第27話 ライバル?
キャロルさんのことなんて、まったく気にも留めず、私と司君は家に帰った。
「ただいま~~」
司君が、そう言いながら家に入ると、
「オカエリ~~」
と元気よく、キャロルさんがすっ飛んできて、思い切り司君に抱きついてしまった。
「キャロル!それはもう、やめろって言っただろ」
司君はキャロルさんをひっぺがし、そう言った。でも、キャロルさんはそんなことも気にせず、司君の腕を引っ張って、リビングに連れて行ってしまった。
呆然。私は、まだ靴も脱いでいないっていうのに。いったい、なんだったんだ、今の光景は。
「ツカサ。オ風呂、一緒ニ、ハイル?」
リビングから、そんな声が聞こえてきた。ああ!またあんなことを言ってる。
「入らないよ。穂乃香、先に入っていいよ」
司君はどうやらキャロルさんの腕を振り払って、リビングから出てきたようだ。リビングでは、キャロルさんが英語で何やら文句を言っている。
「キャロル!」
司君にはその英語がわかったらしい。一言そう怖い声で言って、ムスッとしながら、2階に上がって行った。
キャロルさん、なんて言ったのかなあ。もしかして、私に対しての暴言だったりして?早口だったけど、なんとなく「ホノカ」って言ってた気がするんだけどなあ。
私も着替えを取りに2階に上がった。そしてドアを開けると、本当に布団が二つ並んで敷いてあった。
「つ、司君!」
司君は自分の部屋に入りかけていた。その司君に私は慌てて、声をかけた。
「ん?」
「あ、あのね…!」
慌てている私を見て、司君は私の部屋を覗いた。
「…母さんだ。まったく、どういうつもりだ?」
司君はため息交じりにそう言った。すると、守君の部屋のドアが開き、
「…キャロル、今日、泊まっていくんだって」
と、ムスッとした顔で、嫌そうにそう言った。
「え?じゃ、この布団って」
「うん。母さんが、今日はちょうど布団も干したところだし、穂乃香ちゃんの部屋に泊まっていったらいいわよって、そう言いながらさっき、敷いてたよ」
うそ~~~~~。私の部屋に?
「…キャロル、なんて言ってた?」
司君は静かに守君に聞いた。
「…ちょっと嫌そうにしてた。でも、母さんの提案だったからか、なにも言えなかったみたい」
「キャロル、うちの母さんに頭あがらないんだよね。ごめん。俺がキャロルは下に泊まらせるように言っておくから」
司君は私の顔が、思い切り引きつっているからか、そう言ってくれた。
「頭、あがらないって?」
「母さん、怖いんだよ。アメリカでキャロルが悪ふざけしすぎて、俺や守が危なく大怪我をしそうになった時に、鬼のようにキャロルを叱ったから。それから、キャロル、母さんの言うこと、絶対に従うんだよね」
「…」
そうなんだ。お母さんってそんなに怖いんだ。
「まあ、母さん、そんなにキャロルにそれからはきついことも言わないし、優しいけど。キャロルの目に余るような行動も、ただただ見守ってるだけだし…」
「そうなんだよ。あの勢いでまた怒ってくれたらいいのにさ。あんまり怒らないもんだから、キャロルもいい気になって」
守君はそうぶつくさ言いながら、深くため息をつくと、
「ああ、今、リビングも占領されてるし、俺、一階に行きたくない。穂乃香、風呂から出たら、俺の部屋でゲーム一緒にやろう」
と私に言ってきた。
「え?うん。いいけど」
「…守、穂乃香に甘えすぎだろ?」
「いいじゃん。そのうちに姉ちゃんになるんだから、今から甘えたって」
「……」
司君はなぜか、耳を赤くして黙り込んだ。
守君はまた、自分の部屋に戻って行き、司君も部屋に入った。私は着替えを持って、一階に下りた。
「泊まっていくのか…」
なんだか、嫌だなあ。一緒の屋根の下にキャロルさんがいるの…。お風呂に入りながら、私も守君のように深いため息が出てしまった。
ああ、今日も司君と一緒に寝れるかも…。なんて期待したのに。
あれ?でも、布団敷いてあるわけだし、隣で寝てくれちゃうかもよ?キャロルさんは一階の部屋で寝ることになるんだろうし…。
私はお風呂から出ると、部屋で髪を乾かし、いつものように一階にドライヤーを持って行こうと階段を下りていた。その時、洗面所から守君のでかい声が聞こえてきた。
「勝手にドア、開けて入ってくるなよ!バカキャロル!」
わ。守君、バカって言っちゃったよ。大丈夫?
