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第23話 悔しさ

 その週の金曜日。私はちょっと緊張していた。明日、キャロルさんが来る。それは、守君も同じで、緊張しているようだった。

「明日、俺、テニス部でずうっと家にいられないから。遅くなるかもしれないし。だから、キャロルがいなくなってから帰ってくると思うよ」

 朝、守君はそうお母さんに念を押してから、家を出て行った。


 司君は、キャロルさんのことなんて、気にかけてないよ…と、わざと無表情を装っているように見えた。司君は、気にするほど無表情になる。鉄仮面のような、まったく表情が消えた時には、けっこう動揺していたり、悩んでいたりする時だ。

 だから今も、本心はキャロルさんのことが気になっているんだろう。


 司君と学校に行くまでの道も、司君の顔はポーカーフェイスで、心の奥を見せないようにしているように見えた。それが、ちょっと寂しかった。なんとなく、壁を作られているような、そんな気がして…。


 だけど、キャロルさんのことなんて、どっかに飛んでいくくらいのことが起きちゃったんだ。


 その日の放課後。美術室の前で司君と別れ、私は美術室に入った。それからしばらくすると、美術室のドアのところに、瀬川さんが現れた。そして、私と目が合うと、ぺこりとお辞儀をして、美術室の中に入ってきた。


「あの、今、大丈夫ですか?」

「え?」

 私に用事?

「話があって。ここじゃなんだから、廊下に出てもらっていいですか?」

「うん」


 あ。うんって言っちゃった。断ればよかったな。きっと、私に何か言って来るつもりなんだよね。

 藤堂先輩と別れてください…とか。そんなようなこと…かな?


 ドキドキ。ちょっと、なんだか、怖くなってきた。瀬川さんが何を言って来たって、きっと平気って思ってたけど、やっぱり怖いかも。


 こわごわ、瀬川さんのあとをついていくと、瀬川さんは廊下をどんどんと進み、突き当たると階段を上り、踊り場で立ち止まった。

「ここなら、人も来ないですよね」

 うん。この階段、ほとんど人来ないもん。


 こんな人が来ないようなところに呼んで、なんの話?やっぱり、別れてくださいって言うの?いきなり泣いたりしないよね?

 ビクビク。ちょっと、このあと、瀬川さんがなんて言い出すのかが怖い。


「あの…。単刀直入に言います」

「はい…」

 う…。怖くて、私まで敬語になってる。

「藤堂先輩と、私、付き合ってるんです」


「………」

 はい?

「陰で付き合ってるんです。まだ、藤堂先輩、結城先輩と別れてないんですよね」

「…え?」

「だから、今、二股かけてるような状態になっちゃって。でも、本当は藤堂先輩、結城先輩とは別れたいみたいで」


「は?」

「びっくりするのも無理ないですよね。藤堂先輩って、そういうことちゃんと結城先輩に言ってないんですよね」

「……はあ?」

 何を言いだしてきたんだ。この子はいったい。


「私、陰で付き合ってるだけでもいいって言ったんです。藤堂先輩、はっきりと結城先輩と別れるって、決心がつかないようだから。でも、だんだんと私といるうちに、結城先輩とは別れたくなったみたいで」

 げ~~~。何それ。この子の頭、どうなってるの?それ、全部、妄想?この子の幻想?


「藤堂先輩から言い出しにくいみたいだから、私から結城先輩に言ってもいいよって…。それで」

「ちょっと待って」

 私は一回、話の腰を折った。勝手にこの子はどんどんと、自分の妄想を話しているけど、そのペースに巻き込まれるところだった。


「ふ、二股なんて、そんなこと藤堂君できないよ」

「…なんにもわかってないんですね、やっぱり」

「へ?」

 瀬川さんはにんまりと微笑み、

「私のほうが、よ~く知ってるんですよ」

と意地悪な感じで言ってきた。


「何を?藤堂君の何を知ってるの?」

「本当は別れたがってるってこととか。だって、一緒にいても楽しくないって言ってたし」

 はあ?な、なんだそりゃ。それにいつ、司君とあなたは一緒にいたって言うの?


