第19話 進むのが怖い
バクバクバクバク。とんでもないことを言ってしまい、私の心臓が早くなりだし、
「あ、明日学校だし、もう部屋に戻るね」
と、司君の部屋を出た。司君はなんだか、恥ずかしそうに笑いながら、ベッドに座ったまま、おやすみと言った。
恥ずかしいのはこっちだよ~~~~!と自分の部屋に戻ってから、私は畳の上に座り込み、しばらく丸まっていた。
ど、どうしよう。
クリスマスが、怖い。
その日はドキドキしながら眠りにつき、翌朝も、ドキドキしながら目を覚ました。
クリスマスまでは、日にちもあるんだし、それまでに覚悟はできるかな。
でも、もし、やっぱり無理って思ったら、そう言っても司君ならわかってくれるよね?ね?
制服に着替え、一階に行った。
あれ?そういえば、7時になっても司君、壁をノックしてこなかったな。アラームの音もしなかったし、私よりも早く起きたのかなあ。
「…あら、司は?」
一階に下り、顔を洗ってダイニングに行くと、お母さんが聞いてきた。
「あれ?まだ起きてないんですか?」
「うん、まだよ?」
「…まだ、寝てるとか?」
「穂乃香ちゃん、見て来てくれる?風邪でいきなりダウンしているわけはないと思うんだけど、たまにあの子、鬼のかく乱っていうのかしらね、突然ダウンしちゃうから」
え?
風邪?!
私は心配になり、慌てて2階に駆けのぼった。それから、司君の部屋をノックしたが、なんの返事もないので、そっとドアを開けてみた。
あ、司君、まだベッドの中だ。
「……。司…君?」
そうっと顔を覗いた。スウスウと寝息を立てて、可愛い顔で寝ている。
く~~~~。可愛い。って、そうじゃなくて。熱があって、寝ているのかもしれないんだった。
私は、そうっとおでこを触ってみた。そんなに熱い感じはしないけど…。
「う、う~~ん?」
司君が目を開けた。
「……穂乃香?」
私の顔を見て名前を呼ぶと、嬉しそうに微笑んだ。
えっと…?寝ぼけてる?
「具合悪いの?もう、7時20分になるけど」
「…え?!」
司君は慌てて上半身を起こすと、目ざまし時計を見て、
「やっべ~~。寝坊した」
とベッドから抜け出した。
「寝坊だったの?ごめん。7時に起こせばよかったね」
「あ~~。うん。穂乃香はちゃんと起きれたんだ」
「うん」
って!司君、いきなりパジャマのズボンを脱いじゃったよ。わわわ。司君のパンツ姿、思い切り見ちゃった!
「あ、あ、先に下りてるね」
「え?うん。起こしに来てくれてサンキュー」
そう言う司君の方も向かず、私は一目散に司君の部屋を出た。
ドキドキドキ。心臓に悪い。そりゃ、お尻を見た時よりも、パンツを履いているだけ、いいんだけど。
ああ、司君のパンツ姿を見ただけで、こんなにドキドキになっちゃうんだよ?なのに、なのに~~~。
あ、そうか。小さな電気をつけていたって、目をつむっていたら司君の裸を見なくて済むんだ。
…って安心してる場合か!司君にしっかりと、私の裸を見られちゃうってば!
でもでも、やっぱり司君も、真っ暗は嫌だったんだ。
あ~~~~~~~~~。どうして昨日、無理だって言い直さなかったんだろうか、私…。
ガチャ…。
「あれ?穂乃香、なんでこんなところで、うずくまってるの?お腹痛いの?」
司君が、もう制服に着替えて部屋を出てきた。
「ううん。つ、司君のこと待ってただけ…」
そう言って私は背筋を伸ばし、司君のあとに続いて階段を下りた。
「…。なんか、考え事?」
「え?」
階段を下りながら、司君に聞かれた。
「穂乃香って、考え事してると、丸くなってる時多いからさ」
「…」
う…。そういうの、ばればれ?
