第12話 ぬくもりを感じて
司君と、ファーストフードの店で、ハンバーガーやポテト、パスタとサラダまで買って、家に帰った。
「なんか、豪華になったね」
ダイニングテーブルにそれらを並べると、ちょっとしたパーティでもできそうな雰囲気になった。
司君は冷蔵庫を開け、オレンジジュースを取り出し、私の分もコップについでくれた。
「乾杯しようか」
司君はテーブルに着くと、コップを持ってそう言った。
「なんの?」
「文化祭が無事終わったことに…」
「うん」
「乾杯」
「お疲れ様でした、司君」
「…え?」
司君はジュースを飲んでから、聞いてきた。
「焼きそば焼くの、大変だったでしょう?」
「あ、そうか。…うん、サンキュ」
司君はそう言うと、なぜか赤くなった。
「なんか、いいね…。それ…」
「それ?」
「結婚して2人で暮らすようになって、俺が仕事から帰ってきたら、穂乃香がお疲れ様でしたって言って、お酒ついでくれたりするのかなって、今、ちょっと想像しちゃった」
どひゃ?!
「け、結婚?」
「…うん。……あれ?」
司君は私の顔を、凝視した。
「な、なに?」
「俺、夏にプロポーズ、もうしたけど」
うわ~~~~。そうだった。いや、そんなことを言ってくれたけど、あれって冗談じゃなかったの?!
か~~~~~。ああ、顔が熱い。きっと真っ赤だ。
「家で、晩酌とかいいよね。穂乃香にお酒注いでもらうなんて、きっと最高に幸せなんだろうな」
どっひゃ~~~~~~。もっと顔が熱くなってきた。
でも、私も想像してしまった。それが夏なら、ビールとおつまみを用意して、司君はお風呂上りに浴衣とか着ちゃうの。
それで、うちわであおぎながら、ビールを飲んだりして。
なんだか、司君そういうの、似合いそう!
く~~~。いいかも!じゃあ、私も浴衣着ちゃおうかな。2人で夕涼みしちゃったりして。
って、つくづく、和のテイストの想像になっちゃうなあ。
「穂乃香」
「…」
私はしばらくぼんやりと妄想していた。
「穂乃香!」
「…え?」
「今、どっか意識飛んで行ってた?」
「…ごめんなさい。私も妄想してた」
「なんの?」
「司君と浴衣着て、夕涼みをしながらビールを飲んでいるところを」
「……はあ?」
「浴衣、司君似合うし、そんなのいいなって…」
「…穂乃香も浴衣似合うよ」
「…」
か~~~。そう言われて、顔がまた熱い。
「そっか。いいね、2人で浴衣着て夕涼み」
「うん」
「……」
しばらく司君も黙り込み、何かを想像しているようだ。そして、いきなりかっと赤くなり、下を向いてしまった。
な、なに?今、いったいどんなことを想像したの?
「あ~~~。えっと、これ食い終ったら、穂乃香から風呂はいっていいからね」
「え?うん」
司君はまだ顔を赤くしたまま、そう言った。
なんだろう。いったい何を想像しちゃったんだろう。司君の顔を赤くさせる想像って、どんななんだろう。
夕飯を終えて、私はお風呂に入った。そしてバスタブにつかりながら、司君との会話を思い返していた。
「夏にプロポーズ、もうしたけど」
………。
それって、かなりすごいことだよね?!なんか、今さらながら、胸がバクバクしてきちゃった。
私と結婚をして、晩酌しているところを想像してくれちゃうのも、もしかしてすんごいことなんじゃないの?
え?私、司君と結婚するの?
…って、何を言ってるんだ。私は。そうだよ。司君、おばあさんに言ってたじゃない。振袖、結婚式で穂乃香が着るかもしれないから、とっておいてって。
あれも、かなりすごい発言だったんじゃないの?なんとなく、嬉しい~~~、って浮かれてたけど、よくよく考えたら、ものすごい発言だよね。
ええ?!待って、私。じゃ、なあに?最近、キャロルさんのことで落ち込んでみたり、嫌われたらどうしようだの、キスもしてくれなくなっただの、あれやこれや、悩んだり落ち込んだりしてたけど、そんな悩みなんか、しなくってもいいってことかな。
いや、司君も私に嫌われたらって、考えることがあるって言ってたよね。
そうだよな。いくら、未来に結婚できたらいいね…なんて想像してたとしても、それまでの間に2人の仲がどうなるかなんて、保障ははどこにもないんだもんね。
保障…。あったらいいのに。たとえば、婚約しちゃうとか!
