司君は、守君に聞いた。

「わかんないけど。穂乃香の部屋で寝るって言ったりして、なんか、裏でもあるんじゃないかって思ってさ」

「…母さんに言われて、断れなかったんだろ」

「チッチッチ。兄ちゃんてほんと、甘いよね。ま、部屋に居づらくなったら、いつでも俺の部屋に来ていいからな、穂乃香」


 生意気な口をきいて、守君は部屋に入って行った。

「お前、中坊のくせに、生意気なんだよ」

 司君はそう言うと、私のほうを向き、

「守の部屋じゃなくて、俺の部屋に来ていいから」

とそう小声で言って、自分の部屋に入って行ってしまった。


 ポツン。あ、取り残されちゃった。もう、私、部屋に戻らないとならないのかな。

 クスン。


 俺の部屋に来ていいからって言って、手を引いてくれたらいいのにな。俺の部屋で寝ろよ。とか言いながら。

 なんて…。そんな強引なこと、司君はしないよね。


「はあ」

 二つ並んだ布団が、すんごく気持ちを落ち込ませる。嫌だなあ。キャロルさんと寝るのなんて。

 お母さんはきっと、私とキャロルさんが仲良くなることを望んでいるんだと思う。で、こんなことを思いついたんだろう。お母さん、強引だしなあ。司君と違って。


 でも、きっと仲よくなるのは無理な気がする。


 その予感は的中した。キャロルさんは私の部屋に来ると、ものすごく怖い顔をしていきなり聞いてきた。

「サッキ、ナンデ、司ノ部屋ニイタノ?」

 なんでって聞かれても。

「べ、別に用はないけど。話をしてただけで」

「……」


 怖い。なんだか、キャロルさんのオーラ、めちゃくちゃ怖いんですけど。いくら、こっちが仲良くなろうと頑張ったとしても、キャロルさんのほうが心を開かないと思う。絶対に。

「穂乃香ッテ今、セブンティ―ン?」

「うん」

「本当ニ?」


「…」

 なんで?じろじろと私のこと見てるけど、そう見えないってこと?

「私ノ友達ノホウガ、胸大キイ」

 グサリ。


「穂乃香ッテ、日本人ノ中デモ、スタイル悪イホウダネ」

 ひ、酷い。そんなこと本人目の前にして言う?

「司、ソンナアルカナイカワカラナイ胸、絶対ニ興味持タナイ」

 そう言うと、キャロルさんは、ケタケタと笑った。

 ムッカ~~~~。ムカつく。悲しいとか、傷つくとかよりも、キャロルさんの言うことには、いちいち頭に来てしまう。


「い、いいもん。胸が小さくたって。それでも、司君は可愛いって言ってくれる…と思うし」

「A!HAHAHAHA!」

 ムカ。なんで、わざわざ、ローマ字で笑うかな。

「言ワナイ。司ガ女ノ子ニ向カッテ、可愛イナンテ。ソンナキャラクタージャナイ」


 そんなことないもん。いっつも、穂乃香、可愛いって言ってくれてるよっ!

 と心で叫んだ。でも、そう思ってるならそれでいいよ。そんな司君もいるんだって、教えてあげない。ふんだ。


「アア、笑エル。穂乃香、全然、司ノコト、ワカッテナイ」

 どっちが!

「ソレニ、オ子チャマ」

 どっちが!


「コンナンジャ、司モ、手ヲ出ス気、オキナイネ」

 そんなことないもん。

「安心シタ」

 え?

 安心って、何?


 キャロルさんはそれだけ言うと、満足そうに布団の中に入り、

「電気、小サイノダケ、ツケテオイテ」

と言って、目をつむってしまった。

 

 寝るのか。なんだ。もっともっと、意地悪なこと言ってくるかと思って身構えていたのに。って、もう十分言われたかな?もしかして。

 私は電気を小さい電気だけにして、布団に潜り込み、キャロルさんとは反対のほうに向いた。

 今日、寝れるのかな、私。いまだに、胸がムカムカとムカついているんですけど。


 しばらくすると、キャロルさんの大きな寝息が聞こえてきた。あ、キャロルさんは、全然私が隣にいようとかまわず寝れるのね。

「はあ…」

 ため息が出た。今日も隣で、司君に寝てほしかったのに。なんで、キャロルさんが寝ているんだか。


 ちょっと暗い気持ちになりながらも、私もだんだんと眠くなっていった。

 そして、いつの間にか眠っていたようだ。

 夢を見ていた。そんな中、ドアの開く音が聞こえた。


 今、ドアが開いた?ドキン。まさか、司君が夜這いに来た?

 あ、でも、確かキャロルさんが隣にいるんだっけ。司君が夜這いに来るわけないか。それも、こんなに朝早くに。


 そんなことをぼ~~っと思って目を開けた。そして隣を見ると、キャロルさんがちょうど部屋を出て行くところだった。

 あ、ドアを開けたのはキャロルさんか。トイレにでも行くのかな。

 

 だが、そのあとすぐに、隣の部屋のドアを開けた音が聞こえてきた。

 え…。司君の部屋?