「つ…。藤堂君といつ会ってたの?藤堂君は部活もあるし、会う時間なんてないはずだよ?」

「夜です。電話もしたり、メールもしょっちゅう」

 嘘ばっかり~~~!昨日も、一緒に寝る時間まで、勉強していたし。その前の日は、司君は守君に勉強を教えてて、そのあと、私が部屋に忍び込んで…。だから、電話もメールもしていないってば!


 これ、この子の手なんだ、きっと。いろいろとでっちあげて、私を動揺させ、そして私と司君を別れさせようとしているんだ。

 司君に言い寄っても、なびかないから、だから、私のほうに矛先を変えたんだ。


「藤堂先輩、結城先輩といると疲れちゃうんですって。私といた方が楽しいみたい。私といると、いっぱい話すし、それにもう、私のことも名前で呼んでくれてるんですよ」

 むっか~~~~~~~。

 なんて嘘を並べてるんだ。


「ショックですか?もしかして…。でも、結城先輩も感じてたんじゃないですか?ダンスパーティには誘ってくれない。手も繋いで帰らない。名前もいっこうに呼んでくれない。そんなの付き合ってるって言えないですもんね」

 何それ。もしや、そういうの調査済みとか?


「……藤堂君は、二股かけられるような、そんな人じゃないよ。それに、もし別れようと思うなら、自分でちゃんと言う。人にそんなことさせたりしない。それに、陰で人の悪口言ったりしない」

 私は瀬川さんのことを睨みながら、そう言い返した。


「…そんなの、結城先輩が勝手にそう思ってるだけで」

「あなたのほうが、藤堂君のことなんにもわかってない」

「え?」

「藤堂君は誠実で、まっすぐで、純粋なの。人が傷つくようなことを平気で出来るような人じゃない。本当に心の底から、あったかくって優しい人なんだから!」


「そ、そんなの、勝手に結城先輩が」

「そんなでっちあげして、私と藤堂君を別れさせようとしても、無駄だから!私、藤堂君を信じてるし、藤堂君はすごく私を大事に思ってくれてるんだから」

「な、なんでそんなこと、結城先輩にわかるんですか?」


「なんで?そりゃ、付き合ってるもん。藤堂君の良さをいっぱいいっぱい知って、好きになったんだもん。あなたとは、違うんだから!」

「……」

 瀬川さんは、何も言えなくなってしまったようだ。顔を赤くして、口をぱくつかせているが、言葉が出てきていない。


「瀬川さん。藤堂君を甘く見ないで。二股かけたり、平気で悪口言うような、そんな男だと思ったりしないで。見くびらないでくれる?」

「……」

 瀬川さんは、何も反論できなくなったのか、口を閉じ、黙り込んでしまった。


「話って、それだけ?じゃあ、私、美術室に戻るから」

 そう言って、私は階段をさっさと下りた。瀬川さんはそのまま、その踊り場に立ちすくんでいるようだった。


 私は廊下を歩き、美術室に向かいながら、やっとこ今起きたことを冷静に思い返すことができていた。そして、いきなり心臓がドキドキしてしまった。

 私ったら、えらいことを言ってしまったんじゃなかろうか。


 でも、でもでもでも。司君のことをあんなふうに言うなんて、酷いよ。司君はそんな男じゃないんだから。

 ああ、なんだか、まだ悔しい。嘘をつかれたことも、別れろって言われたことも、そんなのどうでもいい。ただ、司君をそんじょそこいらにいる、平気で女の子と遊べるような軽い男と一緒にされたことが、悔しくってたまらない。


