第14話 親子喧嘩?
司君のほうが先に、ベッドから出た。
「そろそろ、朝ごはん食べに行かないと、さすがに母さんが呼びに来るね」
と言いながら私の腕をほどき起き上がると、一気に布団から出たので、私は顔をそむけることもできず、思わず司君のお尻を見てしまった。
あ。ほくろ。お尻にほくろがある。って、しばらく見てしまってから、グルッと後ろを向き布団に潜り込んだ。
きゃわ~~~。司君のお尻、見ちゃったよ~~~。見ていたの、ばれてないよね?
司君は着替えが済んだようで、
「先に下に行ってるね」
とそう言うと、部屋を出て行ってしまった。
私ももそもそとベッドから出て、下着をつけて、パジャマを着た。そして、一目散に自分の部屋に行き、クローゼットを開けた。
守君は学校に行っているだろうし、誰も見ていないのに、なんとなく司君の部屋から朝、パジャマで出てくるのを誰かに見られたら恥ずかしいって思ってしまい、いそいそと自分の部屋に駆け込んでしまう。だ~~れも見ていないというのになあ。
さてと。今日は何を着ようかな。久しぶりのデートだし。映画か~~。2人で映画を観に行くのは初めてだなあ。
何を着よう。スカート?ジーンズ?可愛い服は相変わらず持っていないし。
結局、ジーンズとパーカーを着て、その上にダウンのベストを着ることにした。
一階に下りて顔を洗い、ダイニングに行った。お母さんがテーブルに朝ごはんを準備していて、司君はリビングでメープルとじゃれあっていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。昨日は文化祭、疲れたでしょう?」
お母さんがにっこりと笑ってそう言った。ドキン。もしや、文化祭で疲れたから、こんなに寝坊したと思われたかな。
時計を見たら、8時半だった。
「そうそう。ケーキもあるの。朝ごはん少なめにしたから、あとで食べてね」
「はい、ありがとうございます」
そうだった。昨日はみんなが帰ってきたというのに、顔も見せず、私と司君はずっと部屋の中にいたんだった。
「司。朝ごはんの支度できたわよ。食べちゃって」
「うん」
司君はメープルと一緒にダイニングに来た。
司君も今日は、ジーンズにパーカーを羽織っていた。
「あれ?なんだか、似た感じになったね。そのうえに、ダウンのベスト着るの?」
「うん」
「じゃ、俺もダウンのベスト着て行こうかな」
え?なんだか、ペアっぽいかも。
「どこかに行くの?」
「うん。映画でも観てこようかと思って」
お母さんにそう聞かれ、司君はちょっと嬉しそうにそう答えた。
「あら、いいわね。デート?」
お母さんがそう言うと、司君は一瞬顔を赤らめた。
「そういえば、キャロル昨日文化祭に来てた?」
そんな司君の表情を見ても、お母さんは何も言わず、話をそらした。わざとそらしてあげたのかな。
「来たよ。友達と3人で来てた」
「ちゃんとあなた、案内してあげたの?」
「いや」
司君がぶっきらぼうにそう答えると、お母さんはちょっと目を丸くして、驚いている。
「なんで?ほったらかしちゃったの?あなた」
「うちの部の連中が一緒に回ってあげてたよ。それに、友達と来てたから、全然俺がいなくっても平気だったけど?」
「……キャロル、怒ってなかった?」
「さあ。怒ってたとしても、いいんじゃないの?だいたい、母さんはキャロルに甘すぎなんだよ」
「何を言ってるの。まったく知った人もいない日本に来てるんだから、気を使ってあげなくっちゃ」
「…そんなやわな性格だと思ってんの?まさか」
司君は眉をしかめ、お母さんにそう聞いた。
「キャロルって、見た目よりも繊細よ?」
「……母さんは甘やかしすぎ」
「そんなことないわよ、ただ、心配じゃないの」
「キャロルにはキャロルの友達もいるし、知らない人ばっかりじゃないだろ?ホームステイ先の家族だっているんだから」
「……あなた、冷たいわよ。なんだか」
「………」
司君はムッとした。
「前はよくキャロルの面倒を見ていたじゃない。ほら、中学の時にもキャロル、うちに遊びに来たけど、いろんなところに案内したり、もっと仲良くやってたでしょう?」
お母さんがそう言うと、司君ははあってため息をついた。
「あの時には、キャロルにはこっちに友達もいなかったし、頼れるのはうちだけだったからだよ。それに…」
司君はちょっとだけ、私を見て、
「今とは俺も、状況が違う」
とそう言った。
あ、私のことを司君、気遣ってくれてるのか。
「それでも、キャロルのことを少しは考えてあげてよね。やっぱり、家族と離れて日本に来ているのは、不安や寂しさもあると思うわよ」
お母さんはそう言うと、キッチンに行ってしまった。
「……」
司君は黙り込み、朝ごはんを食べだした。私も黙って、隣で食べだした。
何か言ったほうがいいかな。私のことを考えてくれたんだよね、ありがとう…とか。
2人で朝ごはんを食べ終わった頃、お母さんはコーヒーを2人分と、ケーキを持ってダイニングに来た。
「これ、守が2人に買ってあげようって言って買ってきたケーキ。昨日食べられなかったんでしょ?今、食べてね」
お母さんはちょっとぶっきらぼうにそう言って、お皿とマグカップを置いた。うわ、もしかして怒ってる?
