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第13話 朝まで一緒

 司君の胸がすごくあったかくって、甘えてみようかと思った。

「司君」

「ん?」

「今日、このままここで寝てもいい?」


「朝まで?」

「うん」

「いいよ」

 いいよって言ってくれた。それもすごく優しい声で。嬉しい。


「穂乃香、いっつも部屋に戻っちゃってたよね」

「え?うん」

「ちょっと寂しかったな。朝までいてくれたらいいのにって思っていたよ」

「うそ」


「…うそじゃないよ?」

「だって、司君、いつもベッドから出て、パジャマ着ちゃうから」

「……」

 司君は黙り込んだ。


「そっか。穂乃香は、裸のままずっと朝までこうやって、抱きしめあっていたかったんだね」

 ドキン。

「だ、ダメだった?そういうのは司君嫌だった?」

「…嫌じゃないよ?」


 じゃ、なんでパジャマ着ちゃってたのかな。

「ただ、裸で寝ていたら、俺、またいつ穂乃香のことを襲いたくなるか」

「え?!」

「朝も…。横で裸の穂乃香が寝てたら、俺、オオカミになるかもしれないから」


「え?」

「あ、今、思い切り引いてる?」

「ううん」

 バクバクバク~~~。引いてるどころか、心臓がバクバクしちゃって。

 

 それで、いつもちゃんとパジャマを着るようにしていたの?

「でも、明日は学校休みだし、いいよね」

「え?な、何が?」

「朝、オオカミになっちゃっても」

 よくない、よくない。よくないと思う。


 思うけど。でも、このまま、司君の肌に触れながら寝たいかも!

「司君」

「ん?」

「やっぱり、今日だけは、このまま…」


「いいよ。だけど、明日の朝、俺、襲っちゃうかもよ?」

「……」

 私はそのまま黙っていた。

「…穂乃香?」


「う、うん」

「……え?」

「わ、わかんないけど……。でも、きっと、えっと」

「…ん?」

「多分、だ、大丈夫」

 ああ、大丈夫だなんて言っちゃった。


「…え?俺が襲っちゃっても大丈夫ってこと?」

「……」

 か~~~。顔が熱い。私は顔を見られないように司君の胸に顔をうずめた。

 ギュ。司君がそんな私を抱きしめてきた。


「やばい」

「え?」

「穂乃香、すごく可愛い」

「……」

 か~~~。顏、もっと熱くなった。


「白状してもいい?」

「え?」

「本当は、今すぐにでも、襲いたくなってる」

「え?!」


「駄目?」

「だ、ダメ」

「………」

 司君は私を抱きしめたまま、黙り込んだ。


「う、そっか。じゃあ、どうにか、我慢する」

 そうボソッと言うと、司君は私を抱きしめていた手を離した。

 うそ。もう抱きしめてくれないのかな。

「…やばいな」

「え?」


「いや、なんでもない」

 司君はボソッとまたそう言うと、天井を見てすっかり私の方も向いてくれなくなった。

「司君?」

「うん。ごめん。ちょっと待ってね」


「え?」

「今、理性取り戻してるから」

「……」

 え?


「穂乃香…。俺の腕に胸が当たってる」

「え?あ、ごめんなさい」

「いや…」

 司君は目をギュってつむった。それから、ほんのちょっと私に背中を向けた。


 理性を取り戻してるって?えっと…。えっと…?

「駄目だ。すぐ隣に穂乃香が裸でいると思うと…」

「………え?」

「やっぱり、ちゃんとパジャマ着よう」

 司君はそう言ったけど、まだ私に背を向け、じっとしている。


「……」

 もしかして、もしかすると、もう司君はすでにオオカミに変身していた?でも、今、必死で我慢してる?

 どうしよう。こんな時はどうしたらいいのかな。この前読んだ雑誌にはそんなこと書いていなかったし。


 このまま、ダメって言って拒んでいたほうがいいの?それとも、受け入れたほうがいいの?

 司君は、もしかして、我慢するの大変なの?

 

 それに、このまま背中を向けられたままなのも悲しい。

 それに、朝までできたら裸のまま、抱き合っていたい。

 

「つ、司君」

「ん?」

 司君は背中を向けたまま返事をした。

 呼んでみたけど、何をどう言っていいのやら。


「あ、あの」

 どうしよう。ああ、もうこうなったら、抱きついちゃう?