でも、それでも司君に嫌われたら、結局別れることになるのか。
って、暗い!嫌われることばっかり考えないで、今は司君といい感じなんだから、もっと幸せをかみしめなくっちゃ。
そうだよ。まだ、家族のみんな帰って来てないんだし、2人っきりなんだし、司君といちゃつくチャンスじゃない。
って、どうやって、いちゃつくの。私から、甘えることもできないくせに~~~。
お風呂からあがり、司君の部屋の前で、
「お風呂出たよ。司君、入って来ていいよ」
と声をかけた。司君は部屋の中から、
「うん。サンキュ」
と返事をした。
私は自分の部屋で髪を乾かした。2人きり。司君はその辺のこと、どう思っているのかな…なんて考えながら。そして髪を乾かし終えないうちに、もう司君はお風呂から出て、部屋に入って行ったようだ。
「…出てきちゃった」
ドキドキ。
ドライヤーをさっさと返しに行き、それから2階にあがった。そして、司君の部屋の前で、立ちすくんだ。
ノックしてみる?でも、用事なんかないし。
だけど、いいよね?用事がなくても、部屋に入れてもらえるよね。
そういえば、私って、司君に「部屋に来る?」って言われたり、宿題があったりするときじゃないと、司君の部屋に入ったことないよね。
私からノックして、「入れて」なんて、言ったこともないし。「入れて」と言っても、なんの用事もないのに、そんなこと…。
そうだ。用事だ。用事があればいいんだ。えっと、何か用事…。明日は学校休みだから、予習だの、宿題だのって用事はないよね。
じゃあ、えっと。えっと?
バタン。
その時、司君が部屋のドアを開けた。
「わ!」
「うわ!」
2人して、同時に驚いてしまった。
「なに?穂乃香。なんか用があった?」
「ううん。な、なんにも…。司君は?あ、下に行くの?」
「ああ、喉乾いたから、水でも飲んでこようかなって思って…」
「そ、そう。じゃ、私はもう部屋に入ろう…かな」
「……」
司君はじいっと、なぜか私を見ている。
「?」
「明日、休みだね」
「うん」
「どっか、行く?」
「デート?!」
「え?ああ、うん。そう、デート」
嬉しい!
「うん!」
「…今、もしかしてすごく喜んでる?」
「え?うん」
「くす」
あ、笑われた。司君の笑顔、可愛い。
「穂乃香、可愛い」
え?!
うわ!司君がいきなり、キスをしてきた。と思ったら、顔を思い切り近づけただけだった。
「母さんたち、そろそろ帰ってくるかもしれないから、俺の部屋においでよ」
「え?」
「ここで、キスして、見つかったらやばいもんね?」
う…。今、私が思い切り期待をしたの、わかっちゃったのかな。
司君は私の手を取って、司君の部屋に私を入れた。それから、なぜか、そのままベッドの上に司君は座って、私を横に座らせた。
ドキドキ。司君の部屋、入れちゃった。なんだか、久しぶりかも。
ちょっとだけ、散らかってる気がする。司君も文化祭前の準備で忙しかったからかな。
それとも、守君がもともとはもっと散らかってたって言ってたけど、だんだんと散らかった状態に戻っていくんだろうか。
「穂乃香」
司君は、私の頬をなで、それからキスをしてきた。
ドキドキドキドキ。
キスも、久しぶりかも。うわわわ。なんだか、すごくドキドキしちゃうよ。
司君にキスをされ、フワフワした気持ちになっていると、
「たっだいま~~~~!」
という元気な声が一階から聞こえてきた。
「あ、帰ってきちゃった」
司君が唇を離し、ぼそっとそうつぶやいた。
ドタドタドタ。守君の階段を駆け上ってくる音。
「兄ちゃん、穂乃香。ケーキあるよ。食べる?!」
「…一気にうるさくなったね」
司君は小声でそう言うと、
「腹いっぱいだからいいよ。守、全部食べていいぞ」
と部屋の中からそう答えた。
「食えないよ。明日の朝までなら大丈夫だって言ってた。冷蔵庫にしまっておくね~~~」
「サンキュ!」
「穂乃香の分もあるから、明日食べなね~~」
「ありがとう」
私が司君の部屋からそう言うと、
「あ!なんだよ。兄ちゃんの部屋にいたのかよ。悪い。邪魔したね」
とそう言って、またドタドタと階段を下りて行った。
「あいつ、気を利かすようになったんだな」
「守君?」
「うん」
「優しいよね。守君って。口悪かったりするけど、すごくいい子だなって思うよ」
「穂乃香に優しい?」
「うん」
「…穂乃香のことが、相当気に入ってるんだろうな」
「…」
「でも、ちょっと妬ける。この前も守の部屋にずっといたんだろ?」
「うん」
「いくらゲームしてるとはいえ、やっぱり妬けるな…」
司君はそう言うと、今度は私の首筋にキスをしてきた。
ちょ、ちょっと待って。え?え?え?え~~~?