「……」
司君は無表情で、黙り込んでいる。
「キャロルが、連休にまた泊りに来たいって言ってたけど、断る?」
「キャロルが?」
「そうよ」
「なんで今頃になって、うちにちょくちょく来るようになったの?」
司君は、声を低くしてそう聞いた。
「また遊びに来てねって言ったから、来たくなったんだって」
「……」
司君は黙り込んだ。
「きっと寂しいのよ。やっぱりうちに来たり、司と会うと元気になるんじゃないの?」
「ホームステイ先で、うまくいってないの?」
「そんなことはないみたいだけど。うまくいってないっていったら、どっちかっていえば、あれね」
「…え?」
お母さんは一瞬、言うのを躊躇した。でも、
「アメリカにいる彼氏とのほうが、うまくいってないみたいね」
と司君の顔を見ず、そう話を続けた。
「…え?」
「あなたには、言ってないんでしょ?」
「ああ、聞いてない」
「キャロル、夏に帰った時にも、喧嘩したみたいだし」
「……」
司君の表情がちょっと変わった。
「なんであいつ、俺に言わないの?」
「言い出しにくかったんじゃないの?あなたは穂乃香ちゃんとうまくやってるみたいだからって」
「……でも、別れたわけじゃないんだろ?」
「わかんないわよ。彼氏の浮気が原因だったみたいだし」
「浮気?」
「そう。キャロル、かなり沈んでた。あなた、気が付かなかった?」
「夏に?」
「そうよ、この前だって」
「…まったく、いつものキャロルと変わらなかったよ?」
「そうかしら。あなたにちょっと、甘えてたけど?」
「俺に?」
「べったりくっついて。前はもっと、男同士って感じだったけど、ちょっと違ってた」
「……」
司君は顔を下げた。それからしばらく黙り込んで、また顔をあげると、
「じゃ、母さんは俺にどうしろって言うんだよ」
と眉をしかめてそう聞いた。
「だから、ちょっとは優しく…」
「優しくしてどうするんだよ」
「だって、あなただって、キャロルのこと、ずっと妹かお姉さんのように慕っていたし」
「だから?」
困った。私はこの話を聞いて、どうしたらいいんだ。
「だから、もっとキャロルのことも考えてあげてよ」
「…アメリカの家族からも遠く離れて暮らしてるから?」
「そうよ」
「じゃ、家族と離れてうちで、暮らしている穂乃香は?」
司君は低い声でそうお母さんに聞いた。
「え?」
「俺の彼女は、穂乃香なんだ。キャロルじゃないよ。もし、キャロルが辛くなって、母さんが気になるなら、母さんがキャロルを慰めたらいいだろ」
「…」
お母さんはムッとした表情をした。
「そういうことを言ってるんじゃないの。それに、別にキャロルと付き合えって言ってるわけでもないわ。ねえ?穂乃香ちゃんだって、キャロルのことを心配してくれるわよね」
「え?」
私の顔は引きつった。
「穂乃香ちゃんだって、キャロルと友達になってくれたら、きっとキャロルも喜ぶ…」
「ああ、もう!いい加減にしてくれ」
司君はそう言うと、ケーキを一気にたいらげ、冷めたコーヒーをゴクゴクと飲み干し、席を立って2階に行ってしまった。
「あ…」
うわ。私、一人で残された。私も、慌ててケーキを食べようとしたが、
「ゆっくり食べていいわよ。さ、洗濯物でも干してくるわ」
とお母さんは暗くそう言って、ダイニングを出て行った。
「……」
親子喧嘩?それも、原因は私だったりして?