 私は勇気を持って、司君の背中に抱きついてみた。


「穂乃香。今、冷静さを取り戻していたのに…。抱きついてきたりしたら逆効果」

「うん」

「うんって…。あ、そうだ。穂乃香、先にベッドから出て、パジャマ着ていいよ?」

「…」


「穂乃香。抱きついてると、胸が俺の背中に当たって…。それだけでも、やばいって」

「うん」

「だから、うんじゃなくって!俺、まじでまた襲いたくなる」

「………うん」


「いいの?」

「…う、うん」

 ああ!うんってうなづいちゃったよ、私。

「ほんとに?」

「う、うん」

 きゃ~~~。また、うんって言っちゃったよ。私……。


 ガバッ!司君はいきなり私のほうを向き、私の上に乗っかってきた。

 うわわわわ。

「司く…」

 名前を呼ぼうとしたら、唇をふさがれた。それも、熱いキスで。


 う~~~~わ~~~~~~~。司君が私の手を握りしめているけど、その手がやたら、力強い…。

 ああ、もしや、本当にオオカミに変身しちゃった?いつもの優しい司君よりも、なんだか、ワイルドな感じがする…。

 ドキドキドキドキドキ。

 なんで、私ったら、こんなにドキドキしてるの?


「穂乃香」

「え?」

 ドキン。

 司君が私を見つめた。あ、いつもの優しいまなざしになってる。


「大好きだよ」

 キュ~~~~ン!

「う、うん。わ、私も」

 ギュウ。司君が私を抱きしめた。私も思わず、司君に抱きついていた。


 うわ。抱きしめたの初めてだけど、なんだか、胸がいっぱいになる。司君が愛しくて、可愛くて…。

 ギュウ。もっと力強く抱きしめてみた。司君のぬくもりをもっともっと、感じた。


 なんだろう。胸の奥の奥から、愛しいって気持ちが溢れてくる。それも、どんどん、尽きることなく。

 それが胸いっぱいに広がって、涙が出そうになるほど、幸せを感じている。


 司君が大好き…。その想いだけで、なんでこんなにも胸が満たされていくんだろう。

 人を愛する気持ちって、こんなにも満たされて、幸福感でいっぱいになるんだね。


 司君の胸に顔をうずめたまま、眠った。司君の鼓動、寝息、ぬくもり、すべてが愛しかった。



 翌朝、目が覚めると、司君が優しい目で私を見ていた。

「おはよう」

「お、おはよう。起きてたの?」

「うん。ずっと寝顔見てた」

 か~~~。恥ずかしい。こんなに間近で見られてたんだ。


「可愛かった。穂乃香」

「は、恥ずかしいよ」

 私はもそもそと、布団に潜り込んだ。

「今日、どこに行く?」

 司君が私の髪を撫でながらそう言った。


「……えっと。そうだな…」

 ああ、司君が私の髪を優しく撫でている。なんで司君の手ってこんなに優しいのかな。

「映画でも観に行く?」

「映画?…うん。行きたい」

 私はそう言いながら、布団から顔を出した。


「でも、もうちょっとこうしていよう、穂乃香」

「…うん」

 司君は私にチュッてキスをすると、私のことを抱きしめた。

 ああ、めちゃくちゃ幸せだ。


「……穂乃香は、1年前、文化祭の前には俺の名前も知らなかったんだよね」

「え?」

 突然、司君がそんな話をし出した。

「そう思ったら、なんだか信じられないね」

「?」


「こんな日が来るなんてさ」

「…うん」

 本当だ。司君と付き合いだした頃にだって、こんな日が来るなんて思ってもみなかったよ。


「寝顔を見ながら思ってた」

「え?」

 ドキン。

「俺、穂乃香のどこが好きかなって」

 ドキドキ。ど、どこ?それ、私も知りたい。


「そう思いながら、穂乃香のこと見てた」

「う、うん」

「たとえば、鼻」

「鼻?」

「それから、まつ毛や、おでこ」


「…?」

「唇や、頬。髪、耳」

 う…。そ、それで?

「結局、全部が好きなんだな~~」


 か~~~~~~~。

「あ、また赤くなった。くす…」

「だって、そんなこと言うから」

「穂乃香、全部可愛いから」

 きゃわ~~~~!