「あと、落ち込んでる時も、恥ずかしがってる時も、丸くなってるけど、今のは、どっち?」
「…えっと。は、恥ずかしがってるほうかな?」
「何がどうして、恥ずかしかったの?」
司君は階段を下り、ダイニングに行きかけたところで立ち止まり、私のほうを向いて聞いてきた。
「…つ、司君が、着替えだしたから…」
「え?」
司君は一瞬目を丸くして、あははって笑った。
「そんなことで?でもさ、俺の着替えてるところなんて、もう何回も見てるでしょ?」
ぐるぐるぐる。私は、3回くらい首を横に振った。
「あれ?でも、俺、たいてい先にベッドから出て、穂乃香の前で着替えてる…」
「見てないもん。背中向けて、布団に潜り込んでるから」
「……。そうだっけ?」
そうだっけって、知らないでいたの?あれ?じゃあ、私、司君が着替えてるところを見ててもいいってこと?パンツ姿や、お尻。
ハッ!何を今、考えてた?見ちゃうのも、恥ずかしくって無理なくせに。
「穂乃香って、可愛いよね」
司君はくすくす笑いながらそう言った。
「…そ、そうかな。これが普通なんじゃないかな…」
「…あ、そうか。日本の子はみんな、そんな感じなのかあ」
「…」
また、キャロルさん?
「アメリカは違うの?」
こうなったら、言われる前に、私から聞いちゃう。
「さあ?どうかな。ただ、キャロルは…」
「…」
「あ、ああ。うん。いいんだけどさ」
司君は話すのをやめた。キャロルさんのことを言うと、また私が気にすると思ったんだろうか。
「キャロルさんは、平気で司君の着替えてるところを見てたの?」
私から聞いてみた。だって、途中でやめられても気になるよ。
「う、うん。まあね」
司君は思い切り、顔を引きつらせてそう言うと、さっさとダイニングに入って行った。
なんだか変と言うか、怪しい感じがしたけど。でも、あんまり気にするのはやめよう。気にしすぎるのも私の悪い癖だ。
お母さんに元気に今日も見送られ、私と司君は家を出て、駅に向かって歩き出した。もう、私の心臓もいつもと同じ速さに戻り、司君の隣にいることをひそかに喜びながら歩いていた。
「司君が寝坊なんて、めずらしいね?」
「え?あ、うん。なかなか寝れなかったからかな」
「何かしてたの?勉強とか…」
「いや。小説を読んだりして、ベッドには11時半ごろ入ったんだけど」
「…寝付けなかったの?考え事?」
心配事かな。あ、まさか、キャロルさんと彼氏のこととか、心配になったのかなあ。
「まあね」
司君はコホンと咳払いをしてそう言うと、ちらっと私を見て、目が合うとパッと前を向いた。それから、耳を赤くした。
えっと?なんで赤くなったのかな?
「夢も見たからかな」
赤くなったまま、司君は恥ずかしそうに話しだした。
「夢?どんな?」
「…多分、昨日の夜、ずっと考えてて、それであんな夢見たんだろうな」
「…ど、どんな?」
ドキドキ。私、その夢に出てきた?それとも、キャロルさんが出てきた?
「穂乃香と…、クリスマスを過ごしている夢」
「え?」
「夢の中じゃあ、シティホテルに泊まってて、穂乃香が……」
そこまで言うと、司君は顔を真っ赤にさせ、うつむいてしまった。
ど、どんな夢?あ!まさか!小さい電気つけてた夢とか?!
続きを聞きたいような、聞きたくないような。っていうか、ずっと寝る前に考えてたのも、そのこと?
か~~~~~~~。
司君?なんでどんどん、顔赤くなってるの~~~~~!!!
「あ、えっと。ま、いいよね?どんな夢でも」
司君はそう言うと、コホンと咳払いをして、顔の表情を戻そうとしている。
よくない。よくないってば。
「き、気になる」
そうつぶやくと、司君は小声で「え?」と聞き返し、それから、下を向いてしまった。
「き、綺麗だったんだ」
下を向きながら、司君はつぶやいた。
「綺麗?何が?…。あ、ホテルの窓から見える夜景とか?」
ロマンチックだったのかな?
「いや…。穂乃香が」
「え?」
「夢の中で、部屋の電気を消したのに、外がイルミネーションで明るくって、なぜか、部屋にもツリーが飾ってあって、それも電飾がついてて、その明かりに穂乃香が照らされて、綺麗だったんだ」
「……」
私が?それで、なんで真っ赤?
「穂乃香、お風呂から、何も着ないで、は、裸のまま出てきて…」
え?!
「俺、びっくりしてて。でも、すごく綺麗で、つい、ずうっと見ちゃった」
な、なんですと?夢の中で?
でも待って。
「司君の夢の中の私、想像だよね?それ、本当の私を見たら、がっかりするかも」
そう慌てて言うと、司君は首まで赤くして、
「…想像じゃなくって。前に見た穂乃香の裸、再現してて…」
と下を向いたまま、話を続けた。
再現?いったい、いつの~~~~~?!!!!!