 まさか、司君の部屋に忍び込んだ?


 うそ!

 慌てて時計を見た。もう6時を過ぎていた。

 ドキドキドキ。

 外はうっすらと明るかった。遠くからは、鳩の鳴き声が聞こえている。

 

 私は部屋を出た。そして司君の部屋の中の音を、耳を当てて聞いてみた。でも、静まり返っている。


 どうしよう。ここは、開けるべきだよね?!!!


 だって、私が司君の彼女なんだよ?他の女性が彼氏の部屋に忍び込んでいるなんて、絶対にそんなの許されないよ。…ね?


 バタン!

 思い切って、ノックもしないで、声も掛けないで、いきなりドアを開けてみた。

 すると、キャロルさんは、司君のベッドにしっかりと潜り込んでいた。


「…!!!」

 やめてよ。何をしてるの?!!と言ったつもりだが、声にならなかった。でも、キャロルさんをベッドから引きずり出そうと、私はベッドに近づいた。


 でも、ベッドに近づいて愕然としてしまった。


 え…?

 …どうして?

 

「にやり…」

 キャロルさんは、司君の腕の中で私を見て、にやりと笑った。


「………」

 なんで、司君は、キャロルさんを抱きしめているの?!


 なんで?

 なんで?

 なんで?

 なんで?


 

 だ、駄目だ。

 思考回路、停止した。


「………」

 どうしていいかわからず、しばらく私はその場に立ちすくんだ。

 キャロルさんは、これ見よがしに、司君の首に腕を回したりしている。そしてまた、私を見る。


 な、な、な、なんで?


 司君はしっかりとキャロルさんを抱きしめ、キャロルさんの胸に顔をくっつけている。でも、顔を持ち上げて、そして目の前にあるキャロルさんの顔を見た。

「……あれ?」


 ぼ~~っとしている司君は、そのあと顔をさらに上に向け、私とばちっと目が合った。

 私は、きっと顔面蒼白だった。顏から血の気は引き、顔は思い切り引きつり、今にも泣きだしそうだった。


「穂乃香?」

 司君は私を見てから、私の名前を呼び、そしてまた、キャロルさんのほうを見た。

「……え?!」

 ガバッ!司君は思い切り起き上がり、キャロルさんの腕を振りほどいた。


「司!オハヨウ。デモ、マダ早イカラ、モウチョット、寝テイヨウヨ」

「キャロル?!」

 司君が慌てている。でも、キャロルさんはまた、司君に抱きついた。

「司、マタギュッテ、抱キシメテヨ」


 ドッゴ~~~~ン!!!!!!!


 何かが頭上に振ってきた。重い鉄の塊。


 バタン!

 その次の瞬間、私は思い切りドアを開け、自分の部屋へと駆け込んだ。

 そして自分の部屋のドアを閉めてから、布団に倒れこみ、ボロボロと涙を流して、泣き出してしまった。


 まだ、頭の中は真っ白だ。それに、ガンガンする。何も考えられない。喉が苦しい。涙が止まらない。それに嗚咽も。


「穂乃香!」

 司君の慌てる声が聞こえてきた。

「穂乃香!」

 そして私の部屋のドアを開けようとした。

「開けないで!」


「え?」

「入ってこないで!」

 思考回路が停止しているのにもかかわらず、そんなことを勝手に口は叫んでいた。ほとんど無意識に。


「穂乃香、違うんだ。キャロルが勝手に」

「違わないもん」

「え?」

「キャロルさんのこと、抱きしめてた!」


「だ、だから、あれは穂乃香と間違って!」

 私と~~~?!!!!

 どこを、どう間違えるの?胸のでかさだって、全然違うし、わかるじゃない。キャロルさんのでっかい胸に、顔、うずめてたじゃないよ~~~!!!!!!


「司君の、バカ!!」

「穂、穂乃香?」

「司君の顔なんて、見たくない!こっちに来ないで!もう、大っ嫌い!」

 わ~~~~~~!!!!!!


 それから、私は思いっきり、大声を出して泣いた。

「どうした?」

 ドアの外からは、守君の声もした。きっと、この騒ぎで目が覚めたんだ。


「穂乃香?どうしたの?」

 それに、私の泣き声が聞こえたんだ。

「守君も、入ってこないで!」

 誰にもこんな姿、見られたくないよ。


 思考回路が停止中で、考えることもできなかった。司君がどんなに困惑していたかも、キャロルさんのたくらみも、その時考えられる余地もなく、私はただ泣いていた。


 ちょっと冷静になったら、そんなに泣きじゃくる前に、キャロルさんの腕でも掴んで、司君からひっぺがすこともできただろうに。

 勝手に潜り込み、司君に抱きついて、寝ぼけた司君は私と間違えた。そりゃ、間違えたのは頭に来ることだけど、司君だって被害者だったのに。


 そのうえ、私に「バカ、大嫌い」とまで言われ、司君がどれだけ傷ついたかも、冷静になっていたらわかったのに。


 涙がおさまると、ドアの外が静まり返っているのに気が付けた。そしてまた、私は悲しくなった。私から、誰も入ってくるなと言ったくせに、なんでみんな、私をほっておいているのか、悲しくなった。


