第18話 好き。大好き。
夕飯を終え、後片付けをしてから2階に上がった。
そして、司君の部屋の前で、ノックをするかどうか、私はしばらく悩んでいる。司君の言ってくれた言葉は嬉しかった。
「……」
でも、ノックをして、そのあとどうしようかな。
だけど、もしかして今も司君は、私のことを待っているかもしれないし。勇気出してみる?
「……」
う~~~ん。どうしよう。
ええい!悩むのはやめよう!勇気を出せ、私。
トントン。
よっしゃ、ノックしたぞ!
ドキドキ。
「穂乃香?」
司君の声がした。ドキン。
「う、うん」
ガチャ。ドアが開いた。
「司君、あ、あの…」
「鼻の頭、真っ赤だ。もしかして泣いた?」
「え?」
慌てて鼻を隠した。
「目も赤いけど」
「あ…」
「泣いた?」
「う、うん」
「……」
司君は私を優しい目で見て、私の背中に手を回し、私を部屋に入れた。
「ごめん。また、穂乃香、一人をダイニングに残しちゃった」
「ううん。だ、大丈夫。泣いちゃってみんなを、びっくりさせちゃったけど」
「…なんで泣いちゃったの?」
司君はベッドに私を座らせ、その隣に座ると優しく聞いてきた。
「え?あ…。嬉し泣き」
「…嬉し泣き?」
「う、うん」
「俺の言ったことで、嬉しくて泣いた?」
「うん」
私はこくりとうなづいた。
「はあ。まったく、穂乃香は…」
司君はそう言いながら、私をそっと抱き寄せた。
「俺、今、落ち込んでたんだ」
「なんで?」
「守のほうがよっぽど、穂乃香のことをわかってるなって思ってさ」
「……」
「あいつ、穂乃香が健気一途で、泣き虫で、可愛いって言ってたけど、俺もそう思ってるよ。ただ、あいつに先にそんなことを言われて、頭に来ちゃって」
「…」
「守のやつ、そんなふうに穂乃香のことを見てたんだな」
「あれ、私もびっくりしちゃった」
「…5歳差か」
「え?」
「そのうちに、穂乃香のことをかっさらおうとしたりしないかな」
「まさか」
「なんでまさか?今は中学1年のガキだけど、あと5年もしたら、俺と同じ年になって、立派に恋もできる年になるよ」
「その時私はもう、22歳だよ?」
「22歳と17歳。恋愛できる年齢じゃない?」
「ないない。ありえないよ。それに私は、司君をずっと好きでいると思うし」
「…ほんと?」
「うん」
「……でも」
司君は、私を抱きしめた手に力を入れた。
「俺、うかうかしてられないって、まじで思った」
「え?」
「俺がもっとしっかりと、穂乃香を掴まえておかないとってさ」
「…」
「それに、俺がちゃんと守っていくから」
「…うん」
「…なんてさ。今さら何言ってるんだって感じだよね。ごめんね」
「え?」
司君は私を抱きしめた腕を離し、私の顔を覗き込んだ。
「寂しくて、メープルを抱きしめてたの?」
「あ…」
「リビングで、メープルと守に慰めてもらってたの?」
「…あ、あの時は私も、その、ちょっと変だったの」
「……」
司君はまだ私の顔をじいっと見ている。
「勝手にいじけてただけだから…」
「そういうの、いっつも俺、気づけないでいる。守のほうがわかってて、なんで俺は気づけないんだろうって、情けないな」
「守君はたまたまそばにいるの」
「それで、あいつにはもしかして、穂乃香の思ってること言ったりしてる?」
「う、うん」
「なんであいつには打ち明けて、俺には言えないの?」
「だ、だって、守君には嫌われたらどうしようって、そういう心配がないから」
「え?」
「司君には、こんなこと言ったら嫌われないかな、とか、呆れないかな、とか、あれこれ考えちゃって、言えなくなっちゃう」
「…そんな心配必要ないのに」
「…うん」
司君はまた、私を抱きしめた。
「俺、知らないでいるほうが、辛いな」
「え?」
「俺の知らないところで、穂乃香が泣いたり落ち込んだりしているの、そのほうがよっぽど、辛いよ」
「……」
ギュウ。私が何も答えないでいると、司君はもっと私を抱きしめてきた。
「司君?」
「穂乃香、なんだか、消えちゃいそうで」
「え?」
「俺、しっかりこうやって抱きしめてないと、穂乃香がどっかに行きそうで」
「い、行かないよ?」
「じゃあ、俺に頼って。何か辛いことがあったら、俺に嫌われないかなんて気にしないで俺に言って」
「…うん」