「それって?それって…」
「あ!ごめん。見てないって言ったけど、前にドア、開けちゃった時と、変な奴が風呂覗いて、穂乃香が裸で抱きついてきた時の…」
やっぱり、しっかりと見てたんだ!
私たちは人が一人もいない小さな路地から、人通りのある道に出たので、その話をするのをやめた。でも、司君も私も顔がまだ、真っ赤だった。
「…そ、それで、寝坊?」
小さな声で聞いてみた。
「うん。それで寝坊」
司君も小さな声でそう答えた。
う…。やっぱり、無理です。小さな明かり…。ますます言えなくなった。
いや、そんな夢見るなんて、司君のエッチ。もう、電気、絶対につけちゃだめ!って怒ってみる?
………。
司君は顔を真っ赤にしてうつむいているけど、時々私を見て、恥ずかしそうにまた下を向く。なかなか、ポーカーフェイスに戻れないようだ。
そんな司君も、可愛い。
だから、怒れない~~~!!
あれ?でも、考え事はいったい、どういう考え事だったの?
学校に着くと、司君はさっさと自分の席に行った。電車に乗ったあたりから、司君はしっかりとポーカーフェイスに戻っていた。さすがだ。
私の方は、なんだかずっと気になって、ドキドキしていたというのに。
「おはよう」
美枝ぽんと麻衣が、私の席に来た。
「おはよう」
「ね、穂乃香。また、雑誌を買ったから、昼休み、中庭に行こうね」
「雑誌?」
「あとでね」
麻衣はそう言うと、自分の席にとっとと行ってしまった。
「なんの雑誌?」
「多分、この前のみたいのじゃないかな?」
美枝ぽんはそう言うと、ちょこっとにやついてから、自分の席に戻った。
この前のって、初めての日特集していた雑誌のこと?だよね。
まだ、麻衣は悩んでいるんだな。
っていう私もか。今度のには、電気をつけるか消すか…なんていうのも、載っていたりしないかな。
「はあ」
つい、ため息が出てしまった。すると、ちょっと離れたところから、こっちを沼田君が見ていて、バチッと目が合ってしまった。
「…」
沼田君は黙って、静かに近づいてきて、私の隣の席の椅子に座り、
「何か、悩み事?」
と聞いてきた。
「え?」
あれ?ずっと話もしてこなかったのに、どうしたのかな。
「ううん。べ、別に」
私は笑顔を作ったつもりだ。でも、引きつってしまったと思う。
「…まさか、瀬川さんのこととか?」
「え?」
瀬川さんのこと?
「なんだか、司っちに言い寄ってるって噂、聞いたけど」
「そんな噂あるの?」
「聖先輩にふられたから、今度は藤堂君に乗り換えたみたい…っていうそんな噂、聞いたよ」
「……」
そうか。
「大丈夫。瀬川さんのことだったら、文化祭のあとで、柏木君が司君に忠告していたし」
「柏木、来てたの?」
「あ、沼田君は、文化祭来なかったんだもんね?」
「え、ああ」
沼田君は、ちょっと顔を曇らせ、
「だったら、いいんだ。別にあれだよね?司っちとうまくいってないわけじゃないんだよね?」
と小声で聞いてきた。
「うん。大丈夫だよ」
「ん。じゃ、いいんだ」
沼田君は元気のない笑顔を作り、椅子から立ち上がると、ふざけている男子の中に混じっていった。
「…」
私、最近、元気なかったかな?司君とうまくいってないように見えた?
それもそうかな。なにしろ、教室では本当に話さないし。だけど、登校下校は一緒なんだけどな。
「私、暗い?悩み事でも抱えてるように見える?」
昼休みに中庭で、お弁当を食べている時に、麻衣と美枝ぽんに聞いてみた。
「うん。キャロルさんのことで、暗かったりした」
麻衣にそう言われた。
「あ、そうか。そうだったよね」
「それに、今日もため息ついてたよ?また何か悩み事?」
「え?」
ドキ!まさか、司君に小さな電気をつけてくれって言われた、なんて言えないし!
「ううん、何も」
慌てて首を横に振ったが、その慌てぶりが、逆に2人に怪しまれることになった。
「顔赤い。なんか、赤くなるような悩み事?」
麻衣がつっこんで聞いてきた。
「え?」
ドキドキドキ~~!