「守ガ入ッテイルッテ、知ラナカッタ!」
「わかるだろ!風呂の中まで覗きやがって。洗面所に着替えが置いてあっただろ!」
「司ノダト思ッタ!」
「兄ちゃんだったら、平気で風呂まで入るのかよっ!」
え?今、なんて?
「このスケベ女!」
「ナニ~~~?」
うわわわ。喧嘩になる?
「スケベッテドウイウ意味?」
あれ?
とそこに、2階から司君が下りてきた。
「あ、司君。今、守君とキャロルさんが喧嘩しそう。守君、キャロルさんに酷いこと言ってるし」
「2階まで聞こえた」
「だ、大丈夫かな」
「…大丈夫じゃない?キャロル、スケベって言葉もわかってないし」
え~~~。司君、そんな他人事みたいに。
「でも、キャロルさん、司君と守君、間違えてお風呂のドア開けたんだよ」
それは、いいの?
「…え?」
「そこは聞こえてなかった?」
「うん」
司君はさすがに顔をしかめ、洗面所から出てきたキャロルさんを掴まえた。
「キャロル、何やってるんだよ」
「ア、司。コレカラオ風呂?」
「そうだけど」
「一緒ニ、入ル?」
「だから。入らないって言ってるだろ?」
「ナンデ?」
「こっちがなんでって聞きたいよ」
「……前ハ入ッタ」
「それ、いったいいくつの話してるの?8歳か9歳の時だろ?」
「ウウン。14歳ノ時」
「ええ?!」
私はそれを聞き、司君の前で呆然とした。
「キャロル!穂乃香が誤解する。一緒に入ったんじゃない。キャロルが勝手にドア開けて、入って来たんだろ!」
え~~~~~!!!
「ソウ。司、慌テテ、風呂カラ出テ行ッタ」
司君は、ふうってため息をついた。真実をキャロルが言ってくれてよかったっていう、安堵のため息らしい。
「そうだよ。一緒に入ったなんて、冗談でも言うなよ」
司君が眉間にしわを寄せてそう言うと、
「ダカラ、今日ハ一緒ニ入ロウト思ッテ」
と、キャロルさんはまったく動じずそう言い返した。
「はあ?なんでそうなるわけ?」
「司ノ成長ブリ、見テヤル」
「……わけわかんね」
司君はそう言うと、どいてと言ってキャロルさんを洗面所の前からどかせ、洗面所の中に入って行こうとした。
「穂乃香、知ラナイヨネ」
「え?」
な、なに?何を私に聞いてきたの?
「何を?」
司君はその場に立ちすくみ、キャロルさんのほうを向いた。
「司ノオ尻。ホクロアルンダ。可愛イホクロ」
「…!!!!」
私はびっくりして、目を丸くした。司君も相当驚いたらしい。口を開けて、しばらくそのまま言葉が出なかったようだ。
「…キャ、キャロル?な、何でそんなこと穂乃香に言うわけ?」
司君は目を丸くしたまま、キャロルさんに聞いた。すると、
「穂乃香に対抗意識でも燃やしてるの?でも、兄ちゃんの彼女は穂乃香なんだから、そういうのやめたら?」
と守君が、いつもの高い声をわざとひく~~くして、司君の後ろから顔をのぞかせ、そうキャロルさんに言った。
「対抗意識ッテ、何?」
キャロルさんは、司君の後ろにいる守君を睨みながら聞いた。
「だ、だから。ライバルってことだ。ライバル」
守君は少し、司君の影に隠れながらそう答えた。
「ライバル?フン!私ノホウガ、ズット司ノコト知ッテル。彼女ナンテ言ッタッテ、司ノコト対シテ知リモシナイデ、ライバルニモナラナイ。穂乃香ナンテ」
カッチ~~~ン。それ、どういう意味?