 しばらくしても、誰も来なかった。キャロルさんも部屋に戻ってこなかった。

 私は、涙を拭いて鼻を噛み、制服に着替えた。それから、荷物を鞄に詰め込んで、麻衣にメールした。

 

 私の頭は、まだまだ冷静にはなれなかった。さっき見た光景が、何度も何度も浮かんでは消え、涙もまだ流れ落ちたりしていた。


 布団を綺麗に畳んで、押し入れに閉まった。それから畳の上にペタンと座り、メールの返事を待った。

 窓の外はしっかりと、明るくなって、隣の部屋から目ざましのアラームが聞こえた。でも、鳴ったまましばらく消えなかった。


 もしかすると、3人とも一階に行ったのかもしれないなあ。

 そんなことをぼんやりと考えていると、携帯が振動した。

「麻衣?」

「どうしたの?いきなりうちに泊めてなんて…。なんかあった?」


「麻衣~~~~。会ってから、話、聞いて。今、とても話せない。きっとまた泣いちゃう」

「わかった。で、どうしようか。今日部活だよね?」

「さぼる」

「じゃ、私もバイト、夕方からだから、今からうちにおいで」

「ありがと…」


 大きな旅行用かばんと、学生かばんを持って、私は一階に下りた。そこに、メープルを連れた守君が来た。

「な、なに?その荷物?」

「…ちょっと。ここにいるのは辛くって」

「まさか、長野に行っちゃうの?」


 守君がそんなことを大きな声で言うと、リビングから司君とキャロルさんが出てきた。それに廊下の奥からは、お母さんも。

「ちょ、ちょっと、穂乃香ちゃん。長野に行くって、どうしちゃったのよ」


 お母さんの顔、引きつっている。

「長野じゃないです。友達の家です。あ、藤沢の駅で待ってるって言ってたから、もう行きます」

「朝ごはんは?」

「いいです。どこかで食べます」


「ちょ、ちょっと待って。司。あなた、なにやらかしたの?喧嘩?」

 司君をお母さんは見た。私は司君の顔を見れなかった。それに、キャロルさんの顔も。

「兄ちゃん。穂乃香、出て行っちゃうよ。止めて」

 守君がそう言ったが、私はさっさと靴を履き、ドアを開けて外に出た。


「穂乃香ちゃん」

 お母さんと守君とメープルが追いかけてきた。

「待って。ちょっと待って」

「そうだよ、キャロルがなんかしたんだろ?キャロルが悪いんだから、穂乃香が出て行くことじゃないよ」


 腕を2人につかまれた。それに、メープルが足元でワフワフ言って、私を止めている。

 玄関のドアが開き、司君が顔を出した。キャロルさんもその後ろから顔を出した。キャロルさんは、私を睨んでいた。

 そして、司君は…。


 ああ、鉄仮面だ。何も言ってくれないし、ただ、私を見て、無表情でいる。


「あの…。麻衣が待っているから、もう行きます」

 私はそう言って、歩き出した。

「ちょっと。司、何してるの?追いかけてよ」

 お母さんの声がした。でも、司君の足音も、声も聞こえなかった。


 ワフワフ。メープルが私の横に来た。

「持つよ」

 そう言って守君が私のカバンを持った。


 う…。また涙があふれた。なんで、司君は来てくれないの。

「兄ちゃん。おかしくなった」

「…え?」

「やばいかも」


「え?」

「だから、出て行かないほうがいいと思う」

 何がおかしくなったの?やばいの?


「…でも」

 私は、振り返らず、そのまま駅に歩いて行った。守君はそれ以上何も言わず、カバンを持って駅まで来てくれた。

「今日、戻ってくるよね?」

「わかんない」


「でも、明日学校だろ?」

「だから、制服着て、学生カバンも持ってきたの」

「…兄ちゃんのこと、見た?」

「うん」


「あの鉄仮面のような顔、見た?」

「見たよ」

 私の気持ちはまた、どんよりしてしまった。

「あの顔、やばいよ」

「…」

 だから、何が?


「あれ、自分の感情を全部殺している時だって。じいちゃんや、ばあちゃんが死んで泣いていたら、父さんに怒られて。あの時もあんなだった。でも、一人になった時、めちゃくちゃ泣いてたんだ。それ、俺見ちゃったんだ」

「…」


「それに、穂乃香にふられた時も、あんなだった」

「え?」

「あれ、相当、やばいんだ」

「……」

 でも、傷ついているのは私なの。


 私はそう思って、守君からカバンを受け取り、改札を抜けた。そして電車に乗った。

 ピ~~~ッ。出発の合図がして、電車が走りだした。なぜか、遠くから、「穂乃香!行くな」という司君の声がしたような気がした。


 でも、電車はもう、発進していた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