第22話 よ・ば・い?
その日の夜、司君は、守君の勉強を見ていて、私は一人寂しく自分の部屋で本を読んでいた。守君、期末試験に向けて、勉強を教えてもらいたかったみたいだな…。
「はあ…。寂しい」
隣の部屋からは、時々守君の高い声が聞こえてくる。内容まではわからないけれど…。
「サンキュー。明日は数学を教えてね」
ドアを開ける音と、守君の声が同時に聞こえてきた。あ、ようやく終わったんだ。っていうか、明日も司君のこと、守君が独占しちゃうの?
いや。私が来るまでは、きっと守君は司君を独占していたんだろうし、私が来てから、寂しい思いもしていたかもしれないんだよね。
…。あんまり、寂しそうにしているところを見たことがないから、わからないけど。
時計を見た。11時近かった。ああ、もう司君との時間は持てないんだなあ。そう思うと、寂しさがさらに増してきちゃうなあ。
「司君…」
壁に向かってつぶやいた。大きな声で話しかける勇気はない。
おとなしく布団を敷いて、もう寝ちゃおうかな。なんて思いながら、私は布団を敷いた。
そして、布団の上で丸くなり、あれこれ考えだした。
ちょっとでいいから顔を見に、司君の部屋に行ってみる?壁をノックして「おやすみ」って言うより、直接顔を見ておやすみって言いたい。
でも…。たったそれだけのために、部屋に行くのもなあ。もう、こんな時間だしなあ。
う…。でも、顔を見たいものは見たい。見たいって言ったら見たい。だから、行っちゃってもいいよね?何しに来たの?って聞かれたら、顔が見たかったって、正直に言っちゃっても…。
どひゃ!今、ちょっとそれをシミュレーションしただけで、顔から火が出た!やっぱり、そんなこと恥ずかしくって言えないよ~~。
あ、じゃあ、何か用事を見つけて…。えっと…。でも、今さら勉強教えてなんて言えないし。
う~~~~~~~ん。どうしょう。
う~~~~~~ん。
あれ?なんだか、寒くなってきた。ブル…。ここはどこかな。寒いな。私、布団の中に入ってなかったっけ?
でも、布団…。
あ!今、勝手に布団が上から乗っかってきたよ?すごいなあ。さすが藤堂家の布団は、気が利いてるね…。自分から私の上に、乗っかって来ちゃうんだもの。って、そんなことがあるわけないか。魔法の布団じゃないんだし。
あ、そうか。これ、夢か。だから勝手に布団が乗っかってきたのかあ。そういえば、ふわふわしてて、あったかくって、なんだか、優しい空気が漂っていて…。ああ、私の髪を優しく誰かが撫でているんだ。
それに、優しく私にキスをしてる。
え?
キス?
パチ。
わ!
「…つ、司君?」
目の前に、司君の顔。なんで?
「…あ、これも、夢?」
「クス。寝ぼけてる?」
「………え?」
司君が私の頬を優しく撫でた。
あれ?夢じゃない?でも、なんで司君がここにいるの?それも、同じ布団に寝てるけど。
え?昨日、確か、私一人で寂しがって寝たような…。
「穂乃香、掛布団もかけないで寝てたよ。風邪引いちゃうよ?」
「……。司君、布団をかけに来てくれたの?」
「ううん」
「……?」
じゃあ、なんで…。私の部屋にいるのかな。
「夜這いしに来た…」
……………。
え?!!!!
夜這い?!!!!
「クス」
あ、笑われた。私がものすごくびっくりしたから?
「な、なんだ。冗談か。びっくりした」
もう。またからかわれたんだ。
「冗談じゃないけど?そっと穂乃香の部屋に、忍び込んできたんだ。起きてるかなって思って」
「え?」
「そうしたら、布団の上で丸くなって、くーすか可愛い寝顔で寝てるから、襲えなくなっちゃった」
襲う?!!!