「キャロル、いい加減にしろ。いったいなんなんだ。自分が嫌なことがあったからって、俺や穂乃香に当たってるのか?八つ当たりか?」
「…ヤツアタリッテ?」
「だから…。自分が嫌なことがあったからって、人に酷いこと言ってるのかって聞いてんだよ」
「フン!ソンナンジャナイ。タダ、穂乃香ヨリ、私ノホウガ、司ヲヨク知ッテルッテ、言イタカッタダケ」
何、それ。なんなの、それ。ムカムカムカ~~~。
キャロルさんは、にんまりと笑って私を見た。なんだか、まるで勝ち誇ったような顔をしている。もしかして、私を負かそうとしているの?なんかの勝負でも挑んでいるわけ?
なんの勝負かわからないけど、なんだか、我が物顔で司君にひっついているのが、頭に来る!
ムカ~~~~~~~~~~!
「私だって、知ってるから!」
「エ?何ヲ?」
「司君のお尻のホクロ!知ってるよ!!!」
……。って、私は何を言ってるんだ~~~~~!
言ってから、しまったと思った。でも、遅かりし。司君は赤い顔をして私を見て、守君の目は、いつもの倍はでっかくなって、私を見ている。そしてキャロルさんの顔は、どんどん怖い顔になった。
「嘘ツキ!」
え?なんで嘘つき?
「う、嘘じゃない」
はっ。私、なんで、対抗してるの?司君の顔が、引きつってるよ。俺のお尻いったいいつ見たんだって、きっとそう思ってる。ど、どうしよう。見たくて見たわけじゃないのに。
「嘘ダ。司ノ裸、見タコトモナイクセニ」
「見、見たんじゃなくって、見えちゃったんだもん」
「穂乃香も、兄ちゃんが風呂入っているのを覗いたの?」
「ち、違うよ!」
ぎゃ~~、もう。守君、何を言って来るのよ。
「ちょっとあなたたち、いい加減にして。もう夕飯できるわよ。司はさっさとお風呂に入ってきなさい」
ダイニングのドアを勢いよくあけて、お母さんがそう言ってきた。
「……」
司君は黙ったまま、洗面所に入って行った。
わ~~~~!私、司君にもしかして誤解されてるかも。偶然見えちゃっただけで、見たかったわけじゃないのに。
さっき、一気に熱くなった顔の血の気が引いた。きっと、今、私の顔は青ざめている。
「フン」
キャロルさんがそんな私を見て、鼻で笑った。
ムカッ!
なんなんだ。この態度。最初に会った時には、司君に彼女ができたって言って驚いていたけど、喜んでいる感じだったのに。夏に泊まりに来た時には、もう司君にべったりで、私の入り込む余地すら与えてくれなくなっていた。
もしかして、司は私のものよ…みたいな、そんなことをキャロルさんは私に言いたいんだろうか。それで、あんな態度を示すんだろうか。お風呂に一緒に入ろうなんて、彼女のいる前でわざわざ言うことじゃないよね。
なんだか、どんどん、ムカムカしてきた。司君の言うように、八つ当たりなの?自分が彼氏とうまくいかなくなったから?それとも、司君を他の誰かに取られるのは嫌なの?
もう、いったい、なんなのよっ!
夕飯の時間になった。お父さんもお母さんも、何事もなかったかのように明るく、ご飯を食べていた。キャロルもお母さんたちと楽しそうに笑って話している。
守君はものすごく機嫌が悪かった。ムスッとしたまま、ご飯をかっこんでいる。きっと、早くに食べて、自分の部屋に行きたいんだろう。
司君はと言うと、まったくの無表情だ。鉄仮面のようになっているから、きっと、心の中を悟られないようにしているんだろう。
いったい、心の中では何を思っているの?それを知りたいような、知りたくないような。
もしかして、私に対して、呆れちゃったとか、怒っちゃったとか、嫌になっちゃったとか、そんな思いを隠しているんじゃないよね?
ドキ。ドキ。ドキ。私は心臓がだんだんと早くなりだし、ご飯の味なんてまったくわからなくなっていた。
「ご馳走様」
一番に食べ終わった守君は、さっさと自分の食器をキッチンに運び、ダイニングを出て2階に行った。
その数分後、黙って食べていた司君が、
「ご馳走様」
と静かに言い、席を立った。
わわ。また、私、取り残される!私も慌ててご飯を食べた。お茶でどうにか飲み込み、司君のあとに続いて、食器をシンクに持って行くと、一緒に2階に上がった。
でも、私の心の中は穏やかになれなかった。一階に取り残されるのも嫌だけど、今、司君と一緒にいるのも、ちょっと気が引ける。
「……」
階段を上り終え、ちらっと黙っている司君の顔を見た。
うわ!司君、真っ赤?