「穂乃香も、司っちに言われた?クリスマス、穂乃香をプレゼントしてくれ…、な~~んて」
麻衣の言葉に、一気に私は赤くなった。ちょっと違うんだけど、でも、近い。
「え?そうなの?きゃ~~~」
美枝ぽんが、歓喜の声をあげた。
「し~~。声大きい」
私がそう言うと、美枝ぽんは、
「だって、いよいよ穂乃ぴょんも、藤堂君にあげちゃうのかと思ったら、なんだか…」
今度は声を潜め、美枝ぽんはそう言うと、にやにやと笑いだした。
「そっか。じゃあ、同じ悩みを持つ同志、こんな雑誌でも読んでみない?」
麻衣が袋から、雑誌を取り出した。
「これ、男性が読む雑誌だよね?」
「うん。ほら、これ、この特集が見たくって、隣の駅の本屋まで行って、買って来たの。知ってる人がいたら、嫌じゃん?」
隣の駅の本屋だとしても、こんなの買えないよ。だって、「初めて彼女と結ばれる日特集」だよ?
「女の子の本音を聞いてみた。こんなシチュエーションで結ばれたい。とかね、そういうのが載ってるのよ。みんな、どんなことを思ってるんだろうなって、興味あって買っちゃった」
「シチュエーション?」
「クリスマスに、素敵なシティホテルに一泊して…。っていう意見も多いみたい。窓の外は夜景が見えて」
「それ、麻衣は実現するんじゃないの?」
美枝ぽんの言葉に、麻衣は頬を染め、うなづいた。
「そうなんだ。そういうの、みんなあこがれるんだ」
あれ?そういえば、司君もそんなような夢を見たんだよね。まさか、司君まで、あこがれているシチュエーションだったりして?
「あとは、高原のペンションに泊まって…とか、でも、一番は、オーソドックスに彼の部屋なんだよね」
「え?」
ドキ~~~。それ、私だったりして?
「で、実際に初めて結ばれた場所は?って質問には、彼の部屋、自分の部屋、ラブホテル。そういうのが多かった。あと、旅行先でっていうのもあったけど」
「ふうん」
「少数意見では、学校の教室とか、オフィスでとか、そんな大胆なのもあったよ」
「げ!教室もかなりびっくりだけど、オフイスって?」
美枝ぽんが驚いていた。
「美枝ぽんだったら、どこがいい?」
麻衣の質問に、美枝ぽんはしばらく黙り込み、
「わかんない~~~~」
と、首をかしげながら答えた。
「穂乃香だったら?」
「私?!」
ああ、声が裏返った。
「同じ家に住んでるんだから、やっぱり司っちの部屋とか?」
ドキ~~~。
「藤堂君の部屋、入ったことあるの?勉強もダイニングでしてるんでしょ?」
美枝ぽんが聞いてきた。
「あ、あるよ?」
ドキドキ。言っちゃってよかったかな。
「どんな部屋なの?」
「モノトーンで、シックな部屋」
美枝ぽんは、興味があるのか、目が輝いている。
「ベッド?」
麻衣が聞いてきた。
「え?う、うん」
「ひゃ~~。よく押し倒されなかったね」
ギクギク~~~~。
「つ、司君、誓い立ててるし」
「あ、そっか。でも、それもクリスマスまでか。さすがに、藤堂君も、それ以上おあずけでいるのは辛いんだね」
「………」
何も言えなくなってしまった。
「どうしよう」
麻衣がいきなり、暗い声を出した。
「え?何が?」
美枝ぽんが私から麻衣の方へと顔を向け、また興味を持ったのか、目を輝かせながら聞いた。
「なんだか、どんどん、どんどん怖くなるんだよね」
麻衣はそう言うと、は~~って長いため息をした。
「…」
そうだよね。怖いよね。
「変わる怖さ…だよね?」
私は思わず、そうつぶやいていた。すると、麻衣はうなづきながら、
「先に進むのが、すごく怖いの」
と一点を見つめながら、小さな声で言った。
先に進む怖さ。それ、私もかも。司君と結ばれたけど、いまだに電気もつけられない。真っ暗な中、布団になるべく入って、裸を見られないようにしているし、司君の裸なんて、とてもじゃないけど見れない。
それで、いまだに、「まな板の鯉」状態だ。だけど、これ以上進んじゃうのも怖いんだ。自分が自分じゃなくなるような、司君も変わっちゃうような気がして。
きっともっと男の司君を見るのも、女の私を知るのも、怖いんだろうなあ。




