第15話 久々のデート
映画館に着いた。チケットを買ってから、司君はポップコーンとコーラを買った。私はオレンジジュースの一番小さなサイズを買ってもらった。
それから、空いたソファに座り、ポップコーンを食べながら、司君と話をした。
「映画館に来るのは、久しぶりだな」
「私も」
「穂乃香も?」
「うん。いつ以来かな。確か、中学の時、友達と来て…」
「女の子?」
「そうだよ~~。私、男の友達ってほんとにいなかったし」
「そっか…」
「司君は?」
「俺は…。いつだったかな。確か、中学…1年くらいかなあ」
「誰と来たの?」
ドキドキ。まさか、女の子じゃないよね。
「父さんとだよ。侍の映画で、父さんが観に行こうって誘ってきて」
「お父さんと2人で?」
「うん」
へ~~~。なんだか、不思議。司君とお父さんが2人きりで映画を観ちゃうだなんて。
「最近は、DVDで観れちゃうから、なかなか映画館まで来ないよね」
「そうだね。彼女でもできない限り、映画館になんて行かないよなって、よく部の連中とも話していたっけ」
「へえ。そんな話、していたの?」
「けっこう、女の子の話題はしていたから」
「司君も?!」
「え?うん」
「意外。そういう話ってしなさそうなのに」
「しないよ。でも、なんだろうなあ。あの部の連中といると、そんな話もできたっていうか」
「仲いいよね」
「モテないやつばっかりだから、仲良くつるんでいるのかもな」
「司君はモテるのに」
「モテないって」
「今はきっと、聖先輩の次にモテてるよ?」
「まさか」
司君は肩をすくめた。ああ、自分ではわかってないんだなあ。
その時、館内にアナウンスが流れ、私たちの観る映画が開場になったことを知らせた。
「入ろうか」
「うん」
司君と、ソファから立ち上がり、会場の中に入って行った。
司君は私を先に座らせ、通路側に座った。それから、映画の上映が始まるまで、ポップコーンを食べていた。
時々、司君と腕がぶつかった。ドキ。って、何でドキッてしちゃうのかな、そのくらいで。
だけど、映画館ってけっこう隣の席、接近してるよね。もし、これが初デートだったら、ドキドキもんなんだな。
ああ、初デートの水族館でのイルカのショーも、司君と接近しちゃったっけ。あの時、ドキドキしていたっけなあ。
なんて、思い出に浸っていたら、会場内が暗くなった。あ、始まるんだ。
会場は、半分くらいの人が埋まっていた。私の隣の席は空いていて、その隣にカップルが座っていた。どうやら、夫婦のようで、落ち着いているカップルだった。
映画が始まると、司君はポップコーンを食べるのをやめて、集中しだした。
ドキドキ。私はすぐ隣に司君がいて、なんだか嬉しくってドキドキしていた。
映画はSF映画。かなりスリル満点の映画で、引きこまれた。ただ、途中、濃厚なキスシーンもあり、観ているだけで私は、恥ずかしくなってしまった。
今、司君、何を思ってこのシーンを見ているのかなあ、なんて思いながら。
キスシーンが終わると、なぜか司君は私の手を握りしめてきた。
うわ!ドキってした~~~~。司君がまさか、手を握ってくるなんて予想もしていなかったよ。
ああ、司君の手、あったかい。
それから、映画が終わるまで、司君はずっと私の手を握っていた。
映画が終わり、まだエンディングの曲が流れているのに、
「出ようか」
と司君は静かにそう言って、立ち上がった。いつの間にか、ポップコーンの箱は空になっていて、そこに空になったジュースの紙コップも入れ、司君はそれを右手で持った。
そして左手で私の手を握り、会場を出た。
そのまま私たちは、手を繋いで歩いていた。
「面白かったね」
「うん」
ああ、なんだか、思い切りデートをしている!っていう気になってきたよ。
「でも、穂乃香さ」
「え?」
「キスシーンで照れてたね」
げ!ばれてたんだ。なんでわかったんだろう。まさか、それがわかって手を握ってきたの?
「穂乃香って、顔を見なくても、すぐ隣にいるだけでわかりやすいね」
そう言うと、司君はくすって笑った。
隣にいるだけでばれたの?え?どうして?
「なんで?なんでわかるの?」
「すごく小声だけど、キスシーンの時、うわ…って言ってたし」
う…。口から出てた?