「…穂乃香を好きだって思うと、それだけで胸がいっぱいになる」

「え?」

「それだけで、幸せになる。だから、好きになって本当に良かったって思うんだ」

 一緒だ。それ、私も感じてた。

「人を好きになるって、すごいことだね」


「うん」

「すごい体験だと思うよ」

「うん、そうだよね。私もそう思う」

「…ほんと?」

「うん。司君を好きって思うだけで、満たされるもの。一瞬にして幸せになれるの」


「それ、本当にそうなんだろうね」

「え?」

 司君はそう言ってから、私を抱きしめた。

「幸せってさ、相手からもらうもんじゃなくって、自分の在り方次第なんだろうなって」

「在り方次第?」


「うん。俺、もちろん、穂乃香に好きだって言ってもらうとすごく嬉しいんだ。だけど、穂乃香を好きだって思った時点で、すでにすごく幸せになってる」

「……」

「幸せでいるかどうかって、自分がどう感じてるか…なのかもなあ」


「…そうだね。それ、わかるよ」

「…」

 司君はちょっと顔をあげて私を見た。

「あのね?」

「うん」


「私、司君がキャロルさんの話をし出すと、反応しちゃうの」

「反応?」

 司君が不思議そうな顔をした。

「た、多分、やきもち」

「…キャロルに?まだ?」


「つ、司君にとって、キャロルさんとの思い出ってたくさんあるでしょう?きっと、司君の中でキャロルさんっていう存在は大きいようなそんな気がするの」

「……」

 司君は黙り込んで、眉をしかめた。


「そういうのを気にし出すと、司君がいつもと同じように優しくても、なんだか落ち込んじゃうの。私、司君に本当に好かれているかな…とか、もし司君がキャロルさんのほうに行っちゃったらどうしようかな…とか」

「…俺が?」


「で、でもね」

 司君の顔が曇ったから、焦って私は話を続けた。

「でも、司君のこと、昨日抱きしめてて、司君がすごく愛しくなって、そうしたら、そういうのも全部吹っ飛んだんだ」


「……」

 司君の顔が一気に赤くなった。

「…俺のこと抱きしめてて、愛しいって思ったの?」

「う、うん」

 私の顔も一気に熱くなった。なんだか、すごいこと言っちゃったかな。


「そ、そうなんだ」

 あ、司君の顔、もっと赤くなったかも。

「…それで、司君を好きだって思うだけで、すごく満たされて、幸せになって。だから、好きって思うだけでも、私はいつでも幸せになれるんだって、なんかそんなことを感じていたの」


「………」

「結局は、自分の気持ちが大事なんだなって」

「うん」

 司君はそう言うと、優しく私を見た。そして優しくおでこにキスをしてきた。


「俺…、穂乃香でいっぱいなんだけどな」

「え?」

「確かに、キャロルといた時間のほうが長いかもしれない。いろんな思い出もあるけど、そんなの全部単なる記憶だよ」

「…?」


「でも、今目の前にいて、今、愛しいって俺が思っているのは穂乃香なんだ。穂乃香のことでいっぱいで、他のことなんか考えられないよ?」

「…ほんと?」

「穂乃香は?今、俺でいっぱい?」


「うん」

「そう。じゃあ、それと一緒だ」

「……」

 司君に思わず抱きついた。

「……俺、穂乃香に抱きしめられるの、好きだな」


 ドキン。

「やばいくらい、今、幸せだな」

「うん」

「………穂乃香」

「ん?」


「穂乃香は、俺がどれだけ穂乃香が好きか、知ってる?」

「え?」

「もしかして、知らないでいる?」

「な、なんで?」

「もし、知ってたら、キャロルのことなんか気にすることなくなると思うよ?」


「……でもね。私、不安にもなってたの」

「何が?」

 司君は私の顔をまた覗き込んできた。

「司君は私を美化してないかって。私のことを知っていったら、嫌いになったりしないかって」


「……え?」

 司君がまた眉をしかめた。

「私、そんなに自信ないもん。司君がすごく好きになってくれるほど、素敵な女の子じゃないし」

「あ、あははははは」


 え?なんで?なんで突然笑い出すの?

「ごめん。でも、受けた」

「どうして?」

「穂乃香、可愛いから」

「な、なんで?どこが?」


「そういうところが」

「???」

「そういうところも含めて俺、穂乃香が大好きなんだと思うよ?」

「…え?」


「俺には十分、素敵でまぶしい存在」

「え?」

「こうやって抱きしめているだけで、天に昇りそうなくらい愛しい存在」

 う…。うわ。そんなふうに言われると、また顔から火が出ちゃう。


「…」

 司君がギュって私を抱きしめた。私も司君を抱きしめた。ああ、そうか。一緒なのか。私も今、司君が愛しくってしょうがない。こんな気持ちなのか。

 この気持ちには、理由とか意味とか、そんなの何にもないよ。司君のどこが好きで、こんな気持ちになっているとか、そんな能書きも何もない。ただ、好き。ただ、愛しい。この存在そのものが。


 司君もそういう気持ちなの?


 しばらく私たちは抱きしめあっていた。そうしていると、もっともっと胸が満たされていって、時間も忘れてしまうくらいだった。


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