って私が慌てている間に、司君は私をベッドに押し倒してしまった。
「もう、終わったよね?」
「な、何が?」
「生理」
どひゃ~~~。そ、そんな質問されても。で、でも答えないと駄目だよね?
私はほんのちょっと、首を下に動かした。
「電気消す?」
え?
ドキン!それってやっぱり…。やっぱり?
バクバクバクバク。心の準備をしていなかったから、突然心臓が早くなりだした。
「…消さないでもいいの?」
「消す!」
思わず、私はそう反射的に言ってしまった。
司君はベッドから下りると、電気のスイッチを消した。
わ~~~。電気を消すって言った時点で、OKしたってことになっちゃうよね?
ううん。いいんだけど。ちょっと心の準備ができていないだけで、実は下着もちゃんと上下お揃いの可愛いのをつけているし。
毎日、お肌の手入れや、無駄毛の処理もしているんだけど、ただ、心の、準備が…。
そ、そうだ。いきなり、「まな板の鯉」って言葉を思い出してしまった。
駄目だ。なんだか、頭の中がぐるぐるだ。
ふわ…。
そんな頭の中がぐるぐるしている状態の私に、司君は優しくまた、キスをしてきた。
そして、頬を優しくなでる。それから、髪も。
うわわわ。キュンってした~~~~~!
「やっと、キスもできた」
司君が耳元でそう言った。
「え?」
「ずっと我慢してた」
「…我慢?なんで?」
「だって、キスしたら絶対にこうやって、押し倒したくなるから」
ええ?!
「もし、押し倒されてたら、穂乃香、困ったでしょ?」
「う、うん」
「それに、文化祭前は穂乃香も忙しくて、大変そうだったしね」
「それで?」
「え?」
「だから、キスしてくれなかったの?」
私がそう聞くと、司君は黙り込み、私の顔をじいっと見た。
「司…君?」
「もしかして穂乃香、キスしてほしかった…とか?」
ギクギク!
「そ、それは、その…」
「あはは。そうだったんだ。なんだ。じゃ、そう言ってくれたらよかったのに」
「で、でも、押し倒されるのは、ちょっと…」
「…くす。そうだよね?困るよね?」
司君はまだ、くすくすと笑っている。
「穂乃香、だんだんとわかってきたよ」
「な、何が?」
「図星の時、すごく慌てるよね」
「え?」
「わかりやすいリアクションだよね?」
「う…」
「あはは。やっぱり、可愛い、穂乃香」
司君はそう言うと、思い切り私を抱きしめた。
「今日は、俺、襲っちゃうけど…。いい?」
ドキン。襲う?!
「もうそろそろ、俺、我慢の限界」
うわ~~~。耳元でそんなこと言ってこられても、困る。
でも…。私も…。ずっと司君のぬくもり、じかに感じたかったかも。
「…うん」
私は小さくうなづいた。
司君はまた私にキスをすると、私のパジャマのボタンを外しだした。
ドキドキ。
部屋の電気は消したけど、街燈の明かりで司君の顔ははっきりと見えた。
だから、私のことも見えてるよね?