「そのあと、何気に顔、下に向けたでしょ?」
「う、そうかも。なんだか、観ていられなくって」
「あはは。やっぱりね。わかりやすいよね」
司君はそう言って笑うと、私のほうを見て、手をぎゅって強めに握りしめた。
「?」
「穂乃香って可愛いから、どんな瞬間も見逃せないなって思ってさ」
「え?」
「ちょっと他のこと考えたり、他のこと見ていたりしたら、穂乃香の可愛いところ、見逃しちゃうじゃん?そんなの絶対にもったいないし」
「……」
か~~~。ああ、顔が熱くなる。あれ?でもそれ、私も思っていたかも。司君の可愛いところを見逃したくないから、ちゃんと今目の前の司君を見ていようって。
「くす。今も真っ赤だし…」
うわわ。赤くなってるの、すぐにばれちゃうんだよね。
「つ、司君だって」
「ん?」
「私も、司君が赤くなったり、嬉しそうにしてるの、見逃さないようにしてるんだよ?」
「え?」
「可愛いんだもん」
「俺が?」
「うん。今日もいっぱい、可愛い司君見れちゃった」
「……」
「あ、ほら。今も赤くなった」
「い、いいから。そういうところは見ないでも」
「やだ。見逃したくないもん」
「…」
司君は下を向きながら、ちょっと横目で私を見た。
「ああ、穂乃香の前では、絶対に俺、ポーカーフェイスになれないからなあ」
そう司君はつぶやくと、顔を完全に下に向けてしまった。
あれ。照れてる顔が見れなくなっちゃった。残念。
映画館を出ると司君は、
「昼にしようか」
と聞いてきた。
「うん」
手を繋いだまま、近くのカフェに入った。そこで2人で、パスタを食べた。
「…司君って、お蕎麦好きだよね。いつもカフェに入っちゃうけど、よかったの?」
「…うん。穂乃香は、パスタ好きでしょ?蕎麦よりも」
ああ、そういうの、ちゃんと覚えてるんだ。っていうか、そんな話をしたのって、かなり前だし、それも私、司君にじゃなくって、沼田君とそういう会話をしていたと思うんだけど。
「…沼田君と、そんな話をした覚えがあるなあ。もしかして、司君、それを聞いててちゃんと覚えててくれたの?」
「うん」
司君は、はにかんで笑いながらうなづいた。
「けっこう、穂乃香と沼田の会話は聞いてたよ?穂乃香が何を好きで、何に興味があるかとかって、いろいろと知れて嬉しかったし」
「え?そうなの?あんまり話に加わってこなかったし、私の話なんて聞いていないと思ってた」
「なんで?」
「な、なんでって、司君、いつも違うところ向いていたりしていたし」
「…耳だけダンボになっていたかもね」
司君はそう言うと、耳を赤らめた。そして、
「興味ないわけないよ。好きな子のことなのにさ…」
と独り言のようにつぶやいた。
ドキン!そ、そうか、司君はずっと、私を好きでいてくれたんだもんなあ。
う…。なんだか、今、すごく嬉しくなっちゃった。
「え、えへ」
なんだか嬉しくって、照れちゃうな。私は下を向いて、食後に出てきた紅茶にミルクを入れて、スプーンでクルクルとかきまぜた。
「えへ?」
「え?」
「くす。今、照れた?穂乃香」
「う、うん」
くすくす。司君が下を向いて静かに笑っている。何かおかしかったのかな。
それから司君は顔をあげ、私を優しい目で見つめた。
「穂乃香って、本当に見た目と違うね」
「見た目と?って?」
「もっと、大人な雰囲気あるし、もっと落ち着いているのかと思ったけど」
「け、けど?」
ドキドキ。まさか、幻滅されちゃったの?
「中身はずうっと、見た目よりも可愛いよね」
「………」
それ、褒め言葉?
ドキドキ。私はその続きをもっと聞きたくって、司君をじいっと見てしまった。
「えっと…」
なぜか司君が今度は照れているようだ。
「コホン」
「…?」
司君は黙ってしまった。
「あ、あの…。司君はもっと大人っぽい女の人のほうが良かったの?」
「え?」
「私の中身がそうじゃなくって、がっかりしたの?」
「まさか!」
司君は、目を丸くしてそう言うと、
「俺、そのギャップにいっぱい、ドキドキしたんだ。あ、こんな可愛いところもあるんだ、って穂乃香のことを知っていくたびに、嬉しくなって…」
と、ちょっと慌てた感じでそう言ってきた。でも、言った後に、真っ赤になった。
きゃわ~~~~~。そ、そうなの?
じゃあ一緒だ。私も、司君の可愛い部分を知って、キュンキュンしていたもん。
「わ、私も」
「私も…って?」
「司君、いつもポーカーフェイスだけど、照れて笑ったりするとすごく可愛くって、そういうのを見れた時には、胸キュンしちゃってる」
「…!」
司君は私がそう言うと、一瞬目を丸くしてからうつむいてしまった。
「その、可愛いとか、胸キュンとかって、まだなんだか、抵抗がある」
「え?」
「俺のことを言われているって気がしない」
「どうして?」
「俺、可愛くなんかないよ」
「可愛いって言われるの、嫌?」
「い、嫌じゃないけど…。でも、可愛くなんかないって、まじで」
「……」
可愛いもん。
「………」
司君はずっと顔を赤くして、うつむいたままだ。それから、鼻の横を指でこすると、
「て、照れる」
とつぶやいた。
だから~~~!そういうところが可愛いんだってば!わかってないのかなあ。もう!