「でも、あんまり可愛いから、隣で寝たくなって。朝までここにいてもいい?」
うっきゃ~~~~~。
「……う、うん」
朝まで、司君が隣にいてくれるの?嬉しいかも。
「穂乃香、なんで布団もかけないで寝てたの?」
司君はまだ、私の髪を撫でている。
「…寝るつもりなかったの。でも、知らない間に寝てた」
ドキドキ。なんだか、胸が高鳴って来ちゃったよ。
「考え事してたとか?それとも、落ち込んでたか、恥ずかしがってたか…。まあるくなって寝てたもんなあ」
「…考え事してた…かな?」
「……」
ドキン。司君がじいっと私の顔を見てる。
「なんか、悩んでた?」
「う…。たいしたことじゃないの」
「もしかして、あの1年の子のこと?」
「1年?あ、瀬川さん?」
「うん」
司君の顔が、ちょっと真剣な顔つきに変わった。
「ううん。違うよ。瀬川さんのことなんて、すっかり忘れてたし」
「ほんと?」
「うん」
あ…。司君、安心したって顔をした。
「もっと、司君が聞いたら呆れるようなことで、悩んでた」
「俺が?…なんだろ。気になるな」
司君は天井を見上げてから、また私の顔をじっと見てきた。
「……呆れるよ?」
「クス。呆れないよ」
「…でも、きっと笑うよ?」
「笑わない。誓う。だから、言ってみて?」
司君は優しい目でそう言った。
「あのね。守君が部屋に戻ったから、司君の顔を見に、司君の部屋に行こうかと思ったの」
「うん」
「でも、顔を見たくって、なんてそんな理由、恥ずかしくて言えないなって思って」
「…」
あ。言っちゃった。バカじゃない。恥ずかしくって言えないって思っていたのに言ってるし。
「……」
それに、司君、今、笑うのこらえてるよ、絶対。鼻がひくひくしているし、目はすでに笑ってる。
「いいよ、笑っても」
私がそう言うと、司君の顔が一気に、笑顔になった。
「い、いや…。ごめん。笑うつもりはなかった。ただ、穂乃香、可愛いって思って」
司君はそう言ってから、くすくすと笑った。ああ、ほんと、この人って静かに笑うよなあ。それが絵になってるよなあ。
「俺、顔が見たいからって穂乃香が来てくれたら、すごく嬉しいけどな」
「ほんと?」
「うん。俺も、穂乃香の顔が見たくて、こうやって部屋に来ちゃってるし」
「そうだったの?」
「…まあ、顔が見たいだけじゃないけどね。俺の場合」
「え?」
「コホン…」
司君は咳払いをして、顔を真面目な顔に戻すと、
「さ。もう寝ようか。12時になるよ」
とそう言ってきた。
「うん」
司君はチュって私にキスをした。うわ。おやすみのキスだ~~。嬉しい~~~。
「おやすみ、穂乃香」
「おやすみなさい」
司君の胸に顔をうずめてみた。あ、司君の鼓動。ドキドキドキッてちょっと早い。
ほわわわわん。幸せだ~~。朝まで、司君と一緒に寝れるんだ。
幸せすぎて、胸が満たされて、感無量です!
なんて、アホなことを思っているうちに、私は寝てしまったようだ。
夢の中でも、司君の腕の中で幸せを満喫していた。
そしてなぜか、夢の中で私は瀬川さんに向かって、こんなことを言っていた。
「司君は、二股なんてかけたりしない。司君のことを信じてる。司君は本当に私を大事にしてくれている」
なんでそんなことを、言っていたのかなあ。私…。もしかして、瀬川さんのこと、心のどっかで気にしてたのかなあ。
だけど、それは正夢だったんだ。ってことがあとからわかった。その時には、そんなことも思わなかったけど。
翌朝、目を覚ますと横で、司君が可愛い寝顔ですやすや寝ていた。
はう…。なんて愛しい寝顔なんだろうか。ああ、朝から幸せだ~~~~。
しばらく司君の寝顔に見惚れていると、司君が目を開けた。そして、はにかんだ可愛い笑顔で、
「おはよ、穂乃香」
とそう言った。
「おはよう」
ちょっと恥ずかしくなって、私はすぐに布団に顔を隠した。
「あれ?何で隠すの?顔」
「なんだか、恥ずかしいから」
「あはは。もう、朝から穂乃香、可愛いね」
司君はそう言って、優しく私の髪にキスをした。
「今度は、穂乃香が俺の部屋に、夜這いに来てくれてもいいからね?」
うわ。うわわ。そんなことできないよ。
できない…。けど、してみたい。
ああ!今、私、なんて思いました?でも、冗談だよね?今のって。ええい、聞いてみる?
「今の…。冗談?」
「本気だけど?」
「私が夜這い?」
「うん。来てね」
どっひゃ~~。そんなことを爽やかな顔で言わないで。顔から火~~~。出た~~。
「あはは。真っ赤だね、穂乃香。ほんと、可愛いよね」
司君はそう言うと、今度は私のおでこにキスをして、それから布団から抜け出し、自分の部屋に戻っていった。
ああ。もう、やっぱりからかわれてるんだ。でも、行ってもいいのかな。司君の部屋に、夜中にそっと。
いいよね?
だって、司君だって昨日、来たんだもん。それで、知らない間に隣で寝てたんだし。
いいよね?!
ドキドキドキドキドキ。そんなことを考えたら、一気に心臓が早くなりだした。
じゃ、じゃあ、さっそく今夜にでも。だって、確か今夜も、守君、勉強教えてって言ってたし。
ドキドキしながら、司君と学校に行った。司君はいつもと変わらず、ポーカーフェイスだった。
学校でも、私たちはほとんど話さず。
昨日、二股かけてたっていう噂が広まったが、それも、デマだったと一気にまた、みんなに知れ渡ったようで、もう、司君に何かを言ってくる人はいなくなった。
いい加減、瀬川さんもあきらめるんじゃないかなあ。司君、全然相手にしていないんだし。
ま、いっか。ほっておこうっと。
それよりも私には、一大事なことがあれこれある。
クリスマスのことや、今夜の夜這いのこと。
ドキドキ。忍び込む勇気はないから、ちゃんと起きてる時間にノックをして部屋に入ってみよう。
でも、寝ているすきに入って、寝顔をじっくりとみて、そっと隣で寝ちゃうっていうのも、ちょっとスリルがあっていいかも。
だから~~~!最近、本当に自分の思考が怖いってば~~~!!!