「…俺の部屋、来る?」
「え?う、うん」
なんで、真っ赤?
司君は部屋に入ると、私をベッドに座らせ、その横に座った。
「……穂乃香」
「え?」
ドキン。何?
「いつも俺が着替えている時、布団に潜り込んでるくせに、なんでケツのホクロ知ってるの?」
ひょえ~~~。やっぱり、司君、それ、気にしてたんだ。
「違うの!偶然なの。布団に潜り込もうとする前に、司君が裸で布団から勢いよく出たから、それで見えちゃっただけで」
「……」
司君は、顔を赤くしたまま、じいっと私を見ている。なんだか、疑いの目で。
「ほ、本当だよ?」
「俺、自分のケツにホクロがあるのも、知らなかったんだけど」
「え?そうなの?」
「……。なんだか、照れる」
「え?」
「キャロルがそれ、知ってたって、何を言われたって、どうでもいいけど、穂乃香に言われると、なんか照れくさい」
「……」
か~~~~~。司君がもっと赤くなるから、私まで顔がほてってきた。
「あ、あのさ」
「う、うん」
しばらく2人で照れ合っていたけど、司君が先に口を開いた。
「キャロルのこと、俺もよくわかんないんだけど、多分、自分が彼氏とうまくいってないから、ああやって意地悪してると思うんだ」
「…私に?」
「ごめんね?穂乃香、大丈夫?傷ついてない?」
「え?う、うん。大丈夫だよ?」
頭には来たけど。それも、思いっきり。
「……。さっき、司君。ご飯食べてた時、もしかして顔が赤くなるのを抑えてた?」
「え?」
「なんだか、無表情だったから」
「あ、う、うん。穂乃香に、ケツのホクロ見られたって思ったら、ちょっと、恥ずかしくなって」
え?
「俺、無表情になってた?」
「うん」
「だよね。うん。必死で、何も考えないようにしていたかも」
そうなんだ。恥ずかしかったからなんだ。なんだ。呆れたり、嫌になったりしたわけじゃないんだ。よかった。
「でも、俺も」
「…え?」
「穂乃香の、胸の谷間のホクロ、知ってるし」
「………え?」
「小さいんだけどね。ホクロあるの、自分で知ってた?」
どっひゃ~~~~!!!!胸の谷間?な、なんで知ってるの?え?じゃ、しっかりと見られてるってこと?小さいホクロまで?
私は顔から火が出る勢いで顔が熱くなり、司君の顔も見れなくなり、顔を隠した。
「……ほ、穂乃香?」
司君が、私の顔を覗きこんできた。
「真っ赤だね」
コクコク。私は顔を両手で隠し、うなづいた。
「そんなに赤くなるとは思わなかった…。ごめん。軽はずみなこと、俺、言っちゃったかな」
「な、なんで知ってるの?」
「え?なんでって、そりゃ、いつも見えてるから」
「だって、部屋の電気消してるよ」
「でも、見えるよ?」
「………」
いつも、見えてる…の?む、胸だけ?
ドキドキ。バクバク。私、やっぱりこんなんじゃ、クリスマスに電気なんて…。
「む、無理かも」
「え?何が?」
「クリスマス…」
「……」
私がそう言うと、司君は察したらしい。
「いいよ。無理はしないでも。うん。いいんだ」
司君はそう言うと、優しく私の肩を抱いてきた。
「わ、私って変かな。こんなことくらいで、動揺してるの」
「…変じゃないよ」
「で、でも」
「可愛いよ」
可愛い?うそ!
「穂乃香って、可愛いよ。まじで俺、そう思ってるよ」
「ほ、ほんと?」
「俺、本当のことしか言えないから」
そうだった。司君って、嘘やお世辞が言えない人だった。
私はしばらく顔がほてっているのが、おさまらなかった。そんな私を司君は、黙って優しく抱きしめていてくれた。
司君。優しい。
その優しさ、他の誰かには見せないでほしい。私にだけ、優しくして。
って、そんなの私のわがままかな。
特にキャロルさんには見せないでほしい。そんなことを思いながら、司君の腕の中に私はいた。
私だけ、司君の特別でいさせて…。ずっと。