カフェを出ると、司君はまた手を繋いできた。ドキドキ。今日は司君、なんだかやたらと手を繋いでくるなあ。嬉しいけど、ちょっとドキドキだなあ。
「どっか、行きたいところある?」
「え?ううん」
「じゃ、帰る?」
「…それは、まだ…」
帰りたくないかも。いや、一緒の家に帰るんだから、いいんだけど。でも、もうちょっとデートをしていたい。
「洋服屋でも見に行く?」
「うん」
司君と手を繋いだまま、まずはレディ―スのお店に入った。店員が「いらっしゃいませ」と声をかけてくると、司君はぱっと手を離し、少しだけ私から離れた。
私はニットや、ジャケットをなんとなく見ていた。
「穂乃香は、スカート履かないの?」
司君がちょっと私に近づき、そう聞いてきた。
「うん。あんまり履かない。似合わないし」
「そうかな。似合うと思うけどな」
「履いてほしい?」
司君に小声で聞いてみた。すると、司君はなぜか顔を赤くした。
あれ?私、変な質問したかな。
「い、いや。別に…」
司君はそう言うと、また私から離れた。
「司君の服、見に行こうよ」
「え?穂乃香のはもういいの?」
「うん」
それから、また司君と手を繋ぎ、エスカレーターに乗った。そして、上の階のメンズのフロアーに着くと、また司君は私の手を離した。
「いらっしゃいませ」
店員が近づいてきた。
「何かお探しですか?」
「…いや。特に…」
司君はちょっとぶっきらぼうにそう答えると、お店の中を歩き出した。
私は司君から少し離れ、そのへんにあるメンズの服を眺めていた。
「あ…」
司君がシャツを広げた。どうやら、気に入ったものが見つかったらしい。
「司君、それ、似合うよ。絶対」
広げたシャツは、シンプルなデザインで、司君が着たらきっとかっこいいって直感で感じた。
「そ?」
司君はちょっと照れながら私を見て、それから、さっさとそのシャツを持って、レジに向かった。
わ、即買い。司君って、迷わない人なんだ。
そう思いながら、服を買って私のところにきた司君に、
「決めるの早いんだね」
と言うと、
「いや。いつももっと悩むけど、穂乃香が絶対に似合うって言うから」
と司君は答えた。
え…。私がそう言ったから?
でも、私も司君が似合うって言ったら、即買っちゃうかもなあ。
いや、待てよ。たとえば、司君がひらひらのスカート、穂乃香に似合うよって言ったとしたら、やっぱり買わないだろうなあ。
って、そんなこと司君は言わないか。
「穂乃香の服は?」
「うん。いいや。今度、麻衣と見に来る」
「…」
司君はちょこっと眉をしかめた。
「あ、私って、けっこう悩むたちなの。だから、時間かかっちゃうし、司君に悪いもん」
「いいよ?別に」
「でも…。司君、女の子の服一緒に見るの、恥ずかしくない?」
「……」
司君は黙り込んだ。それから、
「ちょっと、抵抗はあるかも」
と正直に答えた。
「だから、いいよ。麻衣と美枝ぽんと買いに来る」
「そう?」
「うん」
司君はまた私の手を取って歩き出した。
「ごめんね?」
「え?何が?」
「俺、女の子の服、よくわかんないし。わかったら、一緒に見てあげられるんだけど」
え?そんなことを気にしていたの?
「デートも、どういうところに行っていいか、よくわかんなくって」
「い、いいよ。こうやって手を繋いで歩いてるだけで、私、嬉しいもん」
慌ててそう言うと、司君は私を見て、
「……うん、俺も、そうなんだけどさ」
とはにかんで笑った。
司君は、見た目、ポーカーフェイスで何を考えているのかよくわからない。でも、けっこう照れ屋で、可愛いんだって、それはずいぶん前からわかっていた。
それから、司君は意外と繊細なんだっていうことも、なんとなく一緒に住んでいてわかった。
だけど、自分で思っている以上に、司君はいろんなことに気を遣い、人のことをいつも気にかけているのかもしれない。
言葉が足りなかったり、言葉数が少なかったり、表情があまり表に出ないから、人には伝わりにくいだけで、実は司君は、すごく優しくて深い思いやりがあって、とっても繊細で…。
そしていつも、自分のことよりも、私のことを気にかけてくれていたのかもしれない。ずうっと…。
それも、自分ではそういう部分を自分でわかっていないのかもしれない。だから、俺はぶっきらぼうで、穂乃香を知らない間に傷つけてるかも…。なんて言うのかもしれない。
だけど…。こうやって、ちゃんと司君の言葉を聞き、司君の想いを知り、司君の表情を一つも見逃さないよう、心を開いて見ていたら、ちゃんとわかる。
司君の優しさも、細やかさも、繊細さも…。
ポーカーフェイスの裏に隠された司君は、本当に計り知れないくらい、優しいんだ。
司君とつないだ手から、どんどんあったかい優しさが伝わってきて、私はその優しさにずっと感動していた。そして、そんな司君がすごく愛しいって思っていた。