「守だったり、他の奴に頼ったりしないで、俺になんでも話してほしい。他の誰かの前で泣いたりしないで、頼むから」
「う、うん」
「もしかすると、沼田もそうなのかな」
「え?何が?」
「穂乃香が健気で一途だって言ってた。そう言うところに惹かれて、守ってあげたいって思ったのかな」
「私、そんなに弱くないよ?」
「え?」
「私、そりゃ、落ち込んだり、暗かったりするけど。でも、司君に嫌われたらどうしようとか、離れて行ったらどうしようとか、そういうことを思うと弱くなっちゃうけど、いつもはそんなに弱くないもん」
「え?」
「だから、守ってもらわなくたって、平気なの。ただ、司君のこととなると、一気に弱くなるみたいで…」
ぎゅ~~~。
司君はもっと私を抱きしめてきた。
うわ。思い切り接近して、ドキドキしてきた。
「結局、俺が原因なんだね」
「え?」
「俺が穂乃香を悲しませてるんだ」
「ううん。本当に私が勝手にいじけてるだけで」
「いや…。俺の言葉が足りてなかったり、穂乃香の想いに気づけなかったりしたからだ」
「…」
そんなことないよ、きっと。と思うけど。
「穂乃香」
「うん」
「好きだよ」
「…」
「穂乃香も、俺のこと好きなんだね」
「?好きだよ?」
「俺のことで、そんなに落ち込んだりしちゃうくらい、俺のこと想っててくれてるんだね」
「も、もちろんだよ」
なんでそんなことを今さら言うの?
「ごめん。そうだよね。俺のことが好きだから、キャロルの存在も気になっていたんだろうし、俺の言葉だったり、行動だったり、そういうので一喜一憂してるんだよね?」
「うん」
「ごめん。俺、もっともっと、そういう穂乃香の気持ちを信じて、大事にしていくよ」
「…え?」
私はちょっと驚いて、司君の胸から顔を離した。そして司君の顔を覗き込んだ。あ、真剣な顔つきだ。
「…何を驚いたの?穂乃香」
「わ、私の気持ちを信じてって…?え?」
「ああ…。ごめん。たまに、信じられないって言うか、本当に俺のこと好きかなとか、どれだけ好きでいてくれるのかなって、心配になるって言うか…」
「え?」
「…。まだ、俺の方がずっと、穂乃香を好きでいるような、穂乃香よりも想いが強いような、そんな気になることがあって」
「…ええ?!」
「穂乃香が、赤くなって照れていたり、嬉しそうにしていたり、俺に抱きついて来たりすると、ああ、俺のこと好きでいてくれるんだってほっとする。でも、暗い表情でいたり、笑顔作っている時って、無理してるのかなって感じて、穂乃香の気持ちが離れて行くんじゃないかって、不安になる」
「……そ、そんなこと、ありえないのに」
「え?」
司君は私の顔をじっと見た。
「ありえないよ。私、すごくすごく司君が好きなのに」
「…」
「いつも司君でいっぱいなのに」
「俺で?」
「そ、そうだよ。司君が好きで、好きで好きでしょうがないのに」
私は自分で言ってる言葉に自分で驚いていた。本人目の前にして、こんなことを言ってる自分。でも、止まらなかった。
涙まで出てきた。なんでだろう。
「穂乃香?」
ぎゅう。私の方から司君を抱きしめた。
「好き」
「う、うん」
司君はちょっと照れたようにうなづいた。それから、司君も私を抱きしめた。
「ごめん。穂乃香」
「…」
「俺も、大好きだから」
「うん」
「俺も、穂乃香でいっぱいだから」
「…」
「穂乃香が隣にこうやっていてくれるのが、すごく嬉しくて」
「…うん」
「本当に…好きだよ」
司君はそう言うと、またぎゅっと私を抱きしめた。
好き。好き。司君が好き。きっと、前よりももっと好きになってる。ぎゅって抱きしめてくれる腕が嬉しかった。司君のぬくもりも力強さも嬉しかった。
ずうっと、この胸に、この腕に抱きしめていて欲しいって、そう思った。
司君は私の手を握りしめ、私の髪にキスをした。それから、優しく私の髪を撫でる。
「聞いてもいい?」
「ん?」
「キャロルさんは、司君の部屋で何をしていたの?」
「この前?」
「うん」
「アメリカの時の思い出話をして笑ってた。あとは…、この辺の雑誌観たり、漫画読んだり」
「日本語の?」
「ああ。読めるところだけ読むから、ちんぷんかんぷんだって言って、笑ってた」
「ふうん」
「そういえば、ちょっと変って言えば変だったかな」
「え?何が?」