はあ。ため息がもれた。楽しいデートができる、そんな日になるとわくわくしていたのに。
お母さんは私がキャロルさんに嫉妬してるなんて、思ってないのかな。ううん。この前来た時、私が気にしていたのを知ってるよね。でも、男兄弟みたいなものだから、安心してって笑われたっけ。
それでも、安心できないし、気にしてた。っていう、私のこの根暗で、かなり引きずる性格を知らないでいるのかもなあ。
ケーキを食べ、コーヒーを飲んで、食器をキッチンに運ぶと、私は洗い物を始めた。
司君、私にすごく気遣ってくれてたな。私が、キャロルさんのことを気にしてるって、そう言ったからかな。
アメリカから一人で来て、遠距離恋愛している彼氏は浮気しちゃって…。そうだな。それ、けっこう辛いよね。
でも…。私だったら、わざわざ、彼氏と離れてまで海外に留学しようとするかな。
今だって、司君と離れたくなくって、親と離れて暮らしてるんだし。
洗い物が終わった頃、司君が2階から下りてきた。
「ごめん。穂乃香」
そう申し訳なさそうな顔をして私の隣に来ると、私の顔を覗き込んだ。
「?」
「一人でさっさと2階にいっちゃって。母さんとあのあと、気まずくならなかった?」
ああ、心配してやってきてくれたんだ。
「うん。お母さん、すぐに洗濯物干しに行っちゃったから」
「そっか」
司君は、洗い物が終わっていることに気が付き、私の手を引き、キッチンを出た。そして、そのまま2階に上がって行った。
それから、司君の部屋に2人で入った。
「ごめん」
部屋に入り、私がクッションに座ると、司君も自分の机の椅子に座って、謝ってきた。
「な、何が?」
私を一人、おいていったことかな。
「母さん。とんちんかんで」
「え?」
「穂乃香が、キャロルのことを気にしちゃうって、わかってないんだ」
「あ…」
やっぱり、司君は相当気を使ってくれてるんだよね。
「っていう俺も、わかってなかったけど。ずっと」
「……私が、心が狭いんだよね、きっと」
「そんなことないよ。俺が逆の立場でも、やっぱり、嫌かもしれないし」
「え?」
「そういうの、わかってなかった。ごめん」
「逆の立場?」
「うん。たとえば、穂乃香が誰か、幼馴染みたいなのがいて、そいつとやたらと仲良かったら、やっぱり俺、いい気しないと思う」
「……」
「あ、お兄さんとかだったら、別だよ?でも、いくら家族同様に過ごしていたんだって言っても、俺もきっと、気にするだろうな」
「でも、そんな人、私にはいないよ?」
「う、うん」
司君は下を向き、黙り込んだ。
「私、お母さんが言うように、キャロルさんと仲良くなったらいいのかもね」
「え?」
「私も友達になったら、キャロルさんに嫉妬したりしないですむし、それに、キャロルさんともいろいろと話ができるかもしれないし。ちょっとはキャロルさんの寂しさも、親と離れて暮らしている同志、わかりあえるかもしれないし」
「…穂乃香も、寂しい?」
「ううん。司君がこうやってそばにいつもいてくれるから、全然寂しくないよ?」
「……ほんと?」
「うん」
私がそう言うと、司君は安心した顔をした。
「でも、キャロルさんは彼氏とも離れているんだもんね」
「それはあいつが決めたことだから」
「え?」
「日本に来るって聞いたとき、彼氏と1年も離れてていいのかって俺、確認したんだ」
「うん」
「あいつ、全然平気だって笑ってた。メールもスカイプもあるんだから、顔も見れるし、声も聞けるってさ」
「…」
そんなの、画面でしか見えないし、ぬくもりを直に感じられるわけでもないのに。
「浮気も絶対に彼氏ならしないって、言い切ってた。自分に惚れ込んでる人だから安心だって」
「え?」