司君の優しいまなざしも、熱い視線も、ちょっとの明かりでも見ることができた。
そして、そのまなざしに私は、ずうっとドキドキしていた。
「穂乃香」
「…え?」
「綺麗だよ」
ドキン!
司君のそんな言葉も、ドキドキした。
私はずうっと、ドキドキしながら、司君のぬくもりを感じていた。
やっぱり、私は司君がすっごく好きだ。
このぬくもりも、司君の触れる手や指も、唇も、声もまなざしも全部が好きだ。
胸がドキドキしているけど、とても喜んでいる。
そうして、司君の胸に顔をうずめると、一気に安心していく。
不安も、心配も、何もかもが消えていく。
司君に腕枕をしてもらった。
「司君」
「ん?」
司君の声、優しい。今なら言えるかも。
「私ね、本当はずっと、司君のぬくもりが恋しかったの」
「…え?」
「キスも、どうしてしてくれなくなったのかなって、ちょっと悲しかった」
「…ごめん」
「ううん。謝らなくてもいいよ。ただ…」
「うん」
司君は私のほうに顔を向けた。
「私、甘えたくなったら、司君に甘えていいのかな」
「そんなの、当たり前だよ。いつだって、甘えていいし、いつだって、部屋に来てもいいよ?」
「ほんと?用事がなくても?」
「…なんで用事がないと駄目なの?俺、いつでも、穂乃香がノックしてやってこないかなって、待ってるよ?」
「ほ、本当に?」
「今日だって…。でも、なかなか来てくれないから、俺から本当は部屋に行こうかなって思ってドアを開けたんだ」
「え?水、飲みに行くって」
「ああ、ごめん。まさか、部屋の前にいるって知らなくて、びっくりしてとっさにあんなこと言っちゃって」
嘘だったの?
「…じゃあさ、穂乃香」
「え?」
「俺も、用がなくても穂乃香の部屋に行ってもいい?」
「う、うん」
ドキン。それ、嬉しいかも。
「じゃあ、夜這いに行ってもいいんだ」
「よ、夜這い?」
「あはは。それはやっぱり駄目?」
司君は無邪気な笑顔を見せた。なんだ。冗談だったの?本気にした。
「…い、いいよ」
私も冗談半分でそう言ってみた。でも、司君はものすごくびっくりした顔をして、
「え?い、いいの?」
と真剣な声で聞いてきた。
うそ。今の冗談。と言えなくなってしまった。
「そ、そうなんだ。なんだ。じゃ、遠慮なく今度、行かせていただきます」
「え?」
うそ~~~。やっぱり、今のは冗談。
でも。でも。っていうことは。
「じゃあ、私が夜中、寂しくなったら、司君の部屋に行ってもいいのかな」
「夜這いに?」
「……うん」
「え?まじで?今のも冗談のつもりだったんだけど」
う。そうだったの?わ~~~。うんってうなづいちゃったよ。
「いいよ」
司君は私が真っ赤になっていると、真剣な顔をしてそう答えた。
「え?」
「いいよ。甘えたくなったら来てもいいし、寂しくなったら来てもいいし。本当に全然俺は、かまわないから」
「ほんと?」
「うん」
司君はそう言うと、顔をあげ私の顔をじっと見てから、キスをしてきた。
「穂乃香、そういうの、もしかして本気で嫌がるかなって思って、今までしなかったんだけど」
「そういうの?」
「夜這いとか?」
え?ドキン。
「でも、もう遠慮しないね」
………。え~~~?!
司君がまた、熱くキスをしてきた。
もう、遠慮しないって、どういうことかな?
ドキドキバクバク~~。
もしや、私は思い切り大変なことを言ってしまったのかな。
司君の部屋に、用事がなくても行っていいんだ。っていう嬉しさ半分。司君が本当に夜這いに来ちゃうかも。っていう、戸惑い半分。
でも、どうやら、私はそんなことも、ちょっとだけ、期待したり喜んでいたりしているみたいだ。
そんなこととても、司君には言えなかったけど。