「穂乃香のこともやたらと聞いてきた。俺、あんまり答えなかったんだ。まあ、いつもそうなんだけど、あいつばかりがべらべら話して、俺、たまに答えるくらいで」
「うん」
「だからかな。俺と穂乃香、そんなに仲良くないのかとか、一緒に暮らしてるくせに、なんだかずいぶんとよそよそしいんだなとか、言ってたっけなあ」
「え?」
「そんなことないんだけどって思ったけど、いろいろとあとあとうるさそうだから、ほっておいた」
「…」
そ、そうなんだ。
「あんなこと気にするやつじゃないし、もしそう言う話をしてきたとしたら、もっと、仲良くしろだの、あれこれうるさいんだけど、そういうことは言ってこなかったし」
「…」
なんでかな。なんで気にしたのかな。
「彼氏とのことで、何か、聞きたかったのか、言いたかったのか。わかんないけどね」
「どうしてそう言う話は、司君にしないの?」
「さあ?自分が浮気されたことは、知られたくないのかもしれない」
「なんで?」
「だから、変なプライドがあるんだって。自分のほうが幸せで、自分のほうが何でも知ってて、大人で…。そうでないと、あいつはひがむんだ」
「どうして?」
「さあ?優越感かな。なんだろうな。俺にもその辺はよくわかんないよ」
司君はそう言うと、私の指に指を絡めてきた。
「穂乃香の指、細い。そうだ。指輪って何号?」
「え?まさか、買ってくれるの?」
「……あ、失敗」
「え?」
買う気はなかったの?私の早合点?
「サプライズにしようと思ったのに、今のじゃあからさまにわかっちゃったよね」
そう言うと司君は、苦笑いをした。
あ、そういうことか。
「ご、ごめん。私、変なこと言って」
「…うん。プレゼントしたいんだ。クリスマスに」
「…」
司君ははにかみながら、そう言った。
「ゆ、指輪を?」
「一緒に見に行こう?」
「…うん」
嬉しい。どうしよう。なんだか、嬉しすぎて感動してるかも、今…。
「わ、私も、何か、司君にプレゼント」
「もう、もらってるからいいよ」
「え?な、何を?」
「穂乃香を。だいぶ早い、クリスマスプレゼントだったけど」
「え?」
う…。そ、そういえば、クリスマスに欲しいって言われたんだっけ。
「他には?」
「穂乃香の他ってこと?」
「そう」
「う~~~~ん」
司君は、天井を見ながら考え込んだ。
「ないなあ。思いつかない」
「え?」
「穂乃香だけで、いいな、俺」
「…」
か~~~~~~。聞いてて顔が、どんどん熱くなる。
「だから、やっぱり穂乃香がいいな」
「…え?」
クリスマスに、私?
「裸のままの穂乃香に、リボンかけて、プレゼントしてもらおうかな」
「え?!」
「あはは。穂乃香、焦ってる?」
「…」
なんだ。冗談だったのか。って、当たり前だよ。そんなの冗談に決まってるじゃない。
と、そう思いながら司君を見てみたら、なんだか、真剣な表情をしていた。
あ、あれ?
「もし、もしなんだけど」
「…」
ドキン。な、なに?司君がやけに、言いにくそうに何かを言おうとしてるけど。
「もし、穂乃香が嫌じゃなかったら」
ドキン。
「その…。いつも真っ暗にしてるけど、小さい電気、つけてもらってもいいかな」
………え!????
「穂乃香の表情とか、穂乃香自身を、ちゃんと見たいって思って」
ど、ど、ど、どひゃ~~~~~!!!!!
無理!!!!!
心の中で叫んだ。嘘。嘘でしょう?
でも、こっちを見ないで司君は下を向き、耳を真っ赤にしている。
本気で言った?
うそ。
む、無理。やっぱり、無理!
もう一回、心の中で叫んだ。
「く、クリスマスまでに、考えてくれたら、それでいいから」
司君はそう言ってから、ちらっと私を見て、
「あ、嫌ならいいんだ。無理はしないから」
と私の引きつった顔を見たからなのか、そう付け加えた。
無理です。もう一回、心の中で言ってみた。なのに…。
「む、無理…じゃない」
と私の口からそんな言葉が出ていた。
言った張本人がびっくりした。どわ!何を言ってるの、訂正しよう。無理だって言わなきゃ。
無理じゃなくない。無理だって!
でも、…遅かりし。
司君の顔は明らかに喜んでいて、ほんのりと頬も染め、期待に胸を膨らませているようだった。
ああ、口は災いの元。っていうのを、何度も経験しているが、今日ほど身に染みたことはない。なんで、私って、変なことを口走っちゃうんだろうか。