「それにもし、浮気されたら、自分も日本で浮気してやる、なんて、そんな馬鹿なこと言って笑ってたし」
うわ。目には目をっていうやつかな。
「で、本当に浮気されてるとはね。それでも、別れないだろうな」
「どうして?」
「あいつ、変なプライドあるから。絶対に別れるって言わないと思うよ。そうだな。別に彼氏でも作って今の彼をふるっていうなら、とっとと別れるかもしれないけど」
「…司君って、キャロルさんの行動や考えてること、よくわかってるんだね」
「…だって、あいつの考えることなんて、単純だから」
そうかな。女の子なんだし、いろいろともっと複雑かもしれないのにな。
「穂乃香は、気にしないでいいよ?」
「え?」
「そんな、友達になろうとか、仲良くしないととか、そんなことをあれこれ考えて悩まなくてもいいから」
「でも…」
「母さんの言ったことも、気にしないで」
「…お母さん、怒ってなかった?」
「いいんだよ。ほっておいて。キャロルが心配なら、母さんがキャロルを慰めたらいいんだ」
「……」
本当にいいの?司君は気にならないの?だって、キャロルさんが彼氏と喧嘩したって聞いて、ちょっと顔色変えてたよ?
「キャロルは、日本に来るって決めた時、いろいろと覚悟を決めてきたんだろうし」
「……」
「大丈夫だよ。穂乃香」
「うん」
司君はにこっと笑うと、携帯を取りだした。
「さっき、映画が何時に始まるか、調べてたんだ。10時25分からのがあるから、それを観に行く?今から出たら、ちょうどいいかも」
「え?なんの映画?」
「あ、そっか。俺、勝手に自分が観たい映画を検索しちゃった。これなんだけど」
司君は私に、携帯の画面を見せてくれた。
「SF?これ、怖い?」
「いや。そうでもないよ。ちょっとスリルもあるけど、けっこう楽しめると思う」
「うん。じゃあ、それ、観に行く」
私がそう言うと、司君はにこっと微笑んだ。ああ、可愛い。
よかった。なんだか、気持ちがどよよんとしていたんだ。でも、今の笑顔で救われたかも。
私は司君と家を出た。玄関で「行ってきます」と言ったけど、お母さんは玄関に見送りに来てくれなかった。怒っているのかなあ。
あ、また一気に気持ちが沈む。
「穂乃香。手、繋ごう」
司君はそう言って、私の手を取った。
「うん」
「母さんのことなら、気にしないで。穂乃香のことを怒ってるわけじゃないから」
「え?」
「あれ、俺のことだから。わかりやすいでしょ?でも、俺らが家に帰る頃には、怒っていたことも忘れて、ケロッとした顔で出迎えるよ」
「ほんと?」
「ほんと。あの人、忘れやすいたちだから」
そ、そうかな。
「俺らが出かけている間に、何か他のことがあると、すぐにそっちに気を取られるから、大丈夫」
「でも、気に取られることがなかったら?」
「ああ、その心配もない。あの人、なんにでも、感動しちゃえる人だから」
「……」
「穂乃香も、もう忘れちゃって、映画を楽しもうよ」
「え?うん。そうだね」
お母さんって、本当にそうなのかな。勝手に司君がそう思ってるだけってことはないよね。能天気だってみんな言うけど、いろいろと司君のことでも、悩んでいたみたいだし。
大丈夫なのかなあ。
そんな心配をよそに、司君は嬉しそうな顔で私と手を繋いで歩いている。
「もしかして、司君、今、浮かれてる?」
気になって聞いてみた。すると、顔を赤くして司君は私を見て、
「ばれた?」
と小さな声で聞いてきた。
うわ。可愛い。
本当だ。もったいない。もう、お母さんのこともキャロルさんのことも気にするのはやめよう。今は、隣にいるこの可愛い司君を、感じていたい。
過去のことばかりに目を向けてたら、今目の前にいる司君の表情を見逃しちゃうもんね。