う。でも、待てよ。それ、昨日の司君だし!
そんな大胆なことを司君がしてきても、逆に私は嬉しかったし。じゃあ、司君もだったりする?
よ、よ~~~~し。今夜、決行してみる?よ・ば・い。
夕飯が終わって、守君は司君に、
「今日は数学ね~~」
と言いながら、二人で2階に上がっていった。
ドキドキ。
ドキドキ。
ドキドキ。
誰も知らない私の計画。
ああ、ドキドキものだ~~~。
今日もやっぱり、11時ちょっと前に、
「ありがと~~」
と守君は、司君の部屋を出て行った。
し~~~~ん。司君の部屋、静かだ。静まり返っているよ。
司君はいったい、何時に寝るんだろう。
私は寝ちゃったら大変だから、布団を敷かず、机に向かってずっと、勉強をしていた。っていっても、まったく頭に入ってこない。ノートに英語のスペルを、羅列しているだけ。
そして時々、ノートに「YOBAI」とか「TUKASA」と書いていて、自分でびっくりして、慌てて消しゴムで消した。
やばい、やばい。こんなの誰かに見られたら、えらいこっちゃ。そういえば、よばいとやばいは微妙に似ている。って、そんなの関係ないし。
12時を回った。そうっと壁際まで行き、耳を壁にくっつけてみた。
し~~~ん。物音一つしない。と思ったが、ギシギシ…と、ベッドがきしむ音がした。あ、これ、司君が寝返りを打った音だ。
っていうことは、もう寝た?寝ちゃった?
ドキドキドキドキドキ~~~~~~。
し、忍び込む時間がやってきちゃった?もしや。
そうっと、私は、部屋のドアを開け、それから足音も立てず、司君の部屋の前に行った。
もう一回、部屋の中の音を聴いてみた。し~~んとしている。
そ~~~~~~~~。ドアノブの音や、ドアが開く音も立てないよう、静かにドアを開けた。
部屋の中は、小さな電気だけだった。
そしてベッドの中で、司君が寝ているのが分かった。
顔を見てみると、スウスウって、しっかりと寝息を立てている。
あ~~~~~。可愛いです~~~~~!
ただ、司君はベッドの真ん中で寝ていて、私の入り込む隙間がない。こ、困ったぞ。
ちょっと司君の背中を、押してみた。動いてくれるかな。すると、上を向いて寝ていた司君は壁の方に、ゴロンと寝返りをうってくれた。
あ、隙間が空いた~~~。
私はもそもそっと、静かに布団に潜り込み、司君の背中にくっついてみた。
背を向けているのが、ちょっと悲しいけど。でも、司君の背中にくっついて寝れるのも嬉しい。
司君の優しいオーラ。あったかいぬくもり。それに可愛い寝息。
スウスウっていう寝息を聞きながら、私はそのまま眠りについた。
夢を見ているのか、見ていないのか、わからない眠りの中で、
「うわ。びびった」
という司君の声が聞こえてきた。
「な、なんで、穂乃香?」
っていう声も聞こえる。
パチ。目が覚めた。あ、真ん前に司君の顔。
「……」
ぼけっと司君の顔を見ていた。なんでびっくりしてるのかな?
「え?夢?これ」
司君は、まだ目を丸くしている。
「…司、君?」
「夢じゃない?」
「うん」
司君がこっちを向いたから、私は司君の胸に顔をうずめた。
「あ、本当だ。夢じゃない」
司君は自分のほっぺをつねったようだ。可愛いなあ。
「もしかして、夜這いに来た?」
「うん」
「俺、襲われた?寝てる間に。あれ?でも、ちゃんとパジャマ着てる」
「襲ってないよ。もう~~~~」
私がそう言うと、司君は小声で、なあんだって言ってから、私の髪にキスをした。
「なんだか、隣で誰か寝てるみたいだなって思って、目、覚めたら穂乃香がいて、びっくりした」
「…」
それで、びびったって言ったのか。
「昨日の続きかとも思ったけど」
「昨日?」
「俺が穂乃香の部屋に忍び込んだ」
「……」
「でも、俺の部屋だし、なんで穂乃香がいるんだろうって、なかなか理解できなくって」
「……怒ってる?」
「まさか!めちゃくちゃ、嬉しい。今日も穂乃香と寝れる」
キュキュキュン!
「穂乃香」
「うん」
「大好きだよ」
キュキュキュン!
「私も」
「…たださ」
「え?」
「できたら、翌日休みの日に忍び込んで」
「え?」
「そうしたら、そのまま、穂乃香のこと抱けるから」
どひゃ~~~~!
何を言い出すんだ。司君は~~~~!!!!!!
「ね?」
ね?じゃないよ~~~~~。
私はうなづくこともできず、司君の胸に顔をうずめたまま、真っ赤になっていた。