 悔しい~~~~~~~~。

 私は、その悔しさを胸に閉まったまま、絵を描く気にはなれなかった。

 部長に聞いてもらう?まさかね。じゃあ、誰?麻衣?美枝ぽん?もう、学校にいないよね。


 ああ、悔しくって、地団駄踏んでも気がおさまりそうもない。

 そのまま廊下を歩き続け、昇降口を抜け、なぜか食堂のほうに私は向かっていた。

 スカッとする飲み物でも、一気に飲んでみる?炭酸飲料とか…。


 そう思い、食堂の入り口の前にある自動販売機でサイダーを買い、それを持って食堂に入った。

 ムカムカ。まだ、おさまらない。サイダーの蓋を開け、ゴクゴクと飲んだ。ああ、でも、まだ気がおさまらない。


「部活は?」

 いきなり、背後からそう聞いてきた人がいた。この声!沼田君だ。

「いいところに。今、頭に来ることがあって!」

 沼田君をつかまえ、私はついつい、今あったことを沼田君に話してしまった。


 あ、こんなこと、言ってよかったのかなあ。でも、遅かりし。

「は~~~~?」

 沼田君も、眉間にしわを寄せ、難しい顔をしながらそう言った。

「なんだ、その子。何考えてるんだ」


「だ、だよね」

「そりゃ、穂乃ぴょんが怒るのも当然だよ。司っちのこと、なんにもわかってないなんてもんじゃない。司っちのこと、その子はまったく好きでもなんでもないんじゃないの?」

「え?」


「本気で好きだったら、そんなことでっちあげないだろうし、司っちのことだって、もっとわかってるだろ?」

「そ、そうか。じゃあ、あの子、どうして藤堂君と付き合いたいって思ってるのかな」

「聖先輩の後釜だろ?多分、聖先輩の時もそうだったんだろうけど、モテる男と付き合いたいんじゃないの?ブランド品持って歩くようなもんなんだよ、きっと」


「ブランド品?」

「自分の価値をあげてくれる、みたいに思ってるんじゃないの?そういう男と付き合っていたら。自慢もできるだろうしね」

「ひ、酷い。酷いよ。藤堂君のことなんだと思ってるの?ビトンや、シャネルのバッグみたいに思ってるってわけ?」


「だろうね」

「ひどいよ~~~!!!!」

 もっと頭に血が上った。

「まあまあ。そんなに怒んないで。そんな子、無視してたらいいんだから」


「…」

「穂乃ぴょんが、司っちの良さをわかってあげてたら、それでいいんじゃないの?」

「……う~~。そうだけど。やっぱり、悔しい」

「それに、あの子に司っちの本当の良さ、知られないほうがいいよ。うん。もったいない。知られちゃうのが」

「……もったいない?」


「そう。司っちの良さは、穂乃ぴょんが知ってるだけでも、それでいいって」

 そうかな。それで本当にいいのかな。

「あ、でも、沼田君だって、藤堂君の良さ知ってるよね?」

「うん。知ってるよ。俺が女なら、穂乃ぴょんはライバルだね」


「え~~~?」

「でも、俺は男だから。司っちがライバルになっちゃった」

「………え?」

 沼田君はそれだけ言うと、真剣な顔をして黙り込んでしまった。


 あ、あれ?ちょっと待って?今のって?

 私の頭はさっきまで、ゆであがっていた。頭に血が上り、なかなか下がらなかったが、今、すうって血が下がって行った気がする。


 えっと。沼田君は何が言いたいのか…な?それ、私、聞いちゃっていいのかな。


「…あのさ。これ、周りの人に隠しているようだから、小声で話すけど」

 沼田君は辺りを見回しながら、そう言ってきた。食堂の窓際に男子生徒が数人いて、ゲームをしているくらいで、今は他に誰もいなかった。


「穂乃ぴょん、司っちの家に住んでるんだって?」

「え?なんでそれ…」

「麻衣から聞いた。あ、麻衣、俺がそのこと知ってるもんだと思って、話してきちゃったんだ。だから、麻衣が勝手にばらしたわけじゃないから、麻衣は恨まないでやって」


「……う、うん」

「ちょっとね、隠されてたのもショックだったんだ。麻衣も、なんで沼っちに隠してるんだろうって言ってたけど」

「ごめんね。私も藤堂君も、沼田君には本当のこと話してもいいんじゃないかって、そう言ってたの。でも、なんだか沼田君、あんまり私に話しかけてこなくなったから、言うタイミングがなくなっちゃって」


「…そっか」

 沼田君はそう言って、小さなため息をした。

「隠されてたのもだけど、なんだか、もう完全に穂乃ぴょんは、司っちのものになっちゃったんだなあって、そんな思いもあってさ」


「え?」

 何それ?

「事情も聞いたよ。ご両親のことも」

 沼田君はそう言うと、力ない微笑みを浮かべ、

「だけど…。なんつうのかな。穂乃ぴょんは、司っちといっつも一緒にいるんだなって思ったらさ…。なんかね」


 それで話しかけてこなくなったの?司君もよそよそしくなったって言ってたけど。

「俺、穂乃ぴょんが好きで、美枝ぽんとは別れた。美枝ぽんから聞いた?」

「う、ううん」

「でも、なんとなく気づいてたよね?」

「う、うん」


 っていうか、話を聞いちゃったんだけど。それも、盗み聞き…。

「だけど、だからって穂乃ぴょんと付き合いたいって思ってたわけじゃないんだ。司っちのことが穂乃ぴょんはすごく好きなのも知ってたし、二人が仲良く付き合っているのを、壊すつもりもなかったし」

「う、うん」


「だから、二人から離れたんだけど、だんだんと、俺の気持ちも落ち着いていって、もう二人と距離を開けないでも大丈夫そうだなって、そんなところまで立ち直れて」

 立ち直れた?じゃ、もしかしてずっと、落ち込んでた?

「もう、穂乃ぴょんのことも大丈夫。あきらめがついたってそう思ってた。だけど、一緒に住んでるって聞いて、すごくショックを受けてる自分がいて。全然あきらめがついたわけじゃなかったんだって、思い知ってさ」


「……」

「で、また二人と距離を置くようになっちゃったってわけ。ごめんね?」

 え?なんで謝ってきたの?

「嫌な思いさせてるよね?」


「う、ううん。そんなこと…」

「…」

 沼田君は、ふって笑って、

「でも、俺、まじで司っちはいい奴だって知ってるしさ…。やっぱり二人の邪魔をする気は、全然ないんだよね」

と目を伏せがちにしながら、言葉をつづけた。

「……」


「ただ、近くにいるの、まだ辛いから、また距離を置いちゃうかも」

「……」

「でもね。穂乃ぴょんに幸せでいてほしいって、マジでそう思ってるから。だから、瀬川さんみたいに二人の仲を引き裂こうなんてバカなことをしようとしてるやつがいたら、阻止してやるからさ。それに、穂乃ぴょんが苦しんでいるなら、慰めたり、励ましたりするからさ」


「……」

 じ~~~~ん。なんだか、胸が熱くなった。

「あ、あれだよ?そうやって司っちから穂乃ぴょんを奪い取ろうとか、そんな野望は抱いてないから」

「う、うん」


「瀬川さんのことは、本当にほっといていいよ。堂々と私が藤堂君の彼女なのって顔で、司っちにくっついていなよ。ね?」

「…ありがとう」

 沼田君はにこりと笑い、食堂を出て行った。


 沼田君。君の方こそ、いい奴だよ。きっと私が男だったら、親友になってるよ。

 司君も沼田君の良さを知っている。きっと、二人はまた仲のいい友達に戻れるよね?


 炭酸飲料を飲み干して、私はすっかり気分をよくして、美術室にと戻っていった。


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